変わり者伯爵令嬢と、学者肌の公爵令息。【後編】
フェレッテはサーダラ様の言葉によって、自分の人生が順風満帆と言えるものになっていたことに気付いた。
王族直系である公爵令息との婚約が決まり、父が喜んでくれたのはもちろんのこと。
自分を疎んじていたと思っていた母も兄も、一発逆転玉の輿に乗ったフェレッテのことを喜んでくれて、心配を掛けていただけだったことに気づいた。
魔法生物の研究についても何も言われることがなくなり、傍目に分かるかどうかはともかく、かなり浮かれていたフェレッテに対して。
「アルモニオ嬢」
全ての始まりであり、自分の人生最大の爆弾であるワイルズ殿下が、声を掛けてきた。
「少し話があるのだが、良いだろうか」
思わずビクッと身を竦めるが、どこか思い詰めたような真剣な顔で、手に何かの資料を抱えている彼の様子に、フェレッテは恐る恐る頷く。
「だ、大丈夫ですけれど、その、どんなご用件でしょうかぁ〜……?」
「ここでは話せん。が、君の専門分野に関わることだ」
何だかいつもと違う様子のワイルズ殿下は、以前、フェレッテとの事件が起こる前は聡明な金髪碧眼の貴公子として名を馳せていた。
最近は留学生の件やらでずいぶん砕けた様子を見せたことで、それはそれで他の人から親しみやすいと好意的に受け止められていたのだが、今の殿下は以前のような雰囲気だ。
「後日、場を設ける。可能であれば、サーダラ兄ぃも声を掛けておいてくれないだろうか」
「さ、サーダラ様もですか?」
一人で何かを相談されるわけではない、ということにホッとしつつ、何だか心配になる。
「何か、重大な……?」
「ああ。極力誰にも知られたくない。……ディオーラには、特に」
何だかちょっと苦しそうな様子で殿下がそう口になさるので、フェレッテは戸惑いながらも頷いた。
「わ、分かりましたぁ」
「では、また」
※※※
そうして後日、サーダラ様と共に王宮を訪れたフェレッテは、殿下に相談を受けた内容に呆然とした。
「そ、そんな大事なことを、何で私に話すんですかぁ〜!!」
「君とサーダラ兄ぃの他に適任がいないからだ!」
一言で言い返した殿下は、チラッと難しい顔をしているサーダラ様に目を向ける。
「どうだろう、サーダラ兄ぃ」
「……次期王位継承者としては、あまりに私情に寄り過ぎた案件に思えますが」
資料を査読するように真剣に眺めていたサーダラ様が、冷たい表情で殿下を見やる。
「これを本当にやるつもりですか? 確かに国庫は潤うでしょうが、下手を打てばとてつもない混乱を招くことになりかねない」
それはおそらく、臣下としての忠告だった。
幼い頃から親しんでいたという年下のワイルズ殿下に対して、丁寧な言葉で接しているのがその証左だろう。
けれど、殿下は引かなかった。
「分かっている。だが、真剣に考えたのだ。全ての目的を満たして上妃陛下に納得して貰うには、これしかない。これが私の限界なのだ」
「限界、ね」
ふぅ、と大きく息を吐いたサーダラ様は、続いてニッコリと笑う。
「客観的に見れば十分だと思うけどね。それに、気持ちは理解出来る。良いよ、協力しよう」
サーダラ様の返事に、殿下は明らかにホッとした表情を浮かべたが。
「でも、そうだね。私が表立って協力したら、多分お婆様は納得されないだろう。手伝えるのは、弾の用意だけ……交渉やプレゼンは君とフェレッテ嬢で行うことになるよ?」
「ふぇ!? わわ、私ですか!?」
「元よりそのつもりだった。グリちゃんの件からこっち、私はアルモニオ嬢の能力を、これでも高く評価している」
「で、殿下ぁ!!」
「なら、言うことは何もないね」
「サーダラ様ぁ……!!」
フェレッテは泣きそうになった。
人前に出るのがとんでもなく苦手なのに、偉い人相手に交渉だのプレゼンだのが出来るわけがないのに。
「論文発表と変わらないと思えばいいよ。原稿は私が用意するし、フェレッテ嬢は殿下のサポートに徹すればいい。細かな専門分野の知識に関しては、殿下ではどうしても理解が追いつかない部分があるだろうしね」
「協力してくれ。……希少種であるグリフォンの繁殖と育成に関しては、実際、多くの知識人が着手してくれた方が、保護の観点から言えば有益なのは理解出来るだろう?」
そう。
殿下が手を貸してほしい、と言っていたのは、その点だった。
空を飛べ、鳥よりも遥かに巨大で重いものを運搬でき、飛竜と比べれば気性が大人しく扱いやすい、グリフォンの繁殖技術の公開と、養殖した個体の輸出。
この交渉の際に、殿下が必要としているのは、その知識だった。
フェレッテ自身が、生物学の中でも専門に研究している分野の話だ。
しかも、その目的が……。
「協力したい、ですけれど。わ、私で、大丈夫ですかぁ……?」
「君なら、気心が知れているし、口も固い。易々と他人にこの件を漏らしはしないだろう?」
頼む、と頭を下げられて。
フェレッテは、それでも悩んでから、了承した。
「わ、私でも、その。……あの方の為に、出来ることがあるのでしたら」
そうして一度、殿下と共に海外に赴いたフェレッテは、その交渉の場で無事にプレゼンを終えた。
サーダラ様と共著した論文の内容……幻獣使いの能力がなくとも、魔法生物を育成するノウハウとグリフォンの生態に関する詳細な研究結果……が注目されて、一躍フェレッテは、魔法生物学会で注目されることになる。
その後、魔法生物学に造詣が深い公爵夫人として名を馳せることになるのだが……それはまた、別のお話である。
いやだいぶ間が開きましたね……というわけで、可哀想な巻き込まれ令嬢フェレッテさんのお話でした!
多分後、二話か三話くらいで、愚かわいい殿下とディオーラのお話はひと段落です!
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