高貴な公爵令嬢と破天荒な第二王子。【前編】
オーリオ・ザッカーマは、高貴な公爵令嬢である。
祖父がバロバロッサ上王陛下の王弟であり、ワイルズ殿下とは又従兄弟にあたる。
二代続けて直系王族に子どもが少ないため、第一王子のワイルズ殿下、第二王子のウォルフ殿下、王弟子のメキメル殿下に続いて、第四位の王位継承権も持っている。
そんなオーリオは、幼い頃は、ワイルズ殿下の婚約者候補だった。
ディオーラがいて、ワイルズ殿下が好みだった訳でもないが、誇り高き公爵令嬢として、精一杯選ばれようと努めてはいた。
例えそれが、父である公爵が次代で侯爵に落ちることに焦って、王室との縁を繋ぎたいと望んだ結果だったとしても。
公爵令嬢として、好みの男性と添い遂げたいなどという、分不相応な望みは持っていないから。
しかし、相手はディオーラ。
しばらく共に過ごす内に、ワイルズの気持ち的にも、能力的にも敵わないことが分かってしまった。
勝っているのは実家の爵位と財力だけで、正直、騎士団長の侯爵を父に、王子の教育係の母を持つディオーラに、城の要職にもおらず領地経営も無難なオーリオの父、とくれば総合面でどっちが上かは一目瞭然。
高貴な公爵令嬢は無様を晒さぬよう引き際も大事、と心得て、負けを認めた時点で、両陛下にお会いした時に直接ディオーラに譲ることを宣言した。
後、父が納得する家格の年頃の会う相手は、二つ年下の第二王子。
もう一人は、五つ年上で聡明で穏やかだが、幻獣マニアで変人扱いの、別の女公家の嫡男だ。
こちらの公爵位は、上妃陛下の二人目の子である、末っ子王女に与えられたものだ。
ちなみに島国アトランテ王国では、女性も長子であれば普通に爵位が継げる。
元々、世界的に見ても、男性に比べて女性の方が魔力が高く豊富な状態で生まれる傾向がある上に、アトランテ国土の地力の豊富さが関係しているのか、この国の女性は基本的に高い魔力を有していた。
中でも飛び抜けた魔力を持つ者が十数年に一人二人の頻度で生まれるのだが、それが上妃陛下であり、現王妃陛下であり、聖女様であり、ディオーラである、という訳だった。
アトランテ国土守りの要である守護結界が維持し続けられるのも、この飛び抜けた魔力の持ち主が生まれるお陰なのだ。
魔力の豊富さで戦闘面でも男性に劣らず、かつアトランテでは女性の方が生まれる数が少ないということで、他国に比べて女性の地位が比較的高い。
近三代の王やその候補が、基本的に妻や候補の女性にベタ惚れであるという事実も、地位向上の一翼を担っていた。
当主の決定が絶対なのは男女関係なく、貴族家に生まれたのであればどこでも同じだ。
女性が爵位を継げると言っても、オーリオには兄がいるので、嫡子はきちんと優秀な彼であり、どこか家に利がある家に嫁ぐのは変わらない。
という訳で、浮いた身としては、好みで言わせて貰うなら。
年上で落ち着いていて、淑女として感情を表に出さないよう努めているオーリオの気持ちに視線や仕草で気づいてくれるような、大人の男性が理想である。
その条件には、どちらかといえば公爵令息の方が当てはまる。
しかしあくまでもそれは理想だったので、公爵令息はワイルズ殿下に迷惑を掛けられてしまった、より彼と気が合いそうなフェレッテ嬢に譲った。
幻獣に造詣が深い者同士、仲良くやっているようで何よりだと思う。
フェレッテ嬢に、公爵令息を譲ったことは後悔はしていない。
してはいないけれど。
ーーー流石に、残った一人がここまで正反対の男性でなくとも、よろしいのではなくて?
「ザッカーマ公女!!」
少ししゃがれた大きな声で呼びかけられて、思わず息を吐く。
「……はぁ」
「あら、ため息ですの? オーリオ様」
一緒にお茶会をしていて、『最近ワイルズ殿下がまたコソコソ何かをしている』と口を尖らせていたディオーラが、将来の義弟であり、つい最近オーリオの婚約者になった彼を見ながら問いかけてきた。
そう。
声を掛けてきたのは、『絶対に世継ぎにはなれない』と万人が口を揃える第二王子、ウォルフルフ・アトランテ様である。
見目が悪いとか、第二王子だからとか、頭が足りないから、とかではない。
振る舞いが、いっそ清々しいくらいに王族らしからぬ人だからである。
「ウォルフ様。お声が少々、大きいですよ」
「ああ、申し訳ありません!」
ニカッ、と歯を見せて笑みを浮かべたウォルフ様は、日に焼けた肌と潮焼けして光沢を失った固い銀髪を持つ少年だった。
16歳にして声がしゃがれているのも、同じ理由だ。
過渡期の子どもらしさを残しつつも、毎日海に潜っているからか、肩が盛り上がった流線形の引き締まった体つきをしている。
年下で落ち着きがなく、がさつで人の気持ちに疎く、こっちの事情などお構い無しで暇があれば海にいるような子どもっぽい第二王子。
背丈も、まだ伸びるのだろうとは思うけれど、オーリオがヒールを履くと彼を超えてしまうくらい小柄だ。
オーリオは、扇の下で口をへの字に曲げた。
「義姉様! オレの婚約者をお借りしていっても良いですか!」
「あらあら、勿論ですわ」
ディオーラは気にしていないが、学校で女性同士の放課後のお茶会に乱入して、一方的な要求を礼儀もなく平民のごとく気安く突きつける彼は、夜会だろうと他国の人物との会談だろうと同じ態度である。
悪い子ではないはずなのに、教育係の矯正も功を奏さず、彼の態度のせいで、一度国際問題に発展しかけたことすらある。
今は、出島や港を中心に勉強させているらしいけれど(海に関わることなら普通にその優秀な能力を発揮するので)、荒い海の男達とは気が合うらしく、上手くやっている。
つまりは、そうした人物である。
優秀で、黙っていれば金髪碧眼で甘いマスクの貴公子然としたワイルズ殿下ともタイプの違う美形だが。
純粋培養の公爵令嬢であるオーリオから見ると、どうしても乱雑さばかりが目について、どうにも好意を持てない相手である。
ーーーですが。
婚約者になった以上は、寄り添う姿勢を見せる覚悟くらいは、オーリオにもある。
「でしたら、参りましょう。手を取っていただけまして?」
多分、自分から伝えなければエスコートもしてくれないであろうウォルフ様に手を差し出すと、彼はいきなり、白い手袋を嵌めたオーリオの指に自分の指を絡めた、いわゆる恋人繋ぎでガシッと握った。
「〜〜〜っ!」
思わず真っ赤になるオーリオに、物珍しそうな目をディオーラが向けてくる。
「あら、あら」
「いっ……行って参りますわ。ごめんあそばせ」
なんとか動揺を押し殺してそう告げるオーリオの腰を、優しい手つきながら無遠慮に抱いて、ウォルフ様が椅子から立たせる。
「す、少しは遠慮なさって!?」
「ああ、申し訳ない! いつも思うけど、女性のドレスは本当に動きにくそうですね!」
服装を褒めるでもなく、そして口では謝りつつも悪びれた様子もないウォルフ様は。
「ノロノロしてたら日が暮れそうなので、抱いていきますね!」
「え? は?」
ヒョイっとそのまま、オーリオを横抱きにして、攫うように歩き出す。
「こっ、ここは学校ですわよ!?」
「? 知ってますけど。では義姉様! また!」
「ごきげんよう〜」
コロコロと笑いながら見送るディオーラに、もはやパニックのオーリオは構っている暇もなかった。
「お、下ろして下さいませっ! こ、このような格好で校門まで歩くおつもりですの!?」
「ザッカーマ公女は軽いので大丈夫ですよ!」
「そういう意味じゃありませんのよぉおおおおおお!!」
思わず淑女らしからぬ声を上げてしまうほど、破天荒で人の話を聞かないウォルフ様に。
婚約してからこっち、ずっとこのように振り回されているオーリオだった。
当然ながら、後日めちゃくちゃ噂になった。
というわけで、とんでもねぇ第二王子、ワイルズの弟ウォルフ君の登場です。
ナチュラルに人を振り回す年下の彼と、振り回されるのに全然慣れていない年上の公爵令嬢の、ちょっと息抜き的なお話です。
公爵令息は嫡男なので、王位継承権は放棄しており、彼の二人の妹は女性でオーリオより年下です。(継承権があるのは基本公爵家までで、現王直系以外の人は生まれ順です。メキメルは父が前王夫妻の子で母が聖女なので例外)
大きさ補足:島国アトランテは、四国くらいの大きさなので島とはいえめちゃくちゃデカイです。




