はじめての出会い。
ワイルズがディオーラと出会ったのは、3歳の時だった。
『パングこうしゃくけ、ちょうじょ、ディ・ディオーラともうしましゅわ!」
そう言って、ディオーラは頭を下げた。
黒い髪に、赤い瞳、真っ白な肌。
ほっぺはぷくんと柔らかそうで、お人形のように可愛らしく微笑みを浮かべる彼女に、ワイルズは一目惚れした。
ふんわりと淡い桜色のドレスの裾を、短い手でつまんで、丁寧にした淑女の礼も、その可愛らしさを存分に引き立てていた。
「わーわいりゅずだ! でぃおーりゃ、おまえをぼくのよめにしてやりゅぞ!」
精一杯格好をつけてそう言ったワイルズに、ぱちくりとまばたきをしたディオーラは、スッ、と小さな扇を顔の前に広げて、ニッコリと目を細める。
そして、次に放たれた言葉に、頭が真っ白になった。
「おろかでしゅわねぇ、でんか! じぶんのおなまえも、ちゃんと言えないおとこのこを、わたくちがしゅきになるとおもっていますの!?」
「な……なんだとー!? おまえだって『すき』ってちゃんと言えてないだろ!」
「でんかも、『ら』ぎょうが言えてないでしゅわ! おなまえもいえるわたくちのかちでしゅわ!」
「むきー!!」
せっかく可愛いと思ったのに、ディオーラはすごくヤなやつだった。
それから、ワイルズは事あるごとにディオーラに勝負を挑むようになった。
「しょーぶだぞ、でぃおーりゃ!」
「ディオーラ、でしゅわ! わいるじゅでんか!」
「わいりゅずだ!」
「ほほほ! 自分のなまえはちゃんと言えたわたくちが、いっこめのかちでしゅわ!」
「むきー!! そんなの勝負じゃないっ!」
勝手に勝ち星を拾われた後、ディオーラと真剣に戦った。
そして、全部負けた。
鬼ごっこも隠れんぼも、チャンバラもしりとりも、口げんかも取っ組み合いも。
「ふふふ! おろかでしゅわねぇ、でんか! 何度いどんでも、わたくちにかてるわけがないでしゅわ!」
「くそう、ちくしょう……!!」
こかされて踏んづけられて、右の拳を高々と突き上げるディオーラの勝利宣言に、地面にうつぶせになったまま、ワイルズは悔し涙を流した。
それからも、ワイルズは負け続けた。
数年経っても、背丈ですらわずかに抜けることもないまま、同じくらいの大きさで成長して行った。
「殿下? そろそろ、わたくしに勝つのは諦めたほうがよろしくてよ?」
「絶対に諦めないぞ! 生意気なディオーラめ、今度こそコテンパンだぞ!」
「あらあら、女性に対して剣術で本気を出すだなんて、殿下は男らしくありませんのね?」
「ぬぐっ!? そ、その言い方は卑怯だぞディオーラ!」
そのせいで、唯一勝てそうだったチャンバラすらも封じられて。
悔しくて憎らしくて、枕を噛んで眠る日々。
そして、10歳になった時……ワイルズは、父母にディオーラとの婚約を告げられた。
「やだ! やだやだやだ!!」
「ワイルズ。これは上妃陛下のご意志なの。わたくし達も賛成よ」
「あんなのが婚約者だなんて認めない!! いつも僕のことをバカにするあんなヤツ!! 絶対認めないからなっ!!」
それから、ワイルズはディオーラとのお茶会や面会をボイコットするようになった。
ひたすら逃げ回って、顔なんか絶対に見せてやらないつもりだった。
なのに、それも結局、ディオーラに見つかってしまった。
「で〜んか! 見つけましたわよ!」
生垣の裏に隠れていたのを、上から声をかけられてバッと目を向けると、楽しそうなディオーラの笑顔があった。
それがメチャクチャムカついて、ワイルズは吐き捨てた。
「もう会いに来るなっ!! 僕はお前なんか大っ嫌いだ! 婚約者面するなっ!!」
そう言って、ダッシュで逃げた。
ディオーラは追いかけてこなかった。
そして、本当にお茶会の誘いもなくなったし、面会の話もなくなった。
せいせいした、と思ったのは、最初の一ヶ月だけだった。
週に一回は絶対にあった予定がなくなって、ワイルズはソワソワし始めた。
「おい、でぃ、ディオーラは会いに来ないのか?」
従者にそう問いかけると、彼は呆れた顔で答えた。
「殿下が会いに来るなと言ったんでしょう。そりゃ来ませんよ。それに、今は体調を崩されているそうです」
と。
ワイルズはビックリした。
あのディオーラが?
なのに、従者はそこでさらに、ショックを受けるようなことを言った。
「元々、ディオーラ様はお体が弱くて、よく寝込まれるそうですよ。なんでも、本来なら大きすぎる魔力を制御する為に持って生まれてくるはずの瞳が金や銀でなく赤色で、不完全なのだとかで」
言われて、ワイルズは呆然とした。
「体が弱い……」
「ええ。殿下に会う為に、いつも体調を整えられていたとか。登城された次の日は、いつもベッドから起き上がれないと。殿下が見つかった次の日から、感情が乱れて制御がより不安定になり、寝込まれているそうです」
殿下のせいですよ、と言外に瞳で訴えられているような気がした。
ディオーラは、いつだって元気で。
勝てなくて。
悔しくて。
だから、嫌いで。
ーーー嫌い、だったのか?
ワイルズには、近しい友人はいない。
乳兄弟も、物心つく前に、流行病で亡くなったと聞いていた。
歳の近い親戚も弟以外いなくて、貴族家の子達も、ワイルズのワガママな気質に付き合いきれなくて友達になれた奴はいなかった。
そんな中で、ディオーラだけが。
いつだって楽しそうに、相手をしてくれて。
『愚かですわねぇ』
と、言われて、負けたくなくて、頑張るようになって。
無性に、会いたくなった。
あの声が、聴きたくなった。
「……見舞いだ!」
「は?」
「今から、見舞いに行くぞ! 花を用意しろ!!」
「殿下。今から行くのは迷惑かと」
「じゃあ明日だ! さっさと準備しろ!!」
ワイルズが怒鳴ると、従者は仕方なさそうに肩をすくめて、頷いた。
「断られても泣かないで下さいよ? 本当に体調が悪いそうですから」
「っ……分かってる!」
ーーー会えないかもしれない。
そう言われて、何だか、凄く泣きたくなった。
殿下は、小さい頃は本当に愚かだったのです。
親も手を焼くほどの乱暴者の癇癪持ちで、その上変に優秀なものだから、そのまま成長したらどうしようもない子に育つ、と懸念されていました。
それがディオーラに鼻っ柱を叩き折られたことで、努力をし始め、周りに当たり散らすようなこともなくなっていって、大人達は喜んだ……というのが、外野から見た二人の関係でした。
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