十分優秀だよ。
「うぅ……私の何がダメだというのだ……」
叩き出されたワイルズは、外宮の庭で膝を抱えて、ズゥン、と沈んでいた。
ーーー王たる決意もなく。
ベルベリーチェの口にした言葉が、重くのしかかる。
「私とて、私なりに努力しているつもりなのだが……」
確かに、どうしても玉座に座りたいかと言われれば、そこまでの気持ちはワイルズにはない。
正直、ディオーラと仲良く暮らせるなら、それ以外のことなど、どーーーーーーーーーでもいい。
しかしワイルズが王でなくとも、将来の王妃はディオーラだという。
最初に、ディオーラと添い遂げられなくとも、と思った唯一の理由が、体が少し弱いディオーラを過酷な王妃の座につけたくないからだったというのに、自分がどのような行動をしようとも、それだけは覆らないのだとハッキリ言われてしまった。
「私にどうしろと言うのだ……」
ウジウジと悩んでいると、そこにちょうど通りかかった二人が、声をかけてきた。
「あら〜、デートに来てみたら、そこにいるのはワイルズくんじゃな〜い!」
「どうしたんだい? ワーワイルズ」
顔を上げると、そこに立っていたのは、大公閣下と伴侶である聖女。
上妃陛下の実子であり、ワイルズの叔父でもあるヨーヨリヨ大公と。
ヨーヨリヨが廃嫡する代わりに添い遂げた聖女、アンアンナであった。
従兄弟であるキーメキメルの、両親である。
「叔父上、叔母上……」
ワイルズは、実の両親よりも遥かに優しい二人に、ブワッと滂沱の涙を流して、ベルベリーチェに言われたことを話した。
二人は仲睦まじく、いつも楽しそうで、正直ワイルズにとっては理想の夫婦に見えていた。
「あー……母上は……うん……」
「なるほどねぇ〜」
二人はワイルズを挟むように座り、大公は苦笑いを、アンアンナはうんうんと笑顔で頷いている。
「ワタシたちも昔、そんなことがあったわねぇ〜。リヨも、上妃陛下には政治に関しては凡才凡才言われてたもんねぇ〜」
「懐かしいね。異母兄上が優秀だったのに、父上が、母上の子が産まれたんだからとワガママ言って私を王太子にしてね……」
その話はよく聞くけれど、ワイルズは初めて問いかけた。
「な、何でそれなのに、叔母上と叔父上は廃嫡されても婚姻が許されたのですか?」
「それは、リヨの婚約者は元々リーレン様だったからよぉ〜! 王妃はリーレン様! ってその時のお義母様は言ってたの!」
父と母は思い合っていたが、母は叔父上の婚約者で。
聖女として学校に入学してきた叔母上に惹かれた叔父上と、王太子にゴリ押ししたけれど叔父上が玉座を望んでいないことを理解した上王陛下が画策して、王太子から降りたのだという。
「まぁ、結局企みはバレて、母上が怒り狂って魔力を叩きつけたせいで抉れて水源が噴き出した土地がほら、あそこのベル湖だよ」
と、庭から見える湖を指さされて、ワイルズの頬が引き攣った。
「あれ、上妃陛下が作ったんですか……?」
「あの時は本当に殺されるかと思ったねー」
ハハハ、と叔父上は笑うけど、笑い事じゃない。
「羨ましい……ッッ!!」
ワイルズとディオーラも、二人のような関係なら良かった。
母上同様に王妃にと望まれるディオーラではなく、そう、それこそ彼女が、叔母上のような立場だったら。
「でも、叔母上は王太子だった頃の叔父上に惹かれたんですよね……? その、叔父上がそうでなくなることは、嫌じゃなかったんですか?」
「全然! だって私、リヨの顔が好きになったんだもの!」
聖女である彼女の爆弾発言に、ワイルズは固まる。
「か、顔!?」
「そうよぉ〜! それに、リヨは政治には向いてないかもしれないけど、すっごく優しいし、絵も上手いのよ!! 聖女になったのもお給金が良いからだし、お金の心配なんてこれっぽっちもないなら、後はヒモでも良いから優しいイケメンを旦那にしたかったのよ!!」
あまりにも現実的な叔母上の話に、唖然としながら叔父上を見る。
「本当ですか? 叔父上」
「全部本当。実際、アンナは母上の前で堂々とそれを言って、母上に気に入られたんだよね」
『ヒモでも良い』と言われた優しいイケメンである叔父上は、優しく笑いながら、ワイルズの頭を撫でた。
「だからね、理由なんてそんなものでいいと思うんだよ。私は、アンナに惹かれていたし、凡才だと分かっていたから異母兄上に王位を譲りたかったんだ。ワーワイルズも、それで良いんじゃない?」
「ど、どういうことですか!?」
「ディオーラ嬢と一緒になりたいから、王になりたい。ーーーそれで、良いじゃない」
叔父上の言葉に、ワイルズは目から鱗が落ちたような気がした。
「ほ、本当に……? それで良いんですかね……?」
「王たる決意、なんて、きっと父上にも異母兄上にもないよ。あの二人も恋愛結婚で、妻と一緒に居たいから王位を継いだんだし。だから、ワーワイルズもそれを理由にして頑張ればいいよ」
「で、ですが……上妃陛下は、ディオーラに勝てないと、ダメだと」
再びしょぼくれるワイルズに、叔父上と叔母上は顔を見合わせる。
「ディオーラ嬢に、勝てないの?」
「ええ。学校の成績もいつも首席ですし。公務なんかも、ディオーラの方が賢くて」
「ワイルズくんもワタシと一緒で勉強苦手なの〜? どのくらい〜?」
少し恥ずかしくて、ワイルズは肩を縮こまらせる。
「が、学年2位です……いつも、そうなんです」
そう告げると、叔母上は大きく目を見開いた。
「学年2位!? それなのにお義母様はダメって言ってるの!?」
「点数は?」
「10点差くらいです……その、魔術理論応用Bとか、上位魔術実践の実技が苦手で……ディオーラはいつも満点なので……」
「えっと……それって選択授業だよね? ワーワイルズは身体強化が得意だし、内在魔術の応用Aとか、対魔獣実戦訓練とか、そっちを取ったら良いんじゃないの?」
ワイルズは、ますます膝を抱えて縮こまると、頭を膝頭に押しつけて……ボソボソと告げた。
「そ、そしたら……ディオーラと一緒にいる時間が減るじゃないですか……」
二人に理由を伝えるのが恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
別の授業を受ければ、同率一位には、もしかしたらなれるかも知れないけど。
すると、しばらくしてから、二人が同時に吹き出す。
「ワイルズくん、ディオーラちゃんにベタ惚れねぇ〜! 甘酸っぱい〜!!」
「なるほどね……それは、ふふ、大事な理由だね」
「〜〜〜っ!」
笑われて不貞腐れると、今度は叔母上に頭を撫でられた。
「それをそのまま、お義母様に伝えればいいんじゃない〜? あの人、意外とそーゆーの好きだから、少なくとも成績のことに関しては何も言われなくなると思うわよ〜?」
「ワーワイルズは十分優秀だよ。ディオーラ嬢と添い遂げる為だと思って、王太子教育も頑張ったら、きっと認めてもらえるさ」
そう言われて、ワイルズは顔を伏せたまま、コクリと頷いた。
後日。
「殿下? 最近、随分勉強や公務を頑張っておられますけど、どうなさったのです?」
ディオーラにそう問われて、ワイルズは。
「べ、別に深い理由はない! ディオーラに負けているのが悔しいだけだ!」
と、誤魔化した。
しかし、ディオーラは頬に指を当てると、片方の眉を上げて口元を緩める。
「な、何だその顔は!」
「いえ、殿下は愚かですわねぇ。そんなに視線をウロウロさせて吃っていては、わたくしには嘘をついているとバレバレですわよ?」
「愚かって言うな! それにう、嘘なんかついていない!」
嘘ではない。
ディオーラに勝たないといけないのは本当のことだ。
しかし彼女は、それ以上追求せず。
いつものように、ふわりと優しい笑みを浮かべて、ワイルズの頬を撫でた。
「頑張りすぎて、体を壊さないようにして下さいませ」
「わ、分かってる!」
そうこうする内に、廃嫡の話はいつの間にかうやむやになっていた。
という訳で、ちょっとだけ王太子としてまじめになったワイルズくんでした。
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