9
「滞在の目的は?」
「護衛です。ファジール政府の依頼です」
ウエルカムソングが聞こえる。イミグレーションから陽気な歓迎だ。空港は涼しい。外は常夏である。麦わら帽子は欠かせない。暑さ対策で、通気性の良い服も必須だ。アロハシャツが最適である。決してリゾート気分で身に付けるわけではない。
ファジールに来た目的は護衛である。ナオミは入国審査官に強調し、後ろの二人にも改めてと思った。飛行機を降りると魔法にかかる。これはしょうがない。リゾートに免疫がない者の宿命だ。あえて周囲に強調することで、ナオミは自分に言い聞かせた。
ゲートを通過し、テツとハルが合流した。3時間のフライトだった。本島への直行便だ。時差もないので有り難い。朝一の便で来たので、まだ昼前である。
「早くホテルに行こうぜ」
「そうね」
予定は夜からだ。それまで自由時間である。ハルは初の海外で落ち着かない。ナオミも覚えがある。リゾートではなかった。兄に無理やりだ。簡単な依頼だから同行しろと言われ、渋々行った海外が良かった。初めての異国の地。それだけで響くものがある。リゾートなら尚更だろう。
三人は荷物を受け取り、タクシーでホテルへ向かった。ファジールは乾季である。天気は快晴。控えめに言って、最高だ。旅行客も多く、通りはにぎわっている。ビーチが綺麗だ。街並みは今と昔のコントラストである。色が良い。タクシーからの景色で楽しめる。2回目とかは関係なかった。
「ホテルが楽しみっすね」
「だな!」
ホテルまで20分ほどだ。キヨタカはファジール共和国と付き合いが長い。依頼を多くこなして来た。信用があるので、待遇も割と良い。今回のホテルはファジール側で用意したものだ。費用も向こう持ちである。調べたところ、5つ星のホテルだった。前回よりも良いところだったので、仕事が評価されたのかもしれない。逆にプレッシャーでもある。
時間はすぐに過ぎ、タクシーがホテルに到着した。ビーチフロントである。プール完備でとても広い。リゾートを満喫するには十分だろう。ファジールは国際共通語の偀語が通じる。二人は話せないので、ナオミが偀語で会話し、チェックインを完了した。日夲語も通じるところはあるようだ。
「着替えて18時にフロント集合ね」
「了解っす!」
「おう、また後でな」
三人は解散した。部屋は全員ビーチフロントだ。ナオミはすぐ移動して部屋に入った。中はキンキンに冷えている。暑かったのでちょうど良い。奥へ進むとオーシャンビューだ。遮るものは何もない。雲が高く、空と海が繋がっている。テラスにはビーチチェアがあり、日焼けもできる。ビーチかテラス、どちらかを選ばないといけない。
ナオミは荷物を置くなり、さっそく水着に着替えた。黒のビキニだ。派手なのは好まない。しかし日焼けは好きで、面積は少ない。テラスのビーチチェアに惹かれたが、まずはビーチに行くべきだ。準備をして部屋を出る。麦わら帽子とサングラスは忘れない。
道中は誘惑である。プールは避けて通れない。ビーチとの間に鎮座し、行く手を阻んだ。横は50mくらいだろうか。ビーチベッドが海側に並ぶ。パラソル付きだ。ナオミは周囲をゆっくり歩いた。ハイシーズンでも混雑しないのは嬉しい。バーがあり、お酒も飲める。カシスオレンジの気分だ。ぐるりと回ってビーチベッドに座った。日夲人はいないと思ったが、よく見たら隣の大男はテツだ。
「どこの格闘家セレブかと思ったわ」
「お前もな」
フッとナオミは笑った。そうかもしれない。大男と大女だ。二人で並べば皆が見る。視線には慣れていたが、ナオミは少し恥ずかしかった。しかし今さら動かない。テツは起き上がってサングラスを取る。意外と肌は白い。
「あいつはどこにいるんだ?」
「ハルのこと?さあ?」
「問題を起こさなきゃいいけど」
ナオミはフロンティアのTシャツを脱いだ。確かに気になる。右も左も分からないだろう。そういえばタクシーで女がどうとか言っていた。飛行機では偀会話の本を読んでいた。
「ナンパでもしてるんじゃない?」
「ったく、色男め」
ナオミはサンオイルを取り出した。ローションを手に広げる。
「あなたもしてくれば?奥さんには黙っとくよ」
アホか、とテツは横になった。結婚一年目である。新婚ほやほやだが、テツはあまり話さない。いじる機会が少ないので、チャンスは逃さなかった。奥さんは小柄で可愛らしい人だ。以前に一度だけ会った。優しさが滲み出ていた。無鉄砲なテツを支えてくれるだろう。にしても似合わない夫婦ではある。
ナオミはローションを全身に塗る。左腕、右腕、右腋から鎖骨に滑らせる。胸は大きくないが、布面積は狭い。必然と塗る場所は多い。お腹に手を回す。自慢じゃないが6パックだ。溝を指でなぞる。いくつか傷があるが、日焼けで目立たない。足は入念に塗る。特に意味はない。無性に塗りたくなるのだ。足を伸ばし、前屈するように足先まで塗った。
残りは背中だ。塗ってもらうのが定番だろう。しかし自分で塗れる柔軟性は欲しい。テツも意外と柔らかいが、たぶん背中は届かない。筋肉が邪魔だ。ナオミは背中で握手し、まんべんなく塗り込んだ。小麦の肌が艶めく。タオルを敷いて、ごろんと横になった。目を瞑る。周囲はやけに騒がしい。
二人はしばらく横になった。仕事を忘れる時間だ。この一週間は正直きつい。ホテル泊は初日と最終日だけだ。残りは船泊である。もしくは原住民と寝る。同行者次第だ。前回一緒だったボラボラはいるだろう。なら半分は覚悟すべきだ。彼は貪欲である。隣で何かがうるさい。テツのいびきだった。ナオミは起き上がる。パラソルの下では効果半減だ。テツを置いてビーチに出た。ようやく目的地である。
砂浜が広い。海は遠い。しかし目を瞑れば海だ。音と匂いで身近である。空は眩しく目を瞑り、確かに海がそこにある。プールでは分からなかった。匂いは設計された香りだ。人の音はよく馴染む。テツは色々うるさかった。プールと海の境界を渡ったようだ。こちらもよく見ると知った顔がいる。女連れだ。
「ナオミさーん!」
「どうしたの?」
「通訳お願いします!」
どうやって捕まえたのか、褐色の美女二人と一緒だ。可愛い系とグラマラス系である。ハルはフレンドとかイングリッシュ、グッドとナオミを紹介する。手には例の参考書だ。仕方ない。
「この貸しはでかいよ」
あざっす、と頭を振る。後ろ髪が飛んできた。ナオミはサングラスを取って挨拶する。可愛い系がカリンで、グラマラス系がシシリアだ。ファジールの大学生で、今は長期休暇である。暇で遊びに来たらしい。二人は何か話している。ファジール語のようだ。ふとナオミは気付いた。カリンが見ている。
「ナオミさん、ナオミさん」
「何?」
「おれはシシリア狙いっすよ!」
「はいはい、頑張りな」
ハルは才能豊かである。偀語はできないだろうが、コミュニケーションは成立する。隣で聞いてもよく分からない。だがシシリアは笑う。仲良くなりたい情熱がある。欲求に貪欲だ。それも才能である。近くにカフェがあり、四人で行くことになった。ハルはシシリアのそばを離れない。ナオミはカリンと並ぶ。
「シシリアとはいつ知り合ったの?」
「大学から。学部が一緒だった」
カリンは静かだ。前に出ない。しかし内気ではない。真っ直ぐ目を見てくる。金髪のお団子で、目鼻立ちはくっきりだ。小さくて可愛いらしい。水着は控えめである。