8
夕方の公園は静かだった。主婦や子供もいない。土地柄か面積は広く、遊具も揃っている。手入れされて綺麗だが、夕焼けで少し寂しかった。
犯人は一人、ブランコに座っている。まだ幼い。中学生にも見える。到底あれをやったとは思えない。しかし氛は語る。荒々しく、ねっとり絡みつく。ナオミは犯人だと確信した。三人は公園の中へ入る。ブランコは入口に近いので、犯人はすぐ気付き、血走った眼でこちらを睨んだ。幸先は良くない。ユキエは犯人に近づく。
「あの、」
声をかけた瞬間、犯人は咄嗟に立ち上がり、氛を放つ。それにアキラが氛で反応してしまった。犯人は察知して、臨戦態勢だ。待って、とユキエが制したが、無視して飛びかかって来た。しかし三人はそれを避ける。ナオミとアキラはぎりぎりだったが、犯人は驚きを隠せない。ユキエは二人の前に出た。
「お願い、話しを聞いて!」
犯人はうろたえる。ユキエは徐々に近づく。しかし犯人は氛を高め、三人を飛び越えて逃げた。虚を突かれる。追うわよ、とユキエは走り出し、二人はその後を追った。幸先はかなり悪い。
犯人を追い始めたが、プランはなかった。ユキエ頼みである。犯人はそこまで速くない。すぐに追いつく。ナオミはどうしようか考えるが、思い付かなかった。犯人が近づいてくる。数十メートル先だ。
突如、ナオミは違和感を持った。犯人の様子がおかしい。氛が不安定だ。暴れている。走るペースも落ちている。犯人はどこか苦しそうだ。
その直後である。ユキエの氛が一瞬高まったと思ったら、すっとユキエが目の前から消えた。いや、加速している。瞬時に遠ざかる。さらに加速し、気付けば犯人を捕らえていた。早業だ。そのまま抱きかかえ、お姫様だっこで停止する。二人は遅れて駆け寄った。ユキエは犯人を寝かせる。
「大丈夫?深呼吸して!」
ナオミが覗き込むと、犯人は痙攣していた。凍えているようにも見える。焦点が合っていない。氛が徐々に落ち込み、問いかけにも応えない。これが魔に入った状態だろう。ユキエの表情も硬い。
「まずいわね。このままだと」
ナオミは緊張した。最悪のケースだ。慌ててしまい、どうしていいか分からない。とにかく救急車、と思って携帯を取り出した。充電はまだある。119番に掛ける。状況をあたふた説明し、住所で困ってアキラに助けを求めた。何とか完了だ。しかし状況は変わらない。三人で思案していると、アキラが何か閃いた。
「ユキエさん、氛を送るのはどうでしょう?」
「うん、良い考えね」
氛は武器になるが、同時に癒しだ。上手く送れば回復し、自己治癒力も高まる。しかし難しい。人を選ぶ。ユキエやナオミは苦手だったが、これを得意とするのがアキラだ。彼は医者を目指したことがあり、それが氛にも反映されたようだ。フロンティアで随一である。ただ万能では全然ない。回復の速度が多少早まるだけだ。それでも今は十分である。
アキラは隣に座った。手を取って両手で握る。胸の前で祈るようだ。氛が溢れてくる。アキラの周囲が温かい。ナオミは以前、アキラの氛をもらった。心地良く、力が湧いて来る感じだ。まだ様子は変わらないが、きっと良くなるとナオミは思った。
ユキエは警察に連絡した。救急車が来て、警察もすぐに来る。アキラは救急車に同乗し、回復を継続した。その頃には容態も上向き、一安心といったところだ。しかし根本の解決ではない。炎者に落ちてしまった。そこから復帰するのは容易ではない。氛との向き合い方、自分の律し方を模索する必要がある。以前の生活を取り戻すまでは、フロンティアで支援するのが良いのかもしれない。
ナオミは先に会社へ戻った。定時はとっくに過ぎている。外は真っ暗だ。しかし会社の明かりが付いていた。誰かいる。事務室に入ると、テツとハルが駆け寄って来た。帰ればいいのに、とナオミは思ったが、逆の立場なら残っただろう。
「ナオミ!どうなった?!」
「うるさい」
「ナオミさん!」
「わかったから」
ナオミは全貌を話し始めた。分かりやすく伝えようとしたが、難しい部分も多い。しかし無理に繕わず、ありのままを言葉にする。時間をかけて丁寧に伝える。二人には感じたことをそのまま感じて欲しかった。貴重な体験だ。仲間と分かち合う方がいい。高速ランニング、事件現場、氛の跡、ユキエの実力、追跡劇、炎者と犯人、アキラの活躍。ナオミは話しながら、一つ一つを思い返した。
二人は終始、黙って聞いていた。たまにハルが的外れな質問をして、場を和ませた。話しが終わり、一瞬の静寂が流れる。テツは腕を組んだまま動かない。
「どうかしたの?」
「よし、決めた!」
テツは立ち上がる。二人は見上げた。背が高くて首が痛い。
「その犯人をうちで雇ってやろう」
「んん?!」
いやいや、とナオミは反対したが、テツは真面目だった。ハルはどうだろう。
「いいっすね。氛を使えるなら仲間っすよ」
とのことだった。ここは2対1になったが、キヨタカとユキエは分からない。しかし改めて考えると、二人も賛成しそうな気がした。自分がマイノリティかもしれない。
「まあ、社長に聞いてみましょ」
「おれが徹底的に鍛えてやる」
「後輩ができて嬉しいっす」
まだ決まってないけどね、と思うナオミだった。時計を見るともう遅い。みんな本当はクタクタだ。ユキエとアキラはいつ帰るか分からない。ナオミは二人を促して、その場は解散した。