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フロンティア in the Frontier ~ブレテ島とマノミの狩人~  作者: よっしー
ファジールへようこそ
7/49

春の夕日は綺麗だった。時速60km/hで走っていても、遠くの空はよく見える。風の音しか聞こえない。周囲の景色は目まぐるしい。その中で夕日は映えるのだ。ナオミはときどき振り返って、アキラを確認した。ついて来ている。彼も立派な能力者である。


犯行現場には本当に5分で到着した。アキラの息は上がっていたが、ナオミは大丈夫だった。ユキエは言うまでもない。ビルの路地裏にテープが張られ、救急車とパトカーが何台か止まっている。三人は野次馬を避けて近づいた。


「フロンティアの者です」


ユキエが声をかけると、警官は路地裏の先へ案内した。狭くて暗い。奥は行き止まりだ。日中でも人通りは皆無だろう。そこに学生が数人おり、治療を受けていた。周囲に血が飛び散っている。


「負傷者は全部で十六名、半数が瀕死です」

「ひどいわね。それを一人で?」

「ええ。現場に着いたとき、犯人と思われる人物を目撃しました」


ユキエは話しを聞きつつ、視線を壁に移した。次第に上へ移動し、細長く切れた夕焼けを見る。


「その後、犯人は壁を駆け上がって逃げた、というわけね」


なぜそれを、と警官は驚いた様子だ。ナオミとアキラも互いを見合った。ユキエは勝手に話しを進める。


「犯人の特徴は?」

「えーっとですね、市内の高校に通う男子生徒です。黒髪の短髪、160cmほどで細身です」

「最新の目撃情報は?」

「10分ほど前に、駅前の商店街です。高速で移動する人物が目撃されてます。北に進んだそうです」


警官にお礼を言って、ユキエは歩き出した。二人も慌てて歩き出す。


「まずは商店街ね。ついて来て」


ナオミは気になったので、あの、と尋ねる。


「なぜ壁を駆け上がったと分かったんですか?」


それはね、ともったいぶってユキエは話す。どこか得意げだ。


「氛の跡よ」

「氛の跡?」


と疑問に思ったナオミだが、すぐに振り返って現場を見る。意識を集中すると、ごく少量の氛を感じた。それが上の方へ連なっているようだ。


「なるほど、分かりました」

「炎者の氛は独特で濃いから、残るのよ」


動物は氛の跡を残さない。普段は抑えているし、使っても一瞬だ。それに炎者のような独特さはない。キヨタカやユキエなら探知できるかもしれないが、常人には難しいだろう。動物を探すときは、動物が直接出している氛を探る。氛の跡に注目するのは、炎者に対して有効な手段だ。


「すぐ見つかりそうですね」

「そうね。急ぎましょう」


商店街は遠くないが、犯人も移動速度が速い。10分あればかなり遠くへ行ける。ユキエは先ほどより速いペースで追い、すぐに商店街へ到着した。氛の跡を探る。


「確かに北ね」


ナオミも探ってみると、やはり北だった。それに跡が濃い。犯人の氛が強まっている。急がないとまずい。アキラを見ると、追うのに必死そうだ。ユキエは頑張ってと二人を鼓舞し、北へ走り出した。ここからが正念場である。


商店街は市内のほぼ中央に位置する。南は繁華街で市の中心地だ。一方で北は主に工業地帯である。人通りも少ない。犯人はどんどん人気のない方へ進む。さらに跡が濃くなる。そのとき突如、ユキエは速度を落として止まった。近いわね、と方角を指して言う。ナオミも気配を探ったが、場所は特定できなかった。


「距離はどのくらいですか?」

「およそ2キロ先ね」


これが実力の差である。普段は敏腕OLにしか見えないが、目の当たりにすると実感が湧く。ユキエは実力もトップクラスである。尊敬の念を強めつつ、ナオミはどうしますと尋ねた。


「ここからは、気配を消して近づきましょう」

「いつも通りですね」


呼吸を整えたアキラが言った。動物のように、隙を付いて捉えればよい。しかしユキエは振り返る。


「以前にも、炎者を捉えたことがあるの」


そう言って話し始めた。炎者が魔に入るときは、自身の氛を激しく消費したときだ。歯止めが効かず、全ての氛を出し切ってしまう場合もある。そのときの症状は著しい。これは避けるべきである。無理に拘束し、相手を刺激するのは得策ではない。かといって、麻酔で眠らせるのも危険だ。どのようなリスクがあるか分からない。


「だから、相手には落ち着いてもらうわ。話し合って」


二人は視線を交わす。これは大変そうだ。強引で良かった動物とは違う難しさがある。下手をすれば、暴走した相手によって、相手自身が死ぬ。自分たちではなく。しかし肝心な手段がナオミには浮かんで来なかった。アキラも困惑した様子だ。それを察知したユキエは肩をすくめる。


「ま、私も良く分からないけど。なるようになるわ」


なぜ魔に入ってしまうのか、炎者を救い出すことはできるのか、まだ分からないことが多い。能力者による犯罪は増加傾向だ。この問題はフロンティアでも対処すべきである。ユキエはため息を付いた。


「こういうのって、キヨタカの方が向いてるのよね」

「ああ、確かに」

「必要なときにいないって、わざとかしらね」


またユキエの愚痴が始まりそうだ。キヨタカと仲の良い証拠でもある。ナオミはそんな愚痴を聞くのが好きだった。二人の昔話を聞くようで楽しい。時には毒が過ぎるのも良いアクセントだ。しかし今はそのときではない。ユキエも分かっているようだ。気を取り直す。


「まずは気付かれずに接近、その後は、私が話すわ」


了解、と二人で応える。氛を抑え、気配を消す。2キロ先に思いを馳せ、動き出したユキエを追った。


犯人のいる周辺は何もない。住宅が点々と並び、工場がちらほら見えるだけだ。完全な車社会である。人通りはほとんどない。移動中にスマホで調べると、どうやら公園があるらしい。犯人はそこにいるかもしれない。


ナオミは近づくにつれて、犯人の居場所が分かって来た。動物とは違い、ジメっと絡みつく氛だ。独特である。ずっと感じていると、こちらが乱されそうだ。意思を強く持たなければいけない。ナオミは気合を入れ直した。感じた居場所と地図を照らし合わせる。やはり公園で間違いない。公園の入り口が見えて来る。


「あそこね。準備はいい?」


ユキエは振り返って言う。二人は頷くが、緊張を隠せない。相手は高校生だが、炎者であり犯人だ。どちらも初めて対峙する。何を言えば良いのか、ナオミは必死で考える。同時に暴れたときの対応をシミュレーションする。ユキエに頼ってばかりではダメだ。


「いざとなったら、私が無力化するわ」

「了解です。私たちはどうすれば?」


そうね、とユキエは考える。腕を組み、左手で頬を触り、ふと何かを閃いたようだ。


「じゃあ、笑顔ね!」

「笑顔?」


アキラがすぐに反応した。笑顔に何の意味が、と顔に書いてある。


「落ち着いてもらうんだから、怖い顔してちゃだめでしょ」

「はあ」

「笑顔を作って、優しいお兄さんお姉さんを演じてね」

「分かりました。ユキエさんがそう言うなら」


ナオミは一理あると思った。一人に三人で押し掛ける。相手は高校生だ。怖い顔では威圧してしまう。アキラはまだ表情が硬そうだ。ナオミはアキラに微笑む。


「笑顔の練習しとけば?」


アキラは笑って、いりませんよと言った。自然な笑顔である。これなら大丈夫そうだ。ユキエは行くよと歩き出す。準備完了だ。

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