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「油断しないで!」
やっぱり、動くのか、ユキエに駆け寄るのをやめ、敵の、吹き飛ばされた、う、断面を、見ると、流れ出る血に混ざって、何か触手のような、うねうねとした細長いやつが、うぅ、たぶん繊維みたいに、重なって、
「なんだありゃ?キモいな!」
「そうね」
でも、今のところ、動き出す感じはない。下半身はピクピクしているが、ただの痙攣っぽくて、翼に関しては、さっきまでの生々しさは全く消え、腐った枝葉がギュッとプレスされたような、うぅ、そこにミミズがうねうねと、住み着いてしまったような、
「おい、翼も、うねうねだぞ!」
「分かってる!」
たぶん、さっきまで浮き出ていた筋だ。もともと、うねっていたのかもしれない。それにしても、翼は体とわずかに繋がっているだけで、あと少し、攻撃範囲が広ければ、両翼とも千切れていただろう。ユキエのあんな、攻撃は、初めて見た。遠かった背中がまた、遠くなったなぁ、
「おい、」
「あ、兄さん、大丈夫?」
「ああ、それより、」
「何?」
「足元を見ろ」
足元?何が落ちて、
「ひゃっ!」
と、取り乱した。でもこれは、さっき、握りつぶしたやつか。触手がうねうね伸びて、しかも、移動している、どこへ、グシャッッ!
「え、」
ユウジが、踏み潰した、容赦なく。
「嫌な感じだ。探して、潰せ」
「うん、分かった」
周囲を見渡すと、肉片や血がたくさん飛び散って、どれが動くやつか判断がつかない。しょうがない、これをすべて、ん、いや、分かる、氛だ。飛び散った肉片に、点々と氛が、道しるべになって、っていうか、けっこう移動してる。移動の先は、まさか、残った体?
「兄さん!」
「ああ、戻らせるな!ユキエさん、体を!」
「OK、」
ユキエが力を溜めた。でも、同時に敵も、目覚めたようだ。ちっ、運の良いやつめ、近くにいたのだろう。ん、ちょっと待って、なにこれ、敵がさっきより、強くなってる。どんどん、力を増して、間に合うか、間に合え!力を溜めたユキエは、飛んだ、くるりと、優雅に回って、拳を敵に、振り下ろす、
「はっ!!」
ズガッッ!!ギギギギッ、ギギッ、く、互角か、ギギギッ、バリバリッ、
「はっっ!!!!」
ユキエの、追い打ち!ギギギッ、ギギッ、バチバチッ、バァァァンッッ!!!爆ぜた!砂埃が舞って、見えない。でも、くそ、敵の氛は、まだ残っている。ザッ、ユキエが空から降って来た。
「ユキエさん、」
「やられたわ。強いわね」
「起き上がって、来ますかね?」
「ええ、たぶん、」
視界が徐々に、晴れていく。敵の影が、見えた!のか?っていうか、なにこの、形、木のように伸びる、巨大な一本の、棒、でも表面はうねうねと、揺らいでいる。
「みんな、下がって!」
ユキエの声で後退し、視界が、クリアになる。もうできれば、こんな敵、見たくなかった。けど、ああ、風が、吹く、渦を、巻いて、砂埃を、上空へ消し去り、残っていた影はくっきりと、姿を、現した。これが敵、なのか。限りなく白に近いグレーの、ニュルニュルうねうねと動く触手が、大木のように太い、でも限りなく白に近いグレーの表面から、何十本と、生えている。
「なんなんだ、こいつは、」
「分かんない」
「ハルとナプーを、後ろに」
大木の頂上には、もう見慣れてしまったあの、下半身と千切れそうな翼、がっちりと大木に固定され、まるで触手を操る頭のような、根っこが上空へ向けて生えているような、奇怪なブレテ島においてなお、奇怪という言葉が相応しい、姿である。ん、これは、攻撃か?触手を伸ばして、いやいや、距離はたぶん、10m以上ある。こんなの、届くわけ、
「逃げて!」
「まさか、」
来た!避けろ、ダンッダンッ、ダダンッ、ギリギリ、ふう。でも、触手が次々と、ハテマの家を破壊し、あの、木の家の大木を、なぎ倒して、また来る!ダンッ、もう、めちゃくちゃだ。
「ハルと、ナプーは、」
ダンッダンッ、無事の、ようだ。テツとアキラが抱えている。
「みんな、森へ!!」
「おう!」
「はいっ!」
触手の間を縫って、枝葉をかき分け、森に入った。くそ、まだ追って来るか、必死に二人を守り、走り続けると、触手は徐々に減って来た。もう本体も、見えない距離だ。でも、なぜか触手は正確に位置を捉え、ときどきその鞭のような攻撃を繰り出す。
「もう、何で場所が分かるの?」
「ハルだろ?」
「あ、そうだった」
「このまま逃げれば、大丈夫よ」
うねうね来た!蹴りで、弾く!
「ふう!ですね、」
もうあまり、攻撃は来ない。振り返ってみると、たぶん、さっきのが最後の攻撃だ。一度足を止め、周囲を見渡す。うん、確かに、何もやって来ない。でも、何だか不気味で、あまり考えたくないけど、嫌な予感がする。
「まずいわね、これ、」
ああ、早速ユキエが、呟いてしまった。
「どうしました?」
「敵の本体が、動いてる」
本体が、動く?あの大木みたいな、気持ち悪いのが?いくらなんでも、それは、いや、うぅ、はあ、クソでかい氛が、確かにこっちへ向かっている。それに、なんか地面が、
「揺れてる?地震?」
「いや、」
「逃げるわよ!」
やっぱりあいつのか。それに、何なの、速いんですけど!でかいくせに速いなんて、もう、追いつかれる。ダンッダンッダンッダダンッ、振動はほぼ一定のリズムで、途切れることなく迫って来て、逃げる途中、木々の少ない荒れ地を通過し、振り返ってみると、で、
「でかっ!!」
「なんじゃありゃ!!?」
バケモノ、というか、巨大な大根?みたいなのが、50mを優に超える森の木々から、それをはるかに超えて、上空へ突き出している。大根の側面からは、極太の触手を何本も伸ばし、たぶんそれを足代わりに、地面へ突き刺して、移動している。もう、なんでこんなにデカいの、それに速くて、
「ユキエさん!」
「ちょっと待って!今、考えてる!」
どうしよう、このままだと、
「ユキエさん!」
「アキラ?何?!」
「ナプーが、何か言ってます!」
ナプーが?何を、ユキエがアキラに近づく。
「ナプーをこっちに!」
ユキエがナプーを抱えると、ナプーは腕をユキエの首に回し、グッと耳元に寄った。全くもう、自分が瀕死というのに、結局、最後までナプー頼みになってしまった。でも、一体どんな、方法を、ユキエがこっちを見た。
「島の奥へ、行くわよ!」
島の、奥、そっか、
「島の強敵に、任せるんですね!」
「そうよ!一か八か、最後が神頼みっていうのは、癪だけど、ここはナプーを、信じましょう!いいわね?!」
ナオミたちは互いを見て、頷いた。
「OK!ユウジ、方向はどっち?!」
「確認します!」
不思議だ、島の奥、何かが起こりそうな、気がする。でも、まずはそこまで、辿り着かないと。ユウジが方向を確認すると、向かう先は、どうやら今と、逆、方向?
「ええ!!じゃあ戻るの?!」
「仕方ないだろ!」
「どうするのよ?!」
「知らん!お前も考えろ!」
く、どうすれば、あれ?ユキエが突然、止まって、
「ユキエさん?」
全員が止まり、振り返ると、もう、すぐそこに、禿げた木々の向こう側に、敵がいる。
「どう、しました?」
「私が、敵を引き付ける!」
やっぱり、そんな気がした。
「でも、」
「大丈夫、あんなやつに、殺られたりしないから。ユウジはナプーを」
「はい」
ユウジはナプーを、ついでにテツからハルと機材を受け取り、氛の右手にしまう。ダンッダンッダンッ、迫り来る敵を背景に、ユキエはクルッと、縛った黒髪をなびかせ、敵の方を向いた。
「敵を引き付けたら、みんなはそのまま、走り抜けるのよ!」
「おっしゃー!」
「了解です!」
「はいっ!」
ユキエさん、かっこいいなぁ、
「走り抜けたら、あとは奇跡が起こるまで、走りなさい!」
「おう!!」
「さあ、行くわよ!」
「おう!!!!」




