10
ナオミは木の家をじっと見つめる。治療の氛が満ち溢れ、家の全体を覆って、それがあふれ出るように中央の大木を進み、どんどん立ち昇って樹冠に到達し、そのまま四方へ広がってブレテ島のすべてを覆い尽くすような、何とも言えぬ大きな氛の循環に身体が溶けていって、手足の感覚も忘れ、でも隣にナプーは感じつつ、枝葉の隙間から僅かに覗く青空に目をやった。
不思議だ。あれは、青空、なのだろうか。別の、何かが、うごめいているような、ざわざわと落ち着かなくて、ううん、やっぱり違う、気のせいだ。あれは青空に決まっている。だってナプーは何も言わないし、
「おい、」
「えっ!?」
びっくりした。ナプーを見ると、上空を、見上げている。これは、緊急事態だ。
「何かが、来る!」
ナプーの視線の先、枝葉の隙間に見えた青空は、濃くて、薄暗い、モヤモヤとざわめくような、それでいて吸い寄せられるように視線を集め、ふと気が付くと、ガサガサ、バキバキ、枝葉を引き裂いて、何かが降りて来る。
「敵よっ!」
「なんだ?!」
フロンティアも視線を向ける。これは、なるほど、周囲の循環していた大きな氛は、唐突に分断され、そこに流れ込む不快で、不気味で、圧倒的に気持ち悪い氛はおそらく、バキバキバキッ、振り落ちる枝葉と共に、出た!あれは、何だ?飛んでる、人間が、羽ばたいて、ナプーが口を開く。
「翼の生えた、マノミ、」
いや、これはもう、間違いない。枝葉が絡み付いたような翼は不格好に、うねうねと脈打って動き、中心にはあいつを思わせる体躯の男、しかし皮膚は白樺のようにグレーで滑らかな、でもビキビキとひび割れていて、そして何よりも、形相はさらにビキビキと阿修羅のごとく、顔の皮膚だけボロボロ剥げ落ちてしまいそうな、つまりこいつは、あいつらの親玉に、違いない。でも、どうしてこいつは、ここにやって来たのだろう。
「ブオォーー!!」
屈強なハテマが集まって来る。が、親玉は見向きもせず、阿修羅の顔をぐっと動かし、その先は、まさか、木の家に向けている。分かった、狙いは、
「ハル!」
「任せろ」
ナプーが、もう弓を構えて。ぐっ、ナプーの氛が、でか過ぎる、弓を引き、
「ふっ!」
パンッッ!閃光の走った先、左の翼が、吹き飛んだ!回転して、落ちる、いや、強引に片方で持ち直して、え?あれは、吹き飛んだ翼が、再生している。グニュリと枝葉のように、生え戻っていき、元通りに、なってしまった。これはヤバい。
「ナプー、あいつを、お願い!」
「ああ」
とにかく、ハルを連れ出さないと。ナプーが矢を放っている隙に、木の家へ近づき、フロンティアと合流する。
「みんな、」
「ナオミ!」
「やつの狙いは、ハルよ!」
パンッッ、次は下半身、でも、やっぱ再生した。
「なるほど、やつらの仲間か」
「たぶん」
これは、敵の矛先が、ナプーに向いている。
「じゃあ、ハルを助け出さねーと!」
「うん、でも、」
「分かったわ。ユウジとナオミはあいつを、他はハルを!」
まずい、敵が宙を舞って、急げ!ナプーの方へ振り返ると、あそこにいるのは、パイオニアか。でも今は、敵を、く、なんて素早い、右、上、左、宙返りして、速過ぎる。こんなの、どうやって、パンッッ!ナプーは、その上を、いった。けど、また再生しちゃう、
「ふんっ!」
「兄さん?!」
ユウジが飛んだ。再生中の、敵の背後で、氛の右手!しかも、大きい、翼を覆い尽くすように、広がって、握る!ギチギチ、ギチッ、捕らえた、二人が落ちて来る。
「くっ、」
ユウジが着地して、よろけた。なるほど、近づいてみると、こいつはテツより大きくて、ユウジの出す氛が、尋常じゃない。それほどの敵ってことか。
「兄さん、大丈夫?」
「ああ、何とかな」
う、臭い、あの記憶が蘇る。これはもう、間違いないだろう。それよりも、敵の氛が、徐々に高まっている。急がないと、ユウジが持たない。
「こいつ、どうしよう?」
「ユキエさんと、相談する」
「分かった」
ハテマが周囲に集まって来て、パイオニアも、来たようだ。あれ、ナプーは、ぐるっと見回して、いた。そういえば、何度目だろう、またナプーに、助けられてしまった。本当に、最高に、クールな女性である。
「おーい、ナプー、捕まえたよ。あれ?」
呼んでるのに、反応がなくて、え?うそ、倒れた?
「ナプー!」
すぐに駆け寄ると、ナプーが仰向けで、痙攣している。こんなナプー、見たことない。本当にギリギリ、だったのか、いや、それよりも、どうにかしないと。
「どうしました?」
「タケル?ナプーが倒れて、」
「たぶん、氛の消耗でしょう。彼にお願いすれば?」
「そっか、アキラさん、」
ナオミはナプーを抱き上げた。ああ、すごく軽い、細い肩で、汗をかき、呼吸も浅い。早くしないと、振り返って木の家に向かう。あれは、入口からテツが出て来て、ハルを抱えている、ようだ。後ろにユキエと、アキラもいる。
「アキラさん!ナプーを、」
「あ、はいっ!」
「敵は?!」
「捕まえたよ、あそこ!」
駆け寄ったアキラにナプーを任せる。たぶん、ナプーはこれで、大丈夫だ。次は、こいつ、近づいてみると、ギチギチッ、ギチッ、ヤバい、めちゃくちゃに暴れて、ときおり変な、ヴゥゥーーって声で鳴いている。ユウジは本当に、つらそうだ。
「どうしましょう、ユキエさん?」
「これは、殺るしかないわね」
「でも、敵は再生しますよ?」
「そうね。まずは、頭を潰しましょう」
まあ、確かにそれなら、でも、どうやって、ナプーは無理だし、ん、
「何、これ?」
「くっ!」
敵の氛が、膨れ上がっていく、ヤバい!
「兄さ、」
パァァンッッッ!ユウジが、飛ばされて、
「ヴゥゥーー、」
敵は地面に、降り立った。両手をだらりと下げ、ひび割れていたグレーの皮膚は、きめ細かな、網目状の真っ白な筋が全身を覆い、体の隅々まで、何かを供給するようにドクドクと、音が、聞こえて来そうなほど、脈打っている。
「ヴゥゥ!」
つ、翼が、再生中の片翼がグニュリと生え、その両方を、真っ白な筋が浮き出た両翼を、見せつけるように、バサッと広げた。体が、動かない。こんなやつ一体、どうやって、
「え、」
突如、ナオミの横で、何かが弾けた!と思ったらユキエが、敵に突っ込んでいる。でも、ダメだ、敵は反応して、カウンターの、右!な、消えた?ユキエは、どこへ、
「うっ、」
次は、重たい氛、ユキエの、敵に勝るほどの巨大な氛が、敵の、後ろ、に、
「はっ!!」
パァァンッッッ!一瞬光って、敵の上半身が、はじけ飛ぶ。ボタボタ、ボタ、降り注いで来るものは、大きな肉片と、血と、この手に乗ったのは、何だろう。まだ、動いている、のか、ギュッと握りつぶし、残った下半身と翼に目をやると、敵は膝から、崩れ落ちた。




