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ナプー、こっち!」
「ああ!」
ヘリから身を乗り出し、ナプーは矢を、放つ、ヒット!よし、だがこんなときに限って、やたら敵が多い。ハルをトキリから運搬するのは断念し、ハテマ集落の近くまでヘリで輸送している。問題は上空の敵だ。ハテマに聞いて、空に敵が多いことは知っていたが、これは、やっぱり多すぎる。
「おい、もう一匹!」
「ふん!」
命中した、翼竜がひらひら落ちていく。さすがはナプー、百発百中だ。でも、これがいつまで続くか分からない。そろそろ、着いてほしいが、ユキエを見ると、どうやら携帯で位置を確認して、ヘリ前方に視線を移す。
「あと少しだから、がんばって!」
「了解です!」
また後ろから、ナプーは身を大きく乗り出し、構えて、ガタッ、揺れた、が、いった!ふう、命中したようだ。これで、上空はだいたい片付いた。前方の平地を確認し、こっちも敵は、なし、ユウジが先に降りて、ヘリは徐々に、高度を下げる。OK、地上も問題は、ない。ゆっくり降下し、無事に、地上に、着陸だ。周囲を確認して、担架に乗ったハルと医療機器を下した。
「よし。それじゃあ、ユウジ、またよろしくね」
「はい」
「機材は任せろ」
今度は祖母の代わりに、ハルを氛の右手に乗せる。乗り心地に集中すれば、ほとんど揺れを感じないレベルの運搬ができる、そうだ。初耳である。集落までは歩いて30分なので、祖母には歩いてもらい、テツはユウジの横で機材を運ぶ。一応バッテリーとかもあって大荷物なので、テツに確認してみたが、やっぱり一人で十分らしい。その他は護衛である。
ハルを優しく包み込み、テツが機材を抱えて、出発する。森の様子は、特に問題ないようだ。この辺はハテマの庭みたいなもので、ハテマの通り道もあって、一番のネックは上空の敵だった。それを突破できたので、あとはだいたいスムーズに進み、予定の30分で集落に着いた。
「やっと着いたわね。ハルはどう?」
「大丈夫、と思います」
「機材も問題ないですよ」
ユキエは頷いて、ナプーに振り返った。
「えっと、木の家に行けばいいのよね?」
「そうだ」
何か、様子が、再び歩き始めたが、集落の雰囲気というか、ハテマの立ち居振る舞いというか、いずれにしろ、昨日と何かが違う。それに、これは、祖母の気配だ、とても集中して、ゾーンに入っているような、たぶん準備は万全だろう。ハルを木の家まで運び、ユウジとテツが中に入る。ナオミも続いて入ろうとすると、傍で立っていたハテマが入口を塞いだ。
「え、何?」
首を振っている。なるほど、最小限の人しか入れないようだ。すぐにユウジとテツも出て来た。
「中はどうだったの?」
「何かこう、神聖な雰囲気だったぞ。ハルを祭壇みたいなとこに寝かせて来た」
「祖母以外にも何人かいたな」
「ハテマが総出で対応するのね」
続いてナプーも出て来た。ユキエが近づく。
「治療は始まったの?」
「そのうち始まる。あとは、治療が終わるまで待機だ」
そうか、もうこれ以降は、祖母に任せるしかない。
「いつまで続くの?」
「分からない。何日も続くかもしれない、と言っていた」
「そう」
やはり、未知の菌は、治療が難しいのだろう。普段はこんなにかからないらしい。補助のハテマも付けて、ゾーンに入って、ようやく何日かで終わるという、本当によく引き受けてくれたなっていうレベルの治療である。ちょっと祖母の体が心配だ。
「どうも、フロンティアのみなさん」
「おはようございまーす」
パイオニアだ。3人揃っている。
「もう中に?」
「うん。そっちはどう?昨日はどうだったの?」
「まあ、順調に進んでますよ」
しかし3人とも、疲れが見えている。リョウコは特に、いや、いつものことか。この後も話し合いがあるそうだが、取り敢えず順調とのことで、今日中にはまとまるらしい。なるほど、ボラボラもテレビ会議で参加するようなので、両者の潤滑油になってくれることを願うしかない。
さて、これからどうしよう。ユキエはどこかに電話を掛け、パイオニアとユウジたちは、雑談を続けている。ん、これは、治療の氛だろうか、木の家から突然立ち昇った。濃くて、力強い、もっと穏やかな氛を想像していたが、なるほど、一人では無理なはずだ。
「ナオミ、」
「ん、ナプー?どうしたの?」
ナプーが近寄って来る。え、近い、ああ、耳打ちか。
「ついて来い。話そう、二人で」
「二人で?分かった」
珍しい、というか、こんなふうに呼び出すのは初めてだ。ナプーは木の家を少し離れ、あとをついて行くと、ねじ曲がった大木の傍で止まった。一体、何を話すのだろう、ナプーはこちらに振り返った。そうだ、久しぶりに携帯を出す。
「それで、どうしたの?」
「パイ、オ、ニア、」
パイオニア、と言ったのか、ナプーの口から出て来るのは意外だ。指を差してやる。
「あいつらのこと?」
「ああ、そうだ」
ナプーはパイオニアを見て、すぐに目を逸らした。
「パイオニアが、どうかしたの?」
「あいつらは、何かを隠している」
ナプーは携帯を見せた。何かを、隠している?確かにそう書いてある。ライバル企業だから、隠しごとなんていくらでも、いや、この場合、ハテマ絡み、かもしれない。ナプーは携帯を口に寄せ、話しを続ける。
「ハテマがおかしくなったとき、ハテマから妙な匂いがした、と言ったのを覚えているか?」
「妙な匂い?ああ、覚えてるよ。長老が使ってる植物の匂いに、似てるやつでしょ?」
「そうだ。その妙な匂いが、パイオニアから、していた」
パイオニア、から?これは、一体どうして、ナプーはさらに続ける。
「パイオニアの小さい女が、病院の部屋で、ハルの居場所を探していただろう?あのときだ。女がいる部屋に初めて入ったとき、その妙な匂いがした」
あのときに、匂っていたのか。でも、それよりも、いったん落ち着こう。はあ、パイオニアをちらっと見る。ナプーも知らない植物?の匂いが、ハテマに襲われた直後に、ハテマと何の関係もないパイオニアからしていた、ということは、つまり、ナプーから携帯を受け取る。
「ハテマの暴走に、パイオニアが関わっているかもしれない、ってことね」
「イエス」
パイオニアということは、裏にいるコンティスタが関わっていて、それはつまり、移民系も関与している、ということだ。よく考えれば、ハテマが暴れて一番利益を得たのは、移民系である。これはやはり、パイオニアに探りを入れる必要があるだろう。
「ふー、ナプー、ありがとう」
ナプーが頷いている。もし、パイオニアが関わっていて、パイオニアのせいでハテマが暴走したのなら、この、ハルの落とし前を、どうつけさせてやろうか。身体の奥から、込み上がって来る。おっと、平常心、平常心。ふーー、まずは真偽を確認してから、いや、というより、全てはハルの治療が終わってからだ。
「ナプー、このことは、二人だけの秘密にしといて」
「分かっている」
「今は、ハルの治療が最優先だから」
「ああ」




