表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/49

囲炉裏の前には、長老ともう一人、銀髪のように綺麗で長髪の、おそらく白髪であろう髪を後ろで縛り、目はぱっちり二重で、すらっと長い手足に、張りのある肌と小ジワの女性だ。なるほど、色恋も頷ける。


「えっと、ナプー、」

「ああ、彼女がそうだ。事情は簡単に説明した。治療は、可能だそうだ」


ユキエがパッと振り向いた。


「治療は可能だって」

「おお!」

「すごいですね!」


さすがに嘘はないか、本当にできるとは。


「だが、問題もある」

「問題って?」

「能力は万能ではない。ハルの毒が治せるかどうかは、実際に会ってみないと、分からない」

「そう」


ユキエがちょっと、沈黙して、すぐにこちらを見た。話しを聞くと、なるほど、これは当然、会ってもらうしかない。でも、どうやって、


「方法は、どうします?」

「ハルは動かせないから、もう、来てもらうしかないわね」

「まあ、そうですよね」

「ナプー、」


ユキエはナプーを呼んで、たぶん、その内容を伝えているだろうが、どんな風にだろう、ファジール語は分からない。強気にいったか、下手に出たか、いずれにしても、ハテマは素直に応じない気がする。ナプーはユキエと話すうちに、顔がだんだん厳しくなった。でも振り返って、ハテマと話し始める。ユキエは溜め息をついた。


「難しいかもって、ナプーが言ってた」

「ですよね」

「ダメだったら、ハルを連れて来ますか?」

「いや、危険すぎるわ。確証がないと、」


ん、ハテマの声が、大きくなった。やはり揉めているようだ。さて、どう話しが転ぶのか、ここはナプーの交渉術に頼るしかない。あれ、ナプーがこっちを向いて、もう戻って来る。でも、終わった様子は全然ない。


「ナプー、どうしたの?」

「島からは、出たくないと言っている」

「ああ、やっぱり」

「それと、問題はもう一つある。仮に、ハルを治療できるとしても、ここでしか、治療できない。ハルはどっちにしろ、ここに連れて来ないといけない」

「なるほど、だから連れて来いってことね」


ユキエがこっちを見て、腕を組んでいる。なるほど、話しを聞くと、確かにハルを連れて来れば効率が良い。が、こんなブレテ島の奥地なんて、無事に連れて来るのも大変だし、もしダメだった場合、ハルが往復の運搬に耐えられるのか。


「最初は、絶対に来てもらうべきですよ」

「もちろんよ。そこは譲らないわ」

「じゃあ、うんと言わせる方法を考えないと」


しかし、そうは言っても、そんな方法すぐに思いつかない。


「っていうか、何でハテマは渋ってんですか?ちょこっと来るだけなのに」

「もともと、外部との接触には猛反対してたからね。越えちゃいけない一線、みたいなのがあるのよ」

「マノミと大違いですね」


うーん、どうしよう、ここは強引に、いや、そういえば、ボラボラに相談するのもありか。フロンティアで話していると、後ろの方から声が聞こえた。タケルか。


「こういうのはどうでしょう、国からの正式な依頼として、治療に関する全面的な協力をお願いする、というのは?依頼と言いつつ制裁みたいなものですが、貢献の度合いによっては、制裁の緩和が望めます」


なるほど、国を使う手があった、けど、


「その前に、タケルがそんなこと決めちゃっていいの?」

「もちろん相談しつつですが、OKです。私たちのボスは、コンティスタの幹部なので」


そういえばそうだった。移民派とパイオニア、両方ともコンティスタの息がかかっていた。


「タケルさん、ハテマに制裁のことはもう伝えたの?」

「いえ、まだです。まずはそこからですね」


ハテマ、軍、マノミ、パイオニアで話し合うそうだ。場所を中央の家へ移し、そこにナプーも混ざって話し始める。さっきの件はパイオニアが進めてくれるらしいが、時間はしばらくかかるだろう。フロンティアはちょっと休憩だ。


ユキエはどうやら、傍で話しを聞いている。ユウジは壁にもたれて、腕を組み、目を閉じている。そっとしておこう。テツとアキラは家を出て、一緒に集落を散歩しているようだ。ナオミも二人について行き、カメラを回してやる。


「アキラさん、この、床が地面から浮いてる家の作りって、何て言ったっけ?のどまで出かかってるのに、思い出せないんだよ」

「高床式住居でしょう」

「それそれ、高床式だ、スッキリしたぜ」

「カメラ回ってるからね」

「えっ!?」


三人は話しをしながら、家と木の間をぬって歩く。ハテマもマノミのように、周囲の木はほとんど切っておらず、空いたスペースに家を建てている。けっこう家は密集して、そのせいか場所は強引なものも多く、四方を大木に囲まれた家もあった。でも、大木が家を貫くところは、中央の一つだけだ。


「そういえば、年配のハテマが多いな。マノミは少なかったのに」

「ハテマは体が強いからね。襲われても、生き残る確率が高いんじゃない?」

「そういうもんかね」

「彼女もいますしね」


それもそうか。治療系の能力があるなら、思い切った行動ができるかもしれない。しかしハテマは綺麗好きだ。集落は雑草などがきれいに除去されて、ゴミもないし、マノミはもっとこう、自然な感じだった。


「話し合いは、どうなりますかね?」

「どうだろう、でも、ファジールは本気っぽいしね。テレビ会議もつないでたし、上が出て来るかも」

「ハテマに勝ち目なんてないだろ。あんまり、ひどくならないといいが」

「そこは、パイオニアに任せましょう」


しばらく外を歩き、時間をつぶしていると、ユウジからチャットが来た。もどってこい、と書いてあるだけだが、取り敢えず、いったん戻ろう。三人で中央の家に行き、中へ入ってみると、どうやらまだ、話し合いの途中らしい。ユキエとユウジが寄って来る。


「進展があったんですか?」

「ええ。祖母は来てくれるって」


ユキエが指差す先に、祖母がいる。そうか、それは良かった。手段はどうであれ、ハルにとってはプラスである。祖母の隣にはナプーがいて、二人が一緒にやって来る。祖母の様子は、これは、とても真剣で、控えめで、ことの大きさを自覚したような顔だった。ユキエによると、どうやら話しはまだ途中だが、ハルの件は最優先にしてくれたらしい。ナプーが祖母と話し、頷いている。


「こっちは、いつでも出れる」

「分かったわ。それじゃあ、みんな、ハルのもとへ帰りましょう」


帰りはユウジが頑張ってくれた。祖母にマラソンはつらいので、ユウジが氛の右手で包み込み、運んでやる。そういえば、あの右手の中は、いったいどんな感触なのだろう。ナオミは包まれたことがない。運ばれる様子は、もちろん快適そうに見えるけど、どちらかというと、お風呂みたいに気持ちよさそうで、ちょっと包まれたいと思ってしまったが、たぶん頼んでもやってくれない。というより、何だか握りつぶされそうだ。


しばらく走って、無事にトキリへ着いた。ボラボラとジオンが出迎えて、事情を説明し、一応ここは長老にも会っておこう。ちらっと祖母を観察する。久しぶりの、再会かもしれない。長老のところへ案内すると、二人は静かに近づいて、黙ったまま、しばらく見つめ合っている。お、長老が何かを話して、少し会話し、雰囲気は穏やかな感じだが、すぐに祖母は背を向けた。ナプーと目を合わせ、頷いている。


「ハルのところへ、行こう」

「分かったわ。船に乗りましょう」


ふう、あと1時間くらいか、そろそろ日が暮れてしまう。急いで船に乗り、出発する。祖母は、思ったより普通というか、周囲に無関心で、指示された椅子に座り、対岸の景色を見ているようだ。ナオミは祖母の視線を横切って、ユキエの隣に行く。風が、やっぱり強い、側面の手すりに掴まった。


「何で彼女は、来てくれるようになったんですか?」

「詳しくは分からないけど、ひょっとしたら、ナプーの影響かもしれない!」

「ナプー?」


ユキエによると、ファジール側は映像を通して文明の偉大さ、強大さを伝えたそうだが、そのときにナプーが色々と補足をしていたらしい。ただ映像を見せられただけじゃ納得しなかっただろうけど、ナプーは実際に見て体感しているから、その言葉が決定打になった、かもしれない。つまり、ファーストフードを食べさせて正解だった、かもしれない。


しばらく進んで、ジガリス川の河口を通過し、海へ出た。取り敢えず、普通に帰って来るという目標は達成できそうだ。でも、きっとまた戻って来る、ハルを治療しに。次の目標は当然、ハルを治すことである。船は軽快に進み、ナイラ島が見えて来た。祖母の様子は、とても、集中している。きっと真摯に対応してくれる。


ナイラ島へ着き、すぐにタクシーを乗り継いで、病院に到着した。もう日が暮れる。急いで先生のところへ行き、事情を説明して、ようやくハルのもとに着いた。ふう、静かにドアを開け、集中治療室に入る。中はやっぱり重苦しい。


祖母は、何も言われなくても、分かったようだ。機器に囲まれたベッドへ近づき、弱々しいハルの手を、握った。これは、氛、だろうか、なるほど、治療というだけあって、心地が良い。傍にいるだけで、何かが治ってしまいそうな、あれ、祖母の氛が、小さくなっていく。ハルの手をそっと置き、こちらを向いた。えっと、もういいのか、それに何だか、頷いている。


「ナプー、」

「ああ」


ナプーが近づき、耳打ちをする。もどかしい、何を話しているのか。


「ねえ、ナプー、どうなの?」


ゆっくりこちらを見た。


「ハルは、治せる」


そうか、治せる、のか。テツとアキラが安堵して、先生も隣で驚いている。本当に治るか分からないが、ひとまず、良かった。さて、これからどうするか、もう暗くなってきた。当然、ハルはもう連れて行けないし、祖母を帰すのも危険である。


「申し訳ないけど、彼女には、ここに泊まってもらいましょう」

「そうですね」


ナプーが事情を説明し、どうやら、納得したようだ。祖母を部屋に案内する。今日はおそらく、ナプーも同じ部屋に泊まって、ずっと一緒にいるだろう。慣れない環境で体調を崩さないか心配だが、そこはナプーに任せよう。


それよりも、明日の準備である。どうやってハルを安全に運ぶか、さすがにちょっと疲れて来たが、話し合わないと。今日はまだまだ、気が抜けない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ