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動植物に関しては、東が特別危険というわけではないが、マノミに土地勘はないし、湿地帯は移動が困難なので、捜索は難しいとのことだった。


「もちろん、私が行けば見つけられるだろう」

「ナプーが行けば、見つけられるって」

「それは、そうですけど、」


うーん、何というか、取り敢えずナプーみたいな、ナプーを便利屋として使っている気がする。まあ、本人がいいと言えばいいのだが、適正な対価を考えると、フロンティアの護衛料金より高値なわけで、それをきっと無償で引き受けてくれちゃうから、もう。


「分かってるって。疲れもあるだろうし、ナプーは最終手段にしましょう」

「はい。できれば、ナプーなしで見つけたいですけど。他に、情報はないんですか?」


何だろう、ユキエが困った顔をしている。


「実はね、ハテマっぽい集団は、移動しているらしいの」

「移動、ですか」


ユキエがふーと息を吐く。


「トキリの方へ、向かってね」


トキリの方、なぜ、それじゃあ元の集落へ戻ってしまう。


「確かな情報なんですか?」

「アヤノさんがずっとウォッチしてるから、ある程度はね」


それなら、確かかもしれない。可能性は2つ、考えが変わってマノミと和解する、もしくは、考えが変わってマノミを殺す、それとも、気まぐれに戻る。まあ、いずれにしても、行動がどこかおかしい。テツは不意に箸を止め、フリフリ動かし、先端でナオミを指した。


「そういやナオミよ、ハテマに襲われたとき、ハテマの様子がおかしくなかったか?」

「ああ、そういえば、そんな気がする。確かハテマは、大きくて違和感のある氛と、血走った目、だった」


それにイカれた儀式と、あいつだ、殴って来たやつ。そう、ナプーも殴った、でもナプーの顔は無傷で、綺麗で、やっぱり手加減をしたのだろうか。あ、


「確かナプーも、何か言ってたよね?ユキエさん、」

「OK、」


ユキエが聞くと、箸でシャリをツンツンしていた手を止め、ナプーは、考えている。でも、すぐに言葉が出ないようで、ちょっと待ってやり、ナプーは静かに箸を置いた。


「あのときハテマは、普通ではなかった。ホトムは禍々しく、性格は非情で、聞く耳を持たなかった。あれは、ハテマではない」

「そっか。ハテマとは思えないほど、変わっていたようね」


そんなに、変わっていたのか。様子がおかしいどころではない。やっぱり、ハテマに何かあった。


「ハテマは元々、お前たちが島へ来ることに反対していた。だが、殺そうとするほどのことではなかった。それが、あのとき、突然殺すと言い出して、全く説得に応じなかった」

「そうだったのね」


ユキエの訳を聞き、マノミとハテマは、思った以上に交流があったようだ。そういえば、あいつとナプーも、会話していた気がする。ハテマも一人殺して、ナプーはたぶん、つらかったに違いない。


「ちょっといいですか、」


ユウジだ。目を閉じ、腕を組み、黙って動かなかったユウジが、目と口を開いた。


「どうしたの?」

「これは、炎者の症状に、似ていますね」


ああ、確かに。ユキエも頷いている。


「そうね。でも、同時にハテマ全体でしょ?そんな事例、聞いたことないわ」


それもそうか。集団で氛と精神を狂わす、ブレテ島の不思議かもしれない。


「ナプーは、何か思い当たる節はないんですかね?」

「OK、」


ユキエに聞かれ、ナプーはまた考えている。天井を見て、料理を見て、腕を組んで、お、何か思い付いたか。


「そういえば、微量ではあるが、ハテマから妙な匂いがした。長老が使う植物の煙に似ているが、別物だろう。私の知らない植物の匂いだ」

「なるほど、あなたたち、マノミの長老に会ったわよね?どんな匂いがした?」

「えっと、お香みたいな匂いですけど」

「それに似た匂いが、少しだけどハテマからしたようね。別物らしいけど、ナプーの知らない植物みたい」


ナオミはテツと目が合った。そんな匂い、ハテマからした記憶が全くない。まあ、凡人には分からないやつだろうけど、それがハテマを狂わせた原因、かもしれない。


でも、やっぱり不思議だ。ブレテ島を何世紀も生き抜いたハテマが、ナプーも知らないような珍しい植物に対して、どんな危険があるかも分からずに接触し、ハテマ全員が侵される、なんてことがあり得るのか。不思議だ。ブー、ブー、ユキエの携帯が、鳴っている。電話に出て、頷いて、すぐに切った。


「精密検査の結果が出たって」


心臓がギュッとした。ふう、ナプーの顔を見て、深呼吸して落ち着こう。テツが料理をかきこんでいる。


「どうした?」

「えっと、ハルの、」

「ハルの検査結果が出たから、病院に戻りましょう」

「分かった」


みんなで席を立ち、ユキエは会計を済ませ、ホテルを出る。外を歩きながら、心の準備をしておこう。歩くと気持ちが前に向く、らしい。取り敢えず、暗い顔のアキラを安心させてやった。


病院に着いて、すぐに3階の診察室へ行き、扉を開けた。これは、書類や薬の詰まった棚に、大小の機材が散逸して、元々は狭くなさそうだが狭く見えてしまう感じの部屋の中央に、先生が立っていた。小太りで背が低く、体型はボラボラっぽいが、肌色からして移民系の先生だ。歳は50くらいだろうか。


「みなさん、入ってください」


ぞろぞろ中に入り、先生は散乱したデスクの椅子に座った。みんなで囲む。


「早速ですが、」


と切り出した先生によると、結果はよく分からない、とのことだ。お腹の傷は急所を外れ、他に目立った外傷はなく、こっちは問題ないのだが、どうやら未知の菌に感染しているらしい。もう意識が戻って良いのに戻らないのは、これが原因かもしれない。


「残念ながら、この病院でできることは、もうありません。早急に本島の病院か、日本の病院に搬送すべきです」

「分かりました。搬送しましょう」

「ですが、現状は搬送が難しいです。容態が徐々に悪くなっており、今動かすのは危険です」


ということは、このまま、見守るしか、でも。先生は雰囲気を察したのか、すぐに口を開く。


「各国の医療機関と連携を取りつつ、我々も24時間体制で尽力しますので、今はお待ちください」


やはり、待つしかできないのか。テツとナプーにも説明し、診察室を出て、一度ロビーに集まった。雰囲気は、もちろん暗い。ユキエがパンと手を叩く。


「暗くなっててもしょうがないわ。やるべきことを、やりましょう」

「そうですね」

「おう!」


ユキエは全員に指示を出し、と言っても今日は全員とも完全休養ではあるが、その後すぐに解散した。でも、ユキエがロビーに残っている。気になる。


「ナプー、ちょっといいかしら?」

「何だ?」


私も混ざっちゃおう、ナオミはユキエの隣に忍び寄った。まあ、ファジール語だから分かんないけど。ユキエと目が合って、フッと笑われた。


「トキリに戻りたかったら、いつでも言って、と伝えるだけよ」

「ああ、なるほど」


ユキエがそうナプーに伝えると、ナプーは下を向き、何か考えている。まさか、早速、確かにしばらく帰っていない。初のブレテ島外で、この長期間はさすがにホームシックに、いや、それはないか。ナプーが顔を上げた。


「ハルの毒は、治せるのか?」

「えっと、現状では、治す方法はないわね」

「そうか」

「どうかしたの?」


何を話しているのか、気になる。


「実は、長老から聞いたことがある。ハテマには、ホトムを使って、毒や病気を除去できる者がいると」


ユキエの目が大きくなった。一体、何を、もどかしい。


「それは、つまり、ハルも治せるってこと?」

「分からない。だが、長老に一度、聞いてみる価値はあるだろう」

「ユキエさん、何を話して、」

「ナオミ!」


大声で呼ばれた、ユキエは振り返り、ナオミの肩にパンッと手を置く。力が、強い、これは、


「トキリに戻るわよ。ハルを助けに」

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