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これを一人で行うのがキヨタカで、圧倒的な強さのカリスマだ。テツを含め、多くの者は大陸を目指す。能力者のロマンである。
「彼はタフですよ。ボディーは特に」
「なら、そこに一発入れてやる」
「力比べですね」
「テツさんならいけますよ!」
「おう!」
テツは氛を高め、ホシノマグマも反応する。作業員に緊張が走ったが、そこには期待も見え隠れする。テツが内側の鍵に手をかけた。
「がんばって」
「ああ」
「爪には気を付けて。あと牙も」
「分かってる」
深呼吸をして、鍵を開けた。両者は目を逸らさない。中へ入り、扉を閉めると逃げ場はない。邪魔者もいない。力を出すだけである。周囲はいつのまにか静寂だ。
「おっしゃー!」
テツは勢いよく中へ入った。両者の距離は4m。相手は四肢を付いて、臨戦態勢ではない。テツが時計回りに動き出すと、相手も同様に動いた。実践前と違い、どこか冷静だ。見合ったままゆっくり回る。ナオミは息を飲んだ。突如、相手は頭を八の字に振る。
「何か来るよ!」
振り子はリズミカルだ。頭がテツに近づき、遠ざかる。近づき、遠ざかる。再び近づき、加速する。今度は大きく遠ざかる。深く沈み、近づくと同時に左手を振りかぶった。速い。そして大きい。天井に爪が届きそうだ。テツは動けない。ズザッと胸を裂いた。
「がはっ!」
後方へ飛ばされ激突。次は右手を振りかぶった。目の前がマグマに燃える。テツは体勢を崩すが、咄嗟に右手の下へ。避けて距離を取った。全員が凝視する。
「大丈夫ですか!?」
「テツさん!」
ナオミは素早く移動し、テツの後ろへ行った。ホシノマグマは振り返る。
「平気?}
「ああ、平気だ。氛の影響だな」
思ったよりもダメージはない。Tシャツも破れていなかった。氛が抑えられているためだ。ナオミは安堵する。
「ちと油断した。中は全てやつの間合いだ」
相手は再び時計回りに動く。テツも動き出し、声を上げる。
「こいつの氛を、もっと解放してください!」
全員が目を丸くする。確かにダメージは少ない。全力の一撃かは不明だが、手加減はしてないだろう。作業員たちは互いを見交した。そこでナオミが動く。
「現役のテツを信じましょう。もしものときは、お願いします」
作業員は引退している。実践の勘は鈍い。テツが良いと言えば、それは正しいだろう。しかし腐ってもベテラン。彼らは訓練の補助に長けている。動物の氛を観察し、最大値を把握、安定して氛を抑え込める。テツが危なくなったら、瞬時に氛を送り、動物の氛を無力化すればいい。彼らは頼られる存在だ。
ナオミの声に応えると、彼らは氛を3割ほど解放した。ホシノマグマが吠える。空気が重い。
「おお!」
「これやべーっす!」
その驚きが止む前に、相手は両手で飛びかかった。さらに速い。しかし今度は反応する。テツは両手を出し、ガツンと握り合った。だが押し負けて檻へ激突する。緊張が走る。
「ぐはっ!」
強くて速い。マグマが燃える。3割でギアが一段上がったようだ。両者は激しく握り合う。ハルは咄嗟にアキラを掴んだ。
「やばいっすよ!アキラさん!」
アキラはゆさゆさ揺れている。
「落ち着いて。大丈夫」
氛は基本と応用に分けられる。氛は全身を包む。鍛えると全身で氛が強くなる。ムラや偏りは小さい。そのまま攻撃と防御に使う。逆に氛を抑え、気配や敵意を消して、相手に気付かれにくくする。これが基本である。攻撃の瞬間や、特定の箇所を防御するとき、そこに氛を集中する。これも基本だが、難易度はやや高い。
基本の範囲では、氛そのものに攻撃力はない。相手の氛による防御を貫くために、氛をまとう。また、氛による身体強化で、物理的な威力を高める。この2つで相手へのダメージが高まる。生身の肉体を鍛えることも大切だ。氛による身体強化の効果も高めることができる。ハルは基本レベルである。
応用は能力者によって異なる。好き嫌いやこだわり、得意なことが氛に反映される。テツは筋トレが好きだ。上半身、特に握力にこだわりがある。氛の質が高まり、基本で氛を集中させる以上に握力は強化される。特殊な状態である。一方で疲労は蓄積され、使い過ぎるとすぐバテる。ホシノマグマと握り合った状態は、テツの土俵である。
「ほら、見てごらん」
「んんん!」
氛は能力者なら見える。動物もおそらく見える。感じることもできる。握り合った手は濃く光り、燃えるようだ。腕が震え、ついにテツは押し返した。ホシノマグマが後退する。テツの背中が檻から離れる。ナオミは身体が熱くなった。
「いけ!」
「うおー!」
さらに濃く燃え、押し返す。足が一歩出て、相手はじりじり後退する。テツは勢いに乗り、さらに一歩を踏み出す。そのとき不意に、ホシノマグマの顔が歪んだ。苦しんでいる。叫び声が痛ましい。同時にテツも声を上げた。
「もっと解放を!」
「解放して!」
ナオミも叫ぶ。作業員たちは目で合図し、半分ほど解放した。ホシノマグマが盛り返す。凄まじい。テツも応戦する。互角で動かない。氛が激しく衝突し、ナオミは気圧される。
直後、テツの右手が握り合う左手を弾いた。相手は虚を突かれ、バランスを崩す。赤い星が眼前に広がった。右手に氛が集中、そのまま星のど真ん中に、一撃、光が弾ける。鈍い音をあげ、ホシノマグマが吹っ飛んだ。ガゴンッと激突する。衝撃で檻が移動した。
「すげーっす!」
「やった!」
「ふー、ふー、」
汗がしたたり、肩が大きく揺れる。相手はもんどり打って倒れたが、すぐに起き上がった。忙しなく動き、テツが目に入らない。ダメージ量は不明だが、まだ余裕で戦えるだろう。恐ろしいタフネスだ。テツは慌てて外に出た。扉はフルオープンだ。
「扉!」
アキラが慌てて閉める。テツは足がもつれて転んだ。中の扉は空いているが、後で良いだろう。
「わ、悪い。閉め忘れた」
「いいのよ。がんばったね」
ナオミが手を差し伸べる。テツは座ったままナオミを見上げた。ハルも駆け寄って来る。
「あいつは化け物だな」
「分かってたことでしょう?」
「確かに」
手を取って立ち上がる。作業員は氛をすべて解放する。それもあってか、ホシノマグマは落ち着いて来た。訓練前と変わらぬ様子で、ダメージは特にないようだ。テツはよろよろと檻に近づく。
「ケロッとしてるな」
「良い一発でしたよ」
「マジ興奮したっす!」
訓練を終え、そこには達成感があった。悪くない結果だ。テツは成長している。特に力は一級品である。得意はもっと伸ばせばよい。しかしまだまだ先は長い。ナオミは檻に手を突っ込み、中の扉を閉めた。
「にしても、無茶するわね」
「ちとやり過ぎたな」
左手で頭を掻く。右手はぶらぶらし、力が入らないようだ。しかし顔は前を向き、ホシノマグマを見つめる。右手をプルプル上げて、拳を握った。
「でも、拳を交えて思ったんだよ。全力でやりたいってな。オス同士、通じるものがあったのさ」
アキラはフッと笑う。
「かっこいいですね。まあ、相手はメスですが」
「メスなのー」
と叫ぶテツの肩に、ナオミは手を置いた。
「肩、貸そうか?」
「いらんわ!」
テツをいじった後、ナオミたちは作業員に礼を言う。周囲はいつも通り騒がしかった。