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「ナプー、ここに寄ってかない?」
「何の店だ?」
「カフェだよ」
さっき通りがかったカフェだ。ファーストフードの後、お昼近くになって若者が増えた。特に女性、たぶん地元の学生だろう。
「ほら、ナプーと同世代の子たち」
「そうなのか?上に見える」
「え、そうかな?」
そういえば、聞いていなかった。
「ナプーは、何歳だっけ?」
「16歳だ」
16、さい、それは、確かに上だ。でも、今さら、驚いてもしょうがない。カフェに入り、列に並んで、ショーケースのケーキを説明してやる。しかしナプーは、お腹いっぱいのようだ。
「ナプー、甘いものは別腹って知ってる?」
「何だ、それは?」
「お腹いっぱいでも、ケーキは食べれちゃうの。こっちの世界の常識よ」
あれ、ナプーがちょっと笑っている。
「こっちの世界の常識は、非常識だな」
「そういうものでしょ。ケーキ食べる?」
「食べよう」
周囲の若者は、キャップが締められるタイプのガラス容器に入った、カラフルなドリンクを飲んでいる。これが流行だろう、ドリンクは同じものを頼んで、ナプーのケーキは、やっぱりショートケーキがいい。注文してカウンターで待つ。
店内は、水色にピンクにホワイトとパステル調で、若者が好きそうだ。でも、何というか、ナプーが高校生、だったとは。そう言われてみると、あの横顔、店内をキョロキョロして、ちっちゃな顔で、幼く、いや、やっぱり狩人だ。周囲の若者とは、どう考えても違う。
「おい、ナオミ、」
「何?」
「これ、」
もう注文が来た、受け取って席に着く。
「食べてみて、ケーキ。これでこうやって、はい」
ナプーがフォークの先を見ている。本当に、不思議だ。どうして、こんなに若い子が、マノミはみんな早熟なのか。そういえば、高齢で戦えるマノミはほとんどいない、たぶん、長老くらいだ。まあ、これは例外だろう。ブレテ島を生き抜くために、能力のピークが、若い時期に移動して来たのかもしれない。そうすると、ケーキを見つめるナプーは今、絶頂期、命を燃やし、部族に尽くしている。ナプーは口を寄せて、パクっと食べた。
「どう?おいしい?」
口をむにゃむにゃして、飲み込んで、目をカッと見開く。あ、フォークを取られてしまった。大きめのひと口をすくい、またパクっと食べる。これは、別腹になったようだ。また大きいのをすくって、口に放り込む。
「ナオミ、」
「ふふ、おいしいでしょ?」
「この食べ物は何だ?手が、止まらない」
ナプーもやっぱり年頃の女子だ。
「それは当然よ。こっちの世界の人たちはね、マノミが必死に生きようとしている間、ケーキを必死に作り続けて、これを作ったんだから」
「そうか、あん。この赤いのは?」
「一番おいしいところよ」
ナプーはどうするだろう、すぐ食べるか、いや、周囲の部分にフォークを刺した。なるほど、ナオミと性格が似ているようだ。ドリンクをすすって見ていると、ついにイチゴを刺して、見つめて、ひと口で頬張った。
「うん、悪くない」
「それは良かった」
ナプーはケーキを平らげて、次にドリンクを飲む。これは確か、一番人気のフローズンチョコレート味で、また目をカッと見開いている。うーん、何だろう、ちょっと心配になって来た。ブルッ、ん、ユキエから連絡だ。どうやら、進展があったらしい。
「ナプー、」
「何だ?」
「フロンティアの人がご飯を食べてるんだけど、一緒にどう?食べなくてもいいから」
「分かった。行こう」
ドリンクを飲み切って、店を出る。ユキエたちはホテルのレストランにいるようで、病院からは徒歩15分ほどだ。病院前のストリートを幹線道路まで歩き、ビーチの方へ少し進むと、見えて来た。シンプルな白とグレーのデザインで、周囲から明らかに浮いている。
「あれよ」
「ほう、綺麗な建物だな」
この辺では高級なホテルだ。もちろんバイロが手配してくれた。入口の前に行き、自動ドアが開いて、ふう、冷気が気持ち良い。中へ入ると、これまた白とグレーの落ち着いたロビーに、すぐ右手がレストランだ。
「ナプー、こっち」
「ほう、」
ナプーはくるりと回って、ソファーに近づき、フロントを見て、どうやら気に入ったようだ。ナオミはナプーの手を取って、レストランへ連れて行く。やはり席はいっぱいか、ユキエたちは、えっと、あ、奥で手を振っている。
「ナプー、あそこ」
「ほう、」
レストランもお気に召したようで。お、フロンティアは勢ぞろいだ。というか、テーブルに料理がいっぱいで、寿司もあって、ビュッフェなのか。ウェイターが椅子を持ってきて、4人掛けテーブルのサイドに置いた。
「ナプーはここ」
「ほう、」
料理を見ている、お腹いっぱいではないのか。
「ナプーをどこに連れてったの?」
「えっと、ファーストフードと、カフェに」
「ははっ、そりゃいいや。あん、」
テツはがっついて、ユキエは料理をナプーの前に置いた。
「足りなかったら、食べていいのよ。ファーストフードより美味しいから」
「そうか。では、いただこう」
今の会話、フォークを恐る恐る持って、ナプーは目移りして、どうやら食べるらしい。ユキエがいるとファジール語の会話が楽だ。私もつまもうか、
「ナオミ、ファジールの案件だけど、」
「はい、」
「ちょっと変更があってね。ハルを襲った、人?人たちの調査をお願いしたいってバイロさんが言ってた」
なるほど、まあ、予想はしていた。個人的にも、気になる。あれからどうなったのだろう。ナオミはフォークで揚げ物を刺し、口に放り込んだ。
「じゃあ、このまま、残るんですか?」
「ええ。ユウジとテツもね」
まあ、フロンティアの人選はそうなるか。でも、ナオミはちらっとナプーを見た。
「そうね。できれば、というか、ぜひともナプーに協力してもらいたいわ」
「そうですね。絶対に、協力してもらいましょう」
ユキエは一瞬止まって、ふーと息を吐いた。
「分かったわ、絶対ね。あと、アキラもハルのサポートで残るから」
「了解です。ユキエさんは?」
「私は明日、帰るわ」
それは仕方ない、むしろ長く滞在できた方だ。ナプーが、寿司のネタではなくシャリをつついている。米は初めてらしい。ナオミは箸で寿司を取って、ナプーに見せてやり、醤油に付けて、パクっと食べた。ナプーは、キョロキョロして、お、箸を持った。
「それとね、パイオニアがハテマっぽい集団を見つけたって」
「そう、ですか」
「島の東で、元の集落からさらに東に進んだところだって。トキリからは離れるように移動したのね」
ナプーの様子が、少し変わった。「ハテマ」の言葉に反応したようだ。
「捜索は難しいんじゃないですか?さらに東なんて、どんな危険が待ってるか」
「その辺のことをナプーに聞きたくてね。ナプー、」
「何だ?」
反応が早い、すでに聞き耳を立てていたようだ。ナプーによると、東は湿地帯が多く、マノミには住みにくい場所らしい。でもハテマはそうでもないようで、昔から東を中心に住んでおり、最近はたまたまトキリ近くに集落を構えたようだ。




