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逆にナオミは鏡を手に、てまどった。この顔、腫れて、傷だらけで、ひどすぎ、ナプーは傷一つなかった。なんてスマートな、美しい戦い方だ。改めて、ナプーは最強の狩人である。
「よし、できた。行こ!」
「遅い」
「ごめんね」
怪我はできるだけ隠した。さすがにあれでは、出られない。ユキエにナプーと外食する連絡を入れ、部屋を出る。早速サンダルが歩きにくそうだ。エレベーターに着いて、ナプーは下ボタンを押す。覚えが良い、すぐに開いて二人は乗った。
「ナプー、何か食べたいものある?」
「何でもいい」
「うーん、取り敢えず、その辺歩いて決めよっか」
「歩いて決める?動物がいるのか?」
少し分かりにくかった。これは実際に見た方がいい、エレベーターを降り、フロントロビーを抜けて、外に出る。ふう、熱い、さらに病院の駐車場を抜けると、そこは活気あるレトロな商店街だ。
「向こうに見えるでしょ?あれがお店、ご飯を食べるとこ」
「そうか、あれが」
何だろう、ナプーが、そうか。
「おじいちゃんに聞いたの?」
「ああ。小さいころ、たくさん話を聞いた。確か、レストラン、だったか」
「正解。じゃあ、色々と答え合わせだね」
せっかくなので、少し歩く。病院はビーチから距離があり、周辺はリゾート感があまりない。でも幹線道路は近くにあって、そこから一本入ったこのストリートは、地元民でいっぱいだ。まあ歩道が狭いというのはあるけれど、ファジーリアンに移民系、アロハを着て、ナプーの恰好が、浮いている。
「これはカフェ、若者向けね。軽食を食べたり、休んだりするの」
「あれはなんだ?」
「雑貨屋だね。日用品とか、お土産を売ってる」
ナプーは足を止める。路上の棚に置かれた、何だろう、木の人形か、頭がソフトボールくらい大きくて、目が飛び出してて、首から下は、たぶん細い、ブーツみたいな入れ物にスッポリ入って、ナプーを、見つめている。
「どうしたの?」
「これを手に入れるには、お金、が必要なんだろう?」
「正解。これね」
ひらひらとお札を出した。ナプーは、なぜか、お札を睨み付けてる。この、お札の中の人を、いや、違うか。
「祖父はよく言っていた。お金は恐ろしい、人をバケモノに変える、とな。全く意味が分からなかったが、実際に見ても、全く分からない」
おじいちゃんは、お金で苦労したようだ。
「ナプーにもそのうち分かるよ」
結局お店を決めかねて、ファーストフードに入ってしまった。ナプーには、まあ、経済の勉強になるだろう。ファーストフードを簡単に説明し、早い、安い、上手いが特徴だと言ってやった。
「さあ、ここに並んで」
「待つのか?ここで?」
「大丈夫、すぐに食べられるよ」
先頭の男が注文し、横にずれた。あれは、中でハンバーガーを作っている、というかパンとパティを重ねているのが見えたので、ナプーに教えるべきだ。
「ほら、今、あそこ、調理を開始して、食材を焼いて、重ねて、包んで、できたよ」
当然、ナプーは驚いている。目が大きく、眉間にしわで、口も開いて、こっちを向いたら、口が閉じた。たぶん、思考中だ。お、また口が開いた。
「火だ。火が、通るはずがない。食べ物は生のままだ」
「ちゃんと火は通ってるよ」
「信じない。不可能だ」
「ナプー、お店はね、信用で成り立ってるんだよ。もしお店が生の食べ物を出して、私たちが病気になったら、誰も来てくれなくなっちゃうよ」
たぶん、理解はしているようだ。もう一押し、
「じゃあ、もしナプーがお店をやっていたら、そんな無責任なことする?私は絶対にしない」
これは、納得しているのか、いないのか。うん、たぶんしてない。
「食べれば、分かる」
「そうだね。じゃあ、何を食べるか決めよ」
「何があるんだ?」
「あれ」
レジ上の大きなメニューを指す。商品は、日夲と同じようだ。偀語なので左から説明してやると、時間が、全然足りない。もう注文する番になった。前に進み、ナオミはカウンターのメニューを見る。
「えーっと、それじゃあ、」
しばらく迷って、結局チーズバーガーセットを頼んだ。いつものだ。ナプーは、と思って振り向くと、レジ上のメニューを指していた。あれは、まさか、3段パティにチーズとエッグが挟まった、真ん中に串が必要なタイプだけど刺さっていない、期間限定のメガタワーバーガーだ。
「あれでいいの?大きいよ?」
「あれだ。ビッグ」
そういえば、お腹はぐーぐーだった。ナオミはドリンクとサイドも聞き、全て頼んでやる。財布を出して、ん、ナプーが見ている、これでいいかな、店員に渡した。
「あれ、足りない?すみません、」
ふう、何とか払い、お釣を受け取る。ナプーが見て来るので、横にずれながら、小銭を渡してやった。不思議だろう、何でこんなに種類があるのか。やっぱり聞かれたので、知らないと答え、知らないこともたくさんある、とか話していると、すぐにメガタワーがやって来た。これは、意外と小さい。
「はい、ナプーはこれね」
「本当に、早いな」
「これがファーストフード。さあ、食べよ」
席は空いている。せっかくなので2階へ行き、ストリートを望むカウンター席に座った。目の前は、ホコリで曇った窓ガラス、その向こうには、緑と赤のくたびれた看板、眼下には、生活感あふれる車の渋滞で、それで、見上げると、空は青かった。まあ、悪くない。
「ほら、こうやって、」
ナオミはチーズバーガーを半分出し、かぶりつく。味は、同じか。むしゃむしゃ様子を見ていると、ナプーはメガタワーを持って、クルクル回し、包みを開けて、右目をパティに寄せた。たぶん火の具合だろう。
「見ても分からないって。さあ、」
「分かった」
ナプーは観念したようで、舌をペロッと出し、小さな口を大きく、ちょっと下品に、むわっと開けて、でも、すぐに閉じた。まあ、そうなるだろう。食べるには、やっぱ大きい。ナプーは何度も開閉し、位置を変えては開閉し、ここぞと一気に、最高に下品になったとき、ケチャップが鼻に付いた。ふふ、想定内だ。
「ほら、これで拭いて」
「もう、何なんだ、これは」
「ナプーが頼んだんだよ」
ナプーは鼻を拭いた。でも、何だろう、メガタワーを睨み付けて、おお、小さな口にねじ込んだ。これは、ナプーがキレている、でも、むしゃむしゃと、断面を眺めて、ゆっくりこっちを、見た、ふふ。
「火は、通っている」
「そう言ったでしょ。ほら、口を、」
しかしナプーはもう一口、また一口食べて、ほっぺまで汚して、たぶんファーストフードに、夢中になっている。ああ、ナプーが、文明の道を進んでいく。嬉しいような、悲しいような、ほっぺのケチャップも忘れて、真剣だ。ナオミは自分の口を拭き、チーズバーガーをかじった。うん、美味しい。
「はほみ、」
「ん?何か言った?」
口いっぱいに、もぐもぐしている。ナオミはごっくんするのを待つ。こんなふうに、お茶目なとこも、いや、ナプーはいつでも真剣か。徐々に落ち着いて、ナプーは口を拭いた。
「ナオミ、」
「何?」
「私の祖父も、ファーストフードを食べていたのか?」
真剣に、おじいちゃんを思っていた。
「そうかもね。割と歴史は長いから」
「そうか」
「あと、お金で苦労してたし」
「ん、何だ?」
「いや、まあ、なんでもない」
ナプーはポテトに手を伸ばし、炭酸ジュースでむせていた。これは、意外と、ファーストフードも似合いそうだ。またケチャップが付いてる、ナオミは紙ナプキンを一枚取り、ナプーのほっぺを拭いてやった。




