12
敵は堅い。でも、左腕は、使えないようだ。攻撃も単調で、隙はある。しかし、このままだと、まずい。
「ナオミ!」
「ナプー?」
ちらっと見る。左腕を、指しているようだ。そうか、回復中なら、攻撃が通るかも。
「OK!」
ナイフをクルクル回し、構える。いつでも来い。来るか、さあ来い、ん、来ない、またじらしか。いや、違う、槍の変形を、解いた。あのイカれ顔は、待ち体勢か。直立不動だ。それなら、
「受けて立つよ!」
ナオミは氛を抑え、走り出す。槍の間合いは約3m、敵は氛に反応する。間合いの手前、まだだ、もう少し、接近し、今!フルパワー、槍に、変形、突き!かわせ、いっ、懐へ、左腕は、もらった!ギギ、グチュグチュ、グチュ、ジャッ!振り抜いたナイフの先、左腕が、舞っている。美しい緑に、輝いて、弾けた!
「はあ、はあ、」
「ナオミ!」
ナプーの声が、聞こえる。ボタボタ、ボタ。血の、雨か。いつかのナプーを思い出す。私も血が、似合うのだろう。敵は悶え、膝を付く。槍はそのままだ。痛みで、戻せないか。ごめんね、あなたはタフだから、留めのナイフを、切り口に、刺す。中は簡単に、刺さっちゃうね、鎧の堅さからは、想像できないほど。ナイフを抜くと、敵は、地面に倒れた。
「そっちは終わったか?」
「兄さん」
ユウジは敵を、氛の右手に捉えていた。いや、それよりも、
「傷だらけじゃない!大丈夫なの?」
「ああ、致命傷はない」
深そうな引っ掻き傷が、10か所以上ある。ああ、なるほど、敵のスピードには対応できないから、致命傷にならないよう、氛の防御を高めたのか。捨て身の戦略だ。ユウジらしい。
「お前は、血だらけだな」
「ああ、私は平気。で、そいつはどうするの?」
「体の骨を折っておいた。当分は動けないだろう」
ユウジは右手を操り、敵を地面に寝かせた。
「こっちも終わったよ。あいつも、当分は動けないと思う」
体が痙攣している。槍は、右腕に戻ったようだ。何とか傷口を押さえているが、出血は止まらない。
「死にそうだな」
「どうかな、たぶん、死なないと思う」
「ナオミ、ユウジ、大丈夫か?」
ナプー、サポートに徹してくれた。助言がなければ、危なかった。しかし何だ、ろう、ナプーの声を、聞いたら、身体が。でもここは、自分に喝っ!ナオミは頷いた。ユウジは、本当にまだ大丈夫そうだ。周囲を見ると、奥に通路がある。
「先を急ごう」
「うん!」
「待て」
ナプーが、別の方向を照らしている。壁に、穴か。小さくて気付かなかった。近寄ってみると、周囲に削りカスが堆積し、最近掘られたようだ。中は、深い。照らしても、何も見えない。
「怪しいね、どうする?」
「行くしかないだろ」
ほふく前進か、さっきの穴より小さい。ユウジの体は、途中でつっかえそうだ。いつものようにナプーから入る。が、入る手前で振り返った。
「私だけ、行く。ナオミとユウジは、向こう」
確かに、ナプーだけの方が動きやすそうだ。体のでかいやつは、でかい通路でも見とけばいい。ユウジを見ると、頷いている。
「ナプー、OK。行って」
「ああ」
ナプーは素早く中に入り、あっという間に見えなくなった。
「一緒に行かなくて、良かったね」
「そうだな」
「見張りはいる?」
「いや、すぐに戻れば大丈夫だろ」
兄妹はでかい通路に向かう。入口は普通だ。中も特別なところはなく、少し歩いて前方が開けた。氛は、感じない。でも、人型の発光が見える。数人、いや、もっとか、いや、これは、大勢だ。何十人といる。
「敵、だと思うけど、」
「女と、子供か」
みんな、こちらを見ている。表情はない。手前の女性に近づくが、じっと見て来るだけで、逃げもしない。こんなに、まつ毛が数えられるほど、近いのに。そういえば、前の敵より、顔がはっきり見える。非戦闘員なのだろう、微生物が少ないようだ。外見は、マノミに近いかもしれない。それと、少し、におう。
「先に進むぞ」
「分かった」
通路は右と左と奥にある。右の通路を進むと、さっきの糞尿の部屋だった。左は小さな部屋で、食料が溜めてある。奥に進むと、下っ端の部屋だ。さらに右と左に通路があり、右の先は、最初の下っ端の部屋だろう。左は出口だろうか。兄妹はそこでUターンする。
「やっぱりナプーの方かな?」
「そうだといいが、」
ナプーがダメだったら、仕切り直しだ。巣の中だけじゃなく、周辺まで視野を広げないと。できれば、見つかってほしい。兄妹はナプーと別れた場所に戻った。ナプーは、まだ穴の中だ。入って数分、穴は相当に深い。これは、前向きに捉えて良いのか。
「ナオミ」
「ん?」
「もう強敵はいないだろう。少し休め」
「いや、止めとくよ」
休んだら、きっと立ち上がれない。動く方が良い。周囲を、壁を見て歩く。気持ち悪い。この壁は、回復装置だった。あいつが休んでいた。今は地面で、もぞもぞ動いてる。血は、止まったようだ。
「おい!」
「ん?」
「ナプーさんだ!」
ハル、疲れが、吹き飛ぶ。ナオミが一瞬で戻ると、穴から音が聞こえた。何かを、引きずっている。ユウジが穴を照らした。
「ユウジか?」
穴の奥から、ナプーの声だ。
「ちょっとどいて!ナプー、ハルは?」
「ハルは、ここだ」
いた、ついに!でも何だろう、ナプーの声が、浮かない。ユウジの顔を見る。ハルの声は、聞こえて来ない。ズルズルと、何かを引きずる音だけ。次第にそれは大きくなって、ナプーが穴から、顔を出す。ああ、その表情、ライトに照らされ、ナプーが引っ張り出したそれは、白い何かだった。
「これが、ハル?」
「見ろ」
ナプーが胴体を照らすと、フロンティアTシャツが浮き上がった。やっぱりハルだ。これが、ハル、なのか、
「ナオミ!」
あ、ナプーが右手を出していた。携帯だ、まだ壊れてない、ナプーの右手に乗せる。
「息はある。この白いのは何か分からないが、早く治療を」
「そっか、息はあるのね。良かった」
「急ぐぞ。おれが背負う」
ユウジが慎重に持ち上げる。白いのは、気持ち悪い。背中のハルに触った。ネバネバして、ジュクジュクして、ハルに張り付いて取れない。においは、無臭か。いや、もう鼻はまともじゃない。でも、とにかく、生きていてくれて、よかった。
女子供の部屋を抜け、糞尿の部屋を抜けて、下っ端はやはり襲って来たので、それを押しのけて、最後に横穴の少年を眺める。遠くに、入口だ、ナオミは走って外に出る。まだヘリは、来てないか、いや、この音は、
「兄さん、来てるよ!」
ユウジが入口に着くと、ヘリが上空から降りて来た。ドアは、壊れてない。無事にたどり着いたようだ。ん、中から、手を振ってる、誰、テツだ!付いて来たのか。もう一人いる、あれは、
「ユキエさん?何で?」
「念のため、来てもらった」
「そっか」
ヘリが着陸する前に、テツが飛び降りた。
「おーい、無事か?そこで待ってろ!」
テツが登って来る。ダメだ、力が、抜ける。ナオミは膝を付いた。ヘリはすぐそこなのに、崖は、降りれないかも。来た、テツの手だ、崖に掛かって、ヌッと巨体が現れた。もう元気そうだ。逆にテツは、驚いている。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。ナオミに手を貸してやれ」
ユウジはハルを担ぎ、崖を降り始めた。最後まで、弱いところは見せなかった。ナプーも降り始める。ナプーがいなければ、発見できなかっただろう。ナオミは右手を伸ばす。
「悪いけど、背負ってくれない?」
「任せろ!」
テツは軽々と背負い、崖を降りる。あのときとは、逆か。頼もしい背中だ。ん、何だろう、降りるスピードが、遅くなった。
「ナオミ、」
「何?」
「あの、」
「何よ?」
「すまんかった、」
「いいのよ。あなたは、最高の仕事をしたわ」
「そうか」
崖を降りると、医療班がハルを囲っていた。ナオミは背中から降りる。ナプーが、ちょっと離れた位置にいた。近づいて、誘導してやる。ユキエは、医療班と一緒のようだ。あ、目が合った、すぐに駆け寄って来て、うそ、抱き付かれた。
「ナオミ、よく頑張ったわね」
「あの、臭いですよ、」
「何言ってるの、いいから」
ギュッとされてしまった。ナプーの前で、恥ずかしい。あ、そういえば、
「彼女がナプーですよ」
バッとユキエは離れ、ナプーを見るなり、身だしなみを整えた。すぐに右手を出し、がっちり握手する。
「あなたがナプーね。私はフロンティアのユキエです。ご協力、感謝します」
「言葉が話せるのか。私は、やるべきことをしただけだ」
ユキエが、ファジール語を、内容が気になる。ユキエが変なことを言う前に、ナオミは割って入った。続きは、偀語で聞こう。ハルがヘリに乗せられ、すぐにナオミたちも乗った。椅子に座り、目を閉じる。
「出してください」
遠くの方で、ユキエの声を、聞いた気がした。は、る、ヘリが上空へ出る前に、ナオミは眠りに落ちた。




