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ナプーの遥か手前で着地し、ナオミは駆け寄った。ユウジが携帯を出している。
「ナプーがね、においは大丈夫って」
「そうか」
「連絡するの?」
「ハルの救助をここへ呼ぶ」
大丈夫、確証はないが、ここで間違いない。ナオミは頷く。
「救助にはすぐに来てもらう。ハルを連れ帰るころには、到着するだろう」
「それはいいけど、危険じゃない?ここで待機とか。移動はもっとヤバそうね」
「大丈夫だ。お前はハルのことだけ考えろ」
ユウジはそう言って電話をかけ、すぐに切った。ろくな会話なし。何か対策がありそうだ。ユウジは携帯をしまい、穴を見上げる。ナオミも見る。10mくらいか、なぜあんなとこに。
「ナオミ」
ナプーが右手を出している。また携帯を乗せる。
「先に言っておくが、私は十分に戦えない。ホトムを使い過ぎた」
「え?」
ナプーを見るが、そんな風には全く見えない。ユウジと目が合う。正直、ナプーに頼り過ぎた。ここからはフロンティアだけで、あっ、ナプーに携帯を取られた。気迫が、伝わって来る。
「もちろん付いて行く。強い攻撃はできないが、サポートなら任せろ」
ナプーがそう言うなら、大丈夫だろう。どうせ止めても付いて来る。二人が頷いてやると、ナプーは笑顔で崖に飛びついた。はや、もうあんなところ。ナオミも飛びつく。意外と滑って登りにくいが、ナプーにくらいついた。
登りに熱中して一瞬忘れた。強烈なにおいだ。登りきってみると、中からやっぱり漂って来る。耐えろ。それよりも、気のせいか、中の壁がほんのり光っている。いや、目が慣れて、絶対に発光している。
「何これ?罠?」
ナプーが壁を小さく手で囲い、中を覗いている。ナオミも真似すると、うっすら壁が光っていた。
「コケか何かだろう。先へ進む」
ユウジがライトで照らす。奥は薄暗く、何も見えない。風は吹いているので、どこかに繋がっているだろう。
「待て」
ナプーが地面に這いつくばった。耳を当て、音を聞いているようだ。役立つ五感は聴覚しかない。氛も当てにならないだろう。試しにナオミも這いつくばる。聞こえない。あっ、いや、ナプーの立ち上がる音だった。恥ずい、起き上がろう。ちょうどナプーが手を差し出す。掴んで起き上がると、手を払われた。なぜ。
「けいたい」
「あ、ごめん」
「何やってんだ」
恥ずい、携帯を乗せる。日本語は順調に覚えているようだ。
「静か過ぎて、分からない。だが何かいる」
「そうか。慎重に進むしかないな」
ユウジが合図し、ナプーはライトを持って先行した。やっぱり臭い、くらくらする。徐々に日差しは弱まり、発光で壁が浮き上がる。穴は上下2mほど、歩きやすく、かなり丁寧に掘られている。こんな仕事ができたのか。
「止まれ」
ナプーがライトで照らす。前方の壁、左に横穴だ。ここまで綺麗に真っ直ぐだった。何かある。ナプーはゆっくり回り込み、奥を照らした。一瞬止まる。何かあった。え、
「退け!」
氛だ、いきなり、ヤバい。入口へ走る。キィィーッとスキール音、直後に閃光、目が、ナオミは転倒した。すぐ起き上がり、目を開けるが真っ白、見えない。防御の体勢を取った。でもおかしい、相手の氛は、もうない。
「大丈夫か?」
「うん。ナプーは?」
「平気だ」
無事でよかった。しかしまた違和感、次は、においか。おえ、さっきの10倍、咄嗟に鼻をつまむ。口から吸って、こんなに臭いのか。耐えろ。徐々に目は慣れて来た。
「何なの、一体?」
「人がいた。そいつの攻撃だ」
仲間か。でもなぜ、追って来ない。すぐそこなのに。ナプーは合図し、ライトを持って近づいた。横穴を照らす。また一瞬止まったが、緊張を解いたようだ。
「来い、見てみろ」
ナオミはユウジの後ろに付いて、ちらっと覗く。人、子供だ。中学生くらいか。全身から湯気を出し、立ったまま動かない。肌はガサガサでひび割れ、氛を全く感じなかった。
「あいつにそっくり。たぶん仲間ね」
「なぜ追撃してこない?」
「それは、分からないけど」
逃げもしない。あいつはピンチになったら逃げた。よけい不気味だ。不意にナプーは子供に触り、周囲の壁も触り始めた。確かに壁は他と違う。ジュクジュクした粘着物で覆われ、発光も強い。ナプーは、気持ち悪くないのか。う、この後は。ジュクジュクが残った手に携帯を乗せた。携帯が。
「壁には微生物が付いている。独特なにおいと発光だ。トキリ周辺にもいる。この少年は、それを全身にまとっている」
「なるほど、微生物の鎧か」
「植物や動物は、緊急の防衛手段を持つ場合がある。さっきの攻撃がそうだ。光とにおいで撃退を図ったのだろう。こういった攻撃は、一回使うと、しばらく使えないものも多い」
そうかもしれないが、本当にあり得るのか。ブレテ島は驚きの連続で、その方面の耐性は付いた、と思っていた。甘かった。
「つまり、他の生物に、体を乗っ取られたってこと?」
「そうかもな。私も初めて見る」
ユウジが奥を照らしている。それより、今はハルだ。子供は放置で先へ行く。十歩ほど進むと、ナプーの照らす先、ちらっと横穴が見えた。嫌な予感が、やっぱり、
「退け!」
「また?!」
キィィーッ、目が、くさっ。次は転ばなかった。何人いるのか。二十歩ほど進み、まただ。もうただ臭いだけの攻撃である。五十歩ほど進むと、また前方に横穴か。ナオミは後ろを向いて構える。いつでも来い。痛っ、肩パン、
「アホか、前を見ろ」
ナオミが振り返ると、横穴ではなかった。広い空間だ。壁が天井まで発光し、全体が良く見える。高さは7、8メートル、形はドーム状で、洞窟とは思えない広さだ。そして何より、綺麗だった。緑に淡く輝き、星空のようだ。
「きれい」
「おい、敵だぞ」
しまった、目を奪われた。視線を下すと、人型に輝く物体だ。ライトを照らす。数は8人、10mほど距離があった。改めて広い空間だ。おそらく男性、大きくはない。気配も相変わらずない。ゆっくり、近づいて来る。
「どうするの?」
「下がってろ。おれ、」
ナプーがユウジに並んだ。
「と、ナプーさんがやる」
「了解」
ナオミは後方を見張るため、一歩下がる。後ろの通路を照らす。異常なし。ド、ガッ、ズガッ、3発、前を照らすと、半分ほど倒れていた。相手の氛は小さい。敵ではない。すぐに全員を倒し、ナオミは駆け寄った。ユウジが拳を撫でている。
「下っ端でも堅いな」
「殺したの?」
「いや、」
敵が立ち上がる。やはり、氛は未熟でもタフである。動きを止めるには、鎧を砕く一撃、もしくは急所狙いか。あまりやりたくない。まだ強敵が控えている。
「面倒だな。このまま進むか?」
「それがいいかも。ナプー、」
奥を指差すと、ナプーは頷いた。発光で分かる、通路は奥に2つ、右と左、どっちだ。取り敢えず敵をかわし、奥へ進む。
「待て!」
「何!?」
ナオミは敵を蹴り飛ばし、ナプーに振り返った。入口が2つ見える。さっきの通路より、穴が大きい。ん、何か、聞こえる。これは足音か。でかい、氛も、走ってる。両方の穴から、影が、出た!