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もう見えて来た。ジガリス川に迂回する必要はない。一気にブレテ島へ上陸し、次は森を眼下に進んだ。すごい、緑の圧、距離感が狂う。森に手が届きそうで、どこまでも届かない。しかし動物の牙は届くだろう。下は危険だ。それに前方注意、翼竜や猛禽類がうようよいる。ヘリは蛇行して速度が落ちた。多少の遅れは仕方ない。ふとナプーがキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「ナオミ、敵だ」
「え?」
ナプーは立ち上がり、ヘリの後方を見た。弓を取る。マジか、窓を覗いてみると、何かが飛んで来る。翼竜だ、しかも2匹、追いつかれる。
「兄さん!」
「ナオミ、銃をかせ!」
壁に掛かった自動小銃を取り、ユウジに投げた。一応銃は使えるが、気休めである。ドアを開け、暴風が吹き込む。ユウジは身を乗り出して、乱射した。でも意味なし、当たっても怯まない。ユウジは弾切れの銃を放った。
「私がやる!」
「ちょっと、ナプー!」
ナオミの手を払い、ナプーはヘリから身を乗り出す。バキッ、体が真横だ、足で固定か。ヘリの壁にめり込んでいる。弓を構えた、バキバキッ、打てるのか。打った、すんなりと。敵の左翼が吹き飛び、ひらひら落ちていった。もう1匹が来る。
「ナプー、こっち側!」
反対のドアを開ける。急接近、爪が伸びる。まずい、ナプーは、間に合わない。
「どけ!」
ユウジは壁に掴まり、右手を伸ばした。その直後、右腕に氛が集まり、凝縮し、空中へ伸びていく。巨大な氛の手だ。爪が当たる、でも間に合った、氛の手は敵を優しく包み、そして、握りつぶした。
ナオミはゾッとする。握りつぶすのは初見だ。普段は捕まえるだけ、しかしいつも想像していた。そのまま握りつぶされたら。目の前に答えがある。よく分かった。フッと手が消えて、敵はひらひら落ちていった。ナオミはドアを閉める。反対は、ナプーの足で破壊されていた。
「ナプーさん、ありがとう!」
「気にするな。それより、お前のホトム」
ナプーは右手を前に出し、グーパーした。賞賛しているようだ。ユウジは氛の右手を作り出し、敵を捕獲することができる。動きは鈍いが、出し入れは非常に早く、大抵の動物は虚を突かれ、捕まる。もちろん捕まったら逃げられない。ナオミは失敗したところを見たことがなかった。フロンティアの仕事に最適な能力である。しかしヘリは危険、次の攻撃は防げるかどうか。
「兄さん、そろそろ降りた方が、」
「ああ。我々が降りたら、すぐに島の外へ!」
運転手は頷き、高度を下げる。木々の隙間、地面が見えた。その直後にナプーが飛ぶ。パラシュートなし。ユウジもなし、だがナオミは背負って飛んだ。付き合ってられない。ナオミはすぐにパラシュートを開く。だが滞空は危険だ。ナイフで紐を切り、数十メートルを落下、何とか着地した。ふう、ここはどの辺だろうか。ユウジがGPSで確認している。
「予定の場所から、10kmは離れた」
「そう。ナプーにも聞いてみよ。見覚えはある?」
翻訳を使って聞いた。ナプーは周囲を見回す。
「ジガリス川の上流だな。敵も強くはないだろう」
「そうですか。なら一気に移動する。行くぞ」
「ちょっと、」
ああ、もう、二人は早速走り出した。彼らに合わせるしかない。ナプーは木の上で先行し、二人は地上を走った。ナプーがいれば大丈夫だ。ナオミは走ることに集中した。
しばらく経つ。敵と遭遇せずに順調だ。そろそろ予定の場所、救助してもらった付近である。奥地との境界で、比較的安全に進める限界だ。そこを超えたら未知、ナプーもほとんど知らない世界である。前方にナプーが停止、ついに来たか。二人も止まる。
「ふう、あとどのくらいだっけ?」
「5kmだ。ここからは慎重に行く。ナプーさん、」
ナプーが木から降りて来た。地面を並走し、前後左右に警戒を強める。ナオミは最後尾だ。先頭はやはりナプーである。静かに移動を始めた。少し走って、急にナプーは止まる。
「どうしました?」
「敵だ。追われている」
またか。気づけなくて情けない。警戒していたのに。ナプーはナオミの携帯を受け取る。
「うかつだった。このまま移動する」
ナプーは携帯を見せ、走り出した。二人が追うと、ナプーは走りながら携帯に話す。
「獰猛な猫だ。立ち止まっていると、やられる」
携帯を受け取る。またすごいのが出た。しかし獰猛な猫?どこかで聞いたような。そういえば。
「前に遭遇しそうになったやつ!」
携帯を渡す。耳に押し当てている。
「そうだ!」
確かファジールジャガー、チャンゴが言っていた。こんなに強かったのか。
「やつは、どこまでも追って来る」
ポイっとナオミに渡す。
「どこまでも?やばいよ!」
ユウジが受け取る。
「相手の位置は?」
ナプーは受け取り、耳に当てる。少し間があった。
「相手の位置は、特定できない。すまない」
ユウジがナオミに見せた。なんと、ナプーが謝っている。初めて聞いた。しかしナプーが見つけられないとは。ハルを助けて逃げるのが先か、やられるのが先か。もしくは返り討ち。
「さっさとハルを助ける!急ぐぞ!」
「そうね!」
ユウジはGPSを確認する。もう近い。何となく見覚えのある景色だ。同じ場所ではないが、雰囲気や匂いが似ている。探せばハテマの祭壇も見つかるだろう。しかし背筋が寒い。ジャガーの爪がいつ飛んで来るか。
何だ、急にナプーが、近づいて、蹴られた!痛っ、強っ、吹っ飛ばされながら、目の前を影が通過した。ナオミは着地して、見る。小さい、体長は2mほどか。いや、尻尾が、長い。どこまで、体長と同じくらいだ。黄色の毛に黒の斑点、光沢があり、手足は細長い。まるでモデルのよう、見惚れてしまう。強そうには見えなかった。しかしナプーが前に出る。
「下がれ!」
「ヴー、ウッ、ウッ!」
やはり全然違った。太い声、尻尾は鞭のように動いて、かすった地面がえぐれている。当たればきっと、首が飛ぶ。さて、どうするか。不意にナプーが氛を放った。でかい、身体が熱く、動けない。
「ナプー、どうしたの?」
さらに燃え上がる。一体なぜ、ジャガーを見ると、一歩引いている。尻尾を下げ、後ずさり、そのまま姿を消した。なるほど、威嚇をしたようだ。ナプーが少しよろけている。
「大丈夫?」
「ああ、心配するな」
全く無理をする。だが判断はきっと正しい。ブレテ島を生き抜いた直感だ。ユウジがナプーを見ている。笑った、額に手を当てて。気持ちはよく分かる。
「ナオミ」
「何?」
「フロンティアも負けてられんな」
「そうね」
ナプーにばかり良い恰好させられない。三人は走り出す。木々の間を縫って、見覚えのある崖を上り、しばらく走って、1m幅の小川を飛び越えた。やつは小川で何をしていたのだろう。ユウジがGPSで先導し、ようやくアヤノが示した領域に入った。