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保管施設は野生動物の多い本州の中央にあり、全国から輸送するには交通の便が良い。港からは少し距離があるが、空港は近い。土地が安いところを選んだので、保管施設はちょっとした物流倉庫くらいある。
一番のポイントは安全面だ。コンクリートを破壊し、鉄骨をへし曲げる動物はざらにいる。そのため、檻はとても頑丈に作られており、一度も破られたことはない。壁も頑丈で、たとえ檻から逃げたとしても、決して外へは逃げられないだろう。オペレーションも専門家の指導を受けており、大きな問題は起きていない。
ナオミとハルは到着し、保管施設の作業員にダイオウミミズクを預けた。作業員の中には、能力者として第一線で活躍した人も多い。引退後の道の一つである。隠れた優良企業だ。
「他に誰かいますね」
「テツたちじゃない?」
一台ワンボックスが止まっている。忙しい時期なので、大型の車は出払っていることが多い。二人は動物たちがいる巨大な部屋に向かった。近づくと何かが暴れる音や、動物の鳴き声が聞こえて来る。匂いも動物園のようだ。部屋に入ると、高い天井に広い空間、そして整然と並ぶ檻の中に、大小様々な動物が見える。空気が重く、ビリビリ来る。
「いつ来ても緊張しますね。安全なのに」
「本能ね。しかたないわ」
「あ、テツさん!」
ハルが走り寄ると、そこには190cmを超える大男が立っていた。能力者のテツだ。端正な顔立ちで、スポーツ刈りの似合う好青年だが、筋骨隆々である。Tシャツから伸びる腕は丸太のようで、力を込めれば破れそうだった。上半身の大きさが目立ち、足は思いのほかスラッとした印象だ。
「おう、ハルとナオミか」
「こんにちは」
巨体の後ろから顔を出したのは、能力者のアキラだ。ナオミと同じくらいの背格好だが、運動向きには見えない。目は大きく垂れ気味で、穏やかな雰囲気がある。知的な印象だ。ハルが駆け寄る。
「何をゲットしたんですか?ってこいつ!?」
二人が向いている檻を見て、ハルは驚いた。ホシノマグマというクマだ。体長は3mを超える。国内でもかなり強い動物で、食べ物が少ない時期は、一日で数百キロを移動するスタミナお化けだ。攻撃、防御をバランス良くこなし、敵意ある動物には容赦しない。全身が黒い毛で覆われ、胸部には赤い毛が大きな星型に生えている。それがマグマのように燃え上がって見え、足がすくむ。
「そんなわけないでしょう」
「ユウジだよ」
「あー、なるほど。やっぱ化け物ですね」
ユウジはナオミの兄だ。才能豊かで努力を惜しまない。自分に厳しく、相当の実力者である。優秀なユウジと比較されることはあったが、ナオミにとってユウジは自慢の兄だ。兄の背中を無意識に追って、フロンティアに来たのかもしれない。ナオミが三人に混ざった。
「で、二人は何を捕まえたの?」
テツは親指で後方を指した。
「いつものサルだよ」
「ハズレね」
そこにいたのは日夲ザルだ。体長は1.5mほどで、数匹の群れで行動する。天敵がいないためか、非常に攻撃的である。平気で人も襲う。そこまで強くはないが、普通の人が太刀打ちできる相手ではない。一番依頼の多い動物で、捕まえ方も確立されている。能力者的にはつまらない依頼だ。テツは掌をグーで殴る。
「あー、何だか消化不良だな」
「まあまあ」
アキラはテツをなだめていると、不意に何かを思い付いたようだ。ガンと檻が揺れる。中は落ち着きがない。
「そういえば」
「ん?」
「このホシノマグマは、数日以内に先方へ送られるそうです。今しかないですよ」
ナオミもそれを聞いて気付く。
「そうね。胸を借りておけば?」
「おー、確かに」
捕まえた動物は、すぐに引き取られていく。通常は2週間前後で、1ヵ月以上留まることは稀だ。その引き取られるまでの間に、訓練として動物と戦うことがある。依頼をこなすときは命がけだ。訓練で実践を意識することは難しい。安全性の高い環境で、実践に近い訓練ができる檻での戦いは、危険だが得るものも大きかった。ホシノマグマは相手として申し分ない。むしろ強すぎる。しかし、この訓練ではそれでちょうど良かった。再び掌をグーで殴る。
「いっちょやるか!」
「じゃあ皆さん、準備してください」
ナオミの声掛けで檻に集まって来た。訓練は一人で檻に入って戦うが、周りの人も手伝う。動物が強い場合、氛を動物に送って、動物の氛を乱す。動物は上手く氛が使えず、力が弱まるので、それによって両者の力関係を調節するのだ。保管施設の作業員は、こういった補助の氛も鍛える必要があり、引退しても気は抜けない。
集まって来た人たちは、同時に野次馬である。テツはナオミと同期の4年目で、中堅レベルだが攻撃力は高い。全力を出せる機会はあまりなく、今がまさにそれだった。周囲のボルテージが上がっていく。
「テツさん、大丈夫っすか?」
「震えが止まらねぇよ」
ハルは檻の中を見る。背中の汗がツーっと流れた。
「おれも震えて来たっす」
檻は一辺5メートルの立方体で、鉄格子の直径は15cm以上ある。檻だけでも中の圧迫感がすごそうだ。周囲の変化に気付き、ホシノマグマは興奮する。動きが激しい。怒り狂って見えるが、テツから目を離さない。相手は分かっている。両者はしばらく見つめ合った。テツは気合を入れ直す。
「OK。行くぜ!」
同時に作業員は氛を送る。5人がかりの大仕事だ。それでも抑え込むのに時間を割いてしまった。この個体は相当なポテンシャルである。テツは扉を開け、手前の小さな部屋に入った。緩衝スペースとして使われ、動物がいても安全に檻へ入れる。ナオミは扉を閉め、テツに近寄った。
「強そうね」
「ああ。でも大陸に行けば、こんな奴はゴロゴロいるさ」
「そうね」
フロンティアには、二つのメイン事業がある。一つは国内外の依頼をこなす事業だ。顧客からの依頼を受け、お金をもらって仕事をする。また、確保した動植物の売買も含まれる。
もう一つは、新規開拓に関する事業である。未開拓の大陸は、その危険性から立ち入りが制限されているが、禁止ではない。法的な拘束力もない。また、世界的な取り決めとして、開拓する範囲が国ごとに決まっている。そこを開拓するかどうかは国によって異なる。日夲も制限はあるが禁止されていない。他の国も似たような立ち位置である。島の居住できる土地は肥沃で、資源もあり、また海洋資源は世界中で確保できる。技術力も高い。リスクを取って開拓する必要性は低い。
それでも開拓する価値は十分ある。新種の動物や植物、大陸の情報などは有益だ。開拓で有益なものを持ち帰り、フロンティア側からビジネスや研究につながる情報を発信するのが、二つ目の事業である。しかしこちらは基本的に秘匿で、情報は表に出て来ない。ナオミたちも多くを知らなかった。