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揺れている。何だろう。声も聞こえて来た。男の声、たくさんいる、歌っているようだ。ああ、心地良い、なんて重厚な声だろうか。体の芯まで響く。でもなぜだろう、ノイズが入る。必死で何かを呼ぶ声、名前のようだ。な、み、おみ、なおみ。
「ナオミ!」
「わっ!」
森、空が見える、額が熱い、いや激痛だ。なんで、体が動かない。上下に揺れて、歌が聞こえる。どうなっている。そういえば、確か、ハテマだ。
「ナオミ!起きたか?」
「起きた!どうなってるの?」
首は動く。隣のテツを見ると、木の板に寝そべっていた。ガチガチに縛られ、全く身動きが取れない。ナオミも同じたった。しかも位置が高い、ハテマに担がれている。
「あいつに殴られて、気を失ってたぞ!」
「思い出した!」
顔を殴りやがって。でも額にしたのは褒めておこう。しかしナプーだ、ナプーも殴った。思い出した。
「ナプーはどうなったの?」
「分からん!ナオミが殴られたあと、すぐにハテマが来て、おれたちを縛って運んだ!」
周囲にいたハテマだろう。ナプーを殴ったのは制裁、ハテマを殺したと思われた。しかし殴るだけで済むだろうか。今は信じるしかない。にしても滅茶苦茶に縛り過ぎだ。ナオミは全く動けなかった。
「ハル、ハルは無事なの?」
「向こうにいる!おーい、ナオミが起きたぞ!」
「ナオミさーん!」
遠くから聞こえる。元気そうだ。取り敢えずフロンティアは無事、まだ助かるチャンスはある。
「どこに向かってるの?」
「分からん!でも方向はだいたい分かるぞ。ビニマ山の方へ向かってる」
逆戻りか。動物の強い方へ向かっている。目的は全然分からないが、ビニマ山は何か惹きつけるものがあるようだ。しばらくはこのまま、揺られるしかない。
「今のうちに、脱出方法を考えるわよ!」
「分かってる!ハテマの好きにさせるかよ!」
「ナオミさーん、テツさーん!」
「お前も何か考えろ!」
ハルが遠くで寂しそうだった。再び周囲を見る。数十人はいそうだ。外見と声色からして男のみ、ハテマの女は戦わないようだ。能力も未知数、おそらく氛で連絡は取れる。互いの位置も把握可能だ。先頭と後方にでかい氛、どちらかにあいつがいる。ハテマは強いものが上に立つ社会である。マノミとも交流があったらしい。
「ナオミ!」
「何?」
「できるか分からねーが、いざとなったら、おれが縄を自力で解く!それで、お前たちの縄も解いてやる!」
この縄を自力で、馬鹿げているがテツならできそうだ。しかし最終手段、氛の消耗が大きすぎる。脱出後に逃げられない。
「分かった!いざとなったらお願いね!」
しかし正直なところ、それ以外の方法は思いつかなかった。もう絶体絶命、助かったら奇跡のレベルである。たとえ縄から脱出しても、ハテマを突破できるか分からない。言葉が通じればやりようはあった。なぜフロンティアを狙ったのか。
不意にハテマの歌が止んだ。しかし何か叫んでいる、掛け声のようだ。徐々に煽っていき、ハテマが走り出した。
「ホッホッ!ヤッホッホッ!」
「どうなってんだ!」
「分かんないよ!」
「ナオミさーん、テツさーん!」
ハルは遠ざかった。急いでいるのか、走るスピードはどんどん上がる。振動がすごい、全然考えがまとまらない。これを狙っていたのか。すぐに視界が開け、ビニマ山が出現した。見覚えのある景色、ナプーと採集した付近である。さらに奥へ進み、マノミが立ち入らない領域に入っていくようだ。
「テツ!ハル!」
応答がない。どんどん進む。いったいどこまで行くのか。この振動と掛け声も心地良くなって来た。突如、前方から大きな声だ。ハテマは徐々にスピードを落とし、整列するように止まった。
「テツ!ハル!」
「生きてるぞ!」
「ナオミさーん、テツさーん!」
今度は近かった。周囲を確認、左右は何もない。首を起こし、足元の向こうを見ると何かある。巨大な岩、崖のようにも見える。いかにも不気味だ。自然の産物だろうが、所々に装飾がある。動物のような絵、たいまつ、加工された岩壁、何かの祭壇だろう。つまりフロンティアは生贄か。ハテマが三人を連れていく。
「これヤバいっすよ!」
「分かってる!今考中!」
テツが静かだ。集中している。もうこれしかないかもしれない。ハテマは崖に作った階段を上る。その先は明らかに祭壇の中心だ。たいまつに囲まれ、後ろの壁は何かを模した彫刻である。いよいよ本当にヤバい。
「テツ、抜け出したら、私をまず解放して!その後のことは任せて!」
「分かった!」
「おれはどうすればいいっすか?」
「あんたは祈ってて!解放されたら、崖の上へ逃げるよ!」
「あの、えっと、分かりました!」
ハテマは祭壇に到着した。地面に大量の枝、燃やす気だ。三人を中央まで運ぶ。よく見ると枝の山は三か所に穴、その下の岩も削れている。まさか、ナオミを持ったハテマはナオミを振りかぶり、足の方から地面に刺した。穴がピッタリ、準備万全にも程がある。テツとハルも地面に刺さり、はりつけだ。残りのハテマが下から見上げている。良い眺めだがヤバい、ハテマは歌い始めた。
「テツ、まだよ!」
「おれは集中するから、合図してくれ!」
ハテマは祭壇からぞろぞろ降りる。一人残った、火付け役だ。たいまつを持っている。よく見るとおじさん、長老か、何かを唱え始めた。危機迫る雰囲気、何かを鎮めるのかもしれない。
「シャペリア!!」
最後の言葉か、たいまつを枝の山に放り投げた。テツとナオミの間に落ちる。両サイドにテツとハル、中央にナオミだ。しかし残った一人はなかなか降りない。祭壇を歩き回り、演説風にハテマを盛り上げる。ボルテージは上がり、もう歌声は地響きだった。火が回る、限界か。でもチャンス、残った一人が背を向けた。
「テツ、今だっ!」
「はっ!」
パンッと縄が弾けた。手の部分だ、自由になって光り輝く。どこか神々しい、ハテマも注目したが動かない。両手は肩回りの縄を掴み、引き裂いた。さらに足回りを引き裂き、全身自由、ハテマはまだ茫然だ。
「どけ!」
祭壇のやつに蹴り、下界へ落ちていく。ナイスだ。
「テツ!」
「おう!」
テツの右手が光る、熱い、血が沸騰する。ナオミの後ろに回り、板の上から下まで一気に縄を引き裂いた。同時に倒れる。
「後は任せて!」
ナオミは自由、ハテマが動き出す。
「ヴぅおおーー!!!」
早速あいつだ、なりふり構わず飛んできた。しかし一直線の動き、恰好の的である。ナオミは右足に氛を集中し、飛び上がって顔面にカウンター、ドゴッと頬にめり込んだ。メキメキッと足先に伝わり、
「はっ!」
と振り抜く、はじけ飛ぶ、下界へ一直線。ハテマの群れに突っ込み、後続をなぎ倒した。ナオミも反動で吹っ飛ぶが、ハルの後方へ着地、再び右足に溜め、縄を上から下へ引き裂いた。
「おっしゃー!」
「テツを!」
ハテマが群がって来る。ナオミとハルはテツを担ぎ、崖に向かって飛んだ。なんて重さ、必死に掴まり、よじ登る。落ちるわけにはいかない。




