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ナプー、木の上、なぜ。心臓に悪い。
「どうしてここに?えっと、どうしてここに?」
取り敢えず無事でよかった。しかし状況はたぶん良くない。訳を聞くナプーは悲しそうだった。
「ハテマが襲ってきた」
「ハテマ?あいつらハテマだったのね。ハテマに襲われたって」
「まじっすか。でも何で?」
ナプーは言葉に詰まった。また悲しい顔、ナプーのそんな顔は見たくなかった。もう覚悟はできた。
「はっきり言ってちょうだい。何で襲われたの?」
ナプーは訳を聞きた。テツ、ハルを見て、最後にナオミを見る。ナオミが頷くと、ナプーは口を開く。
「ハテマは、お前たちを、引き渡せと要求している」
「私たちを?引き渡す?」
ナオミは混乱し、何度も読み返す。でも間違いなく書いてある。ハテマは何がしたいのか、引き渡すとどうなるのか。ナオミはすでに一撃を食らった。容赦がなく、即死でもおかしくなかった。携帯を持つ手が震える。止められない。ふと視界に手が入った、ナプーの手だ、携帯の上から握ってくれた。そのまま携帯を引き寄せ、ナプーはナオミを見る。
「ハテマは、お前たちを殺すつもりだ」
そうだと思った。しかしナプーの手で落ち着いた。冷たくて気持ちが良い。さて、どうしたものか。テツとハルにも説明した。やはり聞いておかないといけない。
「一応聞くけど、私たちを殺したい理由は?」
「それは、よく分からなかった」
ナオミは首を横に振った。理由は関係ない。見た目からして、ハテマは正気ではないだろう。決して諦めない。進むも地獄、引くも地獄か。ナプーは再び携帯を寄せた。
「ハテマはマノミを人質に取った。お前たちを渡さなければ、マノミが殺される」
なるほど、ハテマは正気じゃないのに頭が回るようだ。
「なんて卑怯な!」
「そうっすね。腹が立ちましたよ!」
同じ気持ちだ。マノミとは正反対、近くに暮らしてこうも違うとは。しかしフロンティアは部外者である。マノミの命、天秤にかけるまでもない。三人は互いを見た。どうするべきか、マノミを救うため、一度捕まっても良いかもしれない。そう思っていると、不意にナプーが手を伸ばした。ナオミから携帯を奪う。真剣な顔だ。
「お前たちは、渡さない!」
ナオミに画面をかざした。嬉しい、何かが込み上げてきたが、ぎりぎり平静を保った。ナプーは続ける。
「お前たちを連れて来いと言われた。だが、従ってやるものか。ハテマは必ず報いを受けるだろう」
ナプーの気迫、ナオミはしかと受け取った。テツとハルにも伝え、フロンティアは結束を高める。
ナオミは念のため、ユキエにも連絡を入れた。状況を伝えると、ファジール政府と連携し、すぐに応援をよこすと言った。携帯のGPSで位置は分かる。しかしハテマに気付かれてはいけない。慎重に行動するよう念を押した。
再度仕切り直しである。本当にどうするべきか。ナプーはフロンティア探しの命を受けた。その実力は認められている。しかしハテマも長くは待たないだろう。長引けば何をされるか分からない。やはり実力は知っておきたいところだ。
「ナプー、相手はどうなの?強いの?」
ナプーは下を向き、思い詰めているようだ。
「ハテマは、おかしい。ホトムが異常だ」
「異常?つまり、強いってこと?」
「マノミと同じくらい、だった。今は、マノミより強い」
狂気な強敵、真っ向勝負は分が悪い。それにナプーは本調子ではない。一人ずつ、静かにやっていくしかない。ナプーがいれば先制は容易だ。幸い麻酔針は持って来た。
「おれがぶち込んでやりますよ」
「ええ、期待してるわ」
数は多いがいける。このチームに隙はない。ナプーの表情も明るくなった。そして指で合図、早速ハテマの登場だ。どうやら一人、トキリの方から近づいて来る。ハルが麻酔針を構えた。
「おれが行きます」
ナオミはテツを見る。行かせよう、新人に機会を与えるためではない。ハルはもう立派な戦力である。もう少し、まだ遠い、さすがに気付かれる。汗を拭い、ナプーの合図、真下だ、行け、ハルは飛んだ。よく見えないが良い反応、敵の弱った声だ。
「やりました!」
「降りるよ」
「おお!」
地上ではハテマが悶えていた。首筋に一発、思ったより効きが良い。やはり人間である。フラついて、膝を付き、倒れた。まずは一人、順調だ。しかしナプーの顔は浮かなかった。
「こいつは下っ端だ。油断するな」
ハテマもピンキリである。大半は下っ端なはずだが、さっきすれ違ったやつはヤバい。絶対に見つかってはいけない。再びナプーの合図、次はトキリと逆方向だ。木の上に隠れる。
「二人来る、さっきより強い」
「強いのが二人来るよ。倒したのは気付かれたかも」
「好都合だ。探す手間が省ける」
まあ一理あるだろう。テツはプラス思考である。しかし面倒は嫌いなやつだ。本当に探す手間を面倒くさがったのかもしれない。ナオミは麻酔針を構えた。
「次は私とテツ。正念場よ」
「おう。任せとけ」
ハテマは鈍感だが馬鹿ではない。仲間の状況を把握し、一直線に倒れた場所へ向かっている。ナオミとテツは下が見える位置に移動した。氛が大きい、さっきより明らかに強い。全力でギリギリ貫けるかどうか、でもやるしかない。
相手は仲間を発見、氛がさらに膨張、そろそろ真下だ。見えた、大柄と細身、仲間の場所で止まった。テツは大柄、ナオミは細身に位置を取る。相手は仲間に集中、チャンス、テツに合図する。ナオミはしゃがんで、体を前に倒した。
フワリと無重力、天地が逆さになっていく。しかし細身から目を離さない。体がどんどん倒れ、細身と一直線、今だ。太い枝を、蹴る。枝がしなって加速、先にテツ、細身はテツに構えた、いける、接近、氛を全開で、打て!背中に入った、受け身、無理、ナオミは地面に激突した。しかし体を丸め、最低限のダメージで着地、頭がクラクラする。細身は、テツはどうなった。
「がはっ!」
テツの声だ。後ろに吹っ飛んでいる。細身はどこだ、いない、油断した。後ろ、ズギャと耳元の蹴りだった。
「っしゃー!」
ハルである。細身を蹴り飛ばし、遥か後方に吹っ飛ばした。こっちはOK、次はテツだ。大柄にやられる。ナオミはすぐに振り返った。
そこにはナプーが立っている。顔の前でナイフを持ち、リラックスした構えだった。戦闘後に道具を愛でるような、優しい顔でナイフを見ている。しかし何かがおかしい。後ろに大柄がいて、テツがいて。
ああ、なるほど。ナオミは理解した。すでに大柄の首がなかった。愛でていたのだ。鮮血が吹き上がる。それは扇状に広がって、ナプーに降り注いだ。ボタボタ、ボタ。ナプーは指にかかった血を見つめ、舌を出し、根本から先端まで舐め上げた。舐め終わり際、ナオミはナプーと目が合った気がした。
「ナオミさん、また来ますよ!」
「そうね」
細身は地面で動き出す。立てるのか、立った。しかしフラついて、躓き、大木に顔面をぶつける。静かになった。もう大丈夫だろう。ナオミはテツに駆け寄った。
「ちょっと、平気なの?」
「ああ。でも油断しちまった。刺した後に殴られたわ」
「私もハルに助けられた。もう先輩面できないわね」
「たまたまっすよ」
本当にハルは動きが良い。元々才能はすごいとキヨタカが言っていた。素早さはもちろん、身のこなしも抜群だ。一気に成長している。何か掴んだのかもしれない。この状況には嬉しい誤算だ。
「あんたはナプーにお礼しときなよ」
「ああ、そうだな。ナプー、」
テツが近寄った。しかしナプーは遠ざかる。様子が変だ。ナプーはフラフラと歩き、膝を付いた。三人は駆け寄る。
「ナプー、大丈夫?」
「大丈夫だ。気にするな」
やはり限界が近かった。なのに大柄を切った。もしかしたら、テツはやられていたかもしれない。たぶんタイマンではハテマに負ける。ナプーにも頼れない。もっと慎重にいかないと。
急にナプーはナオミの腕を掴んだ。立ち上がって叫ぶ。
「逃げろ!」
「ナプー、どうしたの、痛っ!」
「ヴぅおおーー!!!」
耳が、なんてでかい声だ。トキリの方角、次第に音は減衰し、耳の痛みは引いていった。そして理解する。まさか、あり得ない。さっきすれ違ったやつか。ナプーを超えている。殺したのが見つかった。
「おい、これって、ナオミ!」
「ええ」
移動を始めた、速すぎる。方向も一直線、死体の位置を把握している。もう時間がない。
「敵が来る、逃げるよ。ほら、ナプーも」
血に染まった腕を引く。しかし手を払われた。
「私はいい、早く行け!」
「ダメ!ナプーはハテマを殺した!」
携帯がなくても伝わる。足止めする気だ。血まみれのナプーを生かしておくはずがない。
「ヤバいっすよ、バケモンが来ます!」
「分かってる!ああ、もう!」
ナオミは突然ナプーに抱き付いた。
「な、ナオミ?」
隙あり、素早く腹に腕を回し、強引にナプーを肩に担いだ。思いっきり締め付け、暴れるナプーを抑え込む。
「行くよ!」
「おう!」
三人が走り出すと、すぐにナオミは気付いた。周囲にハテマだ。四方八方に統率され、近づいて来る。この短時間にどうやって。しかし考える時間がなかった。ナオミは足を止め、ナプーを下した。
「どうした?囲まれたか?」
「ええ、突破は無理ね」
誰が予想できただろうか。未開の島へ来たのに、人質で脅され、戦略で追い込まれ、意味不明に殺される。動物のエサになった方がましだったかもしれない。
「ナオミさん、もう捕まるしかないんですか?」
「仕方ない、木の上へ」
やつが来る、氛を感じる、もうすぐそこだ。相手をねじ伏せ、狂わせる氛、そして悲しい氛だった。ナオミはポケットから携帯を取り出し、SOS信号をユキエに送る。しかし直後に違和感、やつの様子がおかしい。
「なんで?突然止まった!」
もう見えてもおかしくない。何を躊躇する必要があるのか。
「ヴぅおおーー!!!」
また叫び声、距離が近すぎる。耳を塞いでも激痛だった。ヤバい、テツが木から落ちる。ナオミは咄嗟に飛びついた。しかし右手は空を切り、枝で腹を強打、落下するテツに右手を伸ばした。
「テツ!」
「ちくしょー!」
耳が痛い、動けない。徐々に声が止むと、やつは動き出した。こちらに一直線だ。ナオミは腹を括った。今なら4対1、きっと勝機はある。二人に合図し、地面に降りた。うごめく影が遠くに見える。距離感がよく分からなかった。
「すまん」
「いいのよ」
「ワイハッ!!」
次は言葉、ザザッと茂みから飛び出し、数メートル先で止まった。動けない。体は意外と小さく、ハルを筋肉質にした程度だ。しかし圧倒される、勝機なんてあるのか。ナプーは動けた、フロンティアの前に出るが、やつの方が叫ぶ。
「マノミ、ラマフッ!ルーラル、ラマフッ!」
ナプーは何も言えなかった。今度はナプーに近づく。どんどん近づき、目の前、鼻先が触れそうだ。睨み付け、力んで、拳を振るった。
「ナプー!」
顔面を強打、ナプーは吹っ飛び、地面を転がっていく。なぜ殴られた、避けれたはず。ナオミの氛が高ぶった。やつを見る。が、いない。一瞬目を離した。どこへ、なっ、目の前、やつの顔、近い。息が顔にかかる。よく見るとまだ幼かった。
「ナオミ!」
何をする、殺すのか。怯まず睨み返した。しかし直後、再び消えた。どこへ。探す間もなく目の前は拳になった。