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「トキリ、」
恐竜のときに、見せた顔だ。
「ねえ!」
「了解っす!」
テツは荷物を放り投げ、腕を回した。氛の消耗は少ない。動物とやり合わなくてよかった。ナオミも荷物を捨て、三人は走り出した。
「ナプー、ほら!」
驚いたナプーも後を追う。そしてあっという間に追い越した。本気のスピードだ。周囲を無視した全力の氛、まだ余力がありそうだ。ナオミの心配は杞憂だった。しかし別の心配、見失う。
「ちっ、こんなときに!」
「迷子になったら笑えないよ!」
見失った。しかしナプーの氛が目印だ。テツには悪いが全力で追う。氛をむき出しならきっと迷わない。それ以上にトキリが心配だった。マノミは氛で連絡が取れる。たぶんSOSの信号、一刻を争う。ファジール組も心配だ。振り返るとテツは消え、前からハルも消えた。
息が上がって来た。着く前にバテてはいけない。氛を抑え、周囲を警戒するとよく分かった。様子がおかしい。トキリの方から違和感のある大きな氛、おそらくマノミではない。ナオミは再び氛を高めた。もうそろそろ着きそうだ。
「ナオミさん!」
「ハル!」
ナイス判断、ナオミはハルの横に座った。ナプーの膨大な氛に紛れ、敵はおそらく気付かない。しかしトキリはどうなっているのか。目で見るには遠すぎる。
「様子は?」
「分からないっす」
氛では知る術がなく、この好機を活かせない。距離はまだ数キロある。ボラボラに連絡、と思ったがそれも危険だ。トキリは何かに襲われている。連絡で相手を刺激するかもしれない。
「近づきますか?」
「テツを待ちましょう」
ナプーの氛が収まらない。敵の引き付け役だが大丈夫か。それとも敵が強いのか。マノミが束になっても苦戦する相手、ナオミには想像できなかった。あの恐竜もほぼ無傷で退けた。
「テツさん!」
「おお?」
無事に合流し、策もないので静かに近づく。まだまだ遠い、たぶん気付かれない。早く近づいた方が良い。
「今はどの辺だ?」
「あと1、2キロってとこね」
念のためGPSでも確認するが、精度が悪く当てにならない。
「待って」
「どうしました?」
ナプーの氛が揺らいだ。と思ったら徐々に減衰し、周囲に紛れる。まさか、やられたのか。
「ナプー!」
「ナオミ、あぶな、」
「がっ!!」
頭に衝撃、ぶん殴られた。しかし平気だ。ナオミは立て直し、振り返った。動物、ではない。人だ。
「大丈夫か?」
「うん。でもマノミ?なぜ?」
「マノミじゃないっすよ!」
ハルは戦闘態勢だ。よく見ると違った。筋骨隆々、テツよりやや小さめの体、どす黒い肌にボサボサの長髪だ。全然違う。殴られて混乱した。肌は獣の皮で守っており、まるで原始人、しかし武器は持たなかった。素手で殴られたのだろう。
「こいつ、目がヤバいぞ」
血走った目、本当に人間か。
「ヴおおーー!!」
突然ほえた。氛も凄まじい。マノミとは質が全然違った。攻撃防御に特化か。
「仲間が来る!やるぞ!」
「了解っす!」
ハルが二歩で加速、三歩目で突進、空中の蹴り、じゃなくフェイントだ。敵を素通り、後方の木にめり込んで着地し、後ろから顔面に蹴り、ズギャ、敵は反り返った。その隙にテツ。
「喰らえ!」
腹に一発、ドゴッ、後方へ吹っ飛び、大木に激突した。
「タフなやつだ。起き上がるぞ」
「いったん隠れよう」
ナオミは走りながら考える。あいつらは一体何なのか、どこに行けば良いのか、ナプーたちは無事なのか。整理がつかない。そしてヤバイ、周囲にたくさんいる。
「どうしましょう?」
「一気に突っ込むか?」
「そうだ、木の上」
樹冠は生い茂り、身を隠せるはずだ。適当な大木を見つけ、素早く上まで登る。下の状況はほぼ見えなかった。
「あいつらね、マノミを襲ってるのは」
「たぶんな。どうするよ?」
ナオミは深呼吸する。よく考えてみると、ナプーには戦った様子がなかった。おそらく無事だ。敵は人間、たぶん別の部族だろう。恐竜みたいに無差別には殺さないはずだ。しかし数が多すぎる。冷静になるとその多さが分かった。
「まずはマノミの状況を知りたいけど、周りにうじゃうじゃいるのよね」
「いちいち相手にしてられんぞ」
「そうね。見つからないようにトキリへ移動しましょう。ん、近いわ、氛を抑えて」
トキリの方から2人来る。歩きの速度、次は走り、かなり速い、もう見える位置だ。すぐ近くで立ち止まった。葉が茂って見えにくいが、確かにいる。まだバレていないようだ。テツは汗を拭った。
「下に、二人」
指を二本立てる。木の上が安定していて本当によかった。
「ヴおおーー」
遠くから聞こえた。
「ウオーー!!」
次は真下、テツがよろけた。咄嗟に手、バチンとテツを掴む。嫌な汗、どうする、飛びかかるか。
「ワモアモ」
「ホイナ」
謎の言葉、たぶん会話だ。様子に変化はない。バレてない。ナオミは静かにテツを放した。敵は再び移動し、取り敢えず安全な距離になった。
「ふー、危なかった」
「敵も案外鈍いな」
これならトキリまで行けそうだ。しかし数がネックである。きっと何度も遭遇する。遭遇したら動けない。
「でも時間はかかりそうね。まあ、しかたないけど」
「ナオミさん、」
そういえば静かだった。まじめな顔、何かアイデアがあるのか。
「おれだけで行きましょうか?」
「あんただけ?」
「はい。おれだけなら見つかりにくいですし、三人で行くより早く着けますよ」
ダメに決まっている。しかし積極的な姿勢は良い。ブレテ島で自信を付けたようだ。ナオミの前にテツが首を振った。
「敵は複数、一人で見つかったら終わりだぞ。今は安全第一、優先順位を間違うな」
「でも、早くしないと、」
「マノミならたぶん大丈夫よ。戦ってる様子はなかったし、相手は人間だから。きっと動けない事情があるのよ」
と言いつつそんな事情は思い付かなかった。ボラボラからの連絡もない。状況は早く知った方が良いだろう。ハルが納得した後、すぐに三人はトキリへ向かった。
やはり敵が多い。近づくとさらに増え、何度か木の上へ回避した。30人以上はいる。トキリに多く集まっており、近づくと氛も濃くなった。嫌な感じだ。マノミは全然見つからなかった。今度は後ろから、テツとハルに合図する。
「またか」
「ふう、もう少しよ」
神経が磨り減る。狩られる側は本当にきつい。普段は狩る側で探っている。ナプーはこれを毎日やっているのだ。急いで木の上に登り、敵に集中した。おそらく一人、トキリに戻るようだ。どんどん近づく、非常に強力な氛、ナプークラスか。氛が乱れる、耐えろ、敵は猛スピードで通過、すぐに走り去った。体の力が抜ける。
「ふー、どうやら行ったわね。なっ!」




