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フロンティア in the Frontier ~ブレテ島とマノミの狩人~  作者: よっしー
マノミの狩人、ナプー
24/49

12

森は起伏が激しくなった。斜面を登り、崖を飛び降り、また斜面を登った。サルやチンパンジーがちらほら見える。大型の草食恐竜ともすれ違った。立派な角と襟飾り、ナオミでも知っているトリケラトプスだ。しかし素通りである。次の斜面はダラダラと長かった。


しばらく登ると、不意にナプーは地面に降りた。周囲の様子が変わる。大木が目に見えて減り、樹冠の隙間から青空だ。そして小高い丘の頂上に来たとき、突然ビニマ山が出現した。トキリ周辺では分厚い樹冠によって見えなかった。ナプーは見晴らしの良い崖で止まる。


「良い眺めっすね!」

「はあ、そうね」


テツがどすどすやって来る。


「はあ、はあ、着いたのか?」

「テツさん、見てくださいよ」

「見えてるよ!」


快晴のビニマ山は中腹まで緑が覆い、以降は焦げ茶の山肌が頂上まで続いた。裾野は広くなだらかで、綺麗な対称を崩すように一部がえぐれている。動く影が所々に見え、何やら巨大な生物もいるようだ。前方のやや窪んだ地形のせいか音が反響し、鳴き声や地響き、何かが擦れる音、色々な音が湧いて聞こえた。ナオミは一瞬叫びたくなったが止める。自殺行為である。


「あそこを見ろ」


ナプーの指す場所は周囲と違った。森が禿げている。


「何があるの?」

「これだ」


ナプーはナイフを取り出すと、ブレード部分を軽く叩いた。コンと心地良い音が響く。


「堅く乾いた木材だ。我々の道具に使う」

「ふんふん。木材があるって。危険な場所?」

「問題ない」


ナオミは不意に思い出し、カメラを回した。ビニマ山、景色の一望、木材のある場所、ナプーの後ろ姿も撮っておいた。テツは息が上がっている。


「おれを撮るな!」

「最初にバテた人」

「おれも撮ってください」


ハルは映えなショットで構えている。


「さ、そろそろ行きましょう」

「ナオミさん!」


ナプーは周囲を警戒し、丘を降り始めた。今度は慎重な動きだった。距離は遠くない。しかし危険が多いようで、ナプーは何度か足を止め、大きく迂回した。ナオミには何を気にしているのか分からなかった。徐々に緑は減少し、目的の場所に着いたようだ。ナプーは目の前の木に触れた。


「これだ」


ナオミはカメラを回す。4~5mの小さい木だった。見た目は普通、これといった特徴はない。しかし幹に触れると恐ろしく堅かった。金属のように締まり、かといって重い感じはない。指で弾くと澄んだカーン、木材の音ではなかった。テツは手ごろな枝を掴み、枝を折ろうと歯を食いしばる。なかなか折れない。もう一度食いしばる。しかしダメで、意地になって再度食いしばった。


「っだ!やっぱ無理!」

「ははっ」


ナプーが笑った。咄嗟にカメラを向ける。油断した可愛い声だった。


「手で折ろうとするアホは初めて見た」

「ふんふん。テツみたいな勇敢な人は初めてだって」

「なんだそりゃ?」


ナプーは勇敢な男の隣に行き、ナイフを顔の前で構える。氛は一点に集中した。距離が近い、すぐ目の前、空気は皮膚を刺し、同時に圧迫して、ナオミは一歩後退した。そこまで堅いのか。ナプーらしからぬ凶暴な氛、ナイフを頭上に構え、振り下ろす。ドンッと鈍い音がした。直後に枝が落ち、地面には何かが衝突したような窪みがあった。


「ふー。こうやって切り落とす」


ハルがアチチと枝を拾った。


「マジすげーっすね、これ。真っ二つ」

「おれたちには無理だな」


ナオミの腕くらいの太さだった。確かに無理である。


「でも、ちょっと強引なやり方ね。ナプー、他に方法はないの?」

「ある。しかし時間がかかる」

「結局これがベストなのね」


やることは他にもあった。この辺でしか取れない植物や木の実があり、ナプーに教えてもらって採集した。食べられるもの、食べられないもの、どんな特徴があり、何に使うかなど、ナプーの説明をカメラに忘れず記録する。巨大な昆虫も発見した。20cmくらいのカマキリだった。興奮してハルが手を伸ばす。


「これ、めっちゃでかいっすよ、」

「触るな!」


ハルがカマキリみたいに硬直した。ナプーはハルの手を下すと、おもむろにしゃがみ、その辺の石を拾った。直径5cmはある。案の定カマキリに投げた。しかも速い、ぶつかる、と思った瞬間にカマが伸び、石を掴んで粉砕した。


「ひえぇ」


ナプーは人差し指をハルに見せ、ナイフで第二関節をトントンした。ハルはいまさら指を隠す。ナプーに取られるわけではない。


「むしこえー」


テツは自分の指をまさぐっている。


「指って鍛えられるのか?」

「あなたの得意分野でしょ。てか挑戦しないでね」


指が切れるのは見たくない。一行はカマキリを放って仕事に戻った。それにしても順調である。カメラが途切れることはなく、材料も徐々に集まって来た。危険な動物とも接触していない。ナプーがいつも以上に気を張って、しばしば身を隠した。見つかれば死、という緊張感もあり、それだけで良い経験だ。しかし隠れて採取しての繰り返しだと、やはり消化不良である。テツが焦れている。


「なあナプー、えっと、ハント!」


テツは携帯に言って聞かせた。ナプーは考える。難しい顔、あごに手を当て、普段は見せない表情で悩む姿も絵になるが、今はハントである。ナプーはビニマ山をちらっと見た。


「山に近づくほど危険だ。マノミは普段、ここより奥へ入らない」

「ふんふん、山の方が危険だって。マノミも近づかない」

「やっぱりか!雰囲気あるもんな」


テツは嬉しそうだった。ナオミはビニマ山にカメラを向ける。角度が少し変わり、さっきよりも圧迫感があった。ナプーは携帯に寄る。


「最近は山が荒れている。特に危険だ」

「なるほど。それで狩りは避けたいと」


ナプーは頷いた。テツも渋々頷くが、カマキリでビビったハルは嬉しそうだった。しかしナプーの顔はまだ浮かない。


「それに、良くない噂も聞く」

「ん?良くない噂って?」

「翼の生えたマノミがいる」

「んん?翼?」


ナオミは考える。ナプーたちのことではない。「マノミ」はマノミの言葉で人間という意味らしい。マノミとは別の人間、つまり別の部族がいて、さらに翼が生えている。ブレテ島ならあり得そうだ。


「えっと、確か、ハテナだっけ?ボラボラさんが言ってた、別の部族の名前」

「確かそんな名前でしたね。でも、クエスチョンじゃないっすね。皆最初に間違えてましたよ」

「そうだったね。あ、思い出した、ハテマだ。ナプー、ハテマのこと?」


ナプーは否定した。「ハテマ」も人間みたいな意味だろうか。


「2人のマノミが見た。マノミの姿で、翼を生やし、空へ飛んで行った」

「ふんふん、なるほど」


テツとハルに説明する。信憑性はなくはない。マノミの心配事である。ファジールとフロンティアで調査しても良いだろう。テクノロジーがあればきっとはかどる。


突然、背中に風が吹いた。今日はほぼ無風だ。ビニマ山を向いて会話に夢中だった。ナオミは振り返り、見上げる。まだ見上げ、さらに見上げて、そのまま尻餅をついた。スローモーションで滑稽だったろう。なぜか目の前に巨大な生き物、犬なのか、しかしなぜ気付かなかったのか。茶色の毛並み、フサフサだ。はるか上空から顔が下りて来て、ナオミの匂いを嗅いだ。ゴールデンレトリバーに似ている。しかし声が出せなかった。


「落ち着け」


ナプーがそう言った気がした。次は目の前がナプーになった。今度は携帯だ。画面に落ち着けと書いてある。体は動くようだ。慌てず、声は出ないが騒がず、落ち着いて立ち上がった。テツとハルも座っていた。手を貸してやる。


「大丈夫だ。食ったりしない」


ナプーの携帯は目に入らなかった。取り敢えず見上げる。顔の位置は10mくらいか。遠くに尻尾、四足歩行、しなやかな身体、やっぱり犬だ。背中が膨らんでいる気がした。ペロッと鼻先を舐め、突然動いた。前足、当たる、ナオミは咄嗟に目を閉じ、ゆっくり開けるともういなかった。飛び越えていったようだ。やっと声が出せる。


「い、いまのは?」

「強い動物だ」

「ストロングアニマル?見りゃわかるぞ」


テツは汗だくだった。ハルは放心状態である。ナプーが携帯に話す姿は文明人っぽい。


「強い動物と弱い動物がいる。強い動物は、マノミのような弱い動物を殺さない。強いとは、そういう意味だ」


ブレテ島、恐るべしである。ナオミたちはごく一部しか知らなかった。種族の超えられない壁、あまりにも高い。キヨタカはいつも感じているだろう。しかし出会ったのが強者でよかった。中途半端なら死んでいた。


「何とか生き延びたわね」


ハルの肩に手を置く。


「なんか、自分ちっぽけっすね」

「だったら大きい男になりなさい」

「はあ、がんばります」


ナプーは歩き出した。テツが続く。ナオミはカメラを拾い、不意に撮らなかったことを後悔した。せめて録画中に落としていたら、などと思ったがまた会える気もした。次はきっと尻餅はつかない。ナオミは荷物を持ち上げると、そろそろ中身がいっぱいだった。


「ナプー、あとどのくらい?」

「そろそろいいだろう。一度トキリに戻る」


日が高くなっている。乾季で朝晩は過ごしやすいが、もう暑い時間である。三人は荷物をまとめ、堅い木はテツが持った。再びマラソンだ。ナプーが先頭で走り出す。ペースは遅くて安心した。重い荷物で走りにくいが、きっとテツの方が大変だ。


しかし走り出してすぐ、ナプーは立ち止まった。動物だろうか。ナプーが三人の方へ振り返ると、ナオミは息を呑んだ。

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