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「ナオミ、動物だ!」
「え?」
不機嫌じゃなく警戒だった。明らかに失態、優秀なマノミに甘えてしまった。しかし反省は後である。強そうなマノミたちはすぐに散った。ボラボラがあたふたしている。
「ナオミ、どうしたんだ?」
「動物よ。皆はここにいて。ちょっとサムエラさん借りるね」
サムエラに嫌な顔されたが緊急である。サムエラを連れてナプーを探した。村の外れで警戒中だった。武闘派が集まっている。
「ナプー、どうした?」
「危険な動物だ。素早くて獰猛、群れで襲って来る。川沿いを進み、こちらに向かっている」
この警戒、先ほどの獲物より危険なのか。
「どうするんだ?」
「お前たちは下がっていろ。我々で対処する」
ナオミたちはフロンティアだ。護衛のためにやって来た。しかし酔っ払いで役に立たなかった。何をしているのか。ナオミはそんな自分に腹が立ったが、サムエラを揺すって食い下がる。
「ナプー、彼らも何かできる。協力させてくれ」
ナプーは落ち着かない。狩りのときには見せなかった。それはつまり、マノミが危険なのだ。多数の敵、女子供は多い。戦える者は意外と少なかった。どうすれば彼らの役に立つのか。
「戦えないマノミがいるわ。彼らを守りましょう」
これがいい。攻撃は任せて、取りこぼしをカバーする。
「ああ、そうだな。盾になるのは俺らが向いてる」
「簡単にやられないっすよ」
二人はやる気だ。サムエラもなぜか銃を構えた。ナプーは気合いに押されたようだ。
「緊急事態では、村の中央に皆が集まる。すでに守りを固めているが、そこに加わってくれ」
「分かった。任せてくれ」
サムエラは軍人の動きだった。攻撃部隊は20人ほどで、皆それぞれ武器を持つ。弓矢が一番多く、槍や短剣、飛び道具などもあった。ナプーと同等の強さなら、彼らが取りこぼすとは思えない。それほどの強敵だ。
共同スペースは焚火が消えて、静まっていた。中央に戦えない者が数十名、その周囲を武闘派が20人ほどで守っている。ナオミはジオンを中央に見つけた。
「ちょっとジオン。どのくらい、話せる、偀語?」
「少し。でも、ナプーより話せる」
「ナイス!」
「どうしたっすか?」
ナオミはつい声を上げてしまった。これこそ酒のせいだ。先ほどから妙な興奮があり、普段はしない言動に導く。ジオンはナプーより偀語が得意である。良い情報だ。しかしサムエラに言ったらすでに知っていた。妙に恥ずかしい。左はテツの筋肉仲間で、右はよく見たら長老だった。近接武器がほとんどだ。
「ナオミ、一体どんなやつらだ?何か情報は?」
「ジオン、敵、どんなやつ?」
ジオンは不意に中腰になった。両手を胸の前で構え、手首はだらんと垂らすと、素早く左右に動き、噛みつくフリをする。次に左手を尻の後方へ伸ばし、尻尾のように振り回した。さらに自分の顔に右手を当てる。
「この顔が、」
ジオンは立ち上がり、右手をいっぱいに伸ばした。
「ここにある」
テツが見上げる位置だった。つまり、2足歩行の前傾スタイルで、左右に素早く動き、長い尻尾を振り回し、噛みついてくる顔が2メートルを超える位置にある動物だ。それが大群で襲って来る。当然見たことはないが、思い当たる節があった。まさかブレテ島にいるとは思わない。
「これ恐竜よね?」
「そうだな」
ええっ、とハルが奇声を上げた。
「あの大陸にしか存在しないっていう、伝説の恐竜ですか?爬虫類の?」
「それ以外に何がいるのよ」
ハルはビビっている。しかし興奮が勝るようだ。あの巨体にあの風貌、世の男子なら一度は心惹かれた恐竜である。フラシニア諸島では化石しか見つかっていない。大陸は太古を彷彿とさせる。キヨタカにすごく聞きたいが、一体いつ帰って来るのか。サムエラに教えても無反応だった。
「ねえ、来るよ」
ナオミのセンサーに引っかかる。大きな群れ、数は分からない。
「速いぞ!」
「いつでもOKっす!」
ハルが構えた直後、強烈な氛が連続で放たれた。怒涛の攻撃だ。止まる気配が全くない、氛の弾幕である。1つ1つがナプーに匹敵し、心が痺れる。三人は否応なしに高まり、氛を全開で迎え撃った。
「ワイテッ!ワイテッ!」
マノミの怒号だ。前線から響く。それに呼応し、中央は臨戦体制である。数は未だ不明、前線の攻撃が徐々に衰えた。
「来る!」
ジオンが叫んだ。敵は突破した模様。その直後、左前方から影が飛んで来て、ズシンと目の前に降りた。ギャーーーと耳をつん裂く姿はまさに恐竜。初めての出会いが絶体絶命である。小さな腕を振り回し、ピョンピョン跳ねるが可愛くない。肌は深い緑、よく見たら薄い毛、頭は割と小さかった。
「出たっ!」
「落ち着いて」
ナオミがハルを止めた。すぐそこ、3m先である。目がバチっと合う。来る!と思った瞬間、視界に影、恐竜が吹っ飛び、目の前は長老になった。なんて早業、杖の強烈な突きである。
「右と左!」
叫ぶ先から恐竜、速い。突っ込んでテツと筋肉マノミに激突、しかし受け止めて首を絞めた。
「うぉーーー」
テツの絶叫、吹っ飛んだ恐竜は起き上がる。長老が追撃、跳ねて上へかわす。ナオミは咄嗟に詰め寄り、空中で蹴りを顔面に入れた。ズギャ、恐竜は近くの家まで吹っ飛び、粉々に破壊した。
「痛っ!」
堅い。右足が痺れる。相手にダメージはないだろう。今度は複数が別々の方向から襲った。戦場はごった返す。筋肉マノミがまずい、強打され、振り解かれた。守りはがら空き、ヤバイ、ジオンが目の前で怯む。しかし瞬時にハル、一撃で後退させた。彼の武器は素早さである。テツもすごい、そのまま締め落とした。
「ナオミさん!」
一瞬の油断、木の上だ。振り向いて眼前、足の爪、間に合わない。咄嗟に顔を覆った瞬間、何かが光ったように感じた。痛みはない。目を開くと、恐竜の肉片が飛び散っていた。
「ナオミ!」
ナプーの声、振り返ると彼女がいた。助けてくれたようだ。
「敵!」
ナプーは偀語で叫んだ。恐竜はまだ湧いて来る。しかし前線が合流し、一気に鎮圧した。その対処は見事、一撃必殺でなぎ倒す。フロンティアは不要だった。次第に恐竜は引いていき、いなくなった。
「ウォーー!」
マノミの勝どきだ。戦えなかった者に被害はない。前線も集まって来て、全員無事のようだ。
「やったな!」
フロンティアはハイタッチした。テツがバチーーンでジンジンする。近くにナプーがいて、3人を見ていたようだ。ナオミは走って近づき、右手を上げた。
「ほら、手!」
戸惑うナプーの右手を掴み、強引にハイタッチした。良い音だった。テツとハルもすぐに来て、バチバチっとやった。手が痛そうである。近くにジオンがいて、ハルにお礼を言っている。
「あ、思い出した。そういえばナプーがね、名前を呼んでくれたよ。ね?あなた、呼んだ、ナオミ」
ナプーは小さい声で、呼んだ、ナオミと言った。
「おれも聞いたぞ。でもナオミだけかよ。ナプー、テツ、テツ」
自分を指差している。ナプーは苦笑いだ。テツがテツテツと何度も粘った。ナプーは下を向く。根負けするか、しないのか。
「フーールゥゥロォンティア!素晴らしい!」
巻き舌のボラボラだった。間の悪い男である。興奮したチャンゴと不愛想なサムエラも怪我はなかった。ふとお香の香り、後ろから長老だ。ハルはジオンと肩を組んで来た。
「ジオン!」
長老はジオンにぼそぼそ言った。名前を呼ぶ声は大きい。
「長老は、感謝している」
「ありがとうございます。でも、あまり役に立てず、すみません。実は、酒に酔ってしまって、」
「ナオミ」
間の悪かった男、ボラボラだ。
「フロンティアはマノミを救った。フロンティアがいなければ、被害は大きくなっていた。これは事実だ」
「そうね、ごめんなさい。反省は後でするわ」
改めて長老を見た。目が合う。深いシワと白髭のおじいちゃんだ。ボラボラより年上だろう。しかし強かった。杖で突く真似をすると、長老はジオンにぼそぼそ言った。
「2回目、外した、ワザと」
お茶目な長老である。きっと負けず嫌いだ。
「そういうことにしておきます」
長老は帰って行った。ナプーもどこかに消えた。共同スペースは焚火が灯り、襲撃前に戻りつつある。すでに恐竜の残骸は回収され、どうやら晩御飯になるようだ。壊れた家も修繕が早かった。もう日が傾く。ブレテ島の初夜である。