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「あ、すんません。酒飲んじゃいました」
「いいよ。今日はもう終わりだって」
それを聞きてテツはグイっと飲む。ぷはーっと声が漏れた。ハルも負けてない。二人は酒に強かった。ナオミはたしなむ程度である。テツが飲み切ると、ボラボラは二人の飲みっぷりに気付いてしまった。
「ジオン、マウン。ドリンク!」
テツとハルを指差す。二人は笑って親指を立てた。
「酒はいくらでもあるぞ。遠慮するな」
「好きなだけ飲んで良いって」
喜ぶ二人に今度はでかい容器だ。1リットルはある。せっかくなので注いでやった。あのナオミさんが、みたいなハルの言動にも目を瞑る。立ち上がってボラボラとチャンゴにも注いだ。サムエラは飲めなかった。
焚火にマノミが増えて来た。テツの隣に誰かが座る。大男だ。マノミで一番かもしれない。容器から酒を注ぎ、ゴクゴクと飲み干した。すぐに2杯目だ。テツもハルも止まらない。アルコール度数は高くなかった。
しばらくすると若い男が立ち、焚火の間を歩き出した。妙なステップだった。どうやらダンスだ。数人の男女が中央で舞う。一見でたらめである。
「ハル、行きなさい」
「え?どこへです?」
「ダンスよ。ほら」
いやいやいやと首を振ったが、ナオミはしつこかった。
「ボラボラさん、ハルが踊るって」
ボラボラはすぐジオンに何か言い、ジオンがハルを迎えに来た。もう断れない。さっきの仕返しである。それにしても、ボラボラはジオンを使い過ぎだ。ハルは抵抗したが数人に囲まれた。
「テツさん!」
「行ってこい」
手でシッシと払うテツは酒に夢中だ。しかし飲み過ぎである。隣の男と張り合っているのか。ハルは連行された。観念して踊る隣はナプーだ。美女とデュエットである。
彼らはリズム良く上下に体を揺すった。決まった動きはない。男女は徐々に接近し、触れるか触れないかで踊ったあとに突然抱き合った。そうかと思えばすぐ離れる。ペアはどんどん入れ替わり、基本は男女だった。若者のダンスである。ハルは明らかに浮いていたが、それを気にするものはいなかった。
「すっかり打ち解けたじゃないか」
「そうかもね」
良い顔をしないマノミもいる。しかし多くは好意的だった。意外と言うか不思議だ。最近まで全くの未開でこの歓迎。若者はハルと陽気に歌い、ナプーも笑顔だった。ハルが人気という説は考えられない。ボラボラに酒を注いだ。
「マノミってどんな部族なの?他と比べて」
「ん、ああ、正直、よく分からん。この環境が特殊過ぎる。他にブレテ島の部族がいればな」
「そういえば、他も調査中よね?」
ボラボラは詳しくない。サムエラが知ってそうだが、ウトウト中だった。今日は大活躍である。チャンゴだったらと思うのはやめた。そもそもボラボラが元凶だ。
「まあ時間の問題だろう。そういえば、ジオンも他にいるようなことを言ってたな。ハテナ、ハテマだったか?」
「それ、詳しく教えてよ」
「何だったかな。えーっと、うーん、あれ、忘れちまった」
大きな溜め息が漏れる。ボラボラは酒を手に取った。
「なあナオミ、お前は優秀だ。真面目で頭も良い。でもそれだけじゃダメだ。部下は付いて来ないぞ」
ナオミに酒を注ぐ。
「まあ飲め。二度とない機会だ。酒はぬるいけど飲み放題。文句じゃないぞ。ハルはダンス、テツは筋肉」
テツを見ると上は裸だった。筋肉を隣の男と見せ合う。テツに匹敵する唯一のマノミだ。しかし相手が悪い。男は一回り小さかった。サムエラとテツの間である。ハルはロボットダンス風に盛り上げる。浮いているのは自分だとナオミは思った。
「はっはっは。フロンティアは面白いな」
「ええ、私が教育したのよ」
取り敢えず冗談を言ってみた。何かあったらボラボラのせいである。一応この上司にこの部下ありと笑ってくれた。しかし暴走気味だ。さすがにハルは止めに行った。
「あれ、ナオミさんも混ざるんですか?」
「違うわよ。ちょっと、ね?」
周囲を覗う。ハルは我に返ったようだ。
「すみません、楽しくてつい。やり過ぎでした?」
「ぎりぎりセーフかな」
席へ戻りつつ、ハルは余韻に浸っている。
「マノミの女性も悪くないっすね。全然いけますよ」
「それはアウト」
ハルは言い訳を述べている。
「ってナオミさん、テツさんが裸です!」
「知ってる」
「あれはアウト?」
アウトではないが、一度テツのもとへ向かった。何やら周囲が騒がしい。女性がちらほら、男性もいる。視線はテツに集まっていた。マノミには筋肉よりホトムが重要だ。しかし本能だろうか、筋肉は文明を超えて惹きつける。
「何してるの?」
「おれも良く分からん」
「裸の付き合いっすね。おれも脱いだ方が良いですか?」
「裸じゃなくて筋肉でしょ」
テツは立ち上がり、右腕に力を込めた。何度見てもイカレてる。人間の腕ではない。あり得ないことにさっきの獲物と良い勝負だった。ナオミは上腕二頭筋に触る。マノミを見ると、彼らも近づいて来て触った。女性はなぜか笑っている。
「いいっすね、モテモテで」
「面白がってるだけだろ」
「隣の彼にはモテてるよ」
「うるせー」
言葉は分からないがコミュニケーションは可能だ。同じ人間であり、ホトムを使う仲間である。酒の力もあっただろう。しかし良好な関係だ、と思うのは早とちりだった。
不意にマノミが不機嫌になった。怒号も聞こえる。思い当たる節はなかった。ナオミは人間関係が苦手である。またハルに踊ってもらおうか、と思考を巡らせた。




