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動物はお金になる。その強さと凶暴性から、動物に対する研究は進んでおらず、研究者や企業はこぞって動物を欲しがった。ほっとけば人に危害が及ぶので、ナオミたちの仕事は有意義である。遂行できる能力者も数えるほどだ。当然、お金も良い。
ダイオウミミズクはほとんど研究が進んでいない。とても希少だ。生態も謎が多いが、ときおり人里に出て、ごく稀に人を襲ったりする。最近はそれが増加傾向にあるが、原因は分からない。ブルン、と黒塗りのワンボックスがやって来て、撫でる手が止まった。ハルが下車する。
「乗っけるから、そっち持って」
「ういっす。うわ、見てください、ナオミさん。この爪」
爪を持って足をプラプラする。艶のある黒い大爪で、どこか生々しい。人の頭は潰せそうだ。実際、潰せるだろう。ナオミはフッと笑った。
「死んでたかもね」
「笑えないっす」
ハルは仕事を始めて数ヶ月の新人だ。経験は少ないが、氛のポテンシャルは相当高い。溢れる氛を抑えられない、といった印象だ。身体能力や反射神経も良い。
「氛のコントロールね、当面の課題は」
「ですよね。なかなか上達しないっすよ」
「焦りは禁物ね。さあ、そっち持って」
後部座席は動物用に広く加工され、そこに巨体を押し込んだ。ナオミは運転席に乗る。ハルが「あざっす」と言って助手席に乗った。
これから向かう先は動植物の保管施設だ。今回のように確保した動物や植物などが一時的に保管され、その後は然るべきルートで研究施設などへ送られる。
「足が長いのね」
ナオミはシートを前にずらした。ジッジッとライターの音が聞こえる。
「浅く座ってるだけですよ。あれ、火が付かねっす」
「コンビニ寄るわ。喉乾いた」
「あざっす。ナオミさんも長いですよ。背もあんま変わらないし」
「どうも」
ミラーを直し、エンジンを始動した。ハルは170cm後半で、ナオミは173cmと女性にしては大きい。でも決して足が長いわけではない、とナオミは思った。遺伝もあるだろうが、筋肉が付きやすい身体だ。兄も身体が大きい。何なら線の細いハルの方が、女らしい体つきをしていた。羨ましいと思うこともある。踏み込むアクセルに力が入った。ラジオは往年の名曲だ。
保管施設までは1時間ほどかかる。世界各地で確保されたものは、基本的にこの施設へ集まる。規模はかなり大きい。それだけ需要があるし、資金もあるということだ。独自に研究するための準備も進めている。
コンビニでライターを得たハルは、ようやく一服できた。ふーっと車外へ煙を吐く。エンジンを始動し、再び走り出した。
「忘れてた。市に連絡しといて」
「ふー。連絡?何を言えばいいっすか?」
「捕獲完了したって言えばいいのよ。あと舗装の穴ね」
「ういっす」
携帯をナオミから受け取り、ハルは電話を掛ける。意外と言葉遣いはしっかりしていた。特殊な才能を持ち、体を酷使し、時には命を懸け、一方で世間からは好奇の目で見られる仕事だ。非凡な人生を送って来た人は多い。
ナオミも例外ではない。兄は能力者で、父も氛の素養がある。兄の影響で氛を覚え、中学から鍛え始めた。物静かな性格と、能力のこともあって友達は少なかった。勉強も好きになれず、ナオミは結局この仕事を始めることになった。赤信号でゆっくり停止する。ハルが電話を終えて、携帯を受け取った。バニラの香りが鼻を突く。
「ありがと。ところで、あんたは何でこの仕事を?」
ハルがナオミを一瞥したとき、長くなった灰がシートに落ちた。ナオミの顔が少し歪む。
「あ、すんません」
「別にいいよ」
最後の一息を吸いきり、灰皿に押し付ける。
「大した理由は無いっすよ。まあ、社長のおかげですかね」
「そう」
ナオミたちはフロンティアという会社に属している。動物が強いこの世界では、人間が住める陸地は未だ5%に満たない。残りの95%以上は、はっきり言って未開の地である。どの国も所有していない。北半球を中心に、陸地の75%を占める超大陸アメルティマ、南半球には20%を占める大陸ストラティカがある。いずれも生息する動植物を攻略できず、未開の地である。
人類は、両大陸間の東部に位置するフラシニア諸島と、アメルティマの北西に点在するサノース諸島を開拓したのみで、全人口の3億人はそこで暮らしている。開拓した島々の中にも、未だに危険で強力な動植物は多い。銃器の類は通用しにくいとなると、非科学的な存在であった「氛」の能力者にも期待が集まった。
その期待に応えようと奮闘したのが、我が国日夲のキヨタカだった。依頼をこなし、国内外の期待に応え続けて、能力者の存在価値を高めた。そして、開拓関連のプロフェッショナルである能力者集団、フロンティアを設立した。今は設立15年目だ。能力者の多くは、社長であるキヨタカによって見出され、スカウトされた。ハルや兄もその一人だ。ガザガザと次の一本を手に取る。
「でも仕事は楽しいっすよ」
「良いことね」
「こう、『生きてるー』って感じがして」
煙草を手で遊ばせて言った。ナオミはフッと笑い、アクセルを踏み込む。
「まあ、分からなくないけど」
「やっぱり」
ハルはナオミをじっと見る。
「仕事のことになると、活き活きしてますよね、ナオミさんは」
「そうかしら?自分じゃ分からないね」
缶コーヒーを手に取って飲む。ハルはまだ煙草で遊んでいた。
「特に、おれをしごいてるとき」
「ぶっ、」
コーヒーを吹きそうになったナオミは納得した。新人の教育は中堅の能力者が担当することが多い。高卒で始めたナオミはまだ4年目だが、兄の教育もあって中堅レベルだ。歳の近いハルも教えていた。
「なるほどね。よく分かったわ」
「ナオミさんのスパルタは有名ですから」
煙草をくわえて火を付ける。ナオミは缶コーヒーを置いて、ウインカーを出した。
「あんたには、死んでほしくないのよ」
ハルは一瞬止まって、ナオミに振り返った。
「あれ、スパルタの言い訳です?」
「本心よ」
「冗談っすよ」
と話していると、ナオミは不意にダイオウミミズクを仕留め損ねたことを思い出した。「そういえば、あんたね」と始まったナオミの説教は、保管施設に着くまで続いた。