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「毒蛇だ。気を付けろ」
「見たことないぞ。新種かもしれない」
チャンゴはカメラを構えた。ナオミは我慢できずにサムエラを叩く。
「ちょっと、何をしたか聞いて」
サムエラは慌てる。すぐにテツとハルも寄って来る。ナプーはナイフを拭っていた。
「ナプー、あり得ないぞ。今のは何をしたんだ?」
「武器と一体になっただけだ」
「武器と一体に?それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。ホトムが武器に力を与える」
話しを聞き、三人は驚く。高等技術である。物質に氛を流すことはできるが、通常は触れている間のみだ。ナオミが麻酔針を手に持てば、動物に刺すことはできる。しかし一旦手を離れると、途端に氛は霧散する。これを維持するのは至難である。ナオミにはできなかった。ナプーは平然とやってのける。殺傷力も凄まじい。
「ナプー、どうやって?とても難しい」
ナオミはつい偀語で話した。ナプーはナイフを指でなぞる。
「マノミは狩人だ。狩りをしなくてはいけない」
通訳、とナオミはサムエラを急かす。
「狩りには武器がいる。マノミでは、親から子に与えられる」
ナプーはナイフで歯を触った。
「ちょうど、歯が入れ替わるころだ。私も父から受け取った。今でも覚えている。嬉しかった。やっと大人のように、狩りへ行けると思った」
ナイフを顔の前で構える。
「これがそのとき受け取ったナイフだ。以来ずっと使っている。もはや私の一部である。私のホトムが認めている」
ナプーはナイフをクルクル回し、ホルダーに入れた。
「ホトムに認められて、ようやく一人前だ。お前たちは半人前」
ナオミは納得した。マノミは戦士ではなく狩人だった。狩りに不可欠な武器が中心だ。動物に遭遇すれば、大抵は生き残れない。先に見つけ、遠くから殺す。これが鉄則である。殺せなければ、今度は相手に狙われて自分が死ぬ。先に見つかればもちろん死ぬ。そういう世界である。潜伏と遠距離攻撃に特化することで、マノミはブレテ島を生き抜いた。それが「狩人」という道だ。フロンティアが決して弱いわけではない。「狩人」として半人前である。しかし大きな差をナオミは感じた。
「やばいっすね」
ハルは感嘆で震えている。あのトーンの「やばいっすね」は相当だ。テツも腕を組んでしゃべらない。ナプーを認めるしかないだろう。ナオミは確認したくなった。
「ナプー」
サムエラを介して話す。
「もし、私たちがあなたと戦ったら、勝てるかしら?」
ナプーは鼻で笑った。想定の範囲内だ。今度は不敵に笑う。
「いいだろう、見せてやる。ついて来い」
そう言ってナプーは振り返り、再びジャングルを歩き出した。しかしまた止まる。警告はなかった。草を見ているようだ。何か付いてる。赤い実だ。ナプーは無造作に取り、潰して顔に塗った。また無造作に振り返る。濡れた髪に艶めく肌。頬と唇は鮮やかに染まった。
「お前も塗るか?」
ナプーは実を差し出す。咄嗟に手が伸び、ナオミは口元を赤く染めた。無味無臭だった。再度ナプーは歩き出す。しかし再び止まるまで時間はかからなかった。気付いたのはナオミだ。
「待って」
「どうした?」
全員止まる。テツはナオミの様子で気付いた。動物の気配だ。そう遠くない。しかも複数いる。
「ナプー、動物がいる」
「遅い」
怒られてしまった。ナプーは気付いていた。意外と面倒見が良い。ナプーはサムエラを呼んだ。
「やつらは強い。凶暴だ。群れを成す。だから姿を隠さない。動きは鈍く、頭も悪い」
そういう動物は少なくない。フロンティアでも簡単な依頼である。
「私には、やつらとお前たちが同じに見える」
「もう分かったわ。それでどうするの?」
「見せてやると言っただろ。特別だ」
ナプーは静かに移動する。徐々に近づいて、三人は息を飲んだ。別格に強い。同じに見えるのか。高い評価である。ジャングルはどんどん深くなった。見通しが悪いので、見つかりはしないだろう。ナプーも止まらない。もうすぐそこだ。
「おい、あそこを見ろ」
ようやく止まった。木々の隙間。群生するツタの向こうに、何かがうごめいた。茶色の毛並みだ。少し移動し、はっきりと視界に捉えた。ゴリラみたいな外見である。横になって休憩中か。しかし大きい。中央に座っている個体は特にでかい。体長は4~5mありそうだ。たぶん雄のリーダーである。
「何だあいつは?ビッグフッドか?」
「分からないけど、これまでで最強ね」
ナオミはハルを見た。大丈夫そうだ。サムエラは震えている。チャンゴも震えているが、別の意味だろう。
「ここはやつらの住処。普通のマノミが見つけたら、すぐ逃げる。殺される。だが強いマノミには、恰好の的だ」
ナプーは背中の弓を下した。見れば分かる。ナイフに全く劣らない。材料は木だろうが、黒く塗り込まれ、自然の色味ではなかった。指紋が付きそうである。構造は中央と両端で湾曲し、性能を高める。自然の造形ではない。職人技だ。弦は植物の繊維だろうか。ナプーは背中の筒から矢を取る。こちらも丁寧な作りだ。矢尻は動物の骨か。鋭く加工されている。それよりナプーは何をするのか。
「ここから、打つの?」
ナオミは偀語で聞いた。遠すぎる。そもそも木が邪魔で当たらない。
「本来はもっと遠くからだ。見えている必要はない。障害物も関係ない」
サムエラは驚愕した。話しを聞いて三人も驚く。
「だが今日は違う。ここで見ていろ」
ナプーは周囲を覗った。首を振り、何かを見つけたようだ。動き出す。近づいていく。速い。どんどん進む。見つかりそうだ。半分は距離を詰めた。ようやく止まった。すぐに弓を構える。しかし矢は地面に刺した。不意にかがみ、何かを拾った。投げる動作だ。
「どうして?気付かれた」
相手は一斉に見る。リーダーが立ち上がった。大きい。この距離で分かる。そして獣の声。同時に氛が襲った。苦しい。全身を締め付ける氛だ。胸をドドドっと叩き、空気が震えた。背中は黄色。イエローバックである。しかしナプーは動じなかった。矢を弓に掛け、引く。迷いはない。
そこからはよく分からなかった。ナプーの間は独特だ。矢を引いた後、通常は狙いを定める。しかしその時間がないように見えた。ナプーは不意に来る。ナイフを投げたときもそうだ。ナオミは見ることに全てを費やした。しかし上手く見れなかった。気付いたら一瞬光り、矢は消えて、相手は倒れた。命中に絶対の自信があるのだろう。ナプーの能力かもしれない。攻撃力も桁外れだ。もう群れの姿はなかった。
「来い!」
ナプーが呼ぶ。皆の時間は動き出す。三人は互いを見て無言だ。少し浸りたい。カタルシスだろうか。心地良かった。しかしチャンゴが走ったので、それに続いた。ナプーはリーダーに近寄る。チャンゴも途中で追い付いた。
「死んだのか?」
「心臓を貫いた。おそらく死んだ」
チャンゴは息を切らした。ナオミも気になって走る。しかし大きい。近寄るとテツが子供だ。全身は薄い毛で覆われ、色は赤っぽいブラウン。背中は大部分がイエローバックだった。しかし無残である。ほとんど血で赤黒い。中心にぽっかり穴が開き、肉が吹き飛んでいた。ほぼ即死である。矢はどこに行ったのか。後方を探すが、どこまでも見えなかった。
「信じられない」
サムエラが呟く。
「ああ、こんなの見たことない」
チャンゴはカメラを回した。隅々まで、舐めるように撮る。ナプーはチャンゴを横目にナオミたちを見た。
「これ、お前たち、食べる。一緒に」
「一緒に?ありがとう」
サムエラがやって来る。
「めでたい獲物だ。お前たちを歓迎する」
話しを聞いて、ハルは驚く。
「こいつを食べるんですか?」
「相手の好意だ。ちゃんと食えよ」
テツは平気そうだ。ナオミも覚悟はしていた。だが急である。目の前で殺され、無残な姿をカメラに撮られた獲物とは思わなかった。しかし大事な食糧だ。マノミにとってはごちそうである。ナオミは腹を括った。
ふとナプーを見る。手にナイフだ。何だろう。氛を込めている。また蛇だろうか。違う。不意に膝を付く。まさか。それは無理だ。やめて。しかし目を逸らす前に一刀が入った。ナプーは腕をちぎる。
「何をしている?」
サムエラが驚愕して聞く。
「持ち帰る。このままでは運びにくい」
ナプーは手早く解体した。嫌なのに、目が離せない。手際は素晴らしかった。内臓はそのままである。
「おい、お前」
ナプーが呼ぶ。矛先はテツだった。
「おれ?」
「ああ。お前は重い胴体を持て」
サムエラが胴体を指す。テツが拒否する前に、ナプーは頭をハルに投げた。
「お前は頭」
ハルは咄嗟に避けて、ナプーに睨まれた。ナオミは両足だった。少しは仲良くなっただろうか。ナプーは一瞬消えて、すぐに戻った。手には先ほどの矢だ。一行は獲物を携え、トキリの村に戻った。