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フロンティア in the Frontier ~ブレテ島とマノミの狩人~  作者: よっしー
マノミの狩人、ナプー
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クルーザーのエンジンが止まった。周囲はやけに静かだ。ファジールは乾季で水位が低い。ナオミは川に浸かっていたであろう場所に飛び降りた。二度目の上陸である。動物の気配はない。ロープを大木に結んだ。テツとハルも飛ぶ。他の三人は板をかけて上陸した。ボラボラが先導する。


「すぐそこだ。付いて来て」

「テツは最後尾を。ハルは私と前を」


二人は頷く。六人でぞろぞろ進む。目の前は森だった。しかし川沿いを歩くと様子が変わる。何者かが通った跡だ。森の中へ通じていた。マノミの道である。


「こっちだ。この先にある」


ボラボラは進む。ナオミは警戒を強めた。念のためだ。大所帯で刺激するかもしれない。開けた空間が見える。人工物だ。家のようだ。ボラボラは立ち止まって振り返る。


「いいか、彼らに従うんだ。勝手なことはするなよ」


チャンゴとサムエラは頷いた。


「彼らに従って。勝手なことはしないでね」

「了解っす」


テツは親指を立てた。みな緊張しているようだ。無理もない。ファーストコンタクトである。突如、不意にテツが警戒した。緊張のせいじゃない。ナオミは振り返る。全員トキリの方を向いた。人影だ。見覚えのある姿だった。ボラボラが笑顔で近寄る。


「やあ、ナプー。友人を連れて来たよ。ナオミとは以前に会ったね」


ファジール語の会話だった。ナオミはナプーを見る。短髪で小顔の綺麗な女性だ。前髪ぱっつんで幼く見えるが、手足はすらっと長い。マノミではかなり長身である。赤く染めた腰蓑と、植物で編んだ紐を身にまとう。乳房は隠さなかった。小麦の肌には赤い塗料が映える。きっと腰蓑と同じものだ。


ナオミはナプーと目が合った。小さく会釈する。ナプーも覚えているようだが、笑顔はなかった。


「よく来た。歓迎する」

「ありがとう。まずは長老に挨拶したい」

「ついて来い」


ナプーに付いて歩く。低い声で毅然とした様子だ。綺麗な顔に似合わなかった。素の顔は別にあるだろう。前からマノミが来た。ジガリス川へ向かうようだ。もちろん凝視されたが、特に警戒はされなかった。一行はすぐに集落へ入った。


トキリは100人くらいの小さい集落だ。森の中に家を建て、隠れるように暮らす。狩猟採集で生活し、農耕はしない。というよりできないのだろう。トキリでは女性も狩りをする。ナプーは優れた狩人らしい。


家は簡易な作りである。2mほどの木を先端部で交差させ、縛って直立させたものを2つ用意し、その間に木を通して固定した骨格に、植物で編んだ屋根を掛けるだけだった。屋根は一面のみで中は丸見えだ。プライベートはない。ほとんど無人だった。そんな家が密集するでもなく、かといって離れすぎない距離に集まっていた。


集落の中央には広い空間があった。共同のスペースらしい。日中でも焚火があり、そこに子供が集まっている。大人も数人いた。留守番をしているようだ。子供は無邪気に遊び、大人がたしなめる。未開も文明も変わりなかった。


そこを抜けると長老の家だ。特に凝った作りはない。むしろ質素である。中に年配の男性が座っていた。髪はぼさぼさで、白髭をたっぷり蓄える。頭には鳥の羽を付け、首から骨を下げていた。彼が長老である。


長老はナプーに気付いて立ち上がった。がっしりした体格で、姿勢も良い。杖を手に取った。あり得ないほどゴツい。長老と同じサイズである。大木の根元を丸ごと引き抜いたような杖だった。


「また来ました。よろしくお願いします」


ボラボラは挨拶すると、荷物から何かを取り出す。手土産だろう。現地で摂れるハチミツや果物が入っていた。文明のものはない。未開部族への配慮だった。


突然、大声が響く。ビクッと反応する。長老だった。獣のそれである。近くの大人が寄って来て、手土産を持って行った。名前を呼んだらしい。長老はまた何か言っていた。皆がナプーを見る。


「感謝する。マノミはそなたたちを歓迎する」

「ありがとうございます」


ボラボラは深く頭を下げた。ナオミたちも下げる。ボラボラは話しを続けた。


「今回は、ナプーの狩猟採集に同行させてもらいますが、よろしいですか?」


ナプーは長老に耳打ちした。しばしの間だ。事前に伝えているとはいえ、緊張があった。長老はナプーと話す。会話が何度か往復し、ようやく長老が振り返った。話す声色から大丈夫そうだ。皆ナプーに注目した。


「よかろう。同行を許可する」

「ありがとうございます」


再び頭を下げる。長老は皆を一瞥した。視線は流れ、ナオミのところで不意に止まる。目が合った。何か考えているようだ。突如、再び大声を上げた。よろよろ近づいて来る。お香のような匂いだ。ナオミは動けなかった。


長老は目の前で止まる。今度は杖を振り、何かを唱え出した。意味は分からないが、心地良い響きである。長老の顔が近い。白髭がゆらゆら動き、口元は見えなかった。肌が黒く焦げている。何かの病気かもしれない。


長老は唐突にやめた。次にテツを見て接近し、唱え出した。最後はハルである。同じように唱え終わると、そのまま家に帰って行った。ボラボラはナプーを見る。


「今のは何をしたんですか?」

「精霊の加護を唱えた」

「精霊の加護?それは何ですか?」

「天の声だ」


ボラボラはそれ以上聞かなかった。ナオミを見て肩をすくめる。マノミの歴史は深い。過酷な環境を生き抜いた知恵だ。理解できないのは当然である。ボラボラは再びナプーを見た。


「他に通訳できるものはどこに?」

「そのうち戻る」


ボラボラは頷き、皆に振り返った。


「おれは長老たちと話すから、皆はナプーとがんばってくれ。それじゃ」


ナオミが何か言う前にボラボラは離れた。早速子供と遊んでいる。仕方ないのでチャンゴを見た。


「これからどうするの?」

「そうだな。どうしようか」


頭を掻いている。考え中のようだ。ナオミはサムエラを見た。頷いてナプーに近寄る。


「私はサムエラ。そちらの準備はできているか?」

「まだだ」

「こちらもまだだ。それでは、準備ができたらここに集まろう。それでよいか?」

「それでよい」


サムエラは振り向く。


「準備ができたら、ここに集合してくれ」

「了解」


サムエラが頼りになる。しっかりした男だ。チャンゴはへらへらしていた。変わった男である。一行はいったんナプーと別れ、各々準備を始めた。しかしフロンティアは万全だ。しばしの待ちである。


「なあ、ナオミ」

「何?」


テツがナプーの背中を見ている。


「あいつ、能力者だよな?」

「たぶんね」

「そうなんですか?」

「とても上手く隠してる。ここで生き抜くための技術でしょ」

「長老はおれらが能力者って気付いたな」


ナオミは気配を消していた。潜伏の基本だ。しかし容易に気付かれた。再度周囲をうかがってみる。


「みんな気付いてるかもね」

「まじっすか?大丈夫ですかね?」


ハルがキョロキョロする。たぶん大丈夫ではない。日夲では問題なかったが、ここは本物の未開島だ。レベルが違った。同じ人間でも差があった。動物はナオミたちの抑えた氛に反応するかもしれない。それは問題である。フロンティアはまだまだ未熟者だ。


「気を引き締めましょう。社長もユキエさんもいない。私たちでやるしかない」


ナオミは二人を鼓舞する。しかしテツは余裕そうだ。


「大丈夫だよ。マノミは潜伏に特化してるだけだ。殴り合いなら負けねーよ」

「そうだといいけど」

「おれ、殴り合いでも自信ないっす」


ナオミはハルの背中を叩く。


「あいた!」

「弱気になってどうすんの。現場では不要よ」

「そうだぞ。おれは最強だって思ってりゃいいんだ。実際の強さなんて関係ない」


ナオミはテツを軽く睨んだ。そうかもしれないが、混乱も招く。


「日々の鍛錬を思い出して、最善を尽くせばいいのよ。迷っても直感を信じて動く。結局それしかできないんだから」


テツがハルの肩を抱く。


「今回はおれらもいる。心配すんな」

「了解です。最善を尽くします」


ハルが落ち着いたところで、ナオミはサムエラを探した。チャンゴは隣に座っている。サムエラがいない。よく見ると遠くにいた。迷彩服で分かりにくい。カメラを持っている。トキリを撮影しているようだ。集落の防衛体制が気になるのか。


マノミは定住しないと聞く。トキリもまだ日が浅そうだ。家が簡易な理由の一つだろう。森に溶け込む作りである。自然と調和し、身を隠すのが防衛の基本だ。周囲を見張る大人も多い。探知能力に長けた者もいるだろう。


すぐにサムエラは戻って来た。ナオミは周囲を観察しつつ、ナプーの到着を待った。

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