10
一方のシシリアはよく笑う。黒に茶の混ざったパーマで、水着はナオミよりセクシーだった。肉付きが良く、男ウケは良さそうだ。カリンがこっちを見ている。
「どうしたの?」
「彼はボーイフレンド?」
まさか、と即座に否定した。可愛い後輩だが、そこに全く結びつかない。カリンが笑う。ちらっとえくぼが見えた。クールとのギャップである。四人はビーチ沿いのカフェに着いた。カラフルで若者向けだ。テラスの席に通された。機内で早めの昼食だったので、ナオミは小腹が空いた。フルーツパフェとコーヒーを頼む。ハルは美女二人を指して、セイムと頼んだ。シシリアはナオミを呼ぶ。
「彼って楽しいわね」
ハルをつつく。
「楽しいって」
「お、脈ありっすね!」
ハルが浮かれている。嬉しいことだが、ちょっと心配だ。初海外、初リゾート、脈あり美女。3拍子揃っている。この後は大事な仕事だ。釘を刺すべきかもしれない。隣を見ると、美女二人はまた話している。ファジール語だろう。
そのうち店員が配膳する。ナオミのはまだ来ない。三人は同じジュースを飲んで楽しそうだ。しばらくして、店員が巨大なパフェを持って来た。嫌な予感がする。やはりナオミのだった。顔を伏せて受け取った。
「でっけーっすね」
「頼むもの間違えた」
二人は笑っている。話しのネタにはなりそうだ。とりあえずバナナを頬張った。美味しい。スプーンですくい、チョコバニラを一口。冷たくて最高だ。食欲がだんだん増し、食べる手が止まらない。刺さったお菓子はサクサクだ。やっぱり頼んで正解だった。そのとき不意に視線を感じる。カリンだ。
「食べたいの?」
うん、と頷いた。いいよ、と余りのスプーンを渡す。カリンはパフェを見た。吟味している。ベストな場所を探しているようだ。
「好きなだけ食べていいよ」
「本当に?!」
今日一の反応だ。ナオミはちょっと驚いた。喜びを隠さない。ギャップ萌えを狙っていたのか。ならば成功だ。カリンは生クリームをすくい取る。ついでにマンゴーもすくった。5:1で生クリームの塔だ。舌がちょっと顔を出す。
カリンは大きな口を開けた。歯並びが良い。褐色によく映える。スプーンを寄せ、塔を一口で頬張った。唇に目が行く。目立たないが肉厚だ。端に生クリームが残っている。飲み込んで、おいしいとナオミに微笑んだ。彼女はきっと甘党だ。さらにスプーンをゆらゆら。不意にその手が止まった。
「これ、食べないの?」
「どれ?」
カリンは何かをすくった。白の果肉に黒のつぶ。実は避けていた。得体の知れないものだ。
「それは何?」
「知らないの?ドラゴンフルーツよ」
聞いたことがある。たしか熱帯の果物だ。まさかこんなところで、とナオミは思った。スプーンの上をまじまじと見る。
「美味しくないって聞いたわ」
「美味しいわよ。食べてみる?」
スプーンをナオミに寄せた。食べていいのか。ハルとシシリアも注目している。さすがに断れない。スプーンの先を見る。生クリームの跡だ。カリンの口を通過した。その上のドラゴン。チョコと生クリームにまみれている。ナオミは麦わら帽子を押さえ、一気に頬張った。口の中で広がる。言うほどまずくない。むしろ甘みは強かった。
「うん、美味しい」
「でしょ。私の大好物」
その後もカリンはパフェを食べる。ナオミのペースは落ちた。お腹いっぱいである。たまにスプーンを伸ばすと、彼女の視線を感じた。ハルは参考書と携帯を片手に、シシリと良い雰囲気だ。たまに偀語を聞かれるが、ちゃんと自分で会話する。必死のジェスチャーは見ていて楽しい。そろそろパフェは完食だ。
「ナオミ」
カリンがスプーンを置いた。お腹いっぱいだろうか。
「何?」
「恋人はいるの?」
「恋人?!」
ナオミは咄嗟に聞き返した。恋人はいない。いたことはあるが、上手くいかなかった。能力のせいもある。秘密にしていた。ただそれを言い出す前に冷めてしまった。しばらく興味は持たないだろう。今はフロンティアが楽しい。ナオミはいないと答えた。カリンは嬉しそうだ。
もうお腹いっぱいだが、ナオミはパフェを食べきった。後悔はない。普段なら残す。体調管理の一環だ。あとで消費しないといけない。ビーチを走るのもいいだろう。食後のコーヒーをすすっていると、ハルが嬉しそうに振り向いた。
「ナオミさん、めっちゃ楽しいっす」
しみじみ言っている。初の海外でこの成果だ。達成感は一入だろう。
「良かったわね」
「マジであざっす!」
「お礼はエステでいいよ」
「任せてください」
ハルは空気を作っている。場が緩む。シシリアはハルに寄っていた。もう一人で大丈夫だ。
「そろそろ行くわ。頑張ってね」
「ええ?もう少しだけ!」
ナオミはハルの良さを伝える。男前とも言ってやった。自信が持てるはずだ。ハルは少しごねたがすぐ折れた。気合を入れ直し、もうひと頑張りするようだ。ようやく一人の時間である。お金をハルに渡し、ナオミは席を立った。二人に挨拶する。
「私は行くわ。楽しんでね」
「待って、ナオミ」
カリンも立つ。咄嗟のためか、ナオミの手を掴んだ。
「私は寂しい。行かないで」
真っ直ぐに見る。手は力強い。情熱的である。もちろん嫌ではない。同性でも嬉しくはある。ナオミにはしばしばあった。見た目が男勝りだ。そのせいか女性によく好かれる。可愛い系が多い。ちょうどカリンのような子だ。ナオミは手を取って、一旦席に着く。
「ナオミさん、これは帰れないっすね!」
「そうね」
カリンの顔が緩む。手は離さない。ナオミはシシリアを見た。彼女は知っているようだ。積極的な二人である。ハルは分かっていないだろう。シシリアに夢中だ。その情熱が引き寄せてしまった。話題の尽きない男である。
「ハル」
「はい、何でしょう?」
「二人っきりになりたいでしょ?シシリアと」
ええっと驚くが、まんざらでもない。問い詰めると本音が漏れた。二人にも聞く。大丈夫そうだ。ナオミはハルに釘を刺す。
「分かってるわね。この後仕事だから」
「了解っす。肝に銘じます!」
ナオミは会計を済ます。おごってあげた。感謝の気持ちだ。ハルには労いである。二組はカフェを出た。ショッピング、と話していたので、ハルたちはメインストリートだろう。ホテルの通りだ。ナオミは少し泳ぎたい。暑さが増している。ホテルのプールがいいだろう。カリンも誘ったらOKだった。
二人はビーチを一緒に歩いた。昼時だ。やや人の群れは引いた。カリンは傍を離れない。遠くに島が見える。未開島はどこにあるのか。カリン、とナオミは呼んだ。
「私はね、明日からブレテ島に行くの」
「あの未開の島?なぜ?」
「国から依頼があってね。現地調査の護衛よ」
カリンは驚く。当然だ。詳細は話していなかった。開拓関連はニュースでも話題である。
「危険な仕事よ。死ぬかもしれない」
ナオミはゆっくり歩いた。遠くを見つめるが、横にカリンを感じている。
「今日の夜からね、大切な予定があるの」
カリンは静かだった。砂を踏む音しか聞こえない。でも、とナオミは続ける。
「それまでは、ゆっくりするつもり」
そう言ってナオミは止まった。カリンも止まる。振り返るとカリンがいた。意外と近い。目が合った。えくぼはない。ふと腕が伸び、頭を撫でる。
「あなたも一緒に過ごす?」
カリンは笑った。そして頷く。笑顔の似合う子だ。ところでさっきから異常に暑い。プールまで待てない。ナオミは麦わら帽子をカリンに被せ、海に向かって走った。




