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フロンティア in the Frontier ~ブレテ島とマノミの狩人~  作者: よっしー
ファジールへようこそ
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ダイオウミミズクはふてぶてしい。それがナオミの第一印象だった。茶色の羽毛にまだら模様で、ダルマを思わせる珍妙なフォルムが良く似合っていた。耳のような羽角は丸っこく、ときおりピョンと起き上がる仕草が愛らしい。近年のフクロウ人気と相まって、ダイオウミミズクにも熱狂的な愛好家がいるようだ。


「あそこです。信号の上」


市の職員は指をさして言った。視線が信号の上に移ると、そこには体長一メートルを超えるダイオウミミズクが留まっていた。


「何時間も、あのままみたいです」

「でしょうね」


ナオミは以前にも、ダイオウミミズクの捕獲を行ったことがある。彼らは翼開長が四メートル以上にもなり、あのフォルムで実は筋肉の固まりだ。爪は鋭く、捕まえた獲物は決して離さない。そして厄介なことに、彼らは「氛」を得意としていた。


昔から病気の治療や健康法として、気功が広く利用されてきた。その力の源である気には、どうやら物質と激しく相互作用する一面があるらしい。それを通常の気とは区別して「氛」とナオミたちは呼ぶ。気と氛は表裏の関係と考えられる。氛を利用すると体の強化などが可能だ。世の中の動物は氛が使えるので、恐ろしく強い。


「人間なんて眼中にないのよ、あいつは」


ダイオウミミズクの特徴は体の強さだ。氛で守備力を高めており、生半可な攻撃では傷一つ付かなかった。一説には銃弾をも弾くそうで、人間が何をしようと気にしない。


「見てよ、あの寝顔」

「おれも昼寝したいっす」


あくびをしながら言ったのは、金髪ロン毛のハルだ。今回の捕獲に参加した新人で、すらっとしたイケメンである。黒に白のラインが入った上下のジャージは、無駄なく身体にフィットしている。


「ふてぶてしいね」

「あ、すんません」

「あんたじゃないよ」


ハルが頭を掻く隣りで、職員は落ち着かない様子だ。


「あの、それでは、」

「ええ、ここは任せてください」


ナオミとハルは、氛を使う「能力者」だ。氛の強い動物とやり合うためには、こちらも能力者である必要があった。銃弾のような物質と氛は相性が非常に悪いが、お互いが氛なら効果的だ。ダイオウミミズクの鋼鉄を誇る防御も、ナオミやハルなら突破できる。


ナオミはシューズの紐をきつく縛る。一体感がある。白のメッシュで真新しい。グレーのレギンスは足を締め付け、大腿四頭筋が浮き出る。しわを伸ばし、パンッパンッと叩いた。Tシャツにはフロンティアとプリントされている。後ろで結った髪を締め直す。


「さあ、行くわよ」

「ういっす」


全ての動物は氛を使えるが、人間の場合は少し状況が異なる。火事場の馬鹿力のように、咄嗟の無意識では使えるのだが、意識して使える人はごく稀だった。自由に氛を使い、氛の能力を高めたりするには、特殊な才能が必要になる。幸か不幸か、ナオミとハルはその才能を持っていた。


「今日はハルに任せるけど、できそう?」

「問題ないっす」


二人は気配を消し、慎重に距離を詰める。ダイオウミミズクの出現は市内に周知され、日中なのに人通りは少なかった。車もあまり見かけない。一部、野次馬も出現したが、二人とダイオウミミズクは気にしない。


「どう攻めるの?」


ナオミはハルの背中に尋ねた。季節は春で、頬に触れる風が心地良い。どことなく漂うシトラスの香りは、おそらくハルの香水だ。


「正面から、ぶすっと」

「いいね」


通常は麻酔を使って捕獲を行う。守りの強い動物でも、能力者が相手の氛を破ってしまえば、麻酔針を刺すことができる。ダイオウミミズクも例外ではないが、羽は意外と頑丈で、頭部は狙いにくかった。正面から可愛いお腹にぶすっと刺すのが正解だ。


信号から10メートルの位置で、ハルは足を止めた。体をくねくね動かし、ふーっと息を吐く。ナオミが麻酔針を渡した。


「刺すだけでいいから」

「ういっす」

「敵意は消して、氛は最小限ね」

「ういっす!」


返事で気合を示すと、勢い余って走り出した。氛がだだ漏れだ。


「ばっ、」


気付かれる、と思ったナオミは声を発したが、ハルが助走して跳躍する前に、ダイオウミミズクは目を開いた。ハルの足に氛が集中、激しい跳躍で砂が舞う。空中を突き進むハルは視認され、突如、可愛いお腹が風船のように膨らんだ。同時に膨大な氛が放出され、ハルは動揺する。


「おりゃー!」


それでも強攻し、麻酔針がお腹に触れた。その瞬間、弾かれる。ナオミは弾かれた麻酔針をキャッチし、道路に着地。クラクションがファンと一度だけ鳴った。ダイオウミミズクは羽を広げ、二人を見下ろした。


「ギャー、ギャー」

「ちっ」

「大丈夫?」

「はい。右手が痺れてますけど」

「あとで反省会ね」

「ギャー、」

「ギャーギャーうるせーな」

「集中して」


ダイオウミミズクは激怒している。羽は逆立ち、眼光鋭く、カチカチと口ばしが鳴る。氛が強い。羽角もピョン。どうしようか、とナオミが考える間もなく、巨体が空中を舞った。


「来るよ!」

「お、」


翼が鋭く動いた瞬間、巨体が一直線にハルを襲った。爪はハルをかすめてアスファルトをえぐり、その衝撃で巨体が空に舞い戻る。ハルは体勢を崩し、動けない。


「ほら!」


ハルを抱えて距離を取った。野次馬はもういない。上空ではギャーギャーバサバサと虎視眈々だ。二人は一旦落ち着いた。


「ナオミさん、どうします?」

「うーん」


ダイオウミミズクを凝視したまま、しょうがない、とナオミは思った。


「ハル、おとりになって」

「えー?!」


咄嗟に二人の目が合う。ハルの声は本気だった。かつてないほど必死な様子だ。そんな部下を安心させるのも、上司の仕事である。


「嫌ですよ」

「いいでしょ。その辺で踊りなさい」

「いや、無理っすよ」

「大丈夫だから。私を信じなさい。いい?」

「あの、だって、」

「いい?」


圧に耐えかねたハルは、「ちくしょー」と言って走り出した。踊っているわけではないが、動きがぎこちない。一生懸命おとりになっているようだ。予想通り、鋭い眼光がハルを追う。


「ばーか!アホ!」


大人の口喧嘩が聞きこえる。ナオミは氛を抑え、気配を消した。右手に麻酔針を構える。上空の巨体はバサバサと揺れ、不意に翼を震わせた。ナオミは見逃さない。


瞬間、大きな爪がハルに急接近し、同時にナオミは加速する。次の展開が見えた。ハルは爪をギリギリでかわし、ズギャっとアスファルトをえぐる。飛び散った破片をかき分け、ナオミが静かに接近。隙だらけのお腹を右手で貫いた。ギャア、と巨体が空に舞う。


「よし!」

「はあ、はあ、」


ガッツポーズの隣りでハルは動けなかった。目を泳がせ、上空で暴れる巨体を追っている。ナオミは握りこぶしを解いて、手を差し伸べた。


「よくやったね」

「はあ、はい。どうも」


手を取って起き上がり、二人は空を見上げた。ダイオウミミズクは羽の動きが安定せず、上下左右へと落ち着かない。麻酔が効いているようだった。フラフラと降りて来て、やがて地面に着地した。


「ハル、車を」

「ういっす」


最近は依頼が多くて忙しい。人手が足りない。捕獲した動物は、捕獲した人が最後まで面倒を見る必要があった。ナオミは上下に動くモフモフの巨体を見て、呼吸の存在を確認する。目立った外傷もない。膝を付き、頭部を撫でてみると、触り心地は滑らかだった。健康体だ。

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