表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

連載予備軍

叛逆の聖女が嗤う頃に

作者: 遠野


 魔王を(たお)す。

 それは聖剣に選ばれ、召喚された私の役目。


 魔王を斃す。

 それは私が、元の世界に帰るための条件。


 だから私は、聖剣をふるい続けた。


 邪魔するものはみな(ほふ)った。

 魔族も、魔物も、動物も。

 時には人でさえ斬り捨てた。


 そうしろと命じられれば、従うしかなかった。

 故郷を盾に取られれば、そうするほかなかった。


 正義のために聖剣をふるった。

 命を取った数だけ、私は罪を重ねた。


 大義のために聖剣をふるった。

 他者を殺した数だけ、私は私を殺した。


 ……どうして私は聖剣に選ばれたのだろう?

 いっそ狂ってしまえたら良かったのに。

 聖剣を持つ私は、正気を失うことも許されない。

 

 死にたくて、死ねなくて。

 祈りに応え、呪いを紡ぎ。


 ……そんなわたしに、ひとりだけ。

 たったひとり、手を差し伸べてくれた人がいた。


 彼だけが私のよすがだった。

 心の底から信じられたのは、彼だけだった。


 彼がいるから頑張ろう、と思った。

 彼が望む平和を叶えたい、と願った。


 だから。

 だけど。






   ☩






 渾身の力でふるった聖剣が、魔王の(コア)を砕いた。


 剣先から生々しく伝わってくる感覚。


 たまらずうち震える私に、何故か魔王はほほ笑みかけてきた。

 それは今から死にゆく者がする顔でも、自分を殺した相手に向ける顔でもない。


 たじろいで一歩後ずさると、魔王は私を引き寄せる。


 魔族にとっての心臓とも言える核。

 そこへ聖剣がより深く突き刺さるのもお構いなしに、魔王は私との距離を詰めて。



「──」

「生きろ、ユーリ」



 ほんの一瞬、重なった唇。

 掠めた囁きを最期に、魔王の身体から生気が抜け落ちた。


 聖剣にかかる体重が増し、魔族特有の紫の瞳は輝きを失う。

 恐る恐る瞳を覗き込めば、それは伽藍堂の硝子玉のようだった。



「……クロ」



 ぽろ、と涙が一筋、頬を伝って。




 ──ずぶり




「っ、ぁ?」



 つい先ほどまで斬った張ったをしていたせいで、身体はひどく昂っている。


 しかしどういうわけか、胸のあたりだけは冷たかった。

 凍えるほどの冷たさに、全身の熱を拐われてしまいそう。


 ……けれど、何故?

 どうして急に、胸だけが。



「こふッ」



 視線を落とすと、鈍色の光を放つ鋼が心臓の辺りから生えていた。

 驚く間も、戸惑う余裕もなく、衝動のまま込み上げてきた血の塊を吐き出す。


 ようやく痛みを理解した頃、胸に埋まる鋼の塊が抉るような動きをした。

 漏れ出そうな悲鳴は奥歯か軋むほどの力で噛み殺す。


 クロを落とさないよう必死に腕の力を維持しつつ、首を回して背後に振り向く。



「……何、してるッ」

「悪いなぁ、聖女。お前に恨みはねぇが、ここで死んでもらうぜ」



 三下さながらのセリフを吐いて笑ったのは、私と共に魔王討伐を命じられた男だった。



「ふざ、けるな。約束はどうした」

「約束ぅ? 馬鹿ね、アンタ。そんなの反故(ほご)よ、反故!」

「そういうことです。まあ、貴女はここで死ぬわけですから、反故も何もないのですが」



 裏切りを責めた私を、一組の男女が嘲笑う。

 二人もまた、魔王討伐を命じられた人間だ。



「麗しき王女殿下のご命令だ。聖女、お前はここで死ね」

「ああ、もちろん聖剣は頂いていきますよ。我ら聖王国の有する大切な財産ですからね」

「ふっふふふ! 無様ね、無様だわ! 聖剣に選ばれたってだけで大した取り柄のないアンタには似合いの最期よ!」



 三者三様に耳障りな騒音だが、言っている内容はほとんど同じ。

 お前は死ぬのだと。

 ここで殺されるのだと。

 笑い声が頭の中でぐわんぐわんの鳴り響き、ひどく煩わしかった。


 喀血(かっけつ)のせいで舌打ちもままならず、苛立ちが募る。

 好き勝手に言いやがって、どいつもこいつもろくな人間じゃない。


 クロの身体を抱き直し、ごめん、と小さく呟いてから、彼の身体に埋まった聖剣の刀身を引き抜く。


 傷口からどろりと血があふれた。

 白く輝く聖剣はクロの真っ赤な血に濡れており、妖しくも艶かしい美しさを放っている。



「はっ、ド低脳が。その身体で俺たちを殺す気か?」

「言ってろクズ。私より弱いくせに粋がってんじゃねーよ、クソ雑魚くん?」



 ああ、そうだ。

 聖剣を扱う私に師事させるため、王命で着いてきた剣士だが、今となっては聖女の威を借るクソ雑魚野郎である。


 確かに剣士は強かった。

 剣の腕は聖王国でもピカイチというだけある、と素人目に見てもわかるほどだった。


 でも、今は違う。

 打ち合いをすれば私が圧勝だ。


 だから稽古という名の拷問もやめたし、今だって背後からの不意打ちしかできなかった。

 いくら私が手負いでも、真正面からやり合えば負けることがわかっているから。


 嘲り笑えば、剣士の顔が羞恥に染まる。

 その一瞬を突いてみぞおちへ肘を叩き込み、心臓を貫いた剣ごと強制的に後退させた。

 力任せの行為だったからか、剣が抜ける際に傷口を切り開げられた気がする。


 けれどまだ、大丈夫。

 聖剣の加護がある私はちょっとやそっとのことじゃ死なない。

 皮肉なことに、私にそれを知らしめたのは剣士たちだ。



「……化物め」

「そりゃそうだ。あいにく、こっちには経験と実績があるんでね。空言(そらごと)ばかりの嘘吐き野郎と違って」



 聖王国一の治癒士だなんて謳ったくせに、誰ひとり治すことのできない詐欺師に比べれば化物の方がよほど良いんじゃなかろうか。


 何が神だ。

 何が救いだ。


 薄っぺらなおべっかを弄するだけで、信心なんて欠片もない似非神父が。


 長いものに巻かれてるだけならまだしも、アンタのくだらない見栄で一体どれほどの人間が苦しんだ?

 助けてくれ、治してくれと縋られても嘘に嘘を塗り固めて誤魔化し続け、いっそ殺してくれという望みすら叶えられない臆病者のほら吹きが、よくもまあ魔王の居城まで来れたものだ。


 鼻で笑いながら、今度は魔道士に視線を向ける。


 不敵な笑みは崩さないが、明らかに警戒しているのが見て取れた。

 自分も何かしら言われる心当たりがあるようで、それは重畳。



「化物ってなら、そいつも同じだろうに」

「な──何よ、何を言い出すのよアンタ!?」

「こちとら、アンタらが言うところの聖剣に選ばれた人間なんだよ。バレてないと思ってたのか?」



 お得意の魔法で誤魔化しているようだが、魔道士の目は紫色だ。

 唯一魔法を使うことのできる人間として聖王国で重宝されていたらしいが、その実、正体は魔族が人間のふりをして紛れ込んだだけ。


 甘い汁を啜りたいと思うのも、そのための手段を選ばないのも構わないし、同族殺しを咎める筋合いなんて今の私にはない。

 だからといって、陰湿な嫌がらせをされたことを恨んでいないわけじゃないし、剣士に加担している時点で私の敵だ。


 もし今この瞬間、ほんのちょっとでもクロの味方をしたなら……クロの仇討ちだと話したなら、目をつぶってやっても良かったのに。


 魔力を乗せて聖剣を振るう。

 剣撃は風となり、三人を玉座から吹き飛ばした。


 悲鳴を上げて転げ落ちていく様はとても滑稽で、口角が少しずつ釣り上がっていく。



「っ……しょ、っと」



 ぼたぼた落ちる血の塊で汚さないよう気をつけつつ、クロの亡骸を玉座にそっと横たえた。


 いくら聖剣の加護があると言っても、私だって人間なので死ぬ時は死ぬ。

 回復薬(ポーション)蘇生薬(エリクサー)も持たない以上、私がもう間もなく死ぬのは確定だ。

 死因が失血によるショック死か、それ以外になるかまでは流石にわからないけど。


 既に呼吸は荒く、喉からヒューヒューと空気の音が聞こえる。

 胸にぽっかり空いた穴からとめどなく血が流れ出ているし、思考は霞みがかったようにどこかぼんやりとして、気を抜けば現実からあっという間に遠ざかってしまいそう。


 それでも意識を手放さないのは、ひとえにクロの存在があるからだった。


 世界でたった一人、私を見つけてくれた人。

 私の痛みを理解してくれた人。

 ……私なんかに命をくれた、誰よりあたたかくて優しい魔王(クロ)


 貴方の慈悲を踏みにじる痴れ者たちを、許しておけるはずがない。



「ほら、来いよ。殺すんだろ、私を」



 剣を、弓を、あるいは杖を構える三人を前に、聖剣を携え、鷹揚に微笑んだ。

 特別秀でた容姿ではなく、死にかけ血まみれ傷だらけの三拍子揃った私では、クロの威厳ある姿には到底かなわない。


 それでもいいのだ。

 あの三馬鹿に、ほんの少しでも恐怖を植え付けることができるなら。


 どうせ死ぬなら華々しく、なんて私には似合わない。

 派手なのは聖女なんて肩書きと、私を選んだという聖剣だけ。


 だから私が選ぶのは、血なまぐさくて陰惨な嫌がらせ。


 クロが死んだ。

 私も死ぬ。


 なら、アイツらも殺して、魔族も人間もすべからく混沌に堕としてしまおう。


 魔王を失った魔族と、聖女パーティを失った人間。

 ほら、ちょうどよく混沌具合の均衡が取れるっしょ?


 従順な聖女の、最初にして最後の叛逆だ。

 冥土の土産に復讐の蜜の味を教えてくれよ、なあ。


書きたいところを書いて満足しました。

叛逆の成否は皆さまのご想像におまかせです。


もし連載にするなら、叛逆失敗ルートかな? という気持ち。

ちょっとでも性癖に刺さったとか、面白かったとか思ってもらえましたら、ブクマぽちったり、下の評価(☆→★)お願いします。ぜひぜひ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/09 19:44 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ