悪役令嬢は婚約破棄をさせたい。
婚約破棄が書きたかったのです。サラッと読んでください。
「シルビア嬢!! 俺は今この場をもって婚約破棄をし・・・!」
「婚約・・・破棄を・・・!」
「カットーーーー!!」
「ダメですわ、レイモンド様!!ここはハッキリスッキリキッパリと婚約破棄を宣言していただかなければ!!一番の見せ所なんですわよ!!」
台本を丸めてメガホン代わりにしたものを口に当て、シルビアはこの国の第二王子に盛大なダメ出しを食らわす。
「いや、しかし・・・シルビアに婚約破棄を告げるなど・・・」
「いけませんことよ!ここでカタを着けることで、悪役令嬢であるわたくしが断罪されるのです!」
「なぜシルビアが断罪さらなければならない!」
涙目で訴える第二王子レイモンド。
学園卒業後は、騎士団に入ってこの国の防衛を担う立場になるというのに、その姿はあまりにも情けなく周りの生徒たちも同情の眼差しを向ける。
「学園最後の文化祭を飾るに相応しい劇をとクラスで決めましたでしょう!?それならば、王都で大流行中の小説になぞらえて、よりリアリティを持たせるために実在の人物でやるというのは、このクラスの総意ではなかったかしら?」
そう言うと、シルビアは悪役令嬢さながらの視線でクラスメイトを見渡すと、さすがに誰も何も言えなくなった。
「・・・くっ!そ、それならば俺にも考えがある!!」
「わかりましたわ。もし台本を変更するのであれば、脚本担当の方にお話しください。わたくしはこれから王妃様とのお茶会がありますので、失礼いたします。」
シルビアは優雅にお辞儀をすると、教室をあとにした。
「レイモンド様は優しすぎるのです。これから、この国をお守りする立場として優しすぎるのは少し心配ですわ。」
王宮の中心にある立派な庭園の中のガゼボで向かい合う王妃とシルビア。ふぅ、と憂いを帯びた表情で、軽くため息をつき紅茶を飲む。
「ふふふ。レイモンドは小さい頃からシルビアちゃん大好きだものね。でも大丈夫よ。親バカかも知れないけど、剣の腕前も同世代の中で右に出るものはいないし、やるときはやるって知ってるでしょ?」
「・・・はい。」
わかっている。彼が自分にだけはとことん甘くなってしまうということを。しかしそれが、彼にとっての弱味になってしまわないかと不安になるときもあるのだ。
シルビアとレイモンドは、お互いが七歳の時に政略結婚としての婚約がなされた。将来、王子様と結婚できるのだと言われ会いに行った先で出会ったレイモンドは、絵本の中の王子様とはほど遠かった。
金髪碧眼の見た目はまさに王子様そのものなのだが、とにかく泣き虫だった。王子様とは、お姫様がピンチの時に颯爽と駆けつけ、悪者を退治する。それがシルビアの理想の王子様だった。
王都から少し離れた湖に出掛けた時だ。確かお互いに九歳の頃だったと思う。急に森の中から野犬が現れて、シルビアたちに向かってきたのだ。
今思い返すと、決して襲いかかろうとした訳ではなく近づいてきただけだと分かるのだが、当時の自分たちは見慣れない野犬にパニックになった。
ここで王子様であれば、「姫!私が必ず守ります!」となる所を、レイモンドはサッとシルビアを盾にして隠れやがったのだ。しかもウルウルと綺麗な瞳に涙を浮かべて。
もう、何というか、早くも齢九歳にして悟った。
理想の王子様なんてのは存在しない。ならば、自分が王子様を守ってやろうと。
そして傍らに落ちていた木の棒を拾って構えると、すぐさま護衛が来て事なきを得たという話だ。
それからというもの、シルビアの尻に敷かれているのがこの国の第二王子だと、この学園では誰もが知ることとなった。
ーーーー迎えた学園祭当日。
(あれから台本の変更もないようですし、あのままきちんとやっていただけると良いのですが・・・)
結局、あの日から学園祭当日まで忙しくてレイモンドと二人になる時間は取れなかった。
お針子に就職が決まっている衣装担当が作ったドレスは、そのまま売り出しても良いのではと思えるほどの完成度だった。レイモンドの衣装も早く見てみたい。
お化粧係には、いかにも悪役令嬢らしくしてもらい、髪を結ってもらえば準備万端だ。
「シルビア・・・綺麗だよ。」
「レイモンド様も素敵ですわ。」
熱を持った眼差しで見つめられると、恥ずかしくて顔が赤くなる。舞台に上がったら悪役令嬢になりきらねばならないのだと、手に持った扇で慌ててパタパタとあおぎ熱を逃がす。
ーーーーいよいよ本番だ。
「レイモンド様、年に一度の晴れやかな舞踏会でわたくしに何かお話しがあるとか?」
彼の腕には男爵令嬢がピタリとくっつき、こちらを見て勝者の笑みを浮かべている。
「そうだ!良く聞け!」
ここが最大の見せ場。
悪役令嬢らしく婚約破棄をされるのよ!!
「シルビア嬢、俺は今この場を持って結婚を申し込む!!」
・・・・・え!?
「愛している、シルビア。これからも一緒に支え合って生きていこう。」
そう言ってレイモンドはポケットから小さな箱を取り出すと、シルビアの前に跪いた。中には彼と同じ瞳の色をした宝石がはめこまれた指輪がある。
ホールからは割れんばかりの歓声が上がっているのに、シルビアの耳には全く入ってこなかった。
「・・・・・・は!?」
貴族令嬢らしからぬ、間抜けな声が出てしまった。
レイモンドは立ち上がってシルビアの左手薬指に指輪をはめた。
まだ事態が飲み込めないシルビアは口を開けたままだ。するとふと顔に影が落ちた。
あっ!と思ったときには遅かった。
強く抱き締められると、そのまま唇が重なってきたのだ。
「んんっ!?」
思わず身を捩るが、逃がさないとばかりに口づけが深くなり、キャーとひときわ高い歓声が上がる。
(・・・な、長いわ!!)
やっとのことでレイモンドの唇から解放されたシルビアは、羞恥で真っ赤になった顔を扇で隠す。
隣に立つレイモンドはシルビアの腰を抱き、キラッキラの笑顔で観客に手を振っている。
よく見れば男爵令嬢や取り巻き役の生徒、裏方の生徒たちもみんな籠を持って、フラワーシャワーをしているではないか。
やられた。
完っっ全にやられた。
「俺だって、やるときはやるんだぞ。」
勝ち誇った顔でシルビアを見た彼のその表情は、シルビアの理想の王子様そのものだった。




