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第九十六話 火と闇

 鈴音が『虹男は骸骨さんの言う事聞いてるかな』等と考えている間に、ヒノはナミへ力を分け与え終えたようだ。

 目を開けて期待と緊張の入り混じった顔をする。

「どう?母様」

「うんうん、いいねぇいいねぇ」

 対するナミはご機嫌に笑い、ヒノの頭を撫でてから黄泉醜女を見た。

「熱々に焼けた石とか無ぁい?無かったら作ってぇ、ここまで持って来て?」

「石ぃ?そんな都合良く……あー、あるわぁ。焼き芋用のがあるわぁ。あれを熱々に焼けって事ですねぇー」

 面倒臭そうに言いながら『直ぐ持って来まぁす』と黄泉醜女は去って行く。


 見送った鈴音の目は点だ。

「石焼き芋まで……!黄泉の国の食文化どないなってんねん……!」

 彼女らの食卓が気になり始めた鈴音の耳にだけ、小さく身動ぎした虎吉の声が届く。

「ここの食いモン食うたら、黄泉の国の住人になってまうで。絶対食いなや(食べるなよ)

「そうなん!?教えてくれてありがとう虎ちゃん」

 そういう事ならまず勧めて来ないだろうが、知っておいた方が良い情報だと鈴音は感謝した。

「死んでこの国に来た人がすんなりこっちへ馴染めるように、食材も豊富なんかな。でも、子供向け料理の研究は今ひとつな訳ね」

 煮物ではなく焼き芋を出せばヒノは喜んで食べただろうな、と小さく笑う。

 そこへ、火バサミで赤く焼けた石を挟んだ黄泉醜女が戻って来た。


「はい、持って来ましたぁー。どうすんですかぁコレ」

 どう見ても数百℃はありそうな石に鈴音の表情は引き攣る。

「あっこまで焼いたら芋が炭になってまうやん」

 ナミが何をする気か予想出来た鈴音は、考えるだけで怖いのでつまらない事を言って気を紛らわせた。

 そんな鈴音へ楽しげな笑みを向けたナミが、黄泉醜女へ右手を差し出す。

「ん、ちょーだい」

 主の言葉に首を傾げた黄泉醜女はほんの一瞬考えるも、結局『え!?』と驚いたヒノが止める前にナミの手に石を載せた。


「母様!!」

 悲鳴のような声を上げたヒノの周囲が陽炎のように揺らめく中、その頭を優しく撫でたナミが笑う。

「ほら、見て見て、へーきへーきぃ」

 石を弄ぶナミの右手に火傷はない。

「ヒノたんが力をくれたからぁ、こぉんな赤い石でも熱くないわぁ。温かくてきもちぃー」

 カイロでも握っているかのようなナミの様子に、ヒノは瞬きを繰り返した。

「……ホ、ホントに?僕の力、母様を守れてる?」

「うん、守ってくれてるぅー。流石に母様の力でも火傷は防げないよぉ?コレはぁ、ヒノたんの力のお陰ぇ」

 ナミの笑顔を見たヒノは目を潤ませて抱きつく。

「やだもぉかぁーわぁーいぃーいぃー!!」

 ポイと石を捨ててヒノを抱き締めるナミ。

「ちょ、危ないって、もぉー。ウチの主はちょいちょい周りが見えなくなるよねぇー」

 文句を言いつつも顔は笑っている黄泉醜女が火バサミで石を拾う。


「うわビックリしたー。床が岩やと燃える心配ないんや、羨ましい。ウチであれやったら火事やもんなぁ」

 鈴音の呟きを耳にした黄泉醜女は、その表情を気の毒そうなものに変えた。

「火事ねぇー。無くなんないねぇ、あんだけ色々進化してんのにさぁ」

「ですねぇ。燃え難い素材とか、賢い人らが一所懸命考えてくれてるんですけどねー」

 頷いた鈴音は渋い顔で応える。

 そんな会話が聞こえてしまったヒノの表情が不安に染まった。

 密着しているナミに小声で尋ねる。

「母様」

「なぁにー?」

「カジって?それになったら鈴音はどうなるの?黄泉醜女は?」

「火事はお家とかお山とかが燃えちゃうコトぉ。鈴音は神の眷属だしぃ黄泉醜女は素早いからぁ、たぶん死なないんじゃないかなぁー?火傷とかの怪我はするかもだけどぉ」

 何でもない事のように答えたナミだったが、今にも泣き出しそうに顔を歪めるヒノを見て慌てふためいた。


「どどどどどうしたのヒノたん!」

 抱き締め顔を覗き込み頭を撫で頬擦りし、オロオロする母親の見本状態になるナミ。

「鈴音も黄泉醜女も……っ、怪我したらやだよぅ」

 燃えると聞いて、自分が生まれたせいで母親が大火傷を負った事と結び付けてしまったらしい。

 ヒノの目から大粒の涙が零れ落ちる。

「イヤー!!泣かないでヒノたぁぁぁん!!」

 自身の両頬に手を当て叫んだナミは、愛しい息子がどうすれば泣き止むか全力で考えた。

「解ったぁ!!鈴音と黄泉醜女にもヒノたんの力を分けてあげたらいいんじゃない!?母様チョー賢い!!」

 驚きの早さで答えを導き出したナミが見ると、ヒノが目を丸くしている。


「……ホントだ、寒くないように出来るんだもん、熱くないようにも出来るよね?でも、母様と同じようにやって大丈夫なのかな……?」

 首を傾げるヒノの涙が止まっている事に、安堵の笑みを浮かべたナミは大きく頷いた。

「へーきへーき、人なのに神の眷属になれる子だよぉ?ちょっと力分けて貰うぐらい何ともないってぇ。黄泉醜女は知らなぁい」

「酷くなぁい!?アタシだってナミ様の眷属だわー!!人じゃない分もっとヘーキだわー!!」

 親子の会話が丸聞こえだった為、ナミから適当な扱いを受けた黄泉醜女が吠える。

「きゃはは、そうだったねぇー。って訳でぇ、鈴音も黄泉醜女も、ヒノたんが力あげてダイジョーブだよぉ」

 楽しげに笑いながら指で丸を作るナミを見て、ヒノはキラキラと目を輝かせた。


「うーん」

 何やら話が纏まってしまったぞ、と鈴音は笑顔のまま固まる。

 火や熱に強くなる力はありがたいが、ナミのあの適当な感じに一抹の不安を覚えたからだ。

「ナミ様に分けたのと同じだけの力やと、私には多過ぎるんちゃうかなぁ」

 そうは思っても、ナミが大丈夫だと言っている事に鈴音が異を唱える訳にはいかない。

「取り敢えず虎ちゃんは離れといたら?何かあったら万能薬取り出して欲しいし」

 猫の耳専用の声量による鈴音の提案に、毛玉な虎吉はそのまま動かず答えた。

「大丈夫や。鈴音の魂は特別製やからどないもならへん」

 不思議なもので、ナミと言っている事は大して変わらないのに、虎吉に言われると安心してしまうのである。

「そっか、ほなありがたく頂戴しよ」

 心の準備が出来た所で、ちょうどヒノが走り寄って来た。


「鈴音!あのね、鈴音にも僕の力を分けてあげる!」

 先程までの不安そうな様子はすっかり消え、やる気に満ち溢れた顔で鈴音を見上げているヒノ。

 ナミに太鼓判を押して貰った事が自信になったのだろうと、鈴音も自然と笑顔になった。

「はい、ありがとうございます。お願いします」

 そう言って鈴音が右手を差し出すと、一度深呼吸してからヒノは両手でそれを握る。

「じゃあ、始めるね?」

「はい」

 微笑んで頷く鈴音を確認し目を閉じたヒノは、ゆっくりと自らの力を高め、握った手へと少しずつ流した。


「お?きたきた、へぇー」

 骸骨神の時とは反対に、掌から全身へひんやりとした力が広がって行く。

 プールみたいで気持ちいいなと思えたのも束の間、どんどんと冷えて我慢大会の様相を呈してきた。

 真剣な表情のヒノを止めるのも躊躇われ、鼻を啜りながら耐える事暫し。

「……うん、出来た」

 そっと目を開けたヒノが手を離して鈴音を見上げる。

「あれ!?なんか顔が青い!?」

 愕然として慌てるヒノへ鈴音は笑いながら手を振った。

「大丈夫です問題無いです。ところでこの力は、私が着ている物や抱いている虎ちゃんまで守ってくれますか?」

「うん。服とか虎吉ぐらいの大きさなら大丈夫。あんまり大きいのは無理だと思う」

「解りました。ほなちょっと試したい事があるんで、離れますねー」

 笑顔のまま10メートル程後退した鈴音は、これといった前触れも無く右手から炎を出した。


「っあーーー、ぬくいぃ生き返るぅーーー」

 虎吉が毛玉状態なのをいい事に、炎を蛇のように長くして身体に纏わせ暖を取る。

 それを見ていたナミもヒノも目が点だ。

 勿論、温泉に入ったオッサンのような鈴音に驚いた訳ではなく。

「鈴音ぇ、ちょい、どーなってんのぉアンタ」

 ナミは鈴音が炎を出した事そのものに驚き。

「凄い凄い!それどうやるの!?」

 ヒノは炎の扱い方の上手さに驚いた。

 鈴音の吹雪を見ていた黄泉醜女は『器用だねぇ』ぐらいの反応である。

「えーと、神様から御力を頂戴すると、こんな感じに使えるようになるんです。私の魂と神様の御力の相性みたいな事ですかねぇ?」

 充分温まったので、長い炎を鳥の形に変えて巨大な部屋の上空を舞わせた。

「炎をどんな大きさでどんな形にしたいか想像すると、こんな風に色々と出来ますよ」

 鳥を竜に変えて泳がせてから、右手へ戻して消す。

 鈴音と自身の手を見比べるヒノは、今すぐにでも練習したそうだ。

 そんな息子に目を細めつつ、鈴音へ視線を移したナミは首を傾げて唸る。

「んー、火から守る力から火を出すとかぁ、中々とんでもないよねぇ。てかさぁ、私の力だとどうなんのぉ?」

「ナミ様の?さあ……どないなるんですかね?」

「解んないなら試してみよっかぁ。さっきのは只の影だからぁ、今度はヒノたんみたいに力渡すー」

 立ち上がり近付いて来るナミの気配を感じ、腕の中の虎吉が震え上がった。


「あー、すみませんナミ様、猫の本能か何かが強く出てもうてるみたいで、虎吉がちょっと」

 半身になって少しでも虎吉を遠ざけようとする鈴音の様子に、瞬きをしたナミは幾度か頷く。

「そっかそっかぁ、そりゃぁ動物は特に死を怖がるよねぇ」

 怒られる事を覚悟していた鈴音は、理解ある言葉に安堵するも、その内容にギョッとした。

「え?死?ナミ様は死神……様やったんですか?」

「んー、元は違うけどぉ、ほら自分が死んだのとぉ糞野郎絶対殺すって思ってんのとでぇ、何かこう、死そのもの的な存在?みたいなぁ」

 そこまで言ってからヒノの前だと思い出し、糞野郎が父親の事だとバレたらどうしようとナミの目が泳ぐ。


 幸いな事にヒノは自らの手を見つめ、炎を操る練習をしていたので気付かなかったようだ。

 ホッとしたナミとは反対に、死そのもの等という存在から力を貰うのはどうなのかと、鈴音は難しい顔をしている。

「まあまあ、そんなさぁーメンドクサく考えないでさぁ、変な力になったら使わなきゃいいんじゃん?」

 腰に手を当て胸を張るナミに、鈴音は虎吉を撫でながら根本的な事を聞いた。

「えーと、ナミ様は何で私に御力を下さろうと?」

「え?面白いからだけどぉ?気になるでしょ、自分の力がどんな感じになるのかさぁ」

「あー……ソウデスヨネー」

 只の好奇心かい、とはツッコめないので無理矢理笑って頷いておく。


「んじゃ、腕おもっきり伸ばしてー?私も伸ばすしぃ」

 なるべく虎吉に近付かず接触する方法としてナミが選んだのは、思い切り伸ばした腕の先で指と指をくっつけるというものだった。

「何かの映画みたいや。あれはこんな腕伸びてなかったけど」

 子供の頃にテーマパークで楽しんだアトラクションと、その後にレンタルして観た映画を思い出し鈴音は笑う。

 どうにか人差し指同士が触れ合うと、ナミが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「はーい、流すよぉー」

「どうぞー」

 覚悟を決めて待つ鈴音の指先から、ふんわりと温かな力が流れ込んで来る。

「あれ?思てたんと違う」

 優しい力に包まれながら、神を産むような神なのだから元々は死ではなく生を司る存在だったのでは、と気付いた。

「神様にも色々あるんやなぁ」

 呟く鈴音の身体に力が馴染み、ナミの指が離れる。

 虎吉の為にいそいそと元の場所まで戻ってくれたナミが、目を爛々とさせながら鈴音を見ていた。


「どぉ?どぉ?何か出る?」

 とても期待されてしまっているので、何も出ませんでは済まない雰囲気だ。

「えー……と」

 鈴音が右手に今貰った力を遠慮無く流すと、ソフトボール大の何やら禍々しい闇の球が出た。

「きゃはははは!何それチョーヤバい!!」

 ナミは大ウケだが鈴音は唖然である。

「さっき感じた優しさドコ行ってん。つか何やろこれ」

 鼻を近付けて匂いを嗅いでもよく解らない。

 鈴音の鼻に虎吉程の能力は無いのだ。

「んー、あ。ツシコさん、その石ちょっとこの辺に置いて貰えませんか」

 鈴音に頼まれた黄泉醜女は、不思議そうな顔をしながらも火バサミに挟んでいた石を鈴音の前へ置く。

「ありがとうございまーす」

 礼を告げてから鈴音は、闇球を未だ熱を保つ石へそっと当てた。

 途端に石はボロボロと崩れ、風が吹けば飛ぶような粒子へと姿を変える。

「……えぇー……。光って殴った時とはまたちゃうヤバさや」

「うーわー。これ、石だからこうだけどさぁ、生き物だとどうなんのぉ?干からびて粉になんのかなぁ?」

 黄泉醜女の疑問に、想像力豊かな鈴音は青褪めた。

「それこそ当たったら死ぬ球ですやん。ほんまもんのデッドボールですやん」

 まさか自分が使い手になるとは、と右手を見て怯える鈴音にナミが楽しげな声を掛ける。


「でもさぁ、闇が出せるって事はさぁ、加減したら限られた場所だけ真っ暗にしたりとかぁ、色々出来るんじゃなぁい?」

「……あ、そうか加減か。そういや今なんの遠慮もせんと出しましたわ。成る程、これは特に練習が必要な力ですね」

 納得顔で頷く鈴音を見てナミは満足そうに笑った。

「面白い事出来るようになったら教えてねぇ?んじゃ、そろそろ帰るー?」

 ハッと顔を上げた鈴音は大きく頷く。

「はい!長々とお邪魔しました。仲間の事も気になりますので、お暇させていただこうかと」

「うん、いーよいーよぉ。出口は鈴音が入って来たのと同じトコ。ちゃんと外に繋げたからぁ」

「ありがとうございます」

 お辞儀して横穴を見た鈴音の視界で、何故か黄泉醜女が入念なストレッチを始めていた。

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