表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/629

第九十四話 ヒノ様

 黄泉醜女に連れられてやって来たのは、岩をくり抜いて作られた六畳程の部屋の前だ。

 扉が無いので中が丸見えの部屋の隅に、貫頭衣に身を包み、膝を抱えて背を向けている子供の姿が見える。

「お子さんは人と変わらん大きさなんですね。部屋もこの辺の洞窟も、あの子に合わせてあるんですか?」

 母親の大きさを完全に無視した造りを不思議に思い、鈴音は黄泉醜女に問い掛けた。


 巨大美女が居た部屋から続く通路は、立ち上がった彼女に合わせたと思われる大きさだった。

 日本の朱雀大路やロボットの居る異世界で見た大通りのように、道というよりほぼ広場である。

 そんな大きな通路の壁に、高さ2メートル幅1.5メートル程の一般人向けサイズの横道が作られていた。

 その横道を、進んで曲がって曲がって進んだ先に子供の居る部屋があるのだ。

 母親たる美女は入るどころか覗き込む事すら出来ない。


「ヒノ様に合わせたっていうかぁー……ヒノ様がブチ抜いたからさぁ」

 頭を掻きつつ答えた黄泉醜女へ、鈴音はゆっくりと首を傾げて見せた。

「ヒノ様、火の神なんだわ。自力で溶かして進んだんだよねぇ、ココ。んで、そのままだとアタシらが通れないからぁ、冷えた後でガシガシ削ったの」

 爪を立てて壁を削る仕草をして黄泉醜女は笑う。

 岩って爪で削れるもんでしたっけ、等と野暮な事は言わず、笑みを浮かべた鈴音は『ソウナンデスネー』と頷いた。


「……ん?子供が火の神様で母親が出産で死ぬ……?どっかで聞いたような聞かんような……ま、ええか。ほんで、火の神様は男子女子どちらでしょう?一瞬やったし可愛らしい顔やったから、よう分からんかったんですよ」

 火の神には聞こえぬようコソコソと黄泉醜女に尋ねる。

 黄泉醜女も頷きながらコソコソと答えた。

「男子。ホント可愛いからパッと見だと女子だよねぇ」

「ホンマそうですねぇ。顔立ち綺麗で心優しいとか、イケメンやなー。で、そんなイケメンと、私は何をお話ししたらええんですか?」

 普段から子供のような神の相手はしているが、実際の子供となるとまた勝手が違うだろう。

 どうすれば良いのか、と首を傾げる鈴音に、黄泉醜女は自信に満ち溢れた笑顔で答えた。

「わかんなぁい」

 関西人の鈴音がその場で見事なけを披露したのは言うまでもない。


「きゃはは、ごめんごめぇん。ヒノ様の好きな物とか誰も知らないんだよねぇ。でも鈴音とその猫の事は気になってるっぽいからさぁ、多分なんとかなるって」

 指で丸を作る黄泉醜女の適当さに、そういえば綱木が鬼とは正反対のルーズさだと言っていたな、と鈴音は半笑いで緩く首を振る。

「あの美女も似たような感じやし伝統芸みたいなもんか……。ほな、一応は行ってみますけど、泣かしてしもても怒らんとって下さいよ?」

「うーん、頑張るわぁ」

「ハハハ」

 泣かせない方向で進めようと固く心に誓った。

 とにかく、離れていてはどうしようもないので、驚かせないようそっと部屋の中へ入る。


「失礼しまーす、喫茶室猫神出張版でーす」

 一声掛けて以降は静かに静かにに近付いた。

 しかし、あまりに気を遣いすぎて知らぬ間に猫の忍び足状態になっていたらしい。

 そろりと顔をこちらへ向けた火の神は、思いの外近くに居た鈴音に飛び上がらんばかりの勢いで驚いた。

「わあっ!!」

 その声に驚いて鈴音もびょんと後ろへ飛び退く。

「あ、ごめ……ごめんなさい」

 すると何故か火の神から謝られ、鈴音は慌てて手を振った。


「いえいえいえ、こちらこそ!驚かせてすみません。先程ご挨拶させていただきました、鈴音と申します。こっちは虎吉」

「そうだ、挨拶……逃げちゃってごめんなさい」

 可愛らしい顔を曇らせた火の神を安心させようと、笑顔で頷く鈴音。

「ふふふ、怒ってませんよ。知らん大人に急に話し掛けられて、どないしてええか分からんようになったんですよね?」

「……うん、ごめんなさい。僕はヒノ……」

 小さな声で名乗る火の神ヒノへ微笑みながら、生まれた時からこのサイズなのか、死んでからも成長するのか、と疑問に思う。

 母親の大きさからして息子がいきなり小学生サイズでも問題はなさそうだが、そっちに話を持って行くと出産関係へと繋がり、泣かれる可能性が高い。

 愛猫達の元へ生きて帰る為にも、この辺の話題は避けるべきだと鈴音は小さく幾度も頷いた。


「ヒノ様は猫に興味があるんですか?」

 母子関係の話がアウトとなると、鈴音に出せる話題など猫の事しかない。

 虎吉の気配を感じたから、それに興味を持ったヒノが、閉じ籠もっていた部屋から出て来たのではないか。

 先程苦し紛れに出した自説を推す事にした鈴音は、岩むき出しの床に正座し虎吉を撫でながら笑顔で問い掛けた。

 しかしヒノの反応は今ひとつだ。

「ねこ?それが猫?へぇー……」

 ヒノは鈴音から虎吉の背中へ視線を移し、不思議そうな顔をする。

 初めてなんですか、と言いかけて、生まれてすぐに殺された者に猫を見る機会など無いと気付く。


「危なー……中々の地雷原やで。こうなったら猫の可愛さに頼るしかないな。虎ちゃん、もしもし虎ちゃん」

「留守や。俺はここにはおらん」

 ポンポンと背中を叩く鈴音へ応えた虎吉の声を聞き、ヒノはその大きな目を見開いた。

「毛玉が喋った……」

 耳を伏せ尻尾を巻き鈴音の脇に頭を突っ込んでいる為、今の虎吉は確かに縞々の毛玉にしか見えない。

 しかし、いくら相手が火の神というどう考えても高位の神であっても、毛玉呼ばわりは気に食わなかったようだ。

 がば、と勢い良く鈴音の脇から頭を抜いた虎吉が、立てた耳を反らしながら振り向いた。

「誰が毛玉じゃワレぇ」

 鼻筋に皺は寄せていないので、まん丸黒目の可愛い顔をしたイカ耳の猫がドスの効いた声で凄む、という大変愉快な状態になる。

 案の定ヒノは少し驚いてから、虎吉の顔をまじまじと見て花が咲くような笑みを見せた。


「毛玉じゃなかった……。猫、可愛い」

 そう言って微笑むヒノに、やり場のなくなった怒りを尻尾に乗せて鈴音へ八つ当たりしながら、虎吉は大きく頷く。

「おう、かわええやろ。虎吉や」

 尻尾でバシバシと腕を叩かれている鈴音だが、猫の八つ当たりなどご褒美でしかないので安定のデレデレぶりだ。

 その後ろ、部屋の外では、黄泉醜女が『超可愛い』と呟きつつヒノの笑顔を拝むような仕草を見せている。

 そんな大人達の事情など露知らず、無意識に虎吉へ手を伸ばし掛けたヒノだったが、はたと我に返り慌てて引っ込めた。


「なんや?触らへんのか?別に怒らへんぞ?」

 首を傾げる虎吉から目を逸らし、ヒノは胸元で重ねた両手を強く握る。

「虎吉が死んじゃうから駄目」

 小さな声でそう言って、じわりと涙を滲ませた。

 慌てたのは鈴音である。

 ヒノを泣かせると黄泉醜女が怒り、報告を受けた美女も怒って、黄泉の国から出して貰えないかもしれない。

「えーと、なんで虎ちゃんが?虎ちゃんこう見えて強いから、ちょっとやそっとじゃどないもなりませんよ?」

「うーん、俺が銃で撃たれただけでキレる奴が言うても何の説得力もごもご」

 余計な事は言うなとばかり虎吉の口を覆いつつ、笑顔で尋ねる鈴音。

 そんなやり取りには目もくれず、ゆるゆると首を振ったヒノは辛そうに顔を歪めた。

「僕が……僕の火が……みんな燃やしてしまうから……母様も……っ」


 目に涙を溜めたヒノの周囲が陽炎のように揺らめく。

 同時に室温も上昇し始めた。

 どこで間違えたか、どうやら特大の地雷を踏んでしまったらしい。


「やっっってもうたーーー!!美女が怒るー!!」

 目を見開き右手を頬に当て絶望を叫ぶ鈴音から無意識に雪が舞い、あっという間に狭い室内は猛吹雪となる。

 視界を白く染めるそれに今度は虎吉が叫んだ。

「寒ッ!!寒ぅう!!鈴音、吹雪!吹雪出とる!!」

 伸び上がった虎吉が顎に頭突きする事により鈴音の理性が戻り、まるで幻だったかのように吹雪は収まる。

「はっ!?しもた……別の意味でもやってもうた」

 冷静になった鈴音が恐る恐る見てみると、壁も床も雪化粧した部屋の中、何故か火の神のヒノまで雪まみれになっていた。


「ぎゃー!!……誠に申し訳ございませんでしたッ!!」

 膝に載せた虎吉共々頭を下げる鈴音の耳に、どこか楽しげなヒノの声が届く。

「冷たい」

「ですよねー。雪ですもんね何してくれとんねんいう話ですよねー」

 菩薩顔の鈴音の視界では、床に積もった雪を握ったヒノが目を輝かせていた。

「鈴音は雪の神なの?僕が触っても熱くない?」

 その問い掛けで、思いがけず鈴音の脳裏にこの地雷原を抜ける正解への道筋が浮かんだ。

「えーと、私達は猫神様の関係者です。虎吉は猫神様の分身で、私は猫神様の眷属で神使。触っても熱ないかどうかは、やってみなわかりませんねぇ」

 猫神様と言われても、猫を初めて見たばかりのヒノにはピンと来ないのだろう、きょとんとしている。

「まあ、ものは試しですよ。お手をどうぞ、ヒノ様」

 そう言いながら鈴音が手を差し出すと、おずおずと手を伸ばしかけたヒノは、やはり途中で引っ込めた。


「あー、怖いですか。ほな、まずはこれ食べて落ち着きましょか」

 微笑みながらポケットを探り、鈴音は個包装の飴を差し出す。

「あ!」

 途端に笑顔となったヒノは掌でそれを受け取った。

「これ、やっぱり鈴音だったんだ。僕、これをくれた人が来てる気がして、あっちに見に行ったんだ」

 そして母親の姿を見た事も思い出したのか表情が曇る。

 すかさず鈴音はヒノの掌に載った飴の包装を剥いた。

「はい、召し上がれ。いやー、虎ちゃんやのうて私を見に来た説が正解かぁ。ところでヒノ様。さっきから私、何回かヒノ様の掌に指で触ってますけど、平気みたいですよ?」

 飴を口にして笑みを浮かべていたヒノは、握ったり開いたりと動かされる鈴音の右手を見て瞬きを繰り返す。

「ほん……ほんとに、ほんとに大丈夫?熱くなかった?痛くない?」

 ヒノが激しく動揺している事は、揺らめく空気からも解った。

 落ち着かせる為にも鈴音は努めて冷静に振る舞う。


「はい。普通の状態のヒノ様は熱ないんですよ、雪にも触れるぐらいやし。今みたいにビックリしたり、悲しかったり、怖かったり、後は怒ったりかな、そういう時に熱なるんやと思いますよ?はい、これどうぞ」

 話しながら作り出した水晶玉のような氷を手渡した。

 音を立てて溶けて行く氷を見ているうちに、ヒノの周りから陽炎のような揺らめきが消える。

「せやから、ビックリしたりしても熱ならんように練習したらええと思います。それともう一つは、熱い思いさせたない相手に、そういう力をあげる事ですかね」

「あー、そういう事か成る程な」

 人差し指を立てて微笑む鈴音と納得して頷く虎吉を見やり、ヒノは首を傾げた。

「どうやればいいの?」

「練習はとにかく毎日、自分の力が外に出ぇへんように頭で考えながら暮らす事かなぁ。ビックリして出してしもたら、すぐに仕舞い込むようにします。箱の中とかに入れとく感じ、解ります?頭でも胸でもお腹でも、わかり易いトコに箱を思い浮かべて、そこに入れといたらどないでしょう」

 頷いたヒノはさっそく実践しようと、頭、胸、腹と触り、胸で落ち着いたのかそこに手を当てている。


「力をあげるのは?」

 胸に手を当てたまま尋ねるヒノへ、雷球と氷球を作って見せながら鈴音は笑った。

「分かりません。私、いただいた側なんで。この氷も雷も元は二柱の神様方が、私が凍えて死なないようにと分けて下さった御力と、雷に打たれないようにと分けて下さった御力なんです。そして、目に見えるようには出来ひんけど、猫神様の御力もいただきました。どの御力も、身体のどこかを相手にくっつけて、流し込んでいただいた感じかなぁ……」

 氷球はヒノに渡し雷球は消して、頭に手を置いた骸骨神、手を挟み込んだサファイア、額をくっつけた白猫と思い出す。

「どこかに触らないと駄目なんだ……」

 辛そうな顔をして服の胸元を握るヒノは、溢れ出る熱を抑え込もうと努力しているようだ。

「今のお母様なら大丈夫やと思いますけどねぇ。試してみませんか?私、雷の御力を下さった女神様にいただいた万能薬持ってますし、いざとなったら治せますよ?」


 あの小瓶の量で足りるのかそもそも神に効くのか、当然ながら鈴音は知らない。

 けれどこうでも言わなければ、ヒノは最初の一歩を踏み出す事も出来ないだろうと考えたのだ。

 もう死んでいるらしいのに虎吉が怯える程の力を持っている美女が、真正面から来る息子の力に負ける筈もなかろうという思いもある。


 どうするだろう、と見守る鈴音へ視線を向け、それでもヒノは迷っているようだ。

「お母様怒ってへんし、ヒノ様に会いたがってましたよ?私にヒノ様とお話ししてくるように仰ったんも、お母様やし」

「ごっつ喧しかったな。私の可愛いヒノたんに久々に会えたとか言うて」

 鈴音と虎吉が揃って背中を押す。

 言葉の意味を噛み締めるように、胸元を握ったまま目を伏せていたヒノが、深呼吸をひとつしてから顔を上げた。

「……僕、行ってみる。母様に火が効かなくなる力をあげたいから。そしたら……」

 その続きをヒノは言わなかったが、聞くまでもないだろう。

 黄泉醜女などは目元を押さえている。

「はい。火が効かんようになって、ヒノ様とお母様が一緒に暮らせるように頑張りましょ?」

 微笑む鈴音にヒノは力強く頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ