第八十九話 酒は毒みたいなもん
村の奥へ進むと、何やら香ばしい匂いが漂って来る。
釣られるようにして更に奥、草を引いて地面を均しただけのシンプルな広場まで出ると、大きな石を積んだ竈で串刺しの肉やら野菜やらが焼かれていた。
各々の家から運んだらしいテーブルの上には皿と酒等の飲み物が置かれ、丸太を切っただけに見える椅子も適当に並べられている。
太陽光の加減からしてまだ午前中だと思われるが、集まった男達の中には手にしたコップの中身を呷り顔を赤くしている者もちらほらと。
「まあ、生きるか死ぬかの瀬戸際やったんやもんねぇ。嬉しなってお酒もよう回るんかな」
奥さんらしき人に『アンタもう5杯目だよ!?』等と叱られている男性を見ながら笑っていると、鈴音達に気付いた村長が手を挙げる。
「おう、おかえり!いい具合に肉も焼けてるぞ、こっち来て食え食え!」
その大きな声で村人達が一斉に振り向き、鈴音と虹男に笑顔を見せた。
「酒もあるよ!」
「俺が作った芋も美味いぞ!」
「甘い物なら雪苺をどうぞ!」
次々と掛かる声に会釈を返しながら、鈴音達は竈の方へ向かう。
「ありがとうございます、御馳走になります」
「ありがとー」
鈴音達が通り過ぎた後、広場の入口に佇むもう一組に気付いた村人達は、顔を見合わせ『遠慮しなくていいのに』と笑い、彼らにも声を掛けた。
「次の神人様なんだってね?助けに来てくれてありがとう」
「ちっせぇ村だけどメシにゃ自信があんだよ、ほれ、食ってってくんな」
「あら可愛らしいお嬢さんだこと。肉より果物が好きかねぇ?」
「おう、神人様御一行か!来てくれてありがとよ!けどどう見ても神人様はまだ酒が飲める歳じゃあねえな?ヨサーク、雪苺入り砂糖水作ってやってくれ!」
「わかった!」
優しい笑顔を向けてくれる大人達や、テキパキ動くヨサーク少年を見ながら、何とも言い難い思いが込み上げてきたイキシアは両手を強く握り頭を下げた。
「ごめんなさい!!」
広場全体へ響く程の声に驚き、皆が手を止めてイキシアに注目する。
鈴音は受け取ったコップの中身が放つ強いアルコールの匂いに衝撃を受けつつ、次の言葉を待った。
「村を守る為の大事な柵を壊してごめんなさい。あと、村のそばに立つ巨人を攻撃した事も。その二人が居てくれなかったら村が壊れてた……本当にごめんなさい」
頭を下げ地面を見つめたまま動かないイキシアに続き、残る三人も同じように頭を下げる。
その様子を見ていた村長は、鈴音へ『やるねぇ』といった雰囲気の笑みを向けてから、神人一行に改めて声を掛けた。
「いいって事よ、わざとじゃねえんだし気にしなさんな!あんな恐ろしい怪物と戦ってくれただけで充分だ!なあみんな!」
村長の声を受け、村人達も『そうだそうだ』と拍手して、早く輪に加わるよう皆で促す。
「ええ村やなあ」
コップを渡され肉の串を渡され、オロオロしている内に広場の真ん中まで引っ張られているイキシア達。
それを眺めながらしみじみと言う鈴音を見上げ、虎吉が目を細めた。
「無事に済んだから言えるんやで。お前さんらが頑張ったからや」
「くー!虎ちゃんの褒め上手!」
顔を見合わせた骸骨と共に村人達の手前控えめに喜ぶ。
そこへ村長の声が響いた。
「ぃよーし、みんなコップ持ったかー?では改めましてー、村を救ってくれた英雄達にカンパーーーイ!!」
「カンパーイ!!」
空へ向けコップを高く掲げる村人達。
鈴音達もイキシア達もそれに倣い乾杯に参加した。
「……にしても、こんな強そうなお酒飲んで大丈夫やろか。この後が大事やねんけどなー」
虹色玉の回収は虹男がやるので問題無いが、魚の捕獲は鈴音の仕事だ。
虹男はどうするのかと見てみれば、何の躊躇も無く喉を鳴らしている。
「まあ、一杯だけならいけるか」
特に酒に弱い訳でもないし、勧めてくれた村人達をがっかりさせたくない。
こちらの世界では昼前だが、本来は鈴音も骸骨も仕事帰りの寛ぎ時間である。
それに何より、初めて地球外の飲食物を口にするというワクワク感が大きい。
そういったいくつかの尤もらしい言い訳を脳内で並べ立て、鈴音はヨシと頷いた。
「いただきます」
興味津々な様子で骸骨が見守る中、まずは一口飲んでみる。
「うん、美味しい」
口内や喉を焼くような刺激は無く、透明な液体からは旨味と甘みと酸味が感じ取れた。
「日本酒の親戚で白ワインの友達みたいな味。言うても解るん私だけか。んー、美味しいねんけど、お酒ってこんなんやったっけ?異世界やからかな?うーん?」
混乱する鈴音を見た骸骨が石板を取り出し、自分も飲んでみたいと伝える。
「骸骨さんアルコール平気なん?あ、めっちゃ強い種族なんやね、解った。ほな水筒貸して?」
頷いてウキウキと水筒を取り出した骸骨は、りんごジュースを飲み干してから鈴音に渡した。
近くのテーブルへ向かった鈴音は村人達の目が離れた隙を突き、瓶を手に取って匂いを確認すると素早く水筒へ酒を注ぎ入れる。
「はい、貰ってきたよー」
今か今かと待ち構えていた骸骨へ手渡して、小さく乾杯の仕草をし自らもコップに口をつけた。
「どない?アルコール感ある?」
水筒を握って酒を口に流し込んだ骸骨は、じっくり味わうかのように暫し静止してから大きく頷く。
水筒を仕舞い石板を取り出して、せっせと感想を描いた。
「えー、やっぱり強いお酒なんや。うん、甘めやなぁとは思てんけど。何かこう、アルコールいう感じがせんのよねー。匂い嗅いだ時はアルコールやのになぁ」
不思議がる鈴音が視線を下げると、目が合った虎吉が不自然に横を向く。
「……虎ちゃん?とーらーちゃんっ?」
「な、なんや?別に、酒は毒みたいなもんやから俺らには効かへんやろなぁなんて思てへんで!?」
「嘘ぉん」
誤魔化そうとして大失敗している虎吉の真ん丸な目を見ながら、驚愕の事実に言葉を失う鈴音。
しかし、そういえば出会ったばかりの頃にそんな事を言っていたなと思い出す。
「そっか、食べたらアカンもんは猫と同じかて聞いた時に、何食べても毒にはならん、とか言うてた気がする……けど、それって猫神様と虎ちゃんだけやないん?私も?」
「そうやったみたいやな。ほれ、神使だけやのうて眷属でもあるやろ?あの関係ちゃうか?知らんけど」
「知らんのかーい。でもトイレは行くから、奇跡の消化吸収は受け継いでへんねんな。どうせならそっちも欲しかったわー」
悔しそうに言いながらノンアルコール飲料と化してしまった酒に口をつけると、目の前にホカホカと湯気を立てる肉の串が現れた。
「そっちってどっちだろう。野菜の串も欲しかった?」
首を傾げているのは、皿に肉の串を盛って配り歩いているヨサークだ。
「え?あー、ほら、芋が美味しいとか言うてはったやん?」
話を合わせつつ差し出された串を受け取ろうとして、手が塞がっている事に気付きコップを背後の丸太椅子に置く。
「ヤガタラおじさんの芋だね!ホクホクで美味しいよ。神人様に配ってたから、すぐこっちにも来るよ」
虹男にも肉の串を渡し、その場に留まるヨサーク。
感想を待っているのだろうかと思い、見た目は牛肉のようなそれに齧り付いた。
何の肉かは聞かない。聞いてもきっと分からないからだ。
「ん、美味しい。塩と、香草?」
「そうだよ。口に合って良かった」
遠い遠い島国出身だと告げたので、味付けの違いを心配してくれていたらしい。
確かに日本人には馴染みの無い味だが、肉の臭みが消えているので鈴音には何の問題も無かった。
「ところでヨサーク君、村の外に転がってる巨人はどないするん?」
肉を食べながらする話ではない気もしたが、消すなら消すでさっさとした方が良いだろうと思い聞いてみたのだ。
特に気にする様子も無くヨサークは答えてくれた。
「神人様達の中に火の精霊術が使える人がいるみたいだから、燃やしてもらうんじゃないかなぁ。警備隊なら素材を取ってから燃やすんだろうけど、僕達じゃ無理だし」
「素材?」
「うん。巨人の頭から生えてる髪の毛みたいなのと目玉の部分が、鎧とか作るのに使えるんだってさ。でも巨人が硬くて普通の剣だと切れないらしいよ」
警備隊の人に教えて貰ったんだ、と笑顔を見せるヨサークに頷いた鈴音は、神剣を取りに白猫の縄張りへ戻ろうかと考える。
骸骨の大鎌なら昆布のような髪の毛部分は刈り取れそうだが、目玉部分を取り出すのには向いていないだろう。
「その素材って売れるんかな?」
「街の防具屋で結構高く買い取ってるって言ってた」
「雷に打たれたやつでもいけるやろか」
「傷だらけでも買ってくれるって言ってたから、大丈夫じゃないかな?」
「そっか。それやったらちゃんと取っとこ。柵直したりすんのにお金要るやろし」
あっさりと言う鈴音にヨサークは驚きつつも目を輝かせる。
「出来るの!?」
「よう切れる剣持ってんねん私。あっちの剣士二人にも聞いてみるわ。数が多いから手分け出来たら早いし」
「すごいすごい!村長に教えてくる!」
嬉しそうに笑ったヨサークは肉の串をもう一本鈴音に渡し、道すがら村人達にも配りながら村長の元へと向かって行った。
「鈴音、肉くれ肉」
話は終わったなとばかり首を伸ばしてふんふんと匂いを嗅ぎ、黒目勝ちになって鈴音を見上げる虎吉。
「うわ可愛ッ!でも猫に人の食べ物はアカン……て、虎ちゃんには関係無かった。どないしょ、お皿ないしなー」
流石に村人達の皿を借りる訳にはいかない。
「どっかにデカい葉っぱ生えてへんか?」
「おー、その手があったか」
広場の端に掌より大きな葉を茂らせる植物を見つけ、近くの村人に許可を取って一枚摘んだ。
骸骨のそばへ戻り、地面に葉っぱを置いてそこへ串から外した肉を盛る。
「骸骨さんはお肉いる?いらん?いらんのね、解った。ちょっと虎ちゃん見といて?向こうの剣士に話聞いてくるから」
頷いて手を振る骸骨に小さく頷き返し、鈴音はもりもりと肉を食べ酒を飲んでいる虹男の前を通り神人一行の方へ。
「動物好きやから肉食べへんか思たけど、めっちゃ食べてたな虹男。食べて供養するタイプなんかな」
呟きつつ、ほろ酔いの村人達からのお礼ラッシュに笑顔で対応し、どうにかイキシア達の元へ辿り着いた。
「はぁー、酔うてくると同じ事繰り返し言いがちなんはどこの世界でも一緒かぁ」
溜息と共に吐き出された言葉にイキシアの口元が少し緩んだが、うっかりそんな事を指摘したらまたムッとされそうなので黙っておく。
「鈴音様、この度は我々が無知だったばかりに……」
すると神妙な面持ちのサントリナが何やら重たそうな挨拶を始めたので、鈴音は軽く手を挙げて止めた。
「はい、堅苦しいのは無しで!人命最優先、でも周りの環境にも配慮して戦う、但しそれで自分らの命が危険に晒されたら意味無いから、場合によっては壊してしまっても仕方ない、と。この先はこんな感じで行って貰たら、今みたいに皆さんが喜んでくれる思いますよ」
四人の顔を見ながら話し、にっこり笑った鈴音にサントリナは深く頭を下げる。
「それより、聞きたい事がありまして。あの巨人から素材を取りたいんですけど、お二方の剣は刺さりますか?」
ヨサークから得た情報を伝えると、タイマスもアジュガも頷いた。
「サントリナの精霊術で剣に祝福を与えて貰えばいけます」
「どこをどう取るのが正しいのか知りたいですね」
さっそく地元民に聞こうという姿勢を見せる男達に鈴音は嬉しくなる。
「ヨサーク君が村長さんに伝えに行ってくれたから多分……」
「おーい!素材取ってくれるって本当か!」
鈴音が言い終わるより先に、興奮気味の村長が重戦車のような勢いで走って来た。
息を弾ませ皆を見る村長へ、申し訳無さそうな笑みを浮かべたサントリナが頷く。
「鈴音様に教えていただきました。壊してしまった柵の修理費になればと思います。どうか彼らに正しいやり方をご指導下さい」
「おう、ありがとう!柵の修理どころかもっと頑丈な石造りの壁が作れるかもしれねえなあ!取り方自体は実は簡単でな、剣が刺さるか刺さらんかだけが問題なんだよ。いやー、何だ出来るのかあ、さっさと聞きゃあよかったぜ」
豪快に笑う村長に釣られて笑顔になった鈴音は『剣を取ってきます』と言い残して虎吉の元へ走る。
「……そういやあの姉ちゃん剣なんか持ってたか?」
首を傾げる村長に、少し考えたサントリナがそれらしい答えを返した。
「我々同様“底無し袋”をお持ちなのでは?普段は精霊術で戦われて、必要な時にのみ剣を取り出して使われるのではないでしょうか」
「あー、そうか、変わった袋背負ってたなあ。けどそれならここで出しゃいいのに」
「きっと兄君の許可が必要なんですよ。自分はお付きだと仰っていましたし」
「成る程なあ、色々あんだな」
そんな設定が作られているとは露知らず、神界で『お魚もう少し待って下さいー!』と白猫を撫で回してから、あまり派手さの無い神剣を選び木箱から持ち出した鈴音が戻って来る。
「お待たせしました」
「おう、底無し袋は凄ぇな、そんな長ぇもんまで入るんだなあ」
神剣と、左側の腰辺りにちらりと見えているボディバッグを見比べられ、瞬時に底無し・長い・入るで連想した鈴音は“未来から来た猫型ロボットのポケット”を思い浮かべ営業用スマイルで頷いた。
「そうなんですよ、便利でしょう?」
「いやー、羨ましいねえ。ま、せいぜい街までしか行かん俺が持ってても、宝の持ち腐れになるだけだけどな!」
わはは、と笑い合う村長と鈴音のそばでは、神人一行が目を点にして固まっている。
「は?何だあの剣」
「え……何か伝説的な?」
「ちょっと震えが来るような力を感じるのですが、私だけでしょうか」
「いいえ、私もですサントリナ。あの人……本当に神人なのかも……」
タイマスもアジュガもサントリナも只々神剣を見つめ、イキシアだけは鈴音を見つめて辛そうに顔を歪めた。




