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第七十二話 魔法使い鈴音

 サファイアと共に壁際へ歩を進めた鈴音は、シオンにからかわれているアーラへ手を振る。

「あ!猫神様の、えぇと鈴音さんでしたか?」

 頭から被ったシーツのような布から目元だけを覗かせたアーラに、笑いを堪えつつ鈴音は会釈した。

「はい、猫神様の神使の鈴音です。神様方は猫神様しか見てへんので、そこまで隠れんでも大丈夫や思いますけど」

「駄目です。風の精霊王のような鳥は猫の天敵なんですよね?地の精霊王(大蛇)もですよね?絶対に怒られます」

 アーラが首を振るたびに揺れる布を、ただ面白がっているだけのシオンが引っ張る。

「やってみなけりゃ分からないじゃないか、イケるイケる取っちゃえ取っちゃえ」

「そんな適当な、って引っ張らないで下さい破れたらどうするんですか」

 先程からずっとこんな感じで絡まれていたらしい。

 やれやれ、と小さく息を吐いた鈴音はサファイアを手で示した。


「お二方、ちょっとよろしいですか?こちら、サファイア様です。あだ名ですけども。ホンマのお名前は私には発音出来ませんので、あだ名でお呼びする許可をいただいてます」

「俺のあだ名は覚えたかい?」

「ええ、ええ、伺ったのはつい先程なので覚えてますよシオン様。ちょ、引っ張らないで下さいってば。サファイア様にご挨拶しなくては……」

 布を引っ張り返し顔を上げたアーラは、困り顔で佇むサファイアを目にした途端、実に分かりやすく固まった。

 超絶美女オーラにやられたようだ。

「アーラ様、大丈夫ですか」

 鈴音が目の前で手を振ると、ハッと息を吐いて瞬きをし、慌てて膝を曲げ軽く頭を下げる。

「アーラと申します。虹色の玉が元で猫神様や鈴音さん虎吉さんとご縁が出来ました」

「さらっと俺を省いたね?酷くないかい?」

 茶々を入れるシオンに笑いながら、サファイアも礼を返した。

「初めましてアーラ様、サファイアと申します。夫が御迷惑をお掛け致しました事、妻として心よりのお詫びを申し上げます」

 深く膝を曲げ頭を下げたサファイアにアーラは大慌てだ。

「どどどどうなさったんですか頭を上げて下さいサファイア様!鈴音さん、これは一体何事ですか!?」

「いやー、虹色玉の正体が判りましてね?あっちで猫神様に遊ばれ……遊んでる神様の、身体やら能力やらの一部だったんです。で、こちらはその奥様」

「……はあ」

 虹男、サファイアと見比べ、鈴音へ視線を戻して首を傾げるアーラに、神殺しから始まる流れを掻い摘んで話した。


「面倒臭いから殺されてみた、ですか……へぇー」

 話を聞き終え遠い目をするアーラ。

 激怒した白猫に威嚇されそのあまりの恐ろしさに涙する羽目になったのは、子供っぽい神の適当な行動のせいだったのか、という目だ。

「本当に申し訳ありません。後で夫にも謝らせます。伺った所によるとアーラ様がご出席なさった集会でも、虹色の玉が話題になったとか。その方々にもお詫び申し上げたいので、ご紹介いただけないでしょうか」

 再び頭を下げるサファイアにアーラはまた慌てる。

「はい構いません大丈夫です!ので!頭を上げて下さい心臓に悪いです」

「まあ……うふふ、ありがとうございます」

 言葉通り心臓の辺りを押さえたアーラは、サファイアの行動一つで青くなったり赤くなったり大変そうだ。

「あ、それではあの玉、旦那様のものなんですよね?お返ししま……」

「……せん!しません!駄目だよアーラちゃん、虹男にはそれぞれの世界に隠された虹色玉を探す大冒険させ……して貰って、お茶会を盛り上げて貰うって事になってるんだから」

 横から遮ったシオンを見やり、アーラは首を振る。


「私の世界には、隠せるような場所も冒険できるような場所もまだ無いので無理です」

 それを聞いた鈴音は、虫の声さえしなかった世界を思い出し頷いた。

「草原の真ん中に置いといたら探すんは大変そうやけど、大冒険にはなりませんもんねぇ。また蛇さんが飲んでしもても困るし。そうや、昨日の今日やけど、蛇さんや鳥ちゃんは元気ですか?」

「ええ、風の精霊王の子は飛ぶ練習なのか、羽をパタパタ動かしていて可愛いです。地の精霊王は脱皮してすっかり元気になりました。喧嘩で成長したみたいです」

「そうですか、良かったみんな元気で」

 笑顔で鈴音と会話しながら、何処からか取り寄せた虹色玉をしれっと返そうとするアーラ。

 目ざとく見つけたシオンが手を出して阻止。

「だーめだって言ったじゃないかー。油断も隙もないねえ」

「……何故悪い事をしたみたいな目で見られているんでしょう」

 納得がいかない、と目で訴えて来るアーラに鈴音が曖昧な笑みを浮かべた所へ、虎吉がやって来た。


「おーい鈴音、話終わったか?」

 骸骨と一緒に現れた虎吉へ、アーラが会釈する。

 頷き返した虎吉が見上げると、鈴音は首を傾げた。

「サファイア様とアーラ様の間で話は纏まったけど、シオン様が邪魔してはる」

「ちょ、邪魔は酷くないかい?違うんだよ虎吉。迷惑掛けられた分、面白くして貰おうとしてるだけでさ、アーラちゃんにも協力をね?」

 鈴音の説明に、猫に嫌われたくないシオンが慌てて言い訳するが、虎吉は面倒臭そうな半眼だ。

「知らん。何でもええがな、早よ終わらして鈴音返してんか。大事な話あんねん」

 ダメージを堪えるように胸を押さえるシオンと、目尻を下げデレデレの鈴音。

「シオン様、アーラ様んトコの虹色玉はシオン様が預かったらええんちゃいますか?シオン様の世界は大冒険向きなんですよね?」

「ん?ああ、そうだね、それが一番簡単かな、そうしようか、うん」

 笑顔で解決策を提案する鈴音と、『知らん何でもいいって言われた辛すぎる』と緩く首を振りながら受け入れるシオンに、アーラは布の中でこっそり親指を立てていた。


「ほなアーラ様、玉はシオン様に。あと、サファイア様をお願いしますね。大きな世界の創造神様なので頼りになりますよ」

「はい。はい、はい?え?鈴音さんは……?」

 シオンに虹色玉を渡したアーラは、ニッコリ笑うサファイアにぎこちない笑みを返してから不安げに鈴音を見やる。

「私は虎ちゃんと骸骨さんとお話があるので」

「おう。大事な話や」

 揃ってそう言われてしまっては『こんな美女と一対一とか緊張します無理です!』とも言い出せず、アーラは弱々しく頷いた。

「じゃ、俺も猫ちゃんのとこに行こうかな」

 そう言って立ち直りの早いシオンは歩き出し、虎吉は鈴音を見上げる。

「ほな行こか鈴音」

「うん。サファイア様、アーラ様、失礼します」

「色々ありがとう鈴音、また今度ね」

 笑顔で手を振り合い、心細げなアーラは見なかった事にして鈴音はその場を後にした。


「そういえばシオン様、サファイア様に人の可愛さを説いて援護射撃してくれたんですか?」

 のんびり歩くシオンに追いついた鈴音が尋ねると、楽しげな笑みが返ってくる。

「健気だねえ、健気だねえ、大好きな女神様を信じてるんだねえ、って映像観ながら呟き続けてみた。効果あったと思わないかい?」

「ありましたね、骸骨神様までお連れしたぐらいやし」

 うんうんと頷く鈴音を、悪ガキの笑みを浮かべたシオンが覗き込む。

「じゃあ猫ちゃんへ、健気で一途なこのボクの事をイイ感じに伝えておくれ」

「ボクて誰ですか怖ッ。シオン様がええ方やいうんは解ってるんですよ、猫神様も。ただねー、声デカいですよねー動きもねー猫にはこう……ねぇ」

 視線を向けられた虎吉は尻尾を振りながら頷いた。


「小さい声で喋ってゆっくり動いたら、猫神さんも嫌な顔せぇへんで?」

 白猫の分身と白猫のお気に入り両方に指摘され、シオンは唸る。

「結局はそこなのかー。難しいなあ。鈴音は出来ているから愛されているんだね?じゃあ俺に教えてくれないかい?特訓だよ特訓。猫ちゃんの為に頑張るよ俺は」

 特訓、と聞いた虎吉の目が鋭く光った。

「おう、ええがな特訓。持ちつ持たれつで行こうや。今から丁度鈴音も特訓せなアカン事やし、纏めてやったらどっちも上手い事行きそうや」

 その言葉に鈴音もシオンもきょとんとする。

「今から?そらまだまだ勉強せなあかんけど、そろそろ綱木さんとこ戻らな思ててんけど」

「綱木は待たしといたらええ。どうせ向こうではオヤツ取りに戻った分の一分かそこらしか経ってへんねんから。それより特訓もせんとこのまま戻ったら、えらい事なるで?」

 虎吉の真剣さに驚いた鈴音は表情を引き締め、興味が湧いたらしいシオンはそのままついて来た。


 神々の輪から離れた場所で座り、鈴音の身に何が起きているのか、虎吉は解り易く説明する。

「……っちゅう訳でや、猫神さんの力とおんなじように扱えるようにしとかんと、何かの弾みでこないなる可能性がめちゃめちゃ高いねん」

 骸骨が出している石板を示しながら虎吉が頷いた。

 石板には、凍りついた海やら感電する人やら壊れる電化製品やらが描かれている。

 説明を聞き絵を見た鈴音は顎が外れそうになっているし、シオンもまた目を丸くして驚いていた。

「いやー、鈴音は規格外だなあ。ウチの巫女でもこんな事にはならないねえ。ウチで最も優れた神術使いではあるけれど、それでも与えられた力は与えられた通りにしか使えない。何をどうやったら無効化の力を攻撃の力に変えられるのか、想像もつかないな。いや流石に人の身で神界へ来られるだけの事はあるね、ビックリだ」

「まだ使いこなせるかどうかは解らんで?特訓して無理やったら抑え込む方法考えなアカン」

 菩薩顔で遠くを見ている鈴音の顔の前で骸骨が手を振り、手伝うから頑張れという内容の絵を見せる。

 薄っすら笑って頷く鈴音を見てから、虎吉は視線をシオンへ移した。

「手伝うてくれるやろ?その代わり鈴音が、猫にどう接するんがええか教えて鍛えたるから」

 虎吉、骸骨、鈴音、振り返って白猫、と順番に確認し少しだけ考えたシオンは、やっぱり猫に好かれたいのと何だか面白そうだからという理由で了承する。

「ま、鈴音の世界に神術が無いなら、それがある世界の俺が教えてやらなきゃね。猫ちゃんも喜んでくれそうだし。時間は無限にあるんだから、出来るまでやろう」

 ぽん、と鈴音の背を叩いて笑うシオンだが、まさかこの言葉が自らに跳ね返って来るとは、現時点では知る由もなかった。


 相変わらず呆然としている鈴音をドームの外へ連れ出し、骸骨がせっせと絵を見せる。

 それによると、この手の神力を扱うにはとにかくイメージが大切らしかった。

「……思い描く?何を……?」

 首を傾げる鈴音に、シオンが笑う。

「何をどうしたいのかを思い描くんだ。想像力だよ大切なのは。才能はあるのに神術が上手く使えない者は、決まって頭が固い」

「……神術?魔法みたいなもの……?」

「マホウ?ああ、そうだったねそういう言い方をする世界もあるね」

 それを聞いた途端、遠くを見ていた鈴音の目の焦点が合った。

「……そうか魔法か。想像した物を具現化する力。そら出来ん人も居るよね、物凍らせるイメージなんか、暖かい地域の人には難しいわ確かに。猫神様の御力も結局はイメージやったもんな……戦隊ヒーローならんでも着地出来たし」

 突然元気になった鈴音に、虎吉は黒目勝ちになり、シオンも骸骨もクエスチョンマークを飛ばしまくっている。


「ありがとう骸骨さん。シオン様も」

 とてもいい笑顔の鈴音を見ながらシオンは首を傾げた。

「うん?まだお礼を言われる段階じゃあないと思うけど?」

「いえ、大丈夫です。これたぶん、日本人めっちゃ得意や思います」

 言うが早いか鈴音が神力を少しばかり解放し左手を突き出すと、その先に氷で出来た巨大な雪の結晶が現れた。

「……は?」

 瞬きを繰り返すシオンに笑いながら、今度はサファイアがやったように人差し指を上から下へ動かす。

 すると何も無い空から雷が落ち、結晶を粉々に砕いた。

 シオンの目が点だ。

「ええ!?」

「あ、ここ時間流れてへんから、氷の欠片も残ってまうんかな?一応消しとこか」

 飛び散ったせいで溶けなかった結晶の破片を集め、魂の光を全開にして軽く引っ掻く。

 綺麗サッパリ元通りのもこもこ平野に戻し、シオンと骸骨と虎吉へ笑い掛ける鈴音。

 今度は先程までとは逆に皆が呆然としていた。


「鈴音、どないしたんや?妖術使いの血ぃ流れとったんか?」

 真ん丸な目で見つめる虎吉に、デレデレと表情を崩しながら鈴音は首を振る。

「流れてへんよ多分。ちゃうねん、私らこういうの、漫画とかアニメとかゲームとか映画とかでよう見て育ってんねん。本気で、掌から光線出ぇへんかな、いうて練習しとる人も居るくらいの勢いで」

「ごめんよ、何を言ってるのか殆ど解らない」

 そっと手を挙げるシオンを見やり、顎に手を当てた鈴音は言葉を纏めた。

「魔法は使われへんけど、使えたらええなあ、もし使つこたらこんな感じちゃうかなあ、いう具体的な想像をめっちゃして、それを見える形にして皆で共有して来た種族の一人なんです私」

「骸骨の神とサファイアちゃんの力が、その想像に近かった……?」

 恐る恐るといった風に尋ねるシオンへ、鈴音はこれ以上無い笑顔で頷いて見せる。

「はい!いやー、虎ちゃんの説明聞いた時はどないなるか思たけど、骸骨さんとシオン様のアドバイスのお陰でスッと出来ました!良かった良かった。これでビックリして飛び上がるくらいの事でもない限り、周り凍らしたり感電さしたりせんで済みます」

 胸を張る鈴音に、驚きから立ち直った骸骨が拍手し虎吉は只々感心していた。

「どこで何が活きるか分からんもんやな」

「まさかこんな一瞬で終わるとは」

 未だ呆然なシオンへ近寄って、鈴音は営業用スマイルを全開にする。


「ほな、シオン様の特訓しましょか。時間は無限にあるんですよね?」

 ハッとしてシオンが後退ると、その分前へ出る鈴音。

「む、無限は無理だなやっぱり。特訓は受けたいけど」

「そうですか?ほなキリのええとこまで頑張って、あとは別の日にしましょか」

「それがいい、そうしようそうしよう」

 うんうんと頷いたシオンだが、彼はこの後、自分の性格と猫との相性が絶望的に悪い事を思い知る羽目になる。

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