第七十一話 神々からの贈り物
こちらへ向かって来るサファイアへ歩み寄り、鈴音は笑顔を見せる。
「お疲れ様でしたー。みんな喜んでましたよ」
「ありがとう鈴音。あなたと骸骨の神のお陰よ」
そう言って微笑んだサファイアは周囲を見回し、骸骨神を探し出すとそちらへ向かった。
骸骨へ手を振りながら鈴音もついて行く。
骸骨神の前へ着くと、軽く膝を折る挨拶をしたサファイアが微笑んだ。
「ありがとうございます骸骨の神。殆どがあなたのお力だというのに、まるで私が万能かのように称えられて大変申し訳なく思っています。もしも私でお役に立てるのなら、いつでも呼んで下さいね?暴れ回る悪竜の役でも何でもさせていただきますから」
ぐぐ、と両拳を握りやる気を見せるサファイアに、骸骨神は骸骨を通して『気にする必要はない』と返事をした。
「まあ……なんて御心の広い」
口元へ手をやるサファイアを見ながら鈴音は思う。
たぶん骸骨神は創造神ではないから、生者の世界に対して何かする権利は持っていないのだろう。
では死者の世界でと言われても、虹色玉の衝突で壊れるような建造物がある場所で、あの巨大な竜に暴れられたらどうなるかという話である。
「うん、骸骨さんの仕事が増える未来しか見えへん」
呟いた鈴音にサファイアは不思議そうに小首を傾げ、骸骨神と骸骨は小さく小さく小さく頷いた。
「骸骨神様へは、サファイア様がこれからも人の世を見守って、過保護にならん程度に導いて行く事が一番のお礼になりますよ」
人差し指を立てて鈴音がにっこり笑うと、骸骨神達がその通りだとばかり大いに拍手する。
「ありがとう。あの子達が滅んでしまわないように、きちんと見ておきます」
サファイアの返事に骸骨神が頷くと、それを待っていたらしい骸骨が『骸骨神から鈴音に渡したい物がある』という趣旨の絵を見せた。
「え?私にプレゼント?いや、そんな事していただけるような何かは無かった思うんですけど」
驚く鈴音へ、骸骨はどんどんと絵を見せる。
「骸骨神様が私を気に入ったから?猫神様の許可は貰ってある?おぉ、虎ちゃん居らんかったのに意思疎通出来たんや……やるな骸骨さん。猫の表情を読み解けたらもう立派な猫好きやで」
親指を立てる鈴音と、くるくる回って喜ぶ骸骨を骸骨神が穏やかな空気を醸し出しつつ見守り、サファイアはハッとしたように両手を合わせた。
「そうよ、鈴音の神様の許可をいただかなきゃ。私に猫の神の言葉は解らないから、虎吉を貸してくれる?」
「え?あ、はい!……何の許可やろ」
もこもこ地面に降り立った虎吉と共に白猫の元へ向かうサファイアを、実に不安そうな顔で見送る。
そんな鈴音に骸骨が『骸骨神の贈り物』『受け取ってあげてお願い』と骸骨神に見えないように石板を出した。
「うん、はい、解った、解りましたいただきます」
ぐいぐい迫る骸骨に気圧されて、よく解らないまま鈴音は頷く。
それを確認した骸骨神が静かに近付き、鈴音の頭に右手を載せた。
その右手から骸骨神の力が流れ出て、ゆっくりと全身を巡って行く。
毛細血管を通り細胞の隅々まで行き渡るような感覚に、寒い日に飲む温かな酒に似ていると鈴音は微笑んだ。
最後に一瞬鈴音の全身が青白く光ると骸骨神は頷いて離れ、すかさず骸骨が鈴音に石板を見せる。
「えーと?雪、吹雪、私ニッコリ。……あ、寒さに強なってるいう事かな?」
首を振った骸骨は絵を描き直し再度見せた。
「吹雪ん中で笑いながらふんぞり返ってる。……まさか、寒さ感じひんの!?」
首を傾げつつも頷いた骸骨に、鈴音は目が真ん丸だ。
「そら真冬にはありがたいけど……真夏にクーラー効いた部屋入っても冷えへんかったら困るなぁとか、アイス食べても冷たないのは切ないなぁとか、暑がりとしては考えてまう」
困惑する鈴音に骸骨は骸骨神を見た。
骸骨神は鈴音へ近付くと、手からピンポン玉サイズの氷を出して渡す。
きょとんとしながらも鈴音は受け取った。
「わ、冷たッ。あれ?冷たいな?」
しっかり冷たさを感じた事に驚き、自らの手を見つめた所でふと気付く。
「うん、冷たいけど、痛ない。手ぇも赤なってへんし。……んー、ヒンヤリ感は分かるけど、怪我したり凍え死んだりはせぇへん、いう事ですか?」
骸骨神が大きく頷き骸骨は拍手した。
「そっかそれで骸骨さんの反応がビミョーやったんや。寒さ感じひん訳やないから」
ちょっと違うと言いたげだった骸骨へ笑い掛けると、頭を掻きながら頷いている。
「ふふふ。たまにはこういう時もあるって事で」
仲良く頷き合ってから、鈴音は骸骨神に深々とお辞儀した。
「特に何かした訳でもないのに、本当にありがとうございます。お陰様で仕事で雪女とかに遭遇したとしても負ける気がしません」
嬉しそうな鈴音に、喜んでくれたなら良かったと頷いた骸骨神が、骸骨に何か伝えている。
業務連絡が終わったのか鈴音に軽く手を振り、ドームの出入口へと滑るように飛んで行った。
「お帰りになったん?」
骸骨が頷き、出入口へ向けて鈴音が再びお辞儀した所へ、サファイアと虎吉が戻って来る。
「お、骸骨の神さん帰ったんか」
「うん。何や凄いお力をいただいてしもたわ」
その言葉を聞き、足に纏わりついて匂いを確かめる虎吉と、可愛らしいその姿をよく見ようともこもこ地面で胸像と化す骸骨。
それでも満足出来なかったのか、頭骨を外して両手で持ち、虎吉の顔の高さに合わせるという力技を披露した。順調にヘンタイ道を進んでいるようだ。
頭が取り外せるのを羨ましそうに見る鈴音に、サファイアが声を掛ける。
「どんなお力をいただいたのかしら。私のものとは違うわよね?」
心配そうに鈴音と虎吉を見比べるサファイアは、自慢の長い髪が少し乱れていた。
「サファイア様、ちょっと触ってええですか?」
髪を直す仕草をする鈴音に、サファイアは恥ずかしげに微笑んだ。
「ありがとう。猫の神と遊んだものだから」
「あー、玉投げたり転がしたりさせられました?」
「ええそうなのよ。お陰様で鈴音に力を分け与える許可はいただけたけれど、少し疲れたわ」
笑いながら髪を整え終えた鈴音が白猫を探すと、神々の輪の真ん中で緑色の玉と戯れている。
相手をしているのは虹男だ。
サファイアのそばに来ないなと思っていたら、白猫に捕まっていたようだ。
「……ん?今、力を分け与えるて仰いました?」
うっかり聞き流す所だった、とサファイアを見やると、それはそれは綺麗な笑みが返ってくる。
「ええ。だから骸骨の神がどんなお力を与えたのか気になって。同じような力だと意味がないでしょう?」
「あー……そう、ですね……?骸骨神様からは、寒さで怪我したり死んだりせんようになるお力を頂戴しました」
神から力を賜るなどという、普通に生きていればまず有り得ない超常現象が立て続けに起ころうとしている事に、流石の鈴音も戸惑いを隠し切れなかった。
ちょっと冷静になって考えたいぞ、と白猫を見るが遊びに夢中でそれどころではなさそうだし、虎吉は鈴音に与えられた力の分析でもしているのか、匂いを嗅いでは口をパカーっと開けていてとても鼻を埋めさせて貰える状態ではない。
結局またしてもよく解らないまま、サファイアに手を取られる。
「やっぱり冷気に関するお力だったのね。良かったわ。私の力は別のものよ、受け取ってね」
鈴音が返事をする間もなく、サファイアの両手に挟まれた自身の手からピリピリと痺れるような力が流れて来た。
それが全身に届いたと感じた辺りで、サファイアが優しく微笑み手を離す。
「はい、これで大丈夫。もう鈴音と鈴音が触れている者に雷は当たらないわ」
「……ありがとうございます」
やはりサファイアといえば雷関係だよなと頷いた鈴音は、手を見たり顔を触ったりしてみた。
「うふふ、見た目に変化はないわよ?ちょっと試してみる?」
そう言ってサファイアが優雅に指を動かすと、鈴音の頭上に小振りな雷球が現れる。
「え。えぇー……」
「避けちゃだめよ?」
楽しげに笑ったサファイアは、人差し指を上から下へスイと振った。
途端に雷球から一本の雷が鈴音の頭に落ちる。
だが鈴音には何の衝撃も訪れなかった。
まるで傘を滑る水滴のように、雷が身体の周りを通過して行ったからである。
「あれ、何ともない。車に乗ってる時に雷落ちたらこんな感じなんやろか……て、虎ちゃん大丈夫!?」
鈴音の脚に前足をついて匂いを嗅いでいた虎吉は、きょとんとした顔で頷く。
「おう。鈴音に触っといたら大丈夫なんやろ?何ともなかったで」
ホッと息を吐いた鈴音はサファイアに向き直り、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます。雷雨の日に悪霊が現れたら率先して退治しに行きます」
「ええ、頑張ってね。それでね、私に何かお願い事はないかしら?」
頭を上げた鈴音は瞬きを繰り返す。
「お願い事……ですか」
さっぱり話が読めないぞ、という顔をしている鈴音の脚を虎吉がペシペシと叩いた。
「俺がそない言うてん。鈴音が、苦手なもん見てまで悪党共をどないかしたろて頑張っとったやろ?竜ん時の女神さんが無理さしてスンマセンみたいな顔しよったからな、後で何ぞ願い事聞いたってくれ、て言うといたんや」
虎吉の説明で成る程と納得した鈴音だが、雷を無効化するなどという能力を貰っておいて、更に何か願えと言われても困ってしまう。
「うーん。……あ。紹介したい女神様が居てるんです。先程到着なさったみたいなんですけど」
当初の目的を思い出した鈴音は、それを願い事にすれば良いのではと考えた。
「女神様?」
「はい。虹色玉が落ちた世界の創造神様なんですけど、まだ経験が少なくていらっしゃるというか。色々と相談に乗って下さる方がおったら心強いんちゃうかなぁと」
虹色玉が落ちたと聞いてサファイアが申し訳無さそうな顔をする。
「まあ……是非お会いして謝らなくちゃ」
「ええ。アーラ様というお方なんですが、鳥がお好きなようで、鳥好きの神様方の集まりに出てはったそうです。そちらでもやっぱりこの猫好きの集まりと一緒で、虹色玉が話題になったみたいですよ」
鈴音の説明に明らかにショックを受けているサファイア。
それはそうだろう、今日集まっている猫好きの神だけでも50柱は居そうだった。しかもこれで全員とは限らない。
それが更に別の集団でも話題になっているなど、一体いくつに別れて散ったのだ、と夫へ向けて叫びたい気分に違いない。
「アーラ様にお会いして、鳥好きの神々へ繋いでいただくわ。皆さんに謝らなくちゃ。でも、これは鈴音の願い事にはならないわよ?」
溜息を吐いて緩く首を振ってから、微笑んで鈴音を見る。
サファイアにじっと見つめられ、うんうん唸りながら鈴音は何かないかと考えた。
「あ。サファイア様の世界に、いつでも遊びに行ってもええいう権利を下さい。活気が戻ったホンマの姿が見たいです」
「それは願って貰わなくても……」
「いいえ願い事です!」
くわ、と目を見開く鈴音に、困った顔で笑ったサファイアは仕方なさそうに頷く。
「そういう事にしておくわ。本当の願い事が出来たらいつでも言ってね」
こう言われてしまっては、鈴音も折れるしかない。
「解りました。ほんなら、アーラ様のとこ行きましょか」
「ええ」
「虎ちゃんはどないする?」
足元で真剣な顔をして何事か考え込んでいる虎吉に尋ねる。
「ん?ああ、ちょっと骸骨と話あるから、女神さんとふたりで行ってきてくれるか」
「そっか、ほな行ってきます」
虎吉と骸骨に手を振って、鈴音はサファイアと共にアーラの元へ向かった。
「なあ骸骨。ちょっと聞きたいんやけどな」
ずい、と迫って来た虎吉の顔に、喜びで落としそうになった頭骨を慌てて首の上に戻し、骸骨は頷く。
「骸骨の神が鈴音にくれたん、寒さで怪我せん死なへん力だけやんな?」
コクリと頷く骸骨。
「うーーーん。やっぱり鈴音の魂のせいか。アイツ多分やけど、骸骨の神さんみたいに周り凍らしたり出来るで。勿論特訓は要るけども」
驚いた骸骨は顎が外れそうな勢いで口を開けた。
まるで『え?え?』とでも言っているかのように忙しなくあちこちを見やり、最後に頭を抱える。
「せやろ、ええーーー!?てなるやろ。俺もどないなっとんねん思たもん初め。なんぼ猫神さんの力貰たいうたかて、人の攻撃で物が蒸発するみたいに消えるとかおかしいもんなぁ。アイツの魂は神さんの力との相性が異常な程ええいうか、増幅さすいうか、何せ特別製やねん」
虎吉の話を聞いて慌てた骸骨がせっせと絵を描いて見せた。
「おう、雷も使えるやろな。うん?これは何やったかいな……そうや電話やな。今の電話はこんな板やな。その板がボカーン……。なんでや。ああ!そうか電気か!確かに無意識に雷出たら弱い力でも鈴音の周りのモンは壊れまくるな!こらアカン早よ教えて特訓せな!」
頷き合った虎吉と骸骨は、急いで鈴音の元へ向かった。




