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第六十四話 女神像と本物の女神

「はい、ほな最初はこの絵画からー!」

「金貨50枚!!」

「金貨60枚!!」

「金貨100枚だ」

「他の方はー?ない?もうない?はい、金貨100枚であちらのお兄さんお買い上げー!」


 突如始まったオークションで、広場はお祭り騒ぎになっている。

 皆、ほんの一時でもあの恐ろしく悲しく腹立たしい事件の映像を忘れようと、無理矢理賑やかにしているのかもしれない。

 落札者が決まる度に拍手喝采、虹男が売り上げ金を持って戻れば大喜び。

 明らかな空元気だったが、結果的に悪党達の精神を追い詰める役割を果たしていた。


 華やかな周囲とは正反対の空気が支配する階段下の一角で、元大統領は屈辱に塗れた顔を伏せ怒りに震え、真っ赤な顔の元大神官は泡を吹きそうな勢いで次々に消えて行く美術品を凝視している。

 放置されている護衛の一人は相棒の化物姿が余程衝撃的だったのか、虚ろな目で一点を見つめたまま動かず。

 残る悪党達は自分達への罰がいつ言い渡されるのかと、只ひたすらに怯えている。

 中でも殆どの悪党が、鈴音と虹男を特に恐れていた。


 あの黒髪の女と金髪の神にうっかり目を付けられたりしたら、笑いながらえげつない事を言われた挙げ句嬲り殺される未来しか見えない。

 凶悪極まりない組み合わせだ。

 その点、竜は見た目こそ恐ろしいが意外に大人しい。

 神官を攻撃したり、神を侮辱するような真似さえしなければ怒らないようだ。

 元々傷や病を治す力を与えていたくらいだから人に甘いのかもしれない。

 大した悪事は働いていないのだと竜に訴えれば、自分だけは赦されるのでは。

 神よ御慈悲を。

 いかにも改心したという顔をしてこれを唱えれば、何とかなりそうな気がする。

 そんな考えが悪党達の間に広がりつつあった。


 一方、小物など眼中にない鈴音はと言えば、次から次へと美術品を売飛ばしては元大神官の反応を見ている。

 骸骨神が過去を確認した上で出してくる品だけあってどれもこれも所謂“レア物”らしく、値段は吊り上がるし元大神官へのダメージも大きいしで正に一石二鳥。

 人が酷たらしく殺される映像を見ようが自身の手下が痛めつけられ消されようが、そこまで大きな表情の変化は無かった元大神官の顔が今は歪みっぱなしだ。

 人の命より自身の趣味に価値を見出す人でなし振りは、この男の末路を考えても良心が痛まないため実にありがたかった。

「いやぁすごい、本日最高額でしたね金貨3000枚。ありがたやー。ほな、次の品で本日最後とさして貰いますね。あー、うんうん、気持ちは解りますけどね、神様もお忙しいんで勘弁して下さいね。まだまだ残ってる分はまた後日皆さんで捌いて下さい」

 神官達が大きく頷いたのを確認し、鈴音が最後の品を呼び込む。


 骸骨神が寄越したのは、どこかで見た事のある人物の等身大彫刻だった。

 三割増しになっている顔の造りと、五割減ぐらいの腹回りが笑いを誘う。

「……えーと、誰やろこのショボいオッサン」

 半眼の鈴音は彫刻と元大神官をわざとらしく見比べ、つまらなそうに呟いた。

「作家の手は良いな、ノミ使いが素晴らしい。しかし題材がまるで駄目だ。何だこの貧相な顔にだらしない体型の男は。暇潰しに作ったにしても理解に苦しむ。これでは銅貨一枚の価値すら見出だせんな。使われた石が勿体無いし才能の無駄遣いとしか言えん」

 呆れ返った顔で辛辣な評価を下したのは勿論芸術の王だ。

「あらー、そんなんやったら売れませんねぇ。どなたかタダで要る人?何かの重しぐらいには使えるかもしれませんけども」

 当然の事ながら手を挙げる者は居ない。

「そらそうか、邪魔でしゃぁないですよね、変なオッサンの像とか。本物にそっくりなジジイの像ならみんなで叩き壊すとかして遊べたのにねぇ」

 やれやれ、と鈴音が両肩を上げた所で無価値な像が消えて、美しい女性の像が現れた。

「はい、こっちがホンマの売り物ですねー」

「金貨500枚!!」

 途端に目の色を変えた芸術の王の一声を皮切りに、あちこちから景気の良い声が飛ぶ。


「3000枚来たー!他は!」

「3100!!」

「3200!!」

 芸術の王とどこかの富豪が繰り広げる白熱の戦い。

 それを仕切りながら元大神官の顔を確認した鈴音は、普段から人の魂を相手にしている骸骨神は流石だなあと感心した。

 元大神官に、自慢のお宝を奪われる焦りと怒りに加え、はっきりとした屈辱が刻まれていたからだ。

 奴隷の焼印に関しては元大統領には効いたようだが、元大神官には今ひとつだったように思われた。

 奴隷に落ちたという事実など幾らでも覆せると、心の底から思っているのだろう。

 自らの行いは殺人の指示ですら人助けだと言い切り、奴隷落ちも死刑宣告も権力者たる大神官の自分がそんな目に遭う筈がないと、一瞬の焦りだけで直ぐに切り替えられる思考回路の持ち主。

 そんな厄介な能力の持ち主も美術品に関しては他人の価値観に依存していたのか、芸術の王に扱き下ろされて自尊心に傷がついたらしい。

 芸術こそ、他人がどう思おうと自分の価値観を貫けば良いものを、と鈴音は不思議に思う。

 もしや芸術云々ではなく、貧相な顔にだらしない体型と言われたのが堪えたのだろうか。

 そう考えた鈴音だったが緩く首を振った。

「どっちでもええわ。ダメージあったんやったら成功や」

 悪い笑みを浮かべた鈴音が見守る中、芸術の王が放った金貨5000枚コールにどよめきが起こり、富豪が頭を掻き毟っている。

「金貨5000枚!!さあどうですか、もう一声ありますか!?」

 唸りに唸った富豪だったが、最終的に力無く項垂れた。

「はい、芸術の王様、金貨5000枚でお買い上げー!本日最高額による締めとなりました!ありがとうございましたー」

 拍手や指笛で賑やかにオークションは締め括られ、美人像と交換してきた金貨を虹男が神官に渡す。

 虹男は纏めて軽々と運んで来たが、神官達は5つの袋から更に小分けして運んでいた。


「金は重いもんなぁ……それが5000枚。あのー、芸術の王様、あの美人像は誰か有名な方が題材やとか、有名な芸術家の作品やとかなんですか?」

 鈴音の素朴な疑問に、ホクホク顔の芸術の王が頷く。

「その両方です。絵画を中心に活躍した芸術家の数少ない彫刻で、彼が思う神の姿を彫った物なのですよ」

「へぇー、神様……」

 そう呟きながら鈴音は虎吉と虹男と顔を見合わせた。

 神の使いと神の伴侶の反応に、慌てて芸術の王は続ける。

「あくまでも想像ですので!まさか神があのように勇ましいお姿だとは、治療の際の優しいお力からは考えもつかぬと申しましょうか」

「あ、ちゃうんですちゃうんです、女神様で合うてるんです。お姿知らんのに、結構な人が女神様や思てたんやなぁ思て。あと、あの像も綺麗やったけど、ホンマの女神様はもっととんでもない美女なんやけどなーて思たんで」

 鈴音の説明に芸術の王も世界中の人々も驚きつつ竜を見上げ、虹男は得意気に胸を張っている。

 その様子を見た鈴音は、顎に手をやりフムと頷いた。

「サファイア様、元のお姿でこちらに立てませんか?」

 虹男は完全体だった頃もこの姿のまま神の山に来ていたというから、サファイアにも出来るだろうと思ったのだ。

 竜は不思議そうに首を傾げてから小さく頷き、その姿をキラキラとした光の粒子に変えて空から降らせると、大神殿の前へ凝縮させ始めた。

 十秒と掛からず粒子は人の形を取り、眩い光を放った直後そこに女神が現れる。


 全世界が暫し呼吸も瞬きも忘れた。


 絶世の美女という言葉が陳腐に思える程の圧倒的な美しさ。


 サファイアの姿を目にした人々が魂を抜かれたようにその美しさに酔い痴れる中、当然のように空気を読まず雰囲気をブチ壊す男の名は破壊神虹男。

「わーい!こっちの姿もやっぱり綺麗だよねー!竜もいいけど……あー、どっちも良くて困っちゃうなあ。鈴音はどっちが好き?」

 何の質問や、と脊髄反射のツッコミが出なくてよかったと思いながら、鈴音は営業用スマイルを全開にした。

「どっちのお姿にもそれぞれの良さがあるやん?決められへんよね」

 ザ・大人の対応。

 サファイアは嬉しそうに微笑み、虹男は幾度も頷く。

 その何の意味があるのかよく解らない会話のお陰で人々は我に返り、大急ぎで跪いた。

 胸に両手を当てて頭を垂れる人々を眺めながら虎吉が首を傾げる。

「人型になったら跪くもんなんか?神官は竜にも跪いとったよな」

「タイミング的なもんもあるんちゃう?私が竜を神様やて紹介した時に跪いとったかもしらんよ?」

「あ、そうか。俺らそこは見てへんな」

 コソコソ会話する鈴音と虎吉をよそに、サファイアは人々へ優しく声を掛けた。

「そんなに畏まらなくていいのよ。楽にしてちょうだい」

 その言葉に人々は恐る恐る顔を上げ、女神の微笑みにうっとりと目を細める。

 悪党達は、やはりこの女神には付け入る隙がありそうだと別の意味でも目を細めた。


「それではサファイア様、後はお任せしてよろしいですか?」

 骸骨神と鈴音のタッグにより、人へのダメージの与え方はある程度理解出来た筈だ。

「そうね。でも、甘い部分があったら教えてちょうだいね?」

「はい、勿論です」

 とは言ったものの、この女神の性格からして『それはやり過ぎでは』と止めなければならない場面の方を想定しておくべきだな、と鈴音は気合を入れる。

 出来れば目の前で人が木っ端微塵になる所は見たくない。

 そんな鈴音の決意は露知らず、サポートの約束を取り付け安心したらしいサファイアが階段下へ視線をやった。

「それじゃあまずは……あ、人殺しの片割れが残っていたわ」

 いきなり指名された護衛がビクリと身体を震わせ、怯え切った顔で小刻みに首を振る。

「魔剣に触れて化け物になった男と同じ事をしていたのよね?だったら罰も同じにしなくちゃ」

 ぱし、と両手を合わせ鈴音を見るサファイア。

 仕草といい『これが正解でしょう』とばかり得意気な表情といい可愛らしい事この上ないが、言っている事がさっそく酷い。

「そうー……ですねー、あんな感じの魔剣がまだありますかねー?あと、都合良く化け物になるかどうかー」

 歯切れの悪い解説者のようになりながら、鈴音はチラリと大神殿の入口を見、骸骨を見る。

 骸骨は首を振り、あの魔剣はもう無いという骸骨神の伝言を伝えて来た。

 頷いた鈴音は、そもそも護衛が化け物になったのは想定外の出来事だから何か別の方法を考えよう、と提案しかけ、不意に空間が歪んだ事に気付く。

 発生源は骸骨神の居る大神殿ではなく、鈴音達の真上だ。

 空にポッカリと空いた穴から見えるのは、もこもこ雲。

 そこから一振りの長剣が降ってきた。


 音も無く地面に突き刺さったそれは、禍々しい気配を纏った魔剣だ。


『誰やー!!いらんことしたんはーーーっ!!』

 思い切り叫びたい所をどうにか堪えサファイアを見ると、綺麗な花を見つけた少女のような顔をしていた。

「まあ!どなたかしら?ご協力に感謝します。うふふ、これで同じ事が出来るわね?」

「そうですねー……でもカンドーレさんに戦って貰うのは危ないかとー。人相手ならめっちゃ強いですけど、化け物相手はうっかりすると死にます」

 言いながらカンドーレを見れば、上気した頬を涙で濡らしながら目を輝かせサファイアを見つめている。

「あ、うっかりせんでも死にます。駄目です戦わしたら」

「まあそうなの?でも確かにあの子を危険な目に遭わせるのは嫌ね」

 サファイアはカンドーレを見て微笑み、目が合ったカンドーレは感激のあまり号泣し始めた。

 あらあら、と笑ったサファイアは歪ませた空間からハンカチを取り出してカンドーレへ飛ばし、鈴音に向き直る。

「それじゃあ……元大神官を襲わせるのはどうかしら?」

「んー、ええ考えではありますけど、もし魔剣握って直ぐ化け物になったら一撃ですよね。何ならいきなり自分を殺す可能性もありますね、化け物になる前に死ぬ言うて」

「あら、それは駄目よ。苦しんで死んで行った子達に悪いわ。どちらも同じように切り刻まれて貰わなくちゃ」

 不服そうに口を尖らせるサファイア。


 このあたりで悪党達も漸く気付いた。

 聞こえてくる会話がおかしい。

 女二人がしているとは思えない内容だ。

 もしかして、最も恐ろしいのはあの女神だったのか、と。


 真実に辿り着き震え上がる悪党達には気付かず、サファイアと鈴音が唸っていると、骸骨が石版で骸骨神の言葉を伝えてきた。

「ん?えーと、骸骨神様が護衛の頭をぐわーっとやって、護衛が元大神官を刻む?操るのかな?違う。夢……悪夢?大神官が化け物。あー、解った。護衛は骸骨神様が見せる悪夢の中で、元大神官が化け物に見えるようになるんや。ほんで、必死で倒そうとする」

 鈴音の解答に骸骨が両手で丸を作る。

「そうなると、元大神官の方をどないかせんと、どっちみち一撃でやられてまうなぁ」

「僕に任せてよ」

 えっへん、と胸を張る虹男をチラリと見た鈴音は、大丈夫かなあという顔をした。

「あっ、何で疑うんだよう!見てて!」

 言うが早いか虹男が両手を動かすと、元大神官が浮き上がり手足をバラバラに振りながら右へ左へ動き出す。

「うわ気色悪っ!これ、護衛の早い剣避けられるん?」

「うん。それ!」

 元大神官が高速で動いた。無理矢理な動きなので途轍もなく苦しそうだ。

「あー、ええね。よっしゃこれでいこ。サファイア様もよろしいですか?ほな、骸骨神様お願いします」

 妻に良い所を見せたい虹男と、期待で目をキラキラさせているサファイアと、スプラッタは嫌だなあという顔をしている鈴音の前で、大神殿から青白い光がゆっくりと漏れ出し護衛の頭を覆った。

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