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第六十三話 熱々のやつ持って来たよ

 ひとしきり拍手を鳴り響かせた後、芸術の王はゆっくりと手を挙げる。

 ピタリと音が止み静まり返った世界に、北の王が宣言した。

「では、国外追放となったその男、我が国が貰い受ける」

 またしても響く拍手を切り裂いて元大統領が叫ぶ。

「断る!!私がこの国の主だ!!キサマのような老いぼれが治める不毛の地になど誰が行くか!!」

 元大統領の暴言を聞き、北の王は表情を変える事無く頷いた。

「不敬罪及び国家侮辱罪により、生涯に渡る強制労働の刑を命ずる。名を剥奪し今後は奴隷番号にて点呼する故、しっかりと覚えるように。本来は焼印を押すのだが、ここからでは届かぬのでな」

 王のそばに控える者が番号を調べているのか、パラパラと紙をめくる音がしている。

「何を勝手なこ……」

「押してあげよっか?届くよ僕なら」

 元大統領の言葉を遮って、元気に手を挙げた虹男が微笑んだ。

 ポカンとした北の王は慌てて胸に手を当てる。

「ま、まことにございますか。それでは直ちにご用意致します故、暫しお待ち下さりませ」

「いいよー」

 周囲がバタバタしている様子の北の王の映像と、ニコニコしている虹男を見比べた元大統領は俄に青褪め辺りを見回した。


 空からは竜が見下ろし地上には神と神の使いが居る上、広い敷地を取り囲むように人垣が出来ている。

 この場所から逃げ出すのは不可能だ。

 まずい。

 急ぎ何かうまい理由を見つけて奴隷への転落だけは回避しなければ。

 尊い血筋を汚そうとする輩を黙らせこの局面を打開し全てを引っ繰り返す、何か。

 何か無いか何か何か何か何か何か。


 一点を見つめ必死に逆転の糸口を見つけ出そうとする元大統領の耳に、北の王の声が届いた。

「神よ、焼きごての準備が整いましてございます」

「わかったー。じゃあそっちに行くね」

 言うが早いか虹男は空間を歪ませ移動する。

 いきなり神が現れた北の城からはどよめきが聞こえ、『どこにあるの?どうやって使うの?』と呑気な虹男の声も聞こえて来た。

 そして元大統領が何一つ思い付かぬ内に、小さな焼き鏝を手にした虹男が戻って来る。


「じゃーん!顔用だよー。ホントは背中にも押すんだって。でっかいやつ」

 二本の鏝を皆に見せながらの説明に、北の王が補足する。

「本来は、死するまで赦される事の無い罪を犯した者に限り、顔と背に焼印を入れる決まりとなっております。長い歴史を誇る我が国でも然程多くは居りませぬ故、未だ三桁でございますな」

 それが多いのか少ないのか、歴史も人口も知らない鈴音にはコメント出来ないが、何にせよさっさと済ませた方が良いのは理解出来た。

「虹男、早よ押さな冷えてまうで?」

 振り向いた元大統領が物凄い顔で睨んでいる事などまるで気にせず、鈴音は虹男を急かす。

「あ、ホントだ。じゃあ顔出して」

 笑顔の虹男から反射的に逃げようとした元大統領は、全く身体が動かない事に気付いて愕然とした。


「お待ち下さい!!私はこのような仕打ちを受けるような事は何も……」

「待たないよ、冷めちゃうもん」

 首を振った虹男は焼き鏝を確かめる。

「んーと、229だから、これを2回押すんだよね。それ」

「ッギャァア!!」

 何の躊躇いも無く押し付けられた焼き鏝により、元大統領の頬の肉は焦がされた。

 それを2回3回と続けられ、その度に静かな広場に悲鳴が響く。

「はい終わり。上手に出来たかな?ま、ちょっとぐらい失敗してても平気だよね、どうせ直ぐ死んじゃうんだし」

 さらりと告げられた言葉で、焼け爛れた頬の痛みも忘れる衝撃を受けた元大統領が口を開く前に、虹男は姿を消した。

「はいコレ返すね。あ、もう一人にも使うんだっけ?」

 北の王の映像から虹男の声がする。

「そうでしたな。大神官の罪を世界に問わねばなりませぬ故、暫しそちらでお寛ぎ下されませ」

 椅子でも勧められたのか『ふかふかだ』と喜ぶ声がした。


 北の王が虹男に応対しているので、代わって剣の王が大神官に声を掛ける。

「さて、大神官。この期に及んで何ぞ申す事があるのか?」

 皆の視線が集中した先で、大神官は落ち着き払って頷いた。

 元大統領が時間を稼いだ形になったのか、何やら言い訳を思い付いたようだ。

「先にも言うた通り、私は悪事を働いてはおらん。人助けをし街の掃除をしたまで」

 人々の眉間に皺が刻まれて行くが、大神官は顔色一つ変えず続ける。


「そもそも、誰が損害を被ったのだ?全て家族単位で片付けておるのだから、親を失い路頭に迷う子供も居らん。何の問題も無かろう。路地裏の清掃に至っては感謝されこそすれ、恨まれる覚えはないぞ?悪いのは、片付けて欲しいと依頼されてしまうような生き方をして来た者達の方であろう」


 世界中の人々が見慣れている、自信に満ちて穏やかな大神官の姿がそこにあった。

 大神官様、と皆が崇めた姿だ。

 その姿のまま、常識を持ち合わせる人々には理解し難い話をしている。

 三人の王達を筆頭に、この世界の人々は揃って混乱した。

「余は阿保になってしまったのか?」

「心配するな我もだ、ひとつも理解出来ん」

 剣の王と芸術の王が首を振り、北の王は片眉を上げたまま固まっている。

 どよめく世界からは『感謝?え?え?』『あれ?人殺しだよな?』と困惑した声が聞こえて来た。


「うわー、ビックリしたぁ。やっぱりホンマもんの悪党やな。こっちも格が違うわ」

 唖然とした顔で首を振りながら呟く鈴音に、虎吉は小首を傾げる。

「あいつ俺ら猫と一緒で罪悪感とか無いんか?」

 それを聞いた鈴音はクワッと目を見開いた。

「猫と一緒ではないな!猫は神やから罪の意識なんか無くて当たり前やねんいらんねん!っていうか猫に罪なんか無いしな?……いやあったやん可愛過ぎる罪。これだけはホンマどないしようも無いな。罰として猫っ可愛がりの刑を受けて貰うしかあらへん」

「お、おぉ」

「ただアイツは猫やないから、罪悪感無かろうが罪は罪。がっつり罰受けて貰わなアカンけど……奴隷の焼印だけでは甘いよなー」

 唸る鈴音に虎吉がポツリと言う。

「物壊したったらどないや?」

「え?」

「人界の猫らがようやってまうらしいんや。目に付いたから玩具代わりにしたり、跳んだ先にあったから蹴散らしたりしたら、飼い主がへたり込んで動かんようになったとか泣き出したとか。なんで猫の手の届くトコに置いとくんやろなぁ。ああほんで、アイツ何やアホみたいに物溜め込んどったやろ?蹴散らされたら泣くんちゃうか?」

 その提案に鈴音の目が輝いた。

「天才や。コレクターやったらお宝失うんは一番堪える筈。けど復興資金にしたいから、壊すんやのうて目の前で王様方に売っ払おう。いや、国の財政厳しいかもしらんから、お金持ちも参加可能なオークションにしたろか。あの場所以外にも隠し持ってそうやし盛り上がりそうやな」

 ニタァと悪い笑みを浮かべた鈴音は、手を叩いて皆の注目を集める。


「はい皆さんしっかりして下さいよー?悪党の謎理論に引っ張られたらあきません。アレは人殺しの親玉です。良心の欠片も持ち合わせてへんのは今解りましたよね?何ですか損害て。大事な人を殺されて、悲しんで悔しい思いして怒るんを損害言うんやったら、現状ここに損害被った方、お一人いらっしゃいますしね?」

 階段を蹴って跳んだ鈴音は、降り立った先で小脇に挟んでいた記事の束を記者の男性に返した。

 しっかりと頷いて受け取った男性は、まだ真っ赤な目で大神官を睨む。


「あれだけじゃない筈です。大統領だけが依頼者な訳がない。似たような事をして議員を続けている輩がいる筈なんです」

「そうですね、大神官もそんな事言うてましたよね」

 同意して大神官を振り向いた鈴音の目に、大きく手を振る骸骨が映った。

「うん、後で神様が色々教えて下さるみたいですよ?」

「本当ですか!ではその情報を元に今度こそ人の手で追い詰めてみせます!」

 その意気だと頷いて階段へと戻った鈴音は空を見上げる。

「大神官に貢物してお願い聞いて貰た人らも、自発的に出るとこ出といた方がええよ?後ろ盾はもう権力失うからねぇ」

「何を言う、私以外に大神官の職が務まる者などおらぬ」

「いや大神官の職を権力や言うてる時点でアカンがな」

 大神官の返答に呆れる鈴音を見ながら、冷静さを取り戻した剣の王が世界の人々に語りかけた。


「さて、皆も落ち着いたであろうか。神をお待たせしておるのでな、急ぎ大神官の罪を赦すか赦さぬかの採決と参ろう」

 急ぎ、と言いながらも剣の王はゆっくりと周囲を見回す仕草をする。

「よいか?……それでは、大神官を赦す、と申す者は拍手を!」


 全世界に訪れる、呼吸すら騒音になりそうな程の静寂。


「おい、貴様ら解ってお……」

「続いて!大神官を赦さぬ、と申す者は拍手を!」


 全世界から沸き起こる万雷の拍手。


 明らかに血圧が急上昇した大神官が喚き出す前に、今度は北の王が再度神官長達を呼ぶ。

「罪深き大神官を解任する事に異議ある者は申し出よ」


 ジェロディ神官長達は当然、沈黙を以て答えた。


「却下!!奴らにそのような権限は無い!!」

 真っ赤な元大神官に、鈴音の冷たい声が飛んだ。

「ヘイヘイそこのおバカちゃーん。おんなじ事何回も言わせんとってかー(言わせないでよー)。神々の法廷。か、み、が、み、の、法廷な。神様が認めてはるからええねん。アンタはもう大神官やなくなってん、残念でしたー」

 鼻で笑う鈴音の声に続いて、北の王の厳しい声が響く。

「それでは、元大神官を国外追放とする事に賛成の者は拍手を!」


 その声に、この国の人々のみならず、北の王国を除いた世界中からの拍手が轟いた。


 それを見ていた北の王の顔に初めて薄っすらと笑みが浮かぶ。

「ふ……我が民は拍手しておらん。受け入れよと申しておるのだな。よしよし、奴は我が国が引き受けたぞ。……まこと、よう出来た民じゃ。そうは思わぬか元大神官」

 問われた元大神官は反論しようとして、何かに気付いのか口を閉じた。

 喋らない限り罪は生まれないだろうと思ったようだ。

 確かに現代日本ならこの方法は通用したかもしれない。

 しかし、北の国は王国で、北の王はそこの君主だ。

 この世界の絶対王政に於ける最高権力者を敵に回すとどうなるか。

「ほう、儂の問い掛けを無視するか。不敬罪。よう出来た民じゃと言うたに無視しおったということは、我が民を馬鹿にしたも同然だな。さてどんな罪があったか」

「名誉毀損とかありませんでしたか」

 鈴音の入れ知恵に北の王は大きく頷く。

「ああ、思い出しましたぞ名誉毀損罪。不敬罪と名誉毀損罪、これら二つの罪により生涯に渡る強制労働の刑を命ずる」

 適当に思い付いた罪で終身刑を言い渡す事も可能なのである。

「うーん、恐ろしい。名誉毀損で終身刑とか。地球やったら独裁者丸出しやで」

「こっちでも似たようなもんちゃうか?」

 猫の耳専用会話を交わしていると、元気に虹男が帰って来た。


「ただいまー!熱々のやつ持ってきたよ」

 出来たての料理でも運んで来たかのような口振りで、焼けた鏝を見せびらかす。

「今度は230だから三個あるんだー」

 楽しげに近付く虹男に焼き鏝にと、元大神官の視線が忙しなく動き回る。

 その後、元大統領の顔をうっかり見てしまい、あれは駄目だ何とか止めさせる方法は、等と考えている間に虹男が横に立った。

 とにかく話しかけて時間を稼ごうとした元大神官だったが、何故か口が開かない。

 足の自由を奪ったのと同じ力が働いていると気付いて竜を見上げるも、何が出来る訳でもなく。

「それじゃ行くねー、最初は2ーッ!」

 場違いに明るい声で数字を読み上げた虹男は、覚悟も何も出来ていない、するつもりも無い元大神官の顔に焼き鏝を押し当てる。

 強烈な痛みに目を剥いた元大神官は悲鳴を上げるが、口を開けられないのでほぼ唸り声だ。

「次は3!最後に0ッ!」

 必要以上に押し付けてから、虹男は自身の作品を見る。

「んー、さっきより上手かも?やっぱり熱々具合が大事なのかな。ま、上手に出来てもどっちみち直ぐ死んじゃうんだよねー」

 元大統領に告げたのと同じ事を言って無自覚に恐怖を煽りながら、焼き鏝を返すため虹男は消えた。


 替わって鈴音が手を振る。

「ほんならこっから少し、私に付きうて貰てよろしいですか。実はこの元大神官、お宝を溜め込んでましてね?私にはさっぱり価値が解らんけど、欲しい人なら値段つけてくれるかなぁ思て。壊れた街やら日照りの影響が出たトコなんか直すのに、お金入りますやん?」

 鈴音が語っている間に、建物の記憶から他の隠し場所を読み取った骸骨神が中の物をいくつか浮かせ、広場へ瞬時に移動させた。

 その絵画や置物などを目にした人々から、大いに興味がありそうな声が上がり始める。

「この世界に競売の制度あります?よし。そしたら落札者の元には……神様」

 北の城から戻った虹男は、鈴音に指名され『なに?』と不思議そうに首を傾げる。

「神様が品物をお届けします。そこで代金と引き換えて下さい。集まったお金は一旦大神殿の神官さんに預かって貰て、後日分配という事で」

 目が合った神官が慌てて頷き、虹男は自分の役割を考え、元大神官はこれ以上無い程に顔を真っ赤にしていた。

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