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第六百二十九話 案内よろしくー

 この世界には、他の世界で見たような大量破壊兵器級の威力がある攻撃魔法は存在しない。

 理由は簡単、そんな魔法が使えるような魔力の持ち主が居ないからだ。

 当然、魔法攻撃への備えもそれなりになる。戦いのプロたる軍人や用心棒であっても、そこは変わらない。


 ただ、成り行きでやたら偉そうな少女とやり合う羽目になった神殿騎士達は、念のため普段より気を付けてはいた。

 見た目は只の小娘だが、何せあの超大国レーヴェの武術指南役である。

 人に大火傷を負わせるくらいの火球だとか、当たったら骨が砕けそうな水球あたりが飛んできてもおかしくはない。

 依って、『魔法攻撃の予備動作が見え次第、迷わず回避行動を取ろう』等と考えながら、それぞれ戦闘態勢へ移行した。

 ところが、だ。

 剣の柄に手を掛け、1歩踏み出そうとしたその瞬間。

「ガはッ !!」

 突如巨大な拳に殴り飛ばされたかのような衝撃が真正面から訪れ、全員が全員なす術なく、無様にも背中から石畳へ叩き付けられてしまった。

 武術指南役の少女は指1本すら動かしていないのに、である。

 痛みに顔を顰めながら身を起こした騎士達は、得体の知れない何かへ向ける目をして少女を見上げた。



 ちょっぴり解放した魔力で騎士達を吹っ飛ばした、偉そうな武術指南役の少女こと鈴音は、混乱と恐怖が入り交じった視線を浴び半笑いになる。

「ぶふふ。『何した?アイツもしかして魔物?』みたいな顔してんで」

「うはは!ビビり過ぎやな」

「でも一応それなりに強いんかな?食い逃げ小悪党らとボッタクリ店員らは気絶してるし」

「せやな。騎士は腰抜けとるけど意識はあるもんな」

 そんな風に虎吉と猫の耳専用会話を交わしてから、“高慢な小娘”の表情を作り直して騎士達を見下した。


「うわダッッッサ。全員纏めてよッッッわ。こんなんに警備任しとって大丈夫なん?強い魔物の襲撃あった時とか、大神官様ちゃんと守れんの?心配やわぁー。ねー?」

 きつい声で騎士達を扱き下ろしてから、猫撫で声で虎吉に微笑み掛ける。

 分かり易い鈴音の煽りに騎士達は眉根を寄せたが、勝てる相手ではないと理解する冷静さはあったようで、反論はしてこなかった。

 代わりに、顔を見合わせ謎の言い訳大会を始める。


「これはもしや、門番からの報告が真実だったという事か」

「恐らく。だが、門番全員の剣を凍らせた等と言われて、誰が信じられる?」

「そうだぞ。少女が武術指南役だというだけでも意味が分からないのに」

「皇家の紋章に驚いた門番の勘違い、もしくは言い間違いだと思って当然だ」

「大神官様に敬意を払っていなかった、とも言っていたな。しかしあの少女、大神官様だけは敬っている」

「事実と間違いが混在する報告だったのか」

「これは門番に問題があったな」

「その通りだ。正しい報告であったなら、指南役にご指摘頂くまでもなく我らは跪いていた」

「全くだ」


 ごちゃごちゃゴチャゴチャ、誰に向けたのかよく分からない言い訳で慰め合う騎士達。

 黙って聞いていた鈴音も虎吉も首を傾げる。

「言うてることグッダグダやし。纏めると『僕チャン達は悪くないもんね』て事?」

「おう。武術指南役と喧嘩なりかけたけど、それは門番が変な報告したせいや、っちゅうこっちゃな。ホンマの事しか言うてへん門番が悪モンにされとるで」

「あははー、カワイソー。ま、大神官に様付けてへんかった件がうやむやになったんはラッキーやった」

 コソコソと猫の耳専用会話をしている鈴音と虎吉から少しだけ離れた位置で、ユミトと骸骨も呆れていた。


「そりゃ神の使いの言い掛かりはかなり雑だったし、ムカつくのも分かるけどよ。皇家の紋章持ちの武術指南役だって聞いてたなら、大人しく膝ついて媚売っとけよって話だよな。得意技だろっての」

 騎士達を鼻で笑ったユミトへ、骸骨が石板を見せる。

「んー?神の使いと……俺かな?こっちは神殿騎士達か、うん。んで、騎士が神の使いにはキーッとなって、俺にはヘラヘラする?」

 石板に描かれた絵と騎士達を見比べ、少し考えてからユミトは大きく頷いた。

「分かった。神の使いは女だし、子供に見えるからか。もし俺が指南役なら、大人の男だから問題なく従ってた?」

 石板をローブへ仕舞った骸骨が、その通りとばかり小さく拍手する。

「成る程なー。やっぱ見た目って重要なんだな」

 ユミトがしみじみと呟いた途端、カッと目を見開き鈴音が振り向いた。

「誰がちんちくりんのガキンチョや!」

「そこまで言ってねえわ!」

 素早く骸骨の後ろへ避難するユミト、頭を擦り付けて鈴音を宥める虎吉、デレデレする鈴音、色々面白くて大笑いな骸骨、と一行が緊張感の欠片もなくじゃれている間に、騎士達の言い訳大会は終了していた。


「武術指南役に申し上げます。大変なご無礼を働きましたこと、我ら心より反省致しました」

「この通りにございます」

「どうかご容赦を」

 口々に謝罪しながら跪く騎士達。

 野次馬がどよめく中、鈴音は満足げに頷いた。

「分かればええねん、分かれば。ほんで私、大神官様へご挨拶しに来たんよ。案内よろしくー」

 先程までとは打って変わって、機嫌良さげな笑顔になった鈴音がサラッと無理難題を押し付ければ、騎士達は明らかな動揺を見せる。

「い、今、でございますか?」

「うん」

 無邪気に見える笑みを浮かべ頷いてやると、互いの顔をチラチラ見合った騎士達は皆一様に、『今はマズくないか?』という表情になった。


「え、何?アカンの?」

 一瞬で急降下した鈴音のご機嫌と声のトーンに慌て、騎士達は必死に首を振る。

「ととととんでもない!大神官様もお喜びになられること間違いなしにございます!」

 今度怒らせたら氷漬けかもしれない、とでも考えたのか、大神官の都合は無視する事にしたようだ。

「ただ、そのー……何と申しましょうか……。失礼ながら、おそばへ伺っても?」

「ええよー」

 許可を貰った騎士の1人が素早く鈴音へ近付き、野次馬に聞こえないよう小声で話す。

「少しばかり、お子様……違う、お嬢ちゃ……違うな、うら若い女性……これだ!には刺激が強い催しが開かれておりまして」

「ふぅん?それは大神官様のご趣味で?」

 心の声全部漏れてんで、とツッコみたい衝動を堪えながら鈴音は小首を傾げた。因みに虎吉は大笑いしているが、誰もがちょっと変わった鳴き声だと思ったので問題ない。

 間近で聞いた騎士だけが、突然ご陽気なおじさんのように鳴き出した小動物に戸惑いつつ、鈴音の問い掛けに答える。


「えー、大神官様ではなく、あー、そのー、御身分の高いお方、とだけ……」

 奥歯に物が挟まりまくっている騎士の言い方で、『どっかの貴族か王族が、大神殿にオネーチャン呼んで宴会中か』と予想した鈴音は、大神官が言い逃れ出来ない状況に内心ほくそ笑んだ。

「了解。へーきへーき、私こう見えてとっくに成人してるし」

「えッ !? あ、そうか。10代前半で成人扱いになる国もありますね、ええ」

 訳知り顔で勝手に納得され、鈴音は遠くを見やり虎吉は更に大笑いだ。

「何やもう15ちゃいとかでええ気がしてきた。まあそういうわけやから、心配せんと案内して?」

「かしこまりました」

 抵抗するだけ無駄だと判断したようで、素直に従った騎士は仲間達のもとへ戻る。

 鈴音も骸骨とユミトのそばへ寄り、予想を話して聞かせた。


「うわぁ、大神殿で乱痴気騒ぎかよ。いつから大神殿は大神官の家になったんだ?神が見たらブチ切れるんじゃねえか?大丈夫か?」

 顔を引き攣らせたユミトへ、鈴音も微妙な表情を返す。

「あんまり大丈夫ちゃう思う。でも大神官を筆頭にした神官らの堕落っぷりを全世界へ見せるには、どないしても神の御力をお借りせなアカンのよねぇ」

「神の使いの力だけじゃ無理なのか」

「うん。私の力やと、この街ひとつならどうにかなるかな?ぐらい」

 空に巨大スクリーンを浮かべ映像を流すので精一杯な鈴音に対し、創造神は空そのものをスクリーンに出来るのだ。次元が違う。

「せやから神んとこに虎ちゃん連れてって、どうにかお鎮まり頂いて、世界を綺麗にする為に御力をお貸し下さいてお願いするしかないかなー」

 本当はシオン達による説得を期待しているのだが、他所の世界の神云々と言った所でユミトはキョトンだろう。

 そう思って最も説得力のありそうな作り話をしたのに、何故かユミトはキョトンとしている。


「どないしたん?」

「いや、神って虎吉が好きなのか」

「当たり前やん。こんな可愛いねんから」

「ナルホドナー」

「何やその棒読みゴルァ!」

「いでッッッ!やめろ猛獣!」

「猫パンチはご褒美やで?」

「んなわけあるか!」

「ほら骸骨さんも頷いてるし」

「知らん!お前らを基準にすんな!」

 何やら若干1名気の毒な目に遭っているように見えなくもないが、飽くまでもキャッキャとじゃれているだけだ。

 そんな一行を遠巻きに見つめ、騎士達はいつ声を掛けるのが正解なのか悩みに悩んでいた。

「邪魔をして怒りを買いたくはない」

「だが声を掛けねば終わらぬのでは?」

 そう提案した騎士は、だったらお前がやれ、という視線を浴びて黙る。

「声と言えば、時折中年男性の声が聞こえてこないか」

「気のせいだろう。従者は若い男だ」

「そうか。まあ、深く考えるのはよそう」

「それがいい。お、どうやら終わったらしいな」

 骸骨とユミトを連れた鈴音が近付いてきたので、騎士達は跪いて待つ。

 そして、大神殿の大掃除を計画している神の使いを、そうとは知らず近道まで使って送り届けた。

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