第六百二十八話 ベキッとな
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元々店員達と一戦交えて興奮している所へ、か弱い少女にしか見えない鈴音が石を投げ付け挑発した事で、偽の武術披露会優勝者一行は分かり易くお怒りだ。
野次馬根性で店を囲んでいた人々は予想外の展開にギョッとし、身の危険を感じて1歩2歩と後退した。
何せこの偽物一行、店員達のような素人相手なら4対6でも負けない程度には強い。
もし激怒した彼らの攻撃にうっかり巻き込まれたら、一般人はひとたまりもないだろう。即座に逃げられる距離を保つのは野次馬の基本である。
そうやって安全圏に身を置きつつ、人々は『この小娘、何がしたいんだ?』と怪訝な顔で鈴音を見つめた。
その場に留まった為、人垣が作る半円の内側へ取り残された形の鈴音は、大勢の人から物凄く注目されているという事実は考えないようにして、偽物一行へ挑戦的な顔を向ける。
明らかに喧嘩大売り出しなその視線を受け、剣士が忌々しそうに口を歪めながら声を上げた。
「おい小娘!何のマネだ?死にたいのか?」
恫喝と共に腕を伸ばし、6〜7メートルばかり離れた位置に立つ鈴音を剣で指す。
自身へ向けられた切っ先をチラリと見た鈴音は、視線を剣士へ戻すやこの上なく小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「私を殺す?神殿騎士如きにビビり散らかしとったヘタレが?」
「っんだとコラ!」
ヘタレだとかいう単語は謎だが、文脈からして碌な意味でない事くらいは分かる。
剣士は勿論、偽物一行もいきり立った。
「黙って聞いてれば!何なのアンタ!」
「ガキの悪戯じゃ済まねえ。泣いても赦さん」
「親はどこだ、金貨の枚数によっちゃ赦してやらん事もないぞ」
身なりはそれなりなのに溢れ出るチンピラ感。実際はどこぞの商人や小金持ちだったりするのかもしれないが、やらかした事や言葉の汚さは小悪党そのものだ。
こんな輩に自分の名を騙られたのかと思うと、鈴音のご機嫌は少しばかり傾いた。
「ちょっとだけ虎ちゃんの気持ちが分かるわー。子供ちゃうっちゅうねん。ガッツリ大人やし、アンタらに怒る理由はしっかりあるで」
右手を腰へやり、踏ん反り返りつつ半眼で見下す。
偉そうな鈴音の態度に、剣士の隣へ並んだ大柄な男が両拳を構えた。ナックルダスターのような物を装備しているので、攻撃力は高そうだ。
その拳士が拳を揺らしながら、片側の口角を上げる。
「そうかそうか大人か。で?大人ぶりたいお嬢ちゃんが怒ってる理由ってのはナニカナー?」
「あはははは、聞いて腰抜かしてチビっても知らんで、オッッッサーーーン」
拳士はまだ30歳手前くらいに見えるが、カチンときている鈴音は敢えてオッサン呼ばわりしてやった。
「オッ……サン」
10代半ばに見えるらしい鈴音からのオッサン呼ばわりは堪えたらしく、拳士は激しく動揺している。
何やってんだとばかり拳士を横目で見てから、剣士が鈴音を睨んだ。
「早く理由とやらを言え。石を投げ付けるに相応しいものなんだろうな?」
そんな理由があってたまるかと言外に滲ませ、ゆっくりと剣士は歩きだす。
「簡単な事やん。アンタらは、皇帝陛下主催の武術披露会優勝者の名を騙った。レーヴェ帝国武術指南役としては、ブッ飛ばしとかなアカン案件やろ?」
刃物を持った男が近付いているにも拘らず、怯えるどころか踏ん反り返ったままの鈴音が語る理由に、剣士は足を止めキョロキョロと周囲を見回した。
「お前、武術指南役の付き人か?どこに指南役が居る?」
偽物一行も『まさか』という顔をしながら、人垣へ視線を走らせている。
「いやいやいや、どこ探しよんねんな。目の前に居るがな」
どんと胸を張る鈴音へ視線を戻した剣士は、2度程瞬きをしてから大きな溜息を吐いた。
「……もうちょっとマシな嘘吐けなかったのか。頭悪過ぎて可哀相になってきた。今回は腕の1本で勘弁してやろう」
緩く首を振ってから距離を詰め、剣士は鈴音の左肩目掛けて剣を振り下ろす。
これには骸骨がパカッと口を開け、ユミトはアチャーという顔をした。
直後、鈍い音と共に剣の動きが止まる。
「アンタ、どこ狙とんねん」
先程までとは打って変わった低音で凄み、刃を右手で止めた鈴音が剣士を睨んだ。
少女から出ているとは到底信じ難い殺気と、華奢な手が盾の如き硬さで剣を受け止めているという超常現象に、剣士の脳は処理能力の限界を超え一旦思考回路を停止させた。
「なん、なに、何だ、何が」
混乱し意味をなさない言葉を発する剣士と、呆気に取られ目をまん丸にしている偽物一行と野次馬達。
何らかの魔法なのだろうとは思うものの、戦闘のプロが居ないこの場では答えなど出ない。
説明はないのかと揃って鈴音を見つめるも、その口から出たのは皆が望む内容ではなかった。
「どいつもこいつもホンマにー。虎ちゃんに当たったらどないすんねんドアホ。アンタみたいな奴が剣なんか持ったらアカンわ。ナントカに刃物て言うもんな」
そう言うや鈴音は右手を握り締め、剣をへし折る。
「は……ッ !?」
厚さも重さもある金属が小枝のように折られるさまを目の当たりにし、剣士も偽物一行も野次馬達までもが震え上がった。
「あー、分かる分かる。最初はそんな感じになる。けど、慣れるんだよなー。今じゃあのぐらい何とも思わねえもんなー」
幾度も頷きながらのユミトの呟きに、綱木と話が合いそうな気がして骸骨は小さく肩を揺らす。
そこへ、揃いの服に身を包んだ一団が足音も高く駆け寄ってきた。
「あっ!居たぞ、動く骨だ!」
「小動物を抱えた少女だ!」
「付き人らしき男も居る!」
「間違いないな!」
無駄に大きな声で口々に言いながら騒動の中心へ近付くのは、偽物一行を詰問したのとは別の神殿騎士達だ。
「失礼!レーヴェ帝国の武術指南役とお見受けする!」
そんな風に声を掛け、中途半端な位置で半分に折れた剣を構えている剣士と、折った半分を捨てた鈴音の横に立つ騎士達。
彼らの登場により、『本物の指南役だったのか』と野次馬達がどよめき、偽物一行は顔色を失った。
あろう事か“帝国最強”を意味する相手に斬り掛かってしまった剣士など、虚ろな目をしてカタカタと小刻みに震え大量の冷や汗を掻いている。
一方の鈴音は空いた右手を腰へ戻して再び踏ん反り返り、嫌味ったらしく上下させた視線で騎士達を天辺から爪先まで見てから、つまらなそうに頷いた。
「そうやけど?何か用?私、自分より弱いヤツが偉そうにしてんの、嫌いなんよねー」
馬鹿にし切った口調で言われ、騎士達の顔が強張る。
「偉そうになど……」
「してるやん。私のこと見下ろしてさあ」
身長180センチ超えと思しき大男の集団なので、立っているだけで自然と鈴音を見下ろす形になるのだ。
要するに『頭が高い跪け』と言われたわけで、プライドの高い騎士達は苛立ちを露わにした。
「偉そうなのはそちらだろう。皇帝と同等の立場だというだけで、指南役は皇帝ではないのだ」
「大神殿所属の我らに向かって無礼であろう。大神官様に盾突くおつもりか?」
騎士達は分かり易く世界一の後ろ盾を誇示しつつ、無意識に薄ら笑いなぞ浮かべる。
呆れ顔を作って彼らから視線を外した鈴音は、内心の『やっぱり神やのうて大神官に仕えてるー!』という大喜びを隠すべく、退屈そうに大あくびをした。
当然、全力で煽られたと感じ騎士達の顔色が変わる。
「大神官様の覚えめでたい我らに何たる態度!」
「レーヴェ帝国は大神官様と事を構えるか!」
「大神官様のひと声で全ての神官が帝国から去るぞ!」
「今ここで謝罪せねば即座に大神官様へ報告する!」
騎士達が口を開くたび、『ぃよッ!待ってましたッ!』だとか言いたくなり、鈴音は無表情を保つのに大層苦労した。
虎吉は猫なのをいい事に、目を細め口角を上げてニッコニコである。
うっかりその顔を見てしまい、鈴音の目尻がデレッと下がった。
「あーもう虎ちゃん可愛いぃー。それに比べてアンタらはホンっっっマしょーーーもないな?」
開き直って虎吉の顎を撫でつつ、騎士達へ残念そうな視線をやる。
「大神官様大神官様、結局偉いんは大神官様でアンタらちゃうやんアホらしい。弱い奴と喋る気ないねん黙れるー?この街で私と喋れるんは大神官様だけやなー」
これでもかと煽り倒され、期待に応えてやろうとばかり騎士達が剣の柄を掴んだ。
それを見た鈴音の口角が吊り上がると同時に、骸骨が結界を張る。
野次馬と共に結界で守られたユミトだけが次に起きる事を理解する中、鈴音から強烈な魔力が迸った。
更新不定期ですみません。
偏頭痛で中々スマホに触れず。
愛猫は無事ですのでご心配には及びませぬ。
のんびり見守って頂けると幸いです。




