第六百二十四話 街道でお掃除
大神殿近くへ通路を繋げて欲しいと鈴音が願うや、一行の目の前に広がる平原の一部が歪む。
間違えて嵌め込まれたパズルのピース宜しく空間が四角く切り取られ、その先には全く別の景色、深い森が続いていた。
それを見たユミトが、眠そうな目を瞬かせつつ溜息を吐く。
「王都からナントカ侯爵達を国境の街に送った時も思ったけど、ホントとんでもねえよな神の力。これを只の近道に使うとか意味わからん」
「あははー。まあ、あの時ほど急いではないけど、神がお待ちかねなんは間違いないし?早よ堕落神官を辞めさして、狩人に浄化の力あげたいわー!て思てはるやろから、寧ろ大歓迎やで多分」
確かめてはいないが概ね合っているだろうと笑う鈴音を見やり、ユミトはあくび交じりに呟いた。
「ふーん。そう聞くと、のんびり歩いて行きたくなるな」
「うわあドS」
「ん?どえ……?」
聞き慣れない言葉に怪訝な顔をしたユミトへ、何でもないと半笑いで首を振り、骸骨と視線を交わした鈴音はフォレに礼を述べてから通路を潜る。
念動力で宙に浮くユミトが通過し終えると空間は閉じ、一行の周囲に広がる景色は完全に見知らぬ森へと変わった。
「プレリ王国よりちょっとだけ涼しい感じ?」
「せやな。匂いもちゃうし、すぐ隣っちゅう感じではないな」
鈴音と虎吉が森の空気から情報を得ている間に、骸骨はふよふよと上昇して空から現在地を確認。
ふよふよと戻り石板に指を走らせ鈴音へ見せた。
「ありがとう。えーと、結構デッカい森で、あっちが雪山、こっちに街らしきもんが見えると」
あっちだこっちだと前後を指差す鈴音に、骸骨はその通りと頷く。
「ほな街の方を目指すんが正解やんね。……あ、ユミトさん寝た」
返事がないので振り向いてみれば、項垂れるようにしてユミトは眠りに落ちていた。
首が辛かろうと念動力を調整し真っ直ぐにしてやり、鈴音は骸骨に向き直る。
「まだ朝早いし、のんびり行こか」
ユミトを寝かせてやりたいんだなと理解した骸骨が頷き、虎吉は『俺も寝よ』と目を閉じた。
「ふふ、虎ちゃん可愛い。着く頃にはお店も開いてるやろし、朝ごはん食べてから大神殿かな」
いいねとばかり小さく拍手した骸骨と共に、まずは森を抜けるべく人の速度で歩きだす。
幸い、魔物にも獣にも襲われる事なく、20分程で平原へと出られた。
平原を突き進むと街道が現れたので、そのまま道なりに歩いて行く。
途中、同じ街を目指しているらしい騎馬や馬車が一行を追い越して行く際、皆が皆『徒歩…… !?』と言いたげな顔を向けてきて鈴音を笑わせた。
「みんな目ぇまん丸やん面白すぎ。あの街に行くのに歩き旅は無理があるいう事やろか。他の街とか村とかとメッチャ離れてんのかな」
水や食料の補給に困るのだろうかと首を傾げた鈴音へ、通り道に危険な魔物の出現場所があるのかも、と骸骨が石板を見せる。
「あー、そっか。のんびり歩いてたら襲われるから、駆け抜けなアカンみたいな。それありそう。けど大神殿へ続く道にそんなポイントあったら、参拝客が困ってまうやんねぇ」
誰もが、馬や馬車に乗れるほど金銭的に余裕があるわけではなかろう。ぎゅうぎゅう詰めではスピードが出ないから、乗り合い馬車という手は使えないだろうし。
そこまで考えてから、鈴音と骸骨はほぼ同時に気付いた。
「貧乏人に用はない、っちゅう事?」
骸骨がウンウンと頷いて同意を示す。
「他の街や村からの距離にしろ、魔物が出るゾーンにしろ、大神殿がその気になったらどないか出来るもんね?」
魔物なら人に頼んで討伐して貰えばいいし、補給拠点は作ればいい。どちらも、神の声を聞ける大神官が指示すれば即座に実行される筈だ。
それをしていないという事はつまり、そういう事なのだろう。
ふたりはとても嫌そうに顔を見合わせる。
「末端に、性犯罪者な神官と金の亡者な神官が居てたから、中心に居る奴はそれを混ぜて煮詰めた感じや思てたらええかな」
何かを思い出しているような表情で言う鈴音へ、きっとそう、と骸骨は幾度も頷いた。
「はぁー………、虹男の世界に居てた奴と同レベルのクズ大神官やろか」
居たなそんな奴、と骸骨も遠くへ視線をやる。
「自分の石像作らして神殿に置かせるぐらいやし、ほぼ同類やろなー……。気ぃ付けよねお互い」
ふたり共以前より強くなっているので、苛ついたり頭にきたら危ないもんねと揃って頷き、通り過ぎる馬車から何度目かの『徒歩…… !?』な視線を浴びつつ街道を進んだ。
知らない者からしたら鈴音が一方的に喋っているように見える会話を楽しみながら、のんびり歩く事1時間ばかり。
これといったトラブルもなく、大きな橋のかかった川を越え、緩い坂を上り、だだっ広い草原に出る。
すると真っ直ぐ続く道の遥か向こうに、小さく城塞都市らしきものが見えた。
「んー?ゴール近いけど、それっぽい魔物出ぇへんね?通路の出口やった森より前に居るんかな?」
もしそうなら、フォレは魔物の討伐を望んでいない事になる。
いくら何でもそれはないだろうと笑い合い、街と街の距離が遠すぎて、徒歩だと水と食料が足りなくなる方が正解だったようだと判断した。
「ほなもうお店も開いてるやろし、小走りで行……」
小さく見える街を指しながら鈴音が口を開いた所で、背後から高速回転している車輪の音と、全速力を出していると思われる馬の蹄の音が聞こえてくる。
道の端に立ち止まっている鈴音達の横を、あっという間に通り過ぎる4頭立ての馬車。
ポカンとする鈴音と骸骨の視界に飛び込んできたのは、馬車が通った直後の道に草原からワラワラと湧いて出る小型の何か。
「虫……?いや、魔物?遠いからハッキリ見えへんね。近く行ってみよか」
同意した骸骨と共に小型の何かが複数這い回る辺りへ向かいつつ、眠るユミトを頭より高い位置まで上昇させておく。
もし虫だか魔物だかが飛んだ場合、骸骨の結界で守って貰えるよう打ち合わせ、ふたりは現場へやってきた。
「多分……魔物?」
半笑いの鈴音が見つめる先では、ナメクジに蟻と蜘蛛を掛け合わせたような黄緑色の生物が石畳を走り回っている。体長は10センチほど。
頭は蟻、体はナメクジ、脚は蜘蛛、に近いようなそうでもないような微妙な造りなので、バランスが悪く動き方が何とも気色悪い。
長めの脚の効果かそこそこ速さはあるものの、人が逃げ切れない程かと言われると疑問が残る。
「キモいなー。これ、脚が速いから馬で逃げるんやのうて、数が多過ぎて道塞がれたら終わるから、ウジャウジャ出てくる前に突っ切るんちゃう?」
そう分析する鈴音と頷く骸骨の目に映るのは、予想通り街道を埋め尽くす黄緑色。
無駄に石畳の上を動き回る様子からして、見た目は勿論、匂いや体温で人を認識しているわけではなさそうだ。喋っているのに襲ってこないから、音も関係ないだろう。
そうなると残るは、と鈴音がその場で軽くジャンプし着地した途端、黄緑色達が一斉に襲い掛かってきた。
「やっぱり振動か。スニーカーのお陰で、普通に歩いただけやと小さ過ぎて伝わらんかったんやろね、この世界では。知らんけど」
鈴音は性能の良いゴム底だし、骸骨とユミトは浮いている。
それが証拠に、成る程なと納得する骸骨には1体も寄ってこず、全ての黄緑色が鈴音へ押し寄せていた。
「ぎゃー、キモいキモい!」
思い切り顔を顰めた鈴音は、取り敢えず石畳の上だけを狙って火炎放射。
火への耐性はなかったようで、街道上は一瞬で綺麗になった。
「よしよし、効いた効いた……て、嘘ぉん」
簡単な仕事だったと満足しかけた鈴音を嘲笑うかのように、草原から黄緑色が更に湧いて出る。
愕然としつつ鈴音は第2陣も片付けた。
ところが。
「どんだけーーー!」
まだまだ湧いて出る黄緑色に鈴音が小声で叫ぶという特技を披露し、骸骨は手を叩きながら肩を揺らして大ウケだ。
鬱陶しいが草原を焼き払うわけにも行かず、石畳へ出てきた黄緑色をひたすら駆除し続けた結果、およそ1時間が経過。
鈴音達の後ろには、馬車や馬に乗った人々の行列が出来ていた。




