第六百二十三話 頼まないと拗ねる
レーヴェ帝国に到着した鈴音は、皇帝に棘だらけの草を見せながらその効果を説明する。
魔物を寄せ付けない草により狩人の里が守られているという驚きの事実に、皇帝や居合わせた部下達は最大級の興味を示した。
ただ、鈴音や虎吉にとっては猫じゃらしと同じ草も、この世界の人及び動物にとっては凶器である。現に草を受け取る際、注意していたにも拘らず近衛兵が指に怪我をした。
これでは街道沿いにそのまま生やす事は勿論、成分を抽出する為の研究すら危険なのでは、と眉を下げる皇帝。
そんな、今にも『残念ながら』という台詞が出そうな空気を打ち破ったのは、鈴音ではなく若い文官の1人だった。
弱いながら火の魔法が使えるという青年は草を受け取り、棘の先だけ焼いてみせる。
そうして、『火の魔法が得意な者なら纏めて焼けるのでは』と提案した。
繊細な作業になるので、かなりの使い手でないと黒焦げにしそうだが、そこは人材の宝庫である帝国。近衛兵に限らず火の魔法を操る者は多く、集中力が物を言う作業を好む者も多かった。
「まあ、もし炭にして貰ても、それ粉にしてまいたら似たような効果あったりするかもしらんし?色々試してみてなー」
そう言って笑った鈴音により、日当たりの悪い城の裏庭に、棘だらけの草の畑が作られる。
目的意識を持って使う女神ヘカテの豊穣の力は凄まじく、1本だけ植えた草へ軽く神力を流しただけで数え切れない程に増えた。
周囲に広がるどよめき。
これは危険だ、見ていた者達が畏敬の念を抱くぞ、と察知した鈴音は、崇め奉られる前にと慌てて城を後にする。
しかし時すでに遅し。城壁を飛び越える鈴音を見送る者達は皆、膝をつき手を胸に当て頭を深々と垂れていた。
すっかり崇拝されているとも知らず、鈴音は全速力で戻らず山へ走る。
「戻らず山へ戻ってった、て何か変な言い方なるね」
山が見えてきた所で笑いながら呟く鈴音へ、虎吉は半眼になって頷いた。
「普通は戻らへんっちゅうか、そもそも近寄らへん山なんやろしな」
「でも、『女の人の形した負の感情の塊が出た』てご飯の時に言うてたやん?」
「おお、アレな。無理に山越えしようとしたんか、拐かされてほかされたんか、何ぞえげつない事情があったんやろ。本体はもう土になっとるかもしらんな」
「うわー。海坊主系の妖怪とか魔物とか見ても思うねんけど、本人さんはもう居てへんのに負の感情だけこの世に残ってるん、何か切ないね」
「せやなぁ。けど、こればっかりはどないもならんなぁ」
どことなくしんみりした会話をしつつ、鈴音は虎吉のナビを頼りに森を進んだ。
「ただいまー」
昼食を取った川岸に予定通り30分で戻ると、骸骨は暇潰しに風景画を描いており、ユミトは宣言通り木の根を枕に寝ていた。
「ふふ、横なって爆睡してるやん。骸骨さんに全幅の信頼を置いてるんやね」
もしまた負の感情の塊のような強い魔物が出ても、骸骨が何とかしてくれると思っての熟睡だろう。
何度目かの無邪気な寝顔に、鈴音達は視線を交わして小さく笑った。
その後は虎吉をユミトのそばに残し、鈴音と骸骨のふたりで連係の強化に勤しむ。
虎吉が残る事になったのはユミトを守る為というより、『逃げた魂が居てんの日本やろ?俺ここ最近そない人界行かへんし、ソイツと遭遇する時そこに居る事まず無いで。せやから俺抱えとったら練習ならんのとちゃうか?』という尤もな意見に鈴音が反論出来なかった結果だ。
せめて姿が見える位置に居たかったが、それだとユミトの安眠を妨げそうなので、森へ入り気配が感じ取れる辺りまで離れての修行再開と相成った。
早く虎吉の顔が見たい猫バカ達は、気迫を漲らせ頷き合う。
そこから夕刻までの数時間、恐ろしい程の集中力を発揮し、ふたりは寸分の狂いもない連係を完成させた。
「っくあぁぁぁあーーー……あ?」
ムクリと起き上がったユミトは伸びながらあくびをし、森から定期的に流れてくるとんでもない魔力に気付き固まる。
「怖。え、これ神の使いの魔力だよな?」
「せやで」
「ぅお、ビックリした!」
返事があるとは思っておらず、ギョッとして声の方を見る。
「なんだ小さい神の使いか、ビビらせんなよ」
「ゴルァ!」
「痛ぇ!間違えた!四つ足の神の使いな!」
「おう」
小さい以外なら良いとばかり、何事もなかったかのように頷く虎吉へ、叩かれた膝を擦りつつユミトは聞いてみた。
「神の使いのやりたい事、ちゃんと出来そうか?」
「ん?もう殆ど出来てたしな、大丈夫やろ」
虎吉は洗顔しようと上げていた前足を止め、小首を傾げる。
そこへタイミング良く森から鈴音達が出てきた。
「お疲れー、どうにか形になったよー」
気怠げに言いながら肩を揉んでいた鈴音は、虎吉を見つけるなり笑顔満開になる。
「あー、虎ちゃんやー、可愛いー、癒されるわー。撫でたらもっと癒される思うー」
分かり易く左腕を動かす鈴音に笑い、洗顔をやめた虎吉は地面を蹴った。
「へいらっしゃい」
定位置に収まった相棒を愛でる鈴音と、表情は変わらないものの明らかにデレデレした空気を出す骸骨。
魔物だらけの山に居るとは思えぬ様子に、ユミトは半笑いだ。
「心配するだけ損だな」
「んー?何の話?」
「こっちの話」
「ふーん?」
虎吉の頭を存分に撫でた鈴音は目に見えて元気になり、木々の葉に隠れた空を見上げる。
「もう夕方やんね?里に戻ろか。明日は大神殿まで行かなアカンのやし」
「そだな。でも昼寝し過ぎて寝らんねえから、夜の見張りとかやるかも」
「ええ?大丈夫なん?気ぃ使わんと起こしたらよかった。まあ眠そうやったら念動力で運んだらええか」
寝られないものは仕方ないと納得して、鈴音は虎吉に里までの道案内を頼んだ。
翌朝。
案の定、目が半開きというか2割開き程度のユミトが、里の入口の広場でユラユラと揺れていた。
後からやってきた鈴音達の爽やかさとは正反対である。
「おはよう。そないなるから途中で寝たらええて言うたのに」
昨夜は鈴音達も里の周りを巡回していたので、無理に見張る必要はないと声を掛けていたのだ。
「いやー、あの時は眠たくなかったからなー」
「言い訳子供か」
呆れ顔でツッコんでから、念動力で持ち上げる。
「取り敢えずこのまま里を出て、人目につかへんとこで裏技使うわ」
「裏技?何の?」
慣れた様子で念動力に身を任せつつ、ユミトが今にも寝そうな顔で首を傾げた。
「ブフフ、寝ててええで。神頼みして大神殿の近所まで送って貰うだけやから」
眠い幼児のような動きに思わず笑った鈴音の説明を聞き、一瞬だけユミトの瞼が全開になる。
「大神殿近くまで送って貰うとか、神をそんな風に使っていいのか」
「ええ言うか、寧ろ頼まな拗ねはるやろからねぇ」
神々は白猫に良い所を見せたくてウズウズしている、等と知らないユミトには衝撃の事実だ。
「神って拗ねんのかよ。いや、そうだよな、神官達が好き放題し始めたの見たくなくて、世界から目ぇ逸らすような神だもんな」
微妙な表情で呟いてから、また眠そうな顔に戻る。
「なんか、ついに浄化の力を手に入れる事になる、とか考えて余計に寝らんなかったのがバカらしくなってきた」
「あはは、そうやんね。あんまり深刻に考えんと、貰えるもんは貰う、ぐらいでええんちゃう?堕落した神官よりはマシやろ!て強気に出るとか」
「うわー、神の使いがそれ言うかー。でもちょっとだけ気が楽になったわ。ありがとな」
「どういたしまして。ほな行くよ」
里の皆には今日大神殿に行くと知らせていないので、さも修行の続きのような雰囲気で出て行く。
黙って暫く走り、里からも街道からも離れた平原で足を止めると、鈴音はフォレへ呼び掛けた。




