第六百二十二話 修行と昼食
骸骨に背後から抱えられ運ばれているユミトが、『昨日の夜、何を話したか聞くか?でも両手が塞がってたら骸骨は会話出来ないか』等と考えている間に、あっさりと修行の場へ到着。
虎吉が左腕に戻ってご機嫌な鈴音は、既に思い付いた案を実行中だった。
鈴音のイメージはこうだ。
影の中に居る魔物の上へ、闇の魔法で作ったストローを差す。それと同時に魔物を外へ吸い上げる。
まずはこれを形にすべく練習を繰り返した。
皆が見守る中、ほんの数回でおおよそ想像通りになり、完成と言っていい状態になったのだが。
「んー、悪くはないんやけどなー、何やパッとせぇへんわー……。吸うと思うから速さがイマイチなんやろか。ストロー差したら中身が噴き出すイメージにしてみよ」
紙パック飲料の腹を押しながらストローを差すと、勢いよく中の液体が溢れ出るのを思い出し、そのイメージで魔法を使ってみる。
するとたった1回で鈴音本人は勿論、虎吉と骸骨も目を見張る程の成果が出た。
「やるやないか鈴音、筒が刺さった思たらもう飛び出したで」
まん丸の目で褒める虎吉と、口をパカッと開けた骸骨を見やり、自分でもビックリだという顔の鈴音が頷く。
「そないなったらええな、いうイメージ通りに行ったわ。これやったら、ストローんとこがそのまま逃亡魂が居る位置になるし、骸骨さんも急行し易い思うねんけど、どない?」
問われた骸骨は口を閉じて幾度も頷き、石板に連係の練習をしている絵を描いた。
「オッケー、早速やろやろ!」
やる気満々で修行を再開したふたりを眺めつつ、ユミトは木に背を預け地面に胡座を掻く。
因みにユミトには、筒から魔物が飛び出す速度の違いなどさっぱり分からなかった。
「神の使い達には何がどう見えてんだ?俺の目が悪いのか?」
この世界の人類では、最も優れた動体視力を持つ部類に入るユミト。そんな超人のボヤキをよそに、瞬きよりも速い領域での隙を無くす為、鈴音と骸骨は角度を変え距離を変えひたすら同じ動きを繰り返した。
体感で1時間ばかり経った頃、虎吉が鈴音の腕を叩いて気を引く。
「ん?どないしたん虎ちゃん」
「メシ」
キリッとした表情で訴えられ、鈴音は骸骨と顔を見合わせた。
「もうそんな時間?薄暗いから分かり難いね」
そう言いながら視線を巡らせると、お疲れのユミトは木に凭れてウトウトしている。
「あんだけ疲れてるんは、虎ちゃんリクエストの肉と魚が狩れたから?」
魔物だらけの森で生きて行ける、強くて大きな何かを仕留めた結果かと予想する鈴音に、虎吉は得意げな顔で頷いた。
「川でデカい鹿とナマズが喧嘩しとってん。そんなん俺に食われる為やとしか思われへんやろ。纏めてシバいたったわ」
「あ、虎ちゃんも参戦したん?」
「おう。兄ちゃんが川ん中は分が悪い言うからな、岸に誘い出して1頭ずつゴーン!や」
「おー!凄い凄い。ほんで獲物どこ?」
キョロキョロと辺りを見回す鈴音の腕から飛び下り、虎吉は神界への通路を開く。
鈴音と骸骨が見つめる中、虎吉は通路から大きな葉に載った肉の山を引っ張り出した。
通路を閉じてふたりをを見やり、ドヤと胸を張る様子に、猫バカ達はデレッデレだ。
「山盛りやーん、凄いなぁ、流石やなぁ」
猫撫で声で褒めちぎってから、鈴音は目の前にあるのが解体済みの肉である事に漸く気付いた。
「これ、ユミトさんが綺麗にしてくれたん?」
「せやで。普段からやっとるだけあって、慣れたもんや。大きさの割に終わるん早かったわ」
「へぇー」
感心しつつ、魔物を蹴散らし巨大生物と戦い解体した上、ここまでせっせと登ってきたとなれば、そりゃあ疲れるよなとユミトへ申し訳なさそうな視線を送る。
「ほな、ええ肉にしてくれたお礼も込めて、美味しなるように焼こか」
「おう、頼むわー」
目を細め喜ぶ虎吉にまたデレデレしてから無限袋に肉を仕舞い、火を使っても問題なさそうな場所を求めて移動開始。
戻るのも面倒だという事で、縄のような魔物も骸骨が鷲掴みにして連れて行く。ユミトは鈴音の念動力で浮かせ、起こさないようにそっと運んだ。
虎吉の耳と鼻を頼りに暫く進むと、澄んだ水が穏やかに流れる川岸に出た。
恐らく、鹿とナマズが縄張り争いをしていた川の上流だと思われる。
平らな草地が申し訳程度にしかない岸は、本来なら火を使うのに向いていない。ただ鈴音の場合、水の上へ肉を浮かせて焼く事が出来るので、特に問題はなかった。
「まずは鹿肉から行こかなー。いやー、ナマズなんかホンマは蒲焼きにしたいけど、大き過ぎて砂糖と醤油が足りひんのが切ないわ」
塩は無限に出せるが、他の調味料は無限袋に入れてある分しかない。帰ったら業務用サイズを給料日ごとに少しずつ買い足そう、と鈴音は心に誓った。
耳に届く心地良い音と、鼻を擽る良い匂いで眠りから覚めたユミトは、大きく伸びをしてから目をぱちくりとさせる。
「どこだここ。んで何だあれ」
森の中に居た筈が川岸に居るし、川の上に浮いた肉が回転しながら焼かれているし。焼けた部分が勝手に削ぎ落され、大皿に盛られて行くし。
「あー、美味そうや、早よ冷めぇ、早よ早よ」
小さい獣が舌なめずりしながら大皿の周りをウロウロしているし。
「あ、神の使いか。寝ぼけてんな俺」
熱々の食べ物を鈴音の魔法で冷まして貰う虎吉、というのは旅の途中で何度か見た光景だ。
「そっか、火ぃ使うから動いたんだな」
どうやら眠ったまま運んで貰ったらしいと悟り、照れ臭そうに頭を掻きつつ鈴音の方へ近付く。
「悪いな、寝てた」
「おー、おはよう。ほんでありがとう。焼いたらええだけの状態にしといてくれたから、見ての通りめっちゃ楽やわ」
念動力で浮かせた肉に塩を振り、火の魔法で焼き、風の魔法で焼けた部分を削ぎ落とし胡椒を振る、という作業をこなしながら鈴音は微笑んだ。
礼を言われたユミトが少しだけ得意げな顔になる。
「そりゃ良かった。こっちも寝かしといてくれてありがとな」
「気にせんでええよ、疲れたん殆ど虎ちゃんの希望を叶える為やろし。お陰で見て、あの嬉しそうな顔。可愛いわあ」
「そ、そだな」
「どうする?起き抜けやけど、ユミトさんも食べる?」
そう言った鈴音の視線の先では、ひと口サイズの肉を骸骨が喉へ放り込んでいた。
虎吉も冷めた部分から食べ始めている。
普段なら起きて直ぐに肉は厳しい所だが、モリモリ食べるふたりに触発されたようで、ユミトの腹がグウと鳴った。
「我ながら分かり易いな。食うわ」
「あはは、了解!座って待っといてー」
そういうわけで、皆揃って肉と魚祭りな昼食を楽む。
肉も魚も塩コショウという単純な味付けで充分なほど旨味があり、鈴音から『おやつですよー』と献上された白猫も大満足だった。
嬉しくなった白猫の可愛い『にゃー』を食らって、鈴音と神々が全滅からの復活を果たしているのは言うまでもない。
「あー、食うた食うた、満足やー」
ご機嫌で顔を洗う虎吉に目尻を下げ、鈴音は食器類を片付ける。
「ほなこの後は軽く休憩してから、その魔物で連係の精度上げ頑張るとして。でも多分もう今日中に完成するやん?」
洗った食器類を無限袋に仕舞った鈴音が言うと、骸骨は縄のような魔物を持ち上げつつ頷いた。
「明日どうする?そろそろ大神殿行っとく?」
急にそう振られユミトが目を丸くする。
「え、ちょ、は?大神殿?」
「うん。大掃除せなアカンし」
「そ……うか、そういやそんな話だったな」
狩人達が浄化の力を授かり、堕落した神官達は何の力も持たなくなると、世界に知らしめなければならない。
「帝国の武術指南役として訪問して、身分の高い人とか金持ちとかを優遇してへんか探って、暴いて、神の使いとしてお仕置きする感じ。そん時に狩人代表が一緒におったら話が早いなて思うんやけど」
あっけらかんと言う鈴音から目を逸らし、ユミトは唸った。
「うーーーん、理屈は分かる。分かるんだけどなー」
「まあ思う所は色々あるやろうけどさ。お世話になった狩人の先輩方に恩返しする、取り敢えずはそれだけを理由にしたらどうやろ?」
虎吉が言っていた通り、狩人として過ごした時間がユミトの感情をこじれさせていると判断し、鈴音は最も簡単な理由を提案する。
「おもろいでー、手のひら返し。狩人を差別して地面へ金貨放り投げとった奴らが、地面に這いつくばってお願いせなアカン立場になんねん」
「あー、それはまあ確かに笑えるな」
「ね?偉そうに上から来るヤツは無視したったらええし。そのぐらい、神も怒らへんわ。今までが今までやもん」
片方の口角だけを上げ肩をすくめてみせる鈴音に、大きく息を吐いてユミトは頷いた。
「そうだよな、俺がゴチャゴチャ考えてる間も、真面目に働いてる狩人が酷い扱い受けてんだもんな」
「うん」
「よし、分かった。武術指南役の弟子だか助手だかの振りしてついてくわ」
両拳を握って決意したユミトへ、鈴音も骸骨も拍手を送る。
「ほな明日は大神殿へ向かういう事で。よーし、やる気出てった。まずは皇帝陛下に、『魔物除けの効果ありますよー』て棘だらけの草届けてくるわ。骸骨さんは休憩しといてな」
立ち上がった鈴音の腕に虎吉が収まり、骸骨がいってらっしゃいとばかり手を振った。
「往復どんくらいだ?」
ユミトの問いに鈴音は小首を傾げる。
「30分もあったら戻れる思う。陛下も忙しいやろから話は手短にするし」
「そっか分かった。寝とく。気ぃつけてなー」
「はいはーい」
あくび交じりに手を振るユミトへ軽く手を挙げ、鈴音は地面を蹴ってレーヴェ帝国へ向かった。




