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第六百二十一話 閃いた

 恥ずかしさに身悶えつつも魔物の攻撃を全て躱すユミトを見やり、虎吉は『器用なやっちゃ』と感心する。

 ただ流石に、攻撃までは手が回らないようだと気付いた。

「疲れとるんやな」

 そう解釈して、流れるような剣技はもう充分楽しんだからと、自分で片付けるべく動く。

「よっ、と」

 軽く地面を蹴って跳び、瞬時に魔物の足下へ移動。

 取り敢えず前足の先でチョンと突付いてみる。

 すると魔物は、虎吉の姿に気付く間も、悲鳴を上げる間もなく、炭が内側から爆ぜたかの如く粉々になって消えた。


「ふんふん、なんぼ実体化しとるいうても所詮は負の感情か。脆いもんやな」

 そう呟き水を切るように前足を振った虎吉へ、ユミトがまん丸な目を向けている。

「何か今、触っただけに見えたけど?動く死体だったアルマンから、魂だけ抜いた時みたいに」

 彼の脳裏に蘇っているのは、鈴音が神殿の門前で、復讐の為に動く死体となった騎士見習いを浄化した場面だ。

「似たようなもんや。人の負の感情が素になっとる魔物は、俺が触ったら消えるねん」

 当たり前のように言う虎吉に、ユミトは首を傾げる。

「今の魔物、神が作ったヤツじゃねえのか。完全に人の形してたぞ?」

「負の感情が強かったんちゃうか?知らんけど。何せ神さんが拵えたにしては人の形しすぎや」

 独特なセンスを持つ創造神フォレが、人そっくりの魔物なんて創る筈がない、と虎吉は遠い目だ。

「そっか、確かに真っ黒じゃねえ魔物に人っぽいのは居ねえな」

 神のセンスは知らないものの、斬りまくった魔物を思い出し納得するユミト。

「せやろ。ほな邪魔なヤツも()らんようになった事やし、鈴音んとこ行こか」

「了解」

 頷き合ったふたりは、虎吉の感覚を頼りに再び歩き始めた。




「っだー!またビミョーに遅れた!ゴメン!」

 地面から飛び出した縄のような魔物を掴む骸骨へ、顔を顰めた鈴音が両手を合わせて謝る。骸骨は『気にするな』とばかり手を振った。

 山深くに居るこちらは、影に潜む魔物を利用して、逃亡魂を確実に捕獲する為の修行をしている仲良しコンビ。

 影と同化している敵の位置を正確に伝え、居場所がバレたと敵に気付かれる前に引き摺り出す、その方法を試行錯誤している最中だ。


 まず鈴音が試したのは、闇の魔法で矢印を作り魔物の位置を示すというもの。

 宙に浮く矢印により潜伏場所は一目瞭然で、これが最良だと思われた。

 ところが、“矢印を作って魔物の頭上に出す”という2つの工程に気を取られるのか、後に行う影から引っ張り出す作業との間に僅かな時間差が生じてしまう。

 時間差と言っても瞬き程のズレでしかないのだが、謎の力を身に着けた逃亡魂にとっても一瞬とは限らないのが問題だった。

 どうにかしてこの時間差を無くし、位置特定と同時に地上へ出したい。

 何の前触れもなく息を殺し潜んでいる所から引っ張り出されたら、逃亡魂にもそれこそ一瞬の隙が生まれるだろう。その間に周囲の地面を闇の魔法で覆ってしまえば、骸骨の大鎌が届く前に再び影へ逃げ込まれる事もない筈だ。

 そう考え、矢印の形を単純な三角にしたり丸にしたり、色々と試してはみたものの、未だ僅かなズレを解消出来ずにいる。


「何でやろなー、アカンなー」

 腕組みをして唸る鈴音の所へ、影の中に魔物を放り込んだ骸骨が戻り、気遣うようにポンポンと背中を叩いた。

 因みに、影へ戻された魔物は捨てられたロープのようにぐったりとし、その場から動こうとしない。

 理由は簡単、物凄く疲れたからである。

 あまりにこの魔物と遭遇出来なかった為、貴重な1体を逃すまいとした鈴音は、闇の魔法で影の中に壁を作り箱のように囲った。

 まるで深さのある競泳用プールに放されたウナギのようになり、焦った魔物は慌てて地上へ飛び出る。

 しかし影から出てしまえば骸骨にも見えるので、魔物の速さ程度では逃げられる筈もなく、あっさり捕まって影へ投げ込まれた。

 何がしたいんだと混乱している間に、途轍もない力で強制的に引き出され、また捕まる。

 そしてまた投げ込まれ、またまた引き出され。

 延々と繰り返される流れに、抵抗する気力も失ってされるがままになり、現在に至る。


 そんな風に魔物が投げやりになっているとは知らず、鈴音は何をどうしたものかと考え込んでいた。

 骸骨も一緒に悩んだが、良い知恵は浮かばない。

 自世界の犯罪者のせいで負担をかけて申し訳ないと思うものの、それを言うと鈴音は反対に気を遣うと分かり切っている。依って、謝っている暇があったら代替案を考えて出すのが正解だ。

 ただ、その正解が考えても考えても、ちっとも出てこない。実は鈴音と同じくらい骸骨も困っている。

 ふたりしてウンウン考え込むこと数分。

 遠くから鈴音の待ち望んだ足音が聞こえてきた。



「虎ちゃんが近くまできてる!」

 パッと顔を輝かせた鈴音へ、拍手を送る骸骨。

 これで調子が戻るのではと揃って期待し、足音がする方を向いて待機した。

 ところが、ある程度の距離を置いて足音は止まり、それきり近付いてこない。

 不思議そうに顔を見合わせたふたりは、魔物が逃げられないよう闇の魔法で蓋をしてから、気配のする方へ向かった。

 すると程なくして、大きめの木に疲れた顔で寄り掛かるユミトと、その足下にちょこんと座った虎吉の姿が現れる。


「あー、()った、可愛いぃ、虎ちゃぁーん!」

 目尻を下げられるだけ下げながら、鈴音は猫撫で声で呼び掛けた。

 勿論こちらへ近付いているのは分かっていたが、自分を呼びにきたとは思ってもみなかった虎吉は目を丸くする。

「おう、俺やで。なんや?修行はどないした?邪魔したらアカン思て、ここで待つつもりやってんけども」

 問われた鈴音と骸骨はその場で固まり、どんよりとした空気を漂わせる。

 虎吉もユミトも、『アカンのやな』『上手く行ってねえっぽい』と察した。

「まあアレや、こっちに()る限りあっちの時間は経たへんねんから、慌てんでもええがな」

 虎吉が口にした慰めの内容はユミトには謎だが、神の使い同士で通じる話なのだろうと思い黙っておく。

「そうやんね、焦っても上手く行かへんよね。うん。そんな事より、虎ちゃんの周りのそれ、どないなってんの?」

 ユミトの予想通り鈴音の表情は明るくなり、空気を変える為か虎吉の周りで円を描く細い木の根を指した。


「ああコレな。木ぃの根っ子やな。伸びる先に石か何かあって曲がりまくって、こないなったんちゃうか?」

 円の真ん中に座り尤もらしく語る虎吉を眺め、鈴音はデレデレし骸骨はクルクル回っている。

「そういう丸が床とか地面にあると、猫はつい入りがち?」

「ん?言われてみたらそうやな?気ぃ付いたら入っとったわ。何や落ち着くねんな」

 小首を傾げる虎吉に鈴音は幾度か頷いた。

「ウチの子らやと、床に紐で丸作ったらおチビだけ釣れたよ。でも直ぐ飽きて入らんようになったけど」

 寧ろ紐で遊び始めたのだと笑う鈴音に、それはそうなるだろうなと納得する虎吉。

「猫転送装置とか言うて、一時期流行ったんよ。魔法陣なんかプリントアウトして、それっぽくする人とか……」

 そこまで楽しげに喋っていた鈴音が、目を見開いて動きを止めた。


「鈴音?おーい、大丈夫か」

 そろそろ昼食の話でもしようかと思っていた虎吉は、それどころではなさそうな様子に困惑する。

「転送装置、床に円、光の筒……」

 さして間を置かず鈴音の癖である大きめの独り言が零れ、どうやら何かを思い付いたようだと全員が注目した。

 手をヒラヒラと上下させながら、鈴音は骸骨を見やる。

「捕まえた魂を見せてくれる時、骸骨さん床に円描いて結界の筒拵えて、中に入れてたやんね」

 何度か見た、透明な筒の中で上下に揺れ動く、おかしな色をした火の玉。

 確かにその通り、と骸骨が頷く。

「あの要領でやったらええんちゃうやろか。私の神力やと消し飛ばすかもしらんから、闇の魔法でストローみたいなん拵えて、魂を吸い出すねん。イメージはタピオカ入りのドリンクかな。こう……」

 逃亡魂を囲うように、影の中から地上まで突き抜ける筒を作れば、目印にもなるだろう。

 そこを通して引っ張り出すなら映像として想像し易く、タイムラグは生じないのではないか。

 鈴音の提案に骸骨は勢い良く拍手を送った。


「よし、やってみよ!」

 言うが早いか虎吉を抱え上げ走り出す鈴音。

「げ、走るなよ見失うだろ!」

 疲労困憊のユミトが慌て、『あ、忘れてた』とばかり頭に手をやった骸骨が背後へ回る。

「おぉ、悪ぃ」

 抱えて貰い礼を述べるユミトへ頷き、骸骨はワクワクした様子で鈴音の後を追った。





誤字報告ありがとうございますm(_ _)m

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