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第六十二話 王様達の世間話

 王達の顔を見ながら大統領は思考を巡らせる。


 神の使いを名乗る女は、万雷の拍手を得られれば無罪等と言いながら、こんな罠の仕掛け方をしていた。

 どうやらはなから赦す気など無かったようだ。

 つまり、まともに演説などしても意味は無い。

 何しろこの最悪な状況だ。

 今までちょっと手を振ってやっただけで喜んでいた国民が、全員敵に回っている。

 これでは拍手など起ころう筈もない。

 おまけに、歴史だけは古い国の王が二人もしゃしゃり出て来た。

 しかも一人はあの鬱陶しい正義漢だ。

 神の目がある以上、こちらからの貢物を受け取っていた首脳達による援護は望めないだろう。

 いや、待て。

 奴らはいつそれを暴露されるかと怯えているのでは。

 貿易協定を無視した不正取引が国内外に知れると、失脚どころでは済まなくなる者も居そうだ。

 証拠がある振りをして突付けば、勝手にあの面倒な王達と戦ってくれるかもしれない。

 そうなると問題はやはり、得られる筈の無い拍手をどうするか。

 あの女、有罪になれば覚悟しろ等と言っていたが、殺人の実行犯でもない者にまさか極刑はないだろう。

 教唆がどうとか、あれは護衛達を支配している大神官にしか当て嵌まるまい。

 実行犯以外に下されるのが、つい先程よく喋る神官が受けたような罰なら特に問題無く乗り切れる。

 つまり、無理に拍手など求める必要は無いのだ。

 生きてさえいれば再起の機会などいくらでもある。

 優れた指導者を失ったせいで傾いた国を建て直してくれと、すぐにでも馬鹿共が泣きついてくるだろう。

 そうだ、慌てる必要など無かった。

 有罪となり罰を受ける事で、責任は果たしたと戻り易くもなるではないか。

 よし、適当に王達を争わせて多少なりとも弱体化して貰おう。

 その方がこちらの復活も円滑に運ぶ。


 ニヤリと笑った大統領は、大勢の人々の映像で埋め尽くされた空を見回した。

「私を盟友と呼んで下さった方々は何処いずこにおられる、人の姿が多過ぎてこちらからでは見えぬのだが」

 その呼び掛けに、二人の王は首を傾げる。

「盟友とな」

「そんな者がおるのか」

 口元を歪めた大統領が言葉を紡ぐより早く、王達は続けた。

「あれだ、調度品の趣味が合う者達であろう。好みとは全く違った故、我は送り返したがな」

「ああ、あれか。余も送り返してやったら、何故か塩の値が倍以上に跳ね上がったな。あの時は助かったぞ改めて礼を……」

「いや構わぬ構わぬ、我とそなたの仲ではないか。それよりこの国の民は知っておるのか?大統領とやらの一存で、王政時代から続いておった重要な取引がひとつ失われた事を」

「知っておってもその理由が、人気取りの片棒を担がせようとしてしくじったから、だとは思うまいな」

「うむ。しかしまさか塩の値を吊り上げる愚か者が現れるなど、我にも予想出来なんだぞ」

「全くだ。我が国は中々に優良な取引先だと思うのだが、それを失うというのは民に損をさせたという事であろう?よくもまあ、国の代表だ等と大きな顔でふんぞり返っていられるものよなぁ」

 恥ずかしい奴め、という顔で見てくる二人の王の世間話風暴露話に、何度か口を挟もうとして失敗した大統領は歯噛みしている。

 当然、怒れる国民からは罵倒の嵐が吹き荒れた。


「うるさい!!塩程度で何を騒ぐ!輸出品も輸出先も他に山程ある!損などしておらん!私でなければ取り付けられなかった契約のお陰で安く物を手に入れておきながら、偉そうな口をきくな貧乏人共!!」

 国民に怒鳴り返した大統領は、再び空を見回す。

「盟友が罵られておるのに顔も見せんか。まあ良い、私には最早失う物など何も無いからな。こうなれば官邸に人をやって、安く物が手に入る絡繰からくりを皆に教えてやるとしようか」

「……ぅえ!?」

 この言葉に慌てたのは、不正に関わった者達ではなく鈴音だった。

 虎吉は鈴音の腕の中で毛繕いを始めている。

「な、なんだ。物を取って来る為に人をやるくらい構わんだろう。私が行くわけではないのだ」

 思わぬ所からの反応に、大統領は身構える。

「あー、うん……そうー……かな?いやー、どうかなー?」

 その建物跡形もないねん、とも言えずに目を泳がせる鈴音。

 そんな鈴音を助けようと思った訳ではなさそうだが、世間話好きの王様二人がまた会話を始めた。


「絡繰りだそうだぞ」

「貿易協定に関するアレだな」

「我も我が国の諜報部隊も嘗められたものよな」

「次の会議の議題にするつもりだったのだがなあ。こんな所で話題にされては当人達に欠席されてしまうではないか」

「休んだら黒に認定すると剣の王が言うておるぞ、休むなよ皆の衆」

 芸術の王の呼び掛けに、空のあちらこちらから笑い声が聞こえる。

 各国の首脳陣が内心はどうあれ話に乗って笑ったのだろう。

 黒だと認定するという冗談について『自分達だけは潔白だとでも?』等と野暮な事を言い出す輩は居なかった。

 全てを知っているのかいないのかすら曖昧に。知らないような知っているような、頭脳戦というか狐と狸の化かし合いというか。

 要するに皆、政治家なのだ。

 この先どこかの伏魔殿いや城で、妖怪大作戦いや首脳会議が行われ、所謂“高度な政治的判断”が導き出されるのだろう。


 ただ、鈴音にとってそんな事はどうでもよかった。

 異世界の政治がどうなろうと知った事ではない。

 この世間話のお陰で官邸消失が騒ぎにならず、裁きの時間延長が回避された事が重要なのである。

「た、助かった。王様方のお陰で乗り切れたで虎ちゃん」

「おう、知っとる奴も居るやろけど、後で騒がれるんは問題無いしな。その頃にはトンズラや」

「あはは、私らの方が悪党っぽいな」

「うはは、ホンマやな。ところで鈴音、剣の王てなんや?」

「ん?ああ、何か言うてたね。あの国の旗、剣がモチーフやったからその関係かな?国を興した人が剣豪やったとかちゃう?ほんで代々剣の王呼びとか」

「成る程そんな感じがしっくり来るな」

 猫の耳専用内緒話を交わしながら鈴音と虎吉が見つめる先では、ペースを狂わされっぱなしの大統領が苛々している。

「何やろな、こんな大きな国10年も纏めててんからあの大統領もそこそこやる筈やのに、ええように遊ばれてる感ハンパないな」

「遊んどる二人がアイツの遥か上を行く性悪なんやろ」

「馬鹿にしてくれ言うたん私やから、それに関しては何もよう言わんけど。やっぱり生まれながらの王様と、昔貴族やった家に生まれただけの人との差ぁかなあ」


 そんな事を言われているとは露知らず、大統領は次の一手を必死に考えている。


 王達は他の首脳陣と争うどころか、とうの昔に全てを知っていたかのような口振りだった。

 そうなるとここで不正取引の相手を暴露しても、この鬱陶しい二人の王が抑え込んでしまうだろう。

 作り話でないなら証拠を出せ、証拠が無いなら嘘ではないか、一国の主を侮辱するのかこのペテン師め、といった具合に。

 奴らは不正を暴いて世界を混乱に陥れるつもりは無いのだ。

 つまり暴露話なぞしては、不正に関わったあげく庇われた者達が不正に関与しなかった者達へ一層特別な便宜をはかる必要が出て来る。

 それではあの忌ま忌ましい正義漢が只々得をして終わりだ。

 どうにか、どうにか奴にだけでも吠え面をかかせる事が出来ないか。


 最早目的がすり替わってしまっている大統領の顔を見ていた芸術の王がふと、鈴音へと視線を移す。

「御使い様」

 それが自身の事だと気付くのに軽く2秒程かかった鈴音は、慌ててニッコリと笑った。

「はい、なんでしょう?」

「この男おそらく有罪ですが、そうなると直ぐに刑が執行されますな?」

「ええ、神様もお忙しいので」

「ありがとうございます」

 鈴音の返答に頷いた芸術の王は、自分達を見上げるこの国の民を見た。


「のう、そなたら。このままではこの男、そなたらの代表という立場のまま神罰を受けるぞ。歴史書にもそのように記されてしまうぞ。嫌ではないか?」

 芸術の王の言わんとする事に気付いた剣の王がポンと手を打つ。

「そうか、この国は民の声で代表が選ばれるのであったな。それならば逆もまた……」

「な、何を言っている!!そんな勝手な真似が出来ると思うな!!正式な手順に則らねばそのような……」

 激昂する大統領には鈴音が声を掛けた。

「神々の法廷や言うてるやん。神様がええ言うたらええねん。どないやろ神様」

 問い掛けられた虹男は笑顔で頷く。

「いいよー」

 頷き返した鈴音は、大統領を目で牽制してから王達に微笑んだ。

「だ、そうです」

「勿体なきお言葉。聞いたか民よ。そなたらの決断は即刻反映される」

 芸術の王の声に国民はざわめき、大統領は吠える。


「そんな馬鹿な話があってたまるか!!内政干渉などという生易しい言葉では収まらん!!こんな事を認めては国が崩壊する!!絶対に認めんぞ!!」

 これに関しては大統領の言い分が正しいのだが、困った事に許可したのは創造神という人智を超えた存在だ。

 当然のように無理が爆走し道理は蹴散らされてしまう。

「認めんのならば早う演説して拍手を貰い、国の代表を続ければよい」

 呆れた様子の剣の王を睨み付けた大統領が吠えるより先に、空から新たな声が響いた。


「罷免だけでは手緩てぬるい。国外追放にするがよい」

 大きく映し出されたのは、何とも厳格そうな老人だ。

 二人の王より更に年上に見える。

「これはこれは北の王」

「もしや、追放者を受け入れて下さるのか」

 竜と鈴音と虹男に向けて礼をしてから、北の王はにこやかな二人の王に厳しい顔で頷いた。

「受け入れよう。しかし我が国に於ける犯罪者の扱いは皆も知っての通り……」

 北の王が現れ国外追放の案が出た辺りから、大統領の顔が一気に青褪めて行く。

「まさか……」

 そう呟いて固まった大統領を尻目に北の王は続けた。

「……例外無く奴隷となる。それでも構わぬのであれば、国の代表の任を解き追放せよ」

「歴史書にもその旨記されるであろうな。真実を知った国民は大統領を罷免し、国外追放とした。民の思いを汲んだ北の王により、愚かなる貴族崩れ……いや犯罪者は北の国が受け入れ奴隷となった」

 物語を読み聞かせるような芸術の王の声に、民衆のざわめきが止まらない。


「もう一人、大神官も同様に解任し追放してはどうか。どうじゃ各国の神官長達よ」

 北の王が問うと、急な出来事に唖然としている大神官と、ジェロディを始めとした神官長達の姿が空に浮かんだ。

「な、な、何を言うておるのだ!大統領とは違い大神官に罷免だの解任だのといった制度は無い!!そもそも世界から赦されれば無罪であろうが!!」

 慌てふためく大神官に誰もが『まだ赦される気でいるのかコイツ』と思ったがどうにか飲み込む。


 皆を代表し真面目な顔で口を開いたのはジェロディ神官長だ。

「では今すぐ世界中の人々に問うてもよろしいか。大神官の罪を赦すか否か」

「待て、待たぬか!まだ大統領の話が終わっておらぬ!」

 待てば状況が変わる訳でもないのにどうした事かと訝る皆の耳に、喚き散らす大統領の声が届いた。

「誰のお陰で、誰のお陰でここまでの国になったと思っている!!この地では採れぬ作物が安く手に入るのは何故だ!!税金が安いのは何故だ!!全て私のお陰ではないか!!その恩も忘れ罷免だ追放だと好き放題ぬかしおって!!キサマらは獣以下だ!!この恩知らずの馬鹿共が!!」

 叫ぶだけ叫び肩で息をする大統領を、国中、世界中が黙って見つめ、剣の王は溜息を吐きながら首を振った。


「そして世界中から丹精込めて作ったものを安く買い叩かれたと憎まれ、税金が足りずにご自慢の水道設備はおろか道も修繕出来ず、傾いた国を背負わされた子供らは大人達は何をしていたのだと嘆くか」

 指摘を受けてこの国の大人達はばつの悪そうな顔となった。

「やれやれ。次は先の事まで見通して物を言う代表を選ぶのだな。とにかく、これでこの男の有罪は確定した」

「そうだな、物音ひとつ聞こえぬとはいっそ清々しいな」

 手振りを加えながら笑う芸術の王に、厳しい顔の北の王も頷く。

「それではこの罪深き大統領を、このまま大統領として神に差し出すのか、全てを剥奪し奴隷として差し出すのか、この国の民の意見を聞こうではないか」

 芸術の王の声を掻き消そうとするように大統領が叫ぶ。

「認めん!!私が大統領だ!!」

「では、罷免し追放する事に反対だと言う者、拍手を!」

 全く意に介さず話を進める芸術の王が優雅に腕を振り上げるも、それこそ物音ひとつしない。


「……それでは、この大統領を、罷免し、追放する事に、……賛成の者は拍手を!!」


 芸術の王が両腕を振り上げると同時に、国中から万雷の拍手が沸き起こった。

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