第六百十八話 それぞれに対象を発見
所変わってこちら、肉と魚を求める凸凹コンビ。
「ほうほう、上手いもんやなあ」
魔物の気配がするや瞬時にそちらへ向いて剣を一閃させるユミトを見つめ、虎吉が目を細めている。
現在ふたりが居る山裾はあまり強い魔物こそ出ないものの、その数はとても多かった。
ゲームが得意な犬神の神使あたりが居れば、『魔物呼び寄せる呪いのアイテムでも持ってんの !?』だとか叫びそうな勢いだ。
こんな状況で普通の獣が生存出来るものなのか、と鈴音や骸骨なら疑問に思うだろうが、耳と鼻の良い虎吉がその心配をする事はなかった。
「ほれ兄ちゃんコッチや」
尻尾をピンと立てて先を行き、ユミトを呼ぶ。
「そっちに何か居んのか……って、多いわ魔物!神の使い、ちょっとぐらい手伝ってくれてもいいぞ?」
離れた位置でちょんと座った虎吉を見やり、そちらへ向かおうとするユミトだが、次から次へ襲い来る魔物に行く手を阻まれ中々進めない。苛立ってついつい零れた本音に、虎吉がニンマリとする。
「お、何や?猫の手ぇ借りたなったんか?貸したろか?」
瞬間移動紛いの速さで魔物の攻撃を躱しつつ、左前足を挙げ招き猫の仕草をした。
それを見てユミトの顔が渋くなる。
「口が滑った。借りたら負けだ絶対」
鈴音なら『ぎゃわいぃッ』と召されかける表情と仕草も、ユミトからすると小馬鹿にしているようにしか見えないらしい。
負けず嫌い根性でせっせと魔物を斬り、虎吉のもとへ向かう。
「コッチやでー」
そう言いながらヒョイヒョイ進む虎吉の後をついて行くと、いつの間にやら川の近くにきていた。
薄暗いのでまだ視認は出来ないが、流れる水の音がしているのだ。
「川か。確かこの辺の川には魚がいたような……」
突っ込んできた魔物を切り捨てて呟いたユミトの耳へ、不意に大きな水音が届く。
まるで岩でも落ちたかのようなそれに驚き走ると、木々の間から見えたのは派手な水飛沫と暴れる巨体。
広い川のど真ん中で、爬虫類のような目と鱗を持つ鹿っぽい生物と、鮫のような歯と両生類を思わせる手足を生やしたナマズ風の生物が、食うか食われるかの大勝負を繰り広げていた。
「おお凄ぇ!鱗鹿と鮫ナマズだ!肉と魚が一緒に居る!」
争う2体が視界に入るや拳を握ったユミトは、何故か得意げな顔になって虎吉を見る。
「フフン、どうよ?食い切れるか?あんなデカいの2匹も」
問われた虎吉は改めて川へ目を向け、2体の大きさを確認した。
鱗鹿は箱型の乗用車に角を生やしたくらいの大きさで、鮫ナマズは4畳くらいの大きさだ。
どちらも鱗や皮が分厚そうだし、骨もしっかりしていそうに見える。
「余裕やな。アイツらかなり厳ついし、見た目より食える部分少ないやろ。何やったらもう1匹追加してくれてもええで」
こちらもまた負けず嫌い。挑発を受けた虎吉が瞳孔全開で応じる。
「げ、それはちょっとな……探しに行くの面倒だし」
結局、降参したのはユミトの方だった。多過ぎる魔物を斬りながらの探索は疲れるのだ。
「しゃあないな、この2匹で勘弁したろ。ほんで、どないして狩るんや?」
小首を傾げた虎吉から、水飛沫で何が何やらな川へ視線を移したユミトは、時折見える2体の動きを目で追いつつ唸る。
「んーーー、どうすっかなー。どっちも素早いからなー。同時に首落とさねぇと、片方だけ仕留めたらもう片方がバクッといきそうだ」
「ほな真ん中に割って入って、両方スパーンとやったらええがな」
事もなげに言う虎吉をユミトは恨めしそうに見た。
「俺があんなデカいの同士の間に入ったりしたら、虫みたいに潰されて終わるっての」
「鈍臭いやっちゃなー」
「足場悪いし水飛沫で見え難いし聞こえ難いし、これで何とか出来る方がどうかしてるわ!よし、俺には無理だから神の使いに任せた!」
「イヤや。濡れんの嫌いやねん」
「何だそれ !? どうすんだよ、俺1人じゃ狩れねぇぞ !?」
そんな風にやいのやいのと言い合う内、ふたりはいつの間にやら作戦会議を始めていた。
一方、影を見る為に下を向いて歩く鈴音と、ボディガード役の骸骨は。
「居らへんなぁ。もしかしてレアなんやろか」
目当ての魔物が中々みつからず困り顔だ。
坂を上っては辺りを探し、ぐるりと回ってまた上る。
立ち止まり、腕組みをして唸りつつ影の中を探る鈴音の後ろでは、人型の魔物が骸骨に殴り飛ばされていた。
そこで何かに気付いた骸骨が、石板に指を滑らせ鈴音の肩を叩く。
「ん?どないしたん?……ふんふん、人型の精度が上がってる?あ、雑さが減ってるいうこと?」
その通りと頷いて、骸骨は倒したばかりの魔物を指した。
「どれどれ……うわホンマや、腕2本足2本、長さも違和感ないね。これで顔があったら人やん」
覗き込んだ鈴音は眉を顰め、顎に手をやる。
「もしかして負の感情が強なる程、人っぽなるんかな?」
独り言のような問い掛けに、少し考えた骸骨は自分なりの答えを示した。
「えーと、雑な人型は何人かの感情の集合体で、精度高い奴は1人の感情ちゃうか、って事か。あー、確かにそう考えると、パーツの数やら長さやらがおかしかったり、バランスが変やったんも分かるわ。腕や足ごとに人が違うんやね」
納得顔の鈴音から魔力が迸ると、氷漬けになった虫っぽい魔物の群れがバラバラと地面に落ちる。
「ほなコイツらは何なんやろ?虫に強烈な負の感情とかなさそう」
そう言って首を傾げる鈴音へ向けられた石板には、犬神の神使である超絶美形高校生、陽彦の似顔絵が描かれていた。
「……あ、成る程。ハルみたいな虫嫌いさんのギャーな感情が集まって、虫っぽい形を作るんか。ありそうやわー。もし地球にこのシステムがあったら、Gっぽい魔物が大発生しそうで嫌やなー」
想像して半笑いになる鈴音と、石板に口から魂が抜けた陽彦を描いて肩を揺らす骸骨。
少し力を抜いて笑い合っていたその時、視界の端を何かが通過した。
瞬間、獲物を見つけた猫のような素早さで、ふたり同時にそちらを向く。
「何か来た」
女神ヘカテの力が足された猫の目を爛々とさせて鈴音が影を探り、骸骨はプラチナを思わせる美しさの大鎌を出して構えた。
狙いの魔物が現れたという保証もないのにこの反応。
もはや野生の勘と言うしかないそれは、まさかの大当たりだった。
「居る居る、影ん中に潜んでるわ」
極々小声で告げる鈴音の目に、深い影の底で息を潜めた魔物が映る。
「えーとね、魔物自体も影っぽくて濃い灰色。形はロープっぽい。うん、そうやねん、蛇いうよりロープやねん。一応とぐろ巻いてるけど、蛇っちゅう感じちゃうんよ」
まだ姿が見えていない骸骨へ色と形を伝えながら、魔物の位置はどう教えるのが正解かと鈴音は悩んだ。
「指差したら向こうにバレる……以前に、大まかな場所しか分からへんよねぇ」
本番では逃亡魂に気付かれぬよう、かなり離れた位置からの攻撃になるだろう。そこから指を差した所で、『大体あの辺り』としか伝わらない。
そんな風に視界を広く取った状態では、飛び出した火の玉を認識するのに瞬き程の間が必要だと思われる。
敵がどんな力を手に入れているか不明な現在、それが隙となり命取りになりはしないか。
となるとやはり、伝えるべきは影から引き摺り出し次第一直線に飛べる、正確な位置。
これらの事をコソコソと骸骨に耳打ちし、ふたりでウンウンと悩む。
「闇の魔法で地面に印つけるんが無難っちゃ無難なんやけども……相手が魔力に敏感やったらそこでバレるよね」
影の中から外は見えているので、念動力で移動させた小石や小枝を置くのも怪しまれそうだ。
「っちゅう事はアレか、私の腕に掛かってくるんか」
腰に両手を当て鼻から強めの息を吐いた鈴音に、骸骨は首を傾げる。
「地面へ印つけた後に、どんだけ早よ影から引っこ抜けるか、いうスピード勝負。寧ろ印つけると同時に飛び出さす感じ?」
身振り手振りを交えての説明で、成る程と骸骨も納得した。
つまり、より修行が必要なのは鈴音だという事である。
「あはは、自分で自分の首絞めた気がせんでもないけど、やれるだけやってみるわ」
取り敢えず逃亡魂よりは格下なこの魔物で、完璧な連係を完成させるのが基本のキ。
頬を軽く叩いて気合を入れ、影の中へ鋭い視線を向けた。




