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第六百十六話 やっちまった人の朝

 朝日の眩しさで目を覚ましたユミトは、ゆっくりと上体を起こして大あくびをし、ベッドから足を下ろす。

 ひんやりとした床ではなく柔らかい草が足裏に触れた事で、ここが自宅ではないと気付いた。

「……は?」

 ぱちくりとさせた目に映るのは、切り株や森の木々。

 紛れもなく外である。

「え?」

 でも自分が座っているのは寝台だ。それもやたらとフカフカの。

「な……何だ?何がどうなってる?」

 猛禽類風な目をカッと見開いて額に手をやり、必死に記憶を辿った。


「昨日はー……、そうだ神の使いが見張りしてくれてるから、様子見に行って、えーと確か……」

 魔物の群れを殲滅してくれた礼に、ちょっと良い酒をご馳走したのだ。

 そうしたら神の使いも高そうな酒を出してくれて、それを飲ませて貰ったような気がする。

 美味い酒でほろ酔いになって、何か余計な事を言ったような。

「……うわ、母さん殺したって言ったな」

 顔を顰めたユミトは頭を抱え、他につまらない話をしなかったか思い出そうと頑張った。

 頑張って頑張って物凄く頑張ったが、残念ながら殆ど何も出てこない。

「革命が起きたから帝国へ逃げる事にした、とか説明したのは覚えてるけど、そっから先の記憶が……」

 まさかの序盤で完全に酔いが回ったようだ。

「嘘だろー……、何をどんな風に喋ったんだよ俺。母さん殺した後悔を延々グチってたらどうしよ。そんなの聞かせた挙げ句ブッ潰れてこの状況とかだったら最ッ低最悪だー!でも何か妙にスッキリしてるから多分いや確実にグチってるーーー!」

 頭を抱えたまま仰け反るユミトを、少し離れた場所に立つ鈴音と虎吉と骸骨が笑いながら見ている。


「記憶飛ばした人て、朝あんな感じで悩むんやね」

 毒無効になる前から酒には強い方だった鈴音や、ザルの骸骨には分からない感覚だ。

「それにしても、『母さん殺した後悔』て何やろ?子供ユミトさんは褒めて欲しがってたのに、大人ユミトさんの中では違う感じになってるんかな?」

 狩人として10年以上の時を過ごす内、心境に何らかの変化があったのだろうか。

 首を傾げる鈴音へ、骸骨が石板を見せる。

「んーと?動く死体が文句言うてるんかな、これは。ほんでそれを狩人が斬る、今度は別の死体に怒鳴られる、それも斬る。罵られながら斬って斬って斬り続けて、どんどん重たい何かに伸し掛かられる」

 疲れ果て、黒いモヤモヤに押し潰される狩人の絵を見て、鈴音は成る程と頷いた。


「そっか。子供の頃のユミトさんは、お母ちゃんに何か言われる前に斬ったんや。人の目に見えへんレベルの速さで。でも狩人んなって他の動く死体と関わるようになったら、邪魔すんなて怒られたり嫌われたりする状況になったんや。そら『もしかして斬る事は救いになってへんのか?』て疑問を持つんが普通かも」

 その結果、母を助けたのではなく殺した、母に嫌われるような余計な事をした、に感情が傾いたのかもしれない。

「理性が働いてる内は、『斬っても救いにはならへん、自分は動く死体を殺してるんや』みたいな感覚なんかな。でも本心っちゅうか、心の奥底の部分ではやっぱり、自分がお母ちゃんを助けたんやて思いたがってるよね」

 泥酔した事で出てきた子供ユミトが、それをあらわしている。

 鈴音が口にした考えに骸骨は同意し頷いた。

 母親が正気に返れば、我が子に何という事をさせたのかと悔やみこそすれ、怒ったり嫌ったり恨んだりする筈がない、と石板に描いて見せる。

「うん、私もそう思う。せやからフォレ様には浄化を頑張って貰わな。負の感情取り除いたお母ちゃんを、ユミトさんの夢に呼ぶとか良うない?クソ面倒く……ゴホン、とっても大変な大神官的立場を任すんやから、そのくらいのご褒美はあってもええよね。もしとっくに正気になって冥界へ旅立ってるなら、ユミトさんが浄化の力を受け取った時に、その場で笑顔のお母ちゃんを見せたげるとかね?」

 咳払いと笑顔でよろしくない本音を誤魔化した鈴音へ、骸骨が同意同意と拍手を送った。

 それにより、頭を抱えグネグネと身をよじっていたユミトが一行の存在に気付く。


「お、おー、おはよう神の使い」

 引き攣った笑みで軽く手を挙げてから、そそくさと身支度を整え始めるユミト。泳ぎまくる目がその動揺を物語っていた。

「おはよー。ごめんな、ビックリしたやろ。家が分からへんから、そこで寝て貰う事にしたんよ」

 のんびり歩み寄りつつ鈴音が言うと、立ち上がったユミトは何ともぎこちない表情で頷く。

「そかそか、そうだよな。いやーこんなとこに立派な寝台なんか持ってこられんのは神の使いしか居ねえって分かってたけどやっぱりそうかー」

「めっちゃ早口。そない気にせんでも、酔うた勢いで変な事したり言うたりしてなかったで?」

「ふごッ!べべべ別に酔った時の事とか気にしてねえし?ところどころ覚えてねえなーとは思ってたけど。フツーだったならいいや、ハハハ!」

 いいや、だとか言いながらも鈴音をチラチラ見るあたり、何を喋ったのか気になって仕方ないようだ。

 鈴音も骸骨も勿論気付いているが、ここは知らぬ振りを決め込む。


「うんうんフツーフツー。ほな宿酔いもしてへんみたいやし、朝ごはん食べたら戻らず山に向かおか」

「え?あー、そうか、山に入るんだったな」

 寝台が音もなく消えた事に少し驚きつつ、どうにか気持ちを切り替えてユミトは頷いた。

「んじゃ俺ん家で朝メシにしよう。こっちだ」

 親指で里の方を示し、先に立って歩きだす。

 その後に続いて進むこと暫し、並んだ平屋の真ん中辺りにユミトの家はあった。

「酒飲んだ後だし、汁物にするか。作ってくるからテキトーに座って待っててくれ」

 物があまりないガランとした部屋の床へ、何らかの草で編まれた円座を2つ滑らせ、ユミトは玄関から続く土間に消えて行く。

「あっちが台所かな」

「せやな」

 そんな会話を交わしながら、一行は言われた通り円座に腰を下ろして待った。


 ほんの15分程で戻ってきたユミトが用意したのは、千切り大根のような物と薄めにスライスされたキノコ入りのすまし汁だ。

 丼ぶりと匙を受け取った鈴音は、『ありがとう』と礼を言ってから早速ひと口。

「おー、塩味か思たらええダシ出てる。キノコのうま味かな?確かに飲んだ翌朝に良さげ」

 美味しい笑顔になった鈴音を横目に、骸骨は汁を専用ボトルに移し替え、具材は指で摘んで喉に放り込む。

 こちらも優しい味が気に入ったようで、ユミトへ大きく頷いてからは汁を飲んで具を放り込んでを繰り返した。

 さて、鈴音が風の魔法で冷ました皿を、お座りの姿勢で見下ろす虎吉はといえば。

「……肉ドコや……」

 顔を上げるや、物凄く恨めしげな半眼でそう呟いた。


「へ?あ、そうか。肉食だったなそういえば。けど今、ウチに肉ねえのよ」

 モシャモシャと千切り大根を咀嚼しつつ告げたユミトを、半眼の虎吉がじぃっと見つめる。

「魚でもええで」

「ないない」

「ぐぬぬ」

 耳を後ろに反らして唸った虎吉は、無限袋から何か出そうとしている鈴音を目で制し、ユミトの前まで行って座った。

「ほな狩りやな」

「うん?」

「鈴音と骸骨が修行しとる間に、兄ちゃんは狩りや。美味い肉か魚手に入れるまで帰られへんで」

「はあ !?」

 長い尻尾で床を叩く虎吉を見下ろし、ユミトは瞬きを繰り返す。


「いや、行くの戻らず山だぞ?魔物の巣窟だぞ?獣も魚も滅多に居ねえし、居てもそんなトコで暮らしてける猛者だから。強さはともかく、馬鹿デカいんだって。狩ったところで食い切れねえよ」

 余らせて腐らせるのは勿体ない、と表情で訴えるユミトを、虎吉は鼻で笑った。

「フン。俺を誰や思てんねん。象の1頭でも余裕で平らげたるわい」

 どや、と胸を張る小さい獣に困惑したユミトが鈴音を見やる。

「ゾウって何だ。まあデカい生き物なんだろうけど。ホントに食えるのかこの小ささで」

「あ、それ禁句……」

「誰が小さいんじゃゴルァ!」

 鈴音の警告は間に合わず、胡座の膝に神速で入る猫パンチ。

「痛ッ!膝割れた!もう動けねえ!」

「加減したわアホぅ!もう赦さん、肉も魚も獲らな帰したらへん!」

「はぁあ !? 横暴だぞこの小っこい神の使い!」

「ウルァ!」

「いだーッ!ちょ、ニコニコ見守ってねえで止めろよ!」

 ユミトの訴えにも、鈴音は菩薩の笑みを浮かべ骸骨はユラユラ揺れるばかり。

 ふたりには、ちょこんと座った虎吉が可愛い猫パンチでじゃれているようにしか見えないので、止める理由などないからだ。


「もういっちょ」

「わーかった!分かったから!肉と魚を狩ればいいんだろ!やってやるよ!」

 もう猫パンチを食らいたくないユミトが降参し、虎吉のご機嫌が直る。

「おう、最初からそない言うたらええねん」

「くそー、何でこうなった?」

 残ったすまし汁を掻き込み悔しがるユミトだったが、何だかんだ言った割に虎吉が皿を空にしている事に気付き、片付けに向かいつつ満更でもない顔をした。


「よし、準備出来たぞ。行くか」

 台所から戻ったユミトのひと声で鈴音は虎吉を抱え、骸骨と共に外へ出る。

 戸締まりをしたユミトは、軽く脚のストレッチをして里の奥を指した。

「戻らず山はこっちの森を突っ切るのが近いんだ。けど、道らしい道はない。平気か?」

「あはは、誰に聞いてんねんな」

 悪ガキの笑みで応えた鈴音と、その場で回転する骸骨。

 確かに要らぬ心配だったと笑い、ユミトが走り出す。

「んじゃ出発!」

「おー!」

 拳を突き上げた鈴音と骸骨が続き、戻らず山の魔物達にとって悪夢の一日が始まった。

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