表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
611/629

第六百十一話 暇潰しにもならんかった

 狩人達に続きユミトも帰宅した里に、夜が訪れる。

 鈴音は棘だらけの草の内側に組まれた櫓へ上がり、篝火を焚く事もなく濃紺の夜空を眺めていた。

 骸骨は魔物に気付かれぬよう気配を消し、森の木々の間をフヨフヨと飛行中だ。


 帰宅前の狩人達が残した情報によると、空飛ぶ魔物が現れるのはもう少し遅い時間らしい。

 早めに来る事もあるが、多いのは22時以降との事だった。

 家々から美味しそうな夕飯の匂いが漂ってくる現在は、恐らく18時半を過ぎた辺り。今しばらく暇そうだ。

 因みに狩人達は、星の動きで大体の時間を割り出している。鈴音にそれは出来ないので、『魔物が出易いのは、一番明るい星があの辺りにくる頃』と目安になる位置を教えて貰っていた。


「魔物もさ、あの北極星レベルで明るい星の動き見て、よし今や行こか!とかやってんのかな」

 暇なので、ついつい下らない事を口にしてしまう。

 そんな鈴音を経由して夜空を見上げた虎吉は、うーんと唸って半眼になった。

「アホらし、て言いたいとこやけどな、意外とあるかもしらんで」

「え?そうなん?」

「おう。星があの辺にきたら人は寝静まる、野営しとる隊商の篝火やら焚き火やらの番が疎かになり易い、とか学んどるかもしらん」

 虎吉の視線を受け、言われてみればと鈴音は軽く目を見張る。

「そっか。用心棒がやっつけてくれてたら問題ないけど、全滅させられたり取り逃がしたりしとったら、魔物も学習してるかもしらんのや」

「そういうこっちゃ。せやから狩人がしとった、いずれ群れで襲撃してくるんちゃうかっちゅう心配も、無いとは言えんわな」

「もしかして、おんなじ時間に何回もくる魔物は陽動で、他の場所から別の魔物が偵察しとったり?」

 何時頃なら見張りの狩人が眠そうにしているか、篝火が消えそうになったりはしないか、密かに見ているかもしれない。


「それをしとったら、全員起きとるこの時間帯に襲撃してくる事はあらへんな。もっともっと夜が更けてからや」

 虎吉の意見を聞きつつ、鈴音は顎に手をやった。

「ほな、その頃に消えかけの篝火を用意したら、群れをおびき寄せられへんかな?偵察部隊しかきてなかっても、チャンスや思て仲間を呼びに帰らへんやろか」

「うはは!罠か!ええな!火ぃ消えかけ、ウトウトしとる見張りは丸腰、夜中やから直ぐには誰も起きてけぇへん。こんだけ条件揃てたらそら、祭りじゃー!っちゅう勢いなるやろ」

「やっぱりそう思うやんね?よし、やってみよ。魔物の群れなんか、私が()る間に片付けるんが正解に決まっとるし」

 今夜の方針が定まったので、鈴音は櫓の上から棘だらけの草を越え森へ。

 フヨフヨ飛んで探検中の骸骨と合流し、罠について説明した。

 その後、里の中を歩き回り時間を潰すと、一番明るい星の位置を確認してから消えかけの篝火の製作に入る。

 火力調整はお手の物なので、あっという間に弱火がチロチロと揺れる篝火を作り上げた。




 丁度その頃、コウモリのような羽を持つ黒っぽい魔物が2体、山から飛び立っている。

 今夜もまた目指すのは、裾野の森に偶然見つけた小さな村。いつ行っても、明るい光のそばに活きの良い生物が居る穴場だ。

 とは言え光が邪魔で未だ食いそびれているが、通い続ければそのうち隙も出来ると踏んでいる。

 更にこの村、建物の中に沢山の気配があるので、皆で訪れれば食い放題を楽しめそうだ。

 ただこの生物、稀にとても強い個体が紛れているので、特に攻撃力の高い雄達が眠るまで、じっくりと待つ必要があった。

 これを怠り先走って移動する建物(馬車)を襲い、武器を持った雄に叩き斬られる者達の何と多い事か。

 あのような無様を晒さぬ為に、今夜もしっかりと偵察するつもりだ。

 こちらへ注意が向かぬよう、いつも通り仲間には派手に飛んで貰おう。


 そんな計算をして夜空を飛ぶ魔物の赤い目に、狩人の里が見えてきた。

 鬱蒼と茂る木々が不自然に切り取られた空間なので、上からだと実に分かり易いのだ。

 魔物達は今夜こそ眩しい光が弱まっている事を期待しつつ、二手に分かれて近付いた。

 すると、櫓の上の今にも消えそうな光がまず目に止まる。

 次にそのそばで胡座を掻き、ウトウトしている生物が。

 よく見ればまさかの丸腰だ。本来の見張り番と交代でもしたのか。

 何にせよ、ついにその時が来た。

 急ぎ仲間を呼びに戻らねば。



 バサバサと羽ばたいて旋回し、山へ戻って行く魔物の様子を、虎吉が大きな目で見つめている。

「まんまと引っ掛かりよったで」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべ、寝た振りをしている鈴音へ教えた。

「んー。2体とも?」

 いかにも寝起き、といった表情であくびなぞしつつ鈴音が問えば、頷いたのは上昇してきた骸骨だ。

「そうなんや、ありがとう骸骨さん。ほなもうすぐ群れが来るんやね」

「せやな。狩られる心配あらへん思て、真っ直ぐ突っ込んでくるやろ。魔法で一網打尽にしたれ」

 寝起き演技をやめた鈴音へ虎吉の指示が飛び、撃ち漏らしの処理は任せろと骸骨が親指を立てる。

「了解。みんなで綺麗に掃除しましょ」

 親指を立て返して笑い、鈴音は篝火を完全に消した。



 一方、巣に戻った魔物の偵察部隊は仲間達と魔力を通じて会話し、数百体の群れを率いて再び狩人の里へ向かっている。

 話を聞いた魔物達は、流石に全員の腹を満たすのは難しいだろうと思いつつも、ちょっとした夜食程度にはなるかもしれないと切り替え、ついてきていた。

 皆が心地良い夜風に乗り滑空していると、森の中の不自然な空間が見えてくる。

 そこそこ大きなあの空間に、それなりの数の生物が潜んでいるとは言え、恐らく全員分は望めない。

 となれば、早い者勝ちだなと考える者が現れるのは当然で。

 偵察部隊の報告により迎撃されないと信じている為、我先にと羽を畳んで急降下する者が続出した。


 先頭を飛んでいた偵察部隊を抜かし、自分が一番乗りだとほくそ笑んだ魔物は、目指す森の空間から強烈な魔力を感じ取り慌てて羽を開く。

 しかし空中で速度を落としたとて、何の意味もないと直ぐに分かった。

 真っ暗だった空間から、炎を纏った巨大なトカゲが大きな口を開けて飛び出してきたからだ。

 ああ食われる、と思った瞬間にはもう、魔物の姿は跡形もなくなっていた。

 勢いそのままに、ゴウ、と風を切って炎の巨大トカゲが上昇した事で、食われず残った魔物達は何が起きているのかを理解する。

 角と羽の生えた炎の巨大トカゲは魔力の塊で、これは攻撃。標的は自分達だと。


 どこが安全だ嘘吐きめと大混乱に陥った魔物達の中で、偵察部隊の2体は目を凝らして櫓を見る。

 そこには、不敵な笑みを浮かべて立つ、寝ていた筈の見張り番が。

 嵌められたと気付いた偵察部隊は怒り狂い、羽を畳んで櫓へ急降下。

 鉤爪のついた手で敵の首を掻き切ろうと腕を振り上げた。


「うわー、夕方に見た口のデッカい魔物といいコレといい、雑な人型やからメッチャ気持ち悪い」

「ホンマやな。何でこない腕が長うて脚が短いんやろな。目ぇも2個やったり3個やったり、上に付いとったり下に付いとったり」

「フォレ様の作品や思う?」

「ちゃうんちゃうか?ナンボなんでも、葉っぱの神さんが拵えたらもうちょいマシやろ」

「ほな負の感情と魔力の結び付きで、勝手に生まれた種族なんかなー。まあ、ここで殲滅するから何でもええんやけどさ」

 振り下ろした鉤爪は、首を掻き切るどころか空中で何かに掴まれたように動かなくなり、目の前で呑気な会話を交わされてしまう。

 しかも見張り番の会話の相手は、その腕の中に居る謎の動物だ。

 この敵が何なのかは分からないが、手を出してはいけない相手だったのはよく分かった。

 とにかく逃げなければと思うものの、偵察部隊の羽も体も動かない。

 仲間達はどうなったと耳を澄ますも、もはや殆どの羽音は聞こえなかった。


 辛うじて炎トカゲの攻撃を躱した仲間達が視界の端に入るも、空飛ぶ動く骨というこれまた謎の存在が、鏡のように輝く大鎌でサクサクと首を刈り取って行く。

 どうする事も出来ず固まっている偵察部隊の耳に、櫓の下からの声が届いた。

「おー、やってんなー神の使いー。あの火のヤツは何だ?こないだの鳥とは違うよなー」

 緊張感の欠片もない雄の声へ、見張り番の雌が応える。

「ユミトさん?起こしてしもたかな、ごめんやでー。あれはドラゴン言うねーん。別の神の使いの護衛の相棒?みたいなもん」

「ややこしいわ!神の何かだって覚えとく」

「あはは!それでええよー」

 とても魔物の大群を相手にしているとは思えぬ会話。

 これは駄目だ、自分達は完全に間違えた。

 偵察部隊はそう絶望し、仲間達の魔力が完全に消えた事を感じ取る。直後、彼らの意識も消失した。



「えーと、ここ暫く頻繁に来てたんはこの魔物なんか、見張りしてた狩人さんらに確認したいんよね」

 偵察部隊を氷漬けにし、鈴音は櫓から下りる。

 改めて魔物の姿を見たユミトが、成る程なと頷いた。

「魔物にも縄張りはあるだろうから、別の種族って事はなさそうだけど、念には念をってやつだな」

「うん。やっつけました安全でーす言うといて、次の日にまた大群きたら目も当てられへんやん?」

「確かに。んじゃ、朝になったら聞いてみよう」

 コンコンと氷漬けの魔物を叩き、蘇る心配はなさそうだと判断したユミトが近くの小屋を指す。

「あそこにでも放り込んどいてくれるか」

「はいよー」

 念動力で魔物を小屋へ運び入れた鈴音は、戻ってきた骸骨とグータッチを交わし笑い合った。

「あっという間に終わってしもたね。また暇やん」

 そんな声を聞いたユミトが、腰に下げていた瓶を持ち上げる。

「神の使いは酒に強いか?見張りがテキトーになんねえなら、飲……」

 全てを言い終える前に骸骨がグイグイ迫ってきた為、仰け反ったユミトは目を白黒させ鈴音を見た。

「近い近い近い!何だこの骸骨!」

「とってもお酒が好きなだけやで。私も骸骨さんも酔わへんから、酒盛り大歓迎や」

 満面の笑みで親指を立てる鈴音。

「分かった!用意するから!はーなーれーろー!」

 背後霊よろしくピッタリついてくる骸骨に文句を言いつつ、ユミトはもう少し空が綺麗に見える場所へと皆を案内した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ