第六百十話 忌避剤の素ゲットだぜ
魔物が現れた事などもう忘れたかのような涼しい顔で、鈴音は棘だらけの草を1本引っこ抜く。
「え、根っこ長ッ!」
その言葉通り、大人の膝下程ある茎と大差ない長さの根が、束になって垂れ下がっていた。
茎に近い方は白っぽいが、先端へ向かうほど黒く変色している不思議な根だ。
すると鼻をフンフンと動かした虎吉が、何かに気付いた様子で小首を傾げる。
「どないしたん虎ちゃん」
「んー?何や変な臭いするなあ思て。コイツひょっとして毒持ちちゃうか」
「え、そうなん?茎とか穂先やのうて、根っこに毒?」
根が顔の前へくるように草を持ち上げ、鈴音は目を丸くした。骸骨も興味深そうに覗き込む。
「ほな魔物が近寄らん理由に、根っこの毒もあるんかな」
「あるかもしらんな。俺の鼻でも引っこ抜くまで分からんのやから、臭いは関係なさそうやけども」
「そっか。ほんならあれちゃう?根っこやから土に毒を広げてそうやし、足の裏いうか接地面?で感じ取るんかも?」
「それか、地面から染み出した毒が乾いて宙を舞うとかな。知らんけど」
「知らんのかーい。でもそれやと臭いが漂いそう。あ、土で濾過ちゃうけど、臭いだけ中和されたり?」
草を揺すって首を傾げる鈴音へ、骸骨は『踏んで気付くのも吸い込んで気付くのも、両方ありそう』と描いた石板を見せた。
「ふむふむ、二刀流か。そうなると、里に住んでる狩人の皆さんも吸い込んでる事になるけど……」
鈴音の気遣うような視線を受け、ユミトは子供達を見やり、自身の胸に手を当て、少し考えてから首を振る。
「何ともない。大人達は勿論、ガキ共もこの通りだ。魔物を見せる為にこの辺には割と来るけど、誰かが具合悪くしたなんて話は聞かない。早死にする奴が多いとかいう事もない」
援護するように子供達も、『みんな元気だよー』と頷いた。
そう聞いて鈴音は感心した表情になる。
「っちゅう事は、魔物にだけ効く毒なんかな?動物に効くかは謎やけど、人に無害なんは確定で良さげやね」
「せやな。まあ動物はトゲトゲ自体が嫌やろし、そもそも毒の範囲に入らへんのちゃうか。さっき魔物が居った位置からして、毒が漂うにしてもそない広い範囲でもなさそうやし」
猫である虎吉がそう言うのだから、きっとそうなのだろうと納得する鈴音と骸骨。猫は猫でもかなり特殊な猫だというのは、この際置いておく。
「そしたら、この根っこから魔物が嫌う粉とか液とか作れるんちゃう?いわゆる忌避剤」
黒い根の先を見つめて言う鈴音に、骸骨が大きく頷き虎吉も同意した。
「いけるやろ。旅の必需品になるで」
「おー、歴史が変わるやん。帝国の門番さんに教えたろ思てたけど、皇帝陛下に直接のがええかも?」
「おう。この草が帝国の領土内に生えとるかも聞かなアカンもんな」
いいねいいねと盛り上がる鈴音達を眺め、『この棘だらけの草そんなに凄い代物だったのか』とユミトはビックリだ。
その表情をどう解釈したのか、鈴音が慌てて付け足す。
「勿論、プレリの狩人に教えて貰たて言うよ」
「へ?あー、おお。別に気にしねえよ。草に毒があるとか知らなかったし、どうせ浄化の力貰ったら神官より偉くなんだし」
言葉通りの顔で応じるユミトだったが、ふと何かを思い出したように『あ』と零した。
「その草、この里あたりにしか生えてないっぽいぞ?」
「え、そうなん !?」
「ん。歴代の里長はみんな出身国が違うんだけどさ、『俺の住んでたとこでは見なかった』って口を揃えてたらしい。今の長も言ってる。日陰でも日向でも道端でもフツーに育つのに、変な草だよな」
「へえー、教えてくれてありがとう」
有益な情報をもたらし笑うユミトへ礼を言いつつ、鈴音は手に持ったままの草を見る。
「ここでは群生してんのに、他所には生えてへん。つまりはこの森が生まれ故郷なんやろけど、植物て種で陣地拡大するやんね。外来植物とか大問題なるぐらいやし」
それなのに里の外というか、森の外へ広がらないのは何故だ、と考える鈴音の目にイガグリのような鋭い棘が映った。
「あー、そうか。トゲトゲのせいで動物が近寄らへんから、種を運んで貰われへんのか」
唯一近寄ってくる狩人の靴底に付着出来たとしても、里までの道のりで落ちてしまうのだろう。
「ほんならコレそのまま持ってって、陛下の許可下りたらそこに植えて、ヘカテ様の御力でワッサーッと生やそか」
「せやな、それがええ」
女神ヘカテから予定外に貰った豊穣の力は、植物を生かすも殺すも自由自在。
人為的に食糧危機を引き起こす事も可能なので、一般人として暮らしたい地球では危険過ぎて使えないが、神の使いを名乗れる異世界なら問題はない。
「よし、明日のお昼休憩ん時にサクッと帝国行くわ。みんな、案内してくれてありがとう」
草を振って微笑む鈴音へ子供達と共に返事をしつつ、『昼休憩?え、戻らず山に休憩挟むほど長時間居座るつもりなのか?体力持つかな俺』とユミトは遠い目だ。
そんな心の声なぞ知る由もない鈴音は、草を無限袋に仕舞って子供達に声を掛ける。
「だいぶ暗なってったし、急いで戻ろか。一番速いのだーれだ?それ行けー!」
悪戯っぽい笑みでビシ、と来た道を指差した途端、子供達はキャーと声を上げて駆け出した。腕から飛び降りて虎吉も駆け出した。
「なんでー !? 」
負けず嫌いの前で、一番速いだとか言ったのがまずかった模様。物凄い速さで遠ざかる虎吉を、子供達がワーキャー大騒ぎしながら追う。
「ま……まあええか。手加減してるし、虎ちゃんが近くに居る限り万が一魔物が出ても瞬殺やもんね」
呟きに頷く骸骨と一緒に、唖然としているユミトを促し、少し間を空けて子供達の後に続いた。
里に着くや、人では自分が一番だと主張した少年が出迎えに来た親の胸に飛び込み、神の使いの強さを興奮気味に報告。虎吉は屋根の上で毛繕い中だ。
他の子供達も同じく、とんでもない光景を見たのだとそれぞれの親へ口々に告げている。
ただ、子供の言う事なので話があちこちへ飛び、それはもう支離滅裂だった。親達は皆の話を繋ぎ合わせて纏め、どうにか状況を理解する。
神の使いは無敵で、棘だらけの草は魔物除けになるらしい、と。
成る程なと子供の頭を撫でた親の1人が、意を決した顔で鈴音を見る。
「わ、我が子が、御無礼をはた、働きませんでしたか」
集会所では、会話どころか碌に目も合わなかった人見知りからの質問に、鈴音は自然と笑顔になった。
「ええ子でしたよ。あなたのお子さんも他の子達も。この子らが差別なんか受けんと、笑いながら街なかを走り回れる日が来たらええな。と思うくらいには」
しれっとかまされたお気持ち表明により、ホッとした親達の視線はユミトへ向く。
「うぐ。分かってる、分かってるから。もう……そんなに待たせねえよ多分」
ガリガリと後頭部を掻いてそっぽを向いたユミトへ微笑んだ親達は、鈴音と骸骨に向け里長から教わったらしい礼をして、子供を連れ我が家へ帰って行った。
「うふふー、人見知りさんと会話できたで」
親指を立ててご機嫌な鈴音を見やり、溜息を吐いたユミトが頷く。
「そこは確かにな。ありがとよ。けど、みんなを煽るのはどうかと思うぞ?」
「ええー?外堀は埋めてナンボやーん」
「うわー、今更だけど悪党っぽいなこの神の使い」
悪い笑みで応える鈴音と笑う骸骨、げんなりしたユミトのもとへ、武器を手に2人組の狩人がやってきた。
この2人もまた膝をついて鈴音達へ礼をしてから、ユミトへ向き直る。
「おかえり。ガキ共のお守りありがとな」
「おー、いいって事よ。見張り当番か?」
「ああ。ここんとこ、飛行型の魔物がちょくちょく来てんだ。いつも通り篝火の近くに居りゃ降下しては来ねえらしいけど、どうも里の場所を覚えられたみてえで嫌な感じだ」
「群れで襲撃するつもりじゃねえかってな」
厳しい表情になって話し合う3人を眺めつつ、屋根から下りてきた虎吉を抱え、鈴音は骸骨と視線を交わし頷き合った。
「あのー、見張りやりますよ?私らで」
「空飛んでくる魔物を掃除しといたらええんやな?鈴音は得意やで、魔法で一発やそんなもん」
何故か得意げに胸を張る虎吉と、その姿を見つめデレッデレな鈴音と骸骨。
大事な見張りを任せるには顔がちょっとアレ、と2人組がドン引きする中、ユミトはあっさり同意した。
「寝なくて平気な奴がやってくれるのは凄え助かる。星を数えるだけよりは暇潰しになりそうだから、こっちの罪悪感も薄まるし」
さらりと出てきた新情報に、2人組は驚きの表情だ。
「神の使いって寝ないのか」
「そりゃ夜はヒマになるな」
誰もが寝静まった夜にポツンと残される様子を想像し、何とも言えない寂しげな表情になる2人組。
優しい人見知りさん達に、そんな顔をして貰う程の事ではないんだと鈴音が慌てる。
「平気平気、虎ちゃん撫でてたらあっという間やし、今回は骸骨さんも居てるし」
そうそうと骸骨も胸を叩いた。
「遠慮せんと任して。もし群れで魔物が来ても余裕やで」
えへんと踏ん反り返る鈴音を見て、2人は漸く納得したようだ。
「じゃあ……」
「お願いします」
それでも少し申し訳なさそうな様子に笑って、鈴音と骸骨は任せろと力強く頷いた。




